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芥川竜之介「芋粥」を補助にサカナクション/目が明く藍色を自己確立の歌として読む


0. 目が明く藍色を「芋粥」の型にはめて考えたらどうなった

ー 青色∩藍の自分を確立する歌である。
ー さらには「僕」の自己確立から一歩進んで再び「君」と向かい合いたいと歌っている

 

1.  目が明く藍色と「芋粥」をシーンごとに対応づける

1.1 両主人公の何かへの執着

"(前略)主人公は、(中略)五六年前から芋粥と云ふ物に、異常な執着を持つてゐる。(中略)芋粥を飽きる程飲んで見たいと云ふ事が、久しい前から、彼の唯一の欲望になつてゐた。勿論、彼は、それを誰にも話した事がない。いや彼自身さへそれが、彼の一生を貫いてゐる欲望だとは、明白に意識しなかつた事であらう。が事実は彼がその為に、生きてゐると云つても、差支ない程であつた"

芥川竜之介(1968)『芋粥』青空文庫,https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14824.html (アクセス日:2024/9/5),本文献の底本:「現代日本文學大系 43 芥川龍之介集」,筑摩書房,初出:1968(昭和43)年8月25日初版第1刷,入力:j.utiyama,校正: 吉田亜津美

「芋粥」の主人公は、意気地のない、地位も金もない、それでもって周りからのいじめに耐えながら生きる男である。そして芋粥のためだけに生きている。側から知れば彼はほとんど異常である。

"そこで、彼は飲んでしまつた後の椀をしげしげと眺めながら、うすい口髭についてゐる滴を、掌で拭いて誰に云ふともなく、「何時になつたら、これに飽ける事かのう」と、かう云つた"

(芥川竜之介, 1968)

一方サカナクション / 目が明く藍色の「僕」は

"制服のほつれた糸引きちぎって泣いた"
"変われない僕は目を閉じたまま また泣いた"
"藍色になりかけた空で 確かに君を感じて"

サカナクション. (2010). 目が明く藍色[Song]. kikUUiki. ビクターエンターテインメント.

何かに対する執着を見せている。おそらくそれは、制服に固着する学生時代の思い出で、特に歌詞中の「君」との何らかの出来事である。制服をいじるくらい、藍色に「君」を感じるくらいだから、執着の度合いもやっぱり相当なんだろう。

1.2 転機の訪れ・判明

ここからはまた「芋粥」に移る。実はこの作品では、突然主人公に転機が訪れ、彼は芋粥にいくらでもありつけるようになる。しかしながら彼の気持ちは不思議と晴れない;

"万事が、(中略)雲泥の相違である。が、それにも係はらず、我五位の心には、何となく釣合のとれない不安があつた。第一、時間のたつて行くのが、待遠い。しかもそれと同時に、夜の明けると云ふ事が、――芋粥を食ふ時になると云ふ事が、さう早く、来てはならないやうな心もちがする。さうして又、この矛盾した二つの感情が、互に剋し合ふ後には、境遇の急激な変化から来る、落着かない気分が、今日の天気のやうに、うすら寒く控へてゐる”

(芥川竜之介, 1968)

"彼の一生を貫いてゐる欲望"が満たされる寸前となって、芋粥を食べたい、けど芋粥を食べたくない、この矛盾が彼に混乱をもたらし離れない。

"(前略)不安が、何時の間にか、心に帰つて来る。殊に、前よりも、一層強くなつたのは、あまり早く芋粥にありつきたくないと云ふ心もちで、それが意地悪く、思量の中心を離れない"

(芥川竜之介, 1968)

この矛盾の関係は目が明く藍色の「僕」にも見られる。君への執着と対立するのは;

"知りたいけど知りたくないこと知って泣いた”

(サカナクション. 2010)

この出来事とそして「君」を感じざるを得ない藍色とは違う、青色の探求(おそらく、自己の探求);

"藍色いや青い色した ずれて重なる光 探して探して"

(サカナクション. 2010)

この姿勢である。「芋粥」は主人公の心の中に起きた矛盾と彼の混乱を描いた。目が明く藍色はその主人公の抱いた「君」への執着と対立する二つのことがらを提示し、主人公の混乱をエレクトロニックな音で示した。

小説中の些細な表現ではあるのだが、以下の表現も気になる。

"やがて、人のけはひが止んで、あたりは忽たちまち元のやうに、静な冬の夜になつた。その静な中に、切燈台の油が鳴る。赤い真綿のやうな火が、ゆらゆらする"
"こんな考へ[一旦、芋粥が飲めなくなってから、今度はやっとの思いで飲めるというふうになってほしい]が、「こまつぶり」のやうに、ぐるぐる一つ所を廻つてゐる中に、何時か、五位は、旅の疲れで、ぐつすり、熟睡してしまつた"

(芥川竜之介, 1968)

サカナクション/目が明く藍色の、特に2:30以降の映像表現には類似が見られる。「芋粥」では、主人公の頭をぐるぐるするのは、"一時、外[ゆらゆらする赤い真綿のような火]に注意を集中したおかげで忘れてゐた、さつきの不安"であり、目が明く藍色の映像で暗闇を「こまつぶり」のように回るのは、きっと「芋粥」の主人公にとってのゆらゆらする赤い真綿のような火であり、「僕」にとってのライターの光である。

”光はライターの光 ユレテルユレテル”
”つまりは単純な光 ユレテルユレテル”

(サカナクション. 2010)

1.3 執着の解消・肯定による解消、そして自己の発見

「芋粥」ではその後、主人公はたらふく芋粥を食べるばかりか、芋粥を無理矢理食べさせられることになり、ついには"しどろもどろになつて、(中略)余程弱つて、(中略)両手を蠅でも逐ふやうに動かして、平に、辞退の意を示した"、執着は一旦解消されてしまった。その後、主人公は自己を発見する;

(中略)此処へ来ない前の彼自身を、なつかしく、心の中でふり返つた。それは、(中略)憐む可き、孤独な彼である。しかし、同時に又、芋粥に飽きたいと云ふ慾望を、唯一人大事に守つてゐた、幸福な彼である。

(芥川竜之介, 1968)

一方、目が明く藍色では、「僕」は執着を肯定して解消し、自己の形成へと進む;

"この藍色の空 目に焼き付けて”
”次目を開いたら 目が藍色に”
”目が明く藍色”

(サカナクション. 2010)

「僕」が”藍色いや青い色した ずれて重なる光"を探す。自己を代表する青色が青一色ではなく、「君」を代表する藍色も含んでいることを肯定する。その上で、目に焼き付くまで藍色を享受する、「君」の自己を焼き付けて、「僕」は青色∩藍の自己を形成しようとしているのである。 ”藍色の空が青になる その時が来たら"が意味するのは、「僕」が「君」の自己を焼き付け終えてついには自己を形成し終えたときではないだろうか。

1.4 HUMANな大きさの望み”君の声を聴かせて”

あいにくにも「芋粥」自体は主人公が自己を発見したところで終わりである。物語のその後に関しては、石橋透氏の「全てを喪失して五位[主人公]は(中略)一人侘立する(1)」(注1)といった、社会から拒絶される主人公、という視点がある一方、反対に肯定的視点に代表されるのは重松泰雄氏の意見である。重松泰雄氏は当時の芥川竜之介の書簡の中に、

"そして又人間らしい火をもやす事がなくては猶たまらない たゞあく迄もHUMANな大きさを持ちたい(2)"

(芥川竜之介)(注2)

といった言及があることから、「芋粥創造の過程の中に[理想が現実化した時に生じる]<幻滅>のモティーフとは異なった、HUMANな大きさを持つモティーフが厳存していた(3)」ことを指摘した。(注1)

注1 足立直子, 2000, p.18
注2 井川, 1915(注1) 

また、加えて石田直子氏は、「芋粥」と同時期の芥川竜之介の作品「偸盗」が、闇の中に<一筋の光明>を見出そうとするモチーフを有していたことに注目し、「芋粥」にも同様のモチーフが存在していたと示唆している。(4)

目が明く藍色の、ほとんど叫ぶようにして歌われる以下の願い;

"君の声を聴かせてよ ずっと”
"君の声を聴かせてよ ずっと ずっと”
”君の声を聴く 息をすって すって”
”君の声を聴かせて”

(サカナクション. 2010)

まさに人間らしい火をもやす事がなくては猶たまらない「僕」の自己形成の終わったその次の、HUMANな大きさを持った願いではないだろうか。

2 終わりに

目が明く藍色が「芋粥」と同じ型を持つとみなすと、大きな飛躍なく上手く説明がついた。両者は、その主人公が執着の解消から自己の発見に至るという点で共通しているだろう。強いて言うならば、「芋粥」をその主人公の悲劇としてではなくHUMANな大きさを持つモティーフから捉えたものが目が明く藍色であると言えるかもしれない。

3 参考文献

(1) 石割 透「芋粥—<芋粥>の意味— 」(芥川竜之介—初期作品の展開—)有精堂、昭和六十年二月
(2) 井川 恭宛書簡、大正四年三月十二日付。
(3) 重松泰雄「芋粥」(「国文学」昭和四十五年十一月)
(4) 足立直子 「芥川龍之介『芋粥』論 : <場>と五位像との関係を中心にして」(人文論究 49 (4), 16-31, 2000-02-10)

4 引用

芥川竜之介(1968)『芋粥』青空文庫,https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14824.html (アクセス日:2024/9/5),本文献の底本:「現代日本文學大系 43 芥川龍之介集」,筑摩書房,初出:1968(昭和43)年8月25日初版第1刷,入力:j.utiyama,校正: 吉田亜津美

サカナクション. (2010). 目が明く藍色[Song]. kikUUiki. ビクターエンターテインメント


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