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君と見たはずの公園の星は見えなかった第13話「桜谷の思惑と…」

その日の午前中
1時間目の授業から先生が忘れ物をしたということで
教室が適度にざわざわしていた。

隣の君野くんは、昨日の課題を私のノートをみて写している。
彼はなにもできなくていい。
いつまでも私のそばにいてくれればいい。

それを叶えるように
彼は昨日のビンタそのものも覚えていないし、また私がそばにいた記憶も根こそぎ消えている。
けれど、不思議なことに堀田くんの記憶だけは、時折揺らぎが生じる。

…確かに君野くんは昨日不安定に幼児退行はしていた。だから覚えてないと言えば
それまでなのかもしれない。
でも、これは堀田くんの記憶も消えたと言ってもいいくらいだ。
呪いのキスは上手く使えば相手の記憶さえも飛ばせる?

――でも、それは賭けだ。
だがビンタした瞬間、私は確信していた。
君野くんの記憶から私の存在が、そしてこのビンタの出来事そのものが、すべて消えるだろうという確信が。

でも、それは根拠のある確信なんかじゃない。
呪いのキスの原理なんて、私にはわからない。ただ、それでも私はあの瞬間、自分の手が彼の頬に触れる直前に思った。

……なぜ、私はそんなことを確信していたのだろう?。

本当に、不思議だ。

「堀田くん、僕のこと嫌いになったのかな…。」

隣にいる君野くんがノート写しながらそう悲しそうに答えた。

「桜谷さん…ビンタってなんの話?」

「幼児退行してたから覚えてないのね。君野くんが覚えてないなら大したことじゃないってことよ。」

無邪気に首をかしげる君野くんに、私はさらりと嘘をつく。
自分が覚えていなければ、事実でさえも信じ切ることなんか出来ない。

-桜谷さん、50!-

芋づる式にまた昨日の記憶が蘇る。

50―低すぎる。

自分であれは幼児退行をしてふざけてやったものと言ったのに、
何故こうも気にしているのだろう。

その数字が意味するものに、少し胸がざわつく。無意識に彼を見つめたが、君野くんの瞳は純粋そのもので、悪意など微塵も感じられない。それが余計に、胸の奥をチクリと刺した。

堀田くんは、100!150!

君野くんは彼にはそう叫んだ。
……これは、ジェラシーというものだろうか。
口元に皮肉めいた笑みが浮かぶのを止められない。

やはり呪いのキスで関係を削除している私と、ずっと関係が続いている彼ではその印象が違うのは当たり前…

何傷ついているの私…

深い溜め息が自然に漏れる。堀田くんのしつこさを思えば、数字の高さには納得がいく。あの執念深さ、そして奇妙なまでの献身――あの性分では簡単に諦めるわけがない。

「ド変態。」

むしろ……私に少し似ているかもしれない。
…嫌いじゃない。

どうせどれだけ崖に落としても
何の利益ももらえないのにヒーローを続ける特撮戦士のように
自分の正義を変態的に求め続けるんだろう。

「桜谷さん、放課後、サッカー部の練習を窓から見てたよね。」

ふいに君野くんが隣の窓をジッと眺めてそう言った。その言葉に、一瞬思考が止まる。

また、中学生の頃の記憶――。

幼少期の彼との濃密な時間は、なぜ出てこないのだろう。あれだけ特別だった時間が、彼の中で薄れている?

胸の奥に苛立ちが広がる。
事故前の私と君野くんは、ただの同級生にすぎなかった。それなのに、今になってその記憶ばかりが表に出てくるなんて。

幼少期の彼は、私を思っていなかった?

そんな疑念が頭をかすめるも、すぐに首を横に振る。そんなはずはない。彼はただ覚えていないだけ。

私は彼を取り戻す――幼少期の、私だけの君野くんを。

堀田くんがどれだけ執着しようと、私は彼に負けない。君野くんを独り占にして私だけの王子様にする――それが、私の唯一の願いだから。

3時間目の休み時間…

「堀田くん、ねえ美咲と別れたんでしょ。いま彼女いないんだよね。」

廊下で堀田は派手な美咲の取り巻き2人組に呼び止められた。そのことで一旦の深刻さは頭の中から吹っ飛んだ。

友達として、美咲との復縁でも求められるのか?と思っていたが

「ねえねえ!私と今度の日曜日遊びに行かない?カラオケとか!堀田くんは何を聞くの?歌うの?」

「え!私も行きたい!」

「だめ!デートにならないじゃん!」

と、勝手に盛り上がり、香水とミニスカとロングの巻いた長い髪の毛をゆらしている。
堀田は興味がなさそうに、このまま用事があると言ってその場を通り抜けようと考えていた

しかし

「ちょっと!わたしのゆうじゅに何してるの!」

突然3人の後ろから耳馴染みのある声が聞こえた。その場の全員が振り返る。

「み、美咲!!」

堀田はそう声をあげた。

「私まだ諦めてないって言ったじゃん!!何出し抜こうとしてんのよ!」

短いスカートを揺らし、ぷりぷりと取り巻きたちに怒る彼女。
何度言っても堀田の「別れる」の言葉はやはり理解できないようだった。

それに前回この取り巻きが話していた「俺は美咲のブランドもので本当は好きでもなんでもない」

という話が浮かんだ。
しかし彼女はそれとは裏腹に、俺の胸にくっついてきて
その美しい顔を最大限にいかすように、潤んだ目で見つめてきた。

「ね、ねえゆうじゅ聞いて!私、なにかにつけられているの!ほら、この美貌からたまに変なのに絡まれるじゃない?ゆうじゅにまた守ってほしいの!」

「そうなのか?どんなやつだ?」

その美咲の言葉に、堀田は人としての正義がピクっと反応する。
その太眉がすべり台のようにキリッと鋭角になった。
 
それをみた美咲は途端に笑顔になる。
取り巻きたちはその様子にコソコソと彼女の見えない部分で何かを囁きあっていた。

「私ね!ストーカーにあってるのよ!ゆうじゅが駅のホームで私を助けてくれたみたいにまたやっつけてほしいの!ね?」

「どんなヤツ?」

「あ…え、えっとね…。髪はね…黒髪で短髪!ピアスつけてた!どこの学生服だったかな…えっとね…き、近所にある高校のガタイのいい高校生だった!財布はポケットに入れててフローランのブランドの!その人宛の手紙が入ってたの!名前はね川辺!私の家の前で待ち伏せしたのよ!ね?ね?十分危ないでしょ?」

美咲は黒目を右斜めにむけ、口を人差し指においたまま考える。
まるで、脳内のスロットを回し、即席で出た絵柄の情報をまとめているようだ。

堀田はその美咲の様子を訝しげに見ている。

「本当だってば!ゆうじゅ、私を今守らないでいいの?刺されてもいいの!?」

「なあ、美咲、一回ピザって10回言ってくれ。」

「うん!ピザピザピザピザピザピザピザ…」

彼女は楽しそうに右の指を折りながらピザを10回言った。
言葉を止めた彼女に堀田はこう言った。

「じゃあもう一回ストーカーの特徴を言ってくれ。」

「え!?あ…えっとね…そう!こ、高校生でしょ、短髪!あとねえっと…なんだっけ。鈴木だっけ?」

「はあ…嘘つくなよ。」

「嘘じゃないもん!」

あまりにもわかりやすい反応に堀田は呆れた。
しかしプライドが高いのに、こういう計算しようとしても自然にできないその素直さが、逆に裏表のない魅力となり、男心をくすぐるのかもしれない。

現に、藤井もそこが好きで、危なっかしくて守りたくなると話していたっけ。

そう思うとなんか、美咲と君野って似てるよな…。
俺は結局同じような人を選んでいたってわけだな…

堀田はそう君野に裏切られた気持ちに傷つきながらも
美咲の顔を見てしみじみと感じる。

ああ…君野と話したい
君野を可愛がりたい…頭わしゃわしゃしたい…
子犬のように君野が俺だけを見てこっちに突進してきてほしい…
君野に腰にタックルされて腰もっと痛めたい…

まるでペットショップで販売されている
ガラスケース越しの子犬のモフモフをみているようだ。
ぐあっと湧き上がる触りたいの衝動に
気持ちと手がウズウズする。

怒りなんか、もう、二の次だ…!

それよりも君野欲がそう頭の中で
ふわふわとシャボン玉のように舞い上がるのだ。

「なあに?その顔。どういう気持なの?」

美咲は遠目でさみしげな顔をする堀田の視界に入ってくると
彼の儚いその願望を打ち消した。

「悪いな美咲。俺もうお前とは別れたんだ。次頼るなら藤井にしてくれ。アイツのほうがきっと強いし絶対に頼りになる。」

「なんでここで藤井くんの名前がでてくるのよ!」

「お前の顔を見ても、君野しか浮かばないからだ!だから、お前を彼女としてはみれない。正直、お前も俺をどう思ってるか…俺はお前にとって所詮ブランドものなんだろ?」

と、堀田はつい噂話程度のことを口走った。

「…誰が言ったの!?」

彼女の怒りの矛先は後ろにいた彼女の取り巻きたちに向けられた。

「だって。そう言ってたじゃない。堀田くんは私の魅力を高めるブランド品のようなものだって。付き合うことで自分のステータスをあげるってさ、自慢してきたじゃん。」

「そうよ!なのにまた自分のものだなんて都合良すぎー!それで手を出すなって?おかしいじゃん!」

「そういう意味じゃない!好きなのは嘘じゃ…あ!ゆうじゅ!」

いつの間にか堀田は遠くに消えていた。
美咲はその状況に涙目になり、悔しいと地団駄を踏んだ。

「なによ…それもこれも全部悪いのはあの二人よ…。桜谷さんがちゃんと君野くんを管理しないからこうなるのよ!」

「は?何いってんの?カンケーある?」

取り巻きの一人が思わず口をあんぐりさせる。
美咲の他責思考はさらにホップステップジャンプする。

「だってそうじゃない!桜谷さんが一週間も学校休むからこうなったのよ!そうすればゆうじゅは君野くんになんか相手しなかったはずだもん!君野くん共々罰を受けてもらわなきゃ…。」

取り巻き二人は呆れていた。

「好きにすればぁ。」

と、思わず失笑してしまう。

どうせさらに堀田くんに嫌われるだけ。
そうすれば…私たちがアピールできる!
という彼女たちの思惑を知らず

美咲は一人暴走を始めようとしていた…

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