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君と見たはずの公園の星は見えなかった第15話「桜谷VS堀田&美咲」


第15話「桜谷VS堀田&美咲」


堀田と桜谷は保健室から出た。
君野は狭い体育倉庫から救出され、堀田に背負われて運ばれて安心したのか、疲れたのかすやすやと寝息を立てるのに時間はかからなかった

幸い彼はちょっとしたパニックになっただけで大事には至らなかった。

「悪い。」

保健室を出た途端
堀田くんはそう、謝ってきた。

「俺は美咲に関与してない。それだけは弁解させてくれ。けど男女のいざこざでお前にも被害が及ぶような事になって悪かった。」

「あらそうなの。私てっきりいらない元カノをあなたがけ仕掛けてきたと思ったわ。」

「そんな残酷なことするか!あれは美咲の暴走だ。はあ…何度言っても俺の話聞いてくれないんだよ。」

「そんな厄介な人と感情に任せて付き合うからよ。君野くんを弟にする前にその穴埋めのために付き合ったんでしょどうせ。」

「すごいなお前。洞察力鋭いな。」

堀田がそう素直に感心した。その時

「アナタって私と似てるわよね。」

隣の桜谷がにゅっと顔を堀田に近づける。
それにぎょっとした堀田は冷静さを装った。

「はあ?どこがだよ。俺はお前ほど小賢しくはないし好きな人を目的のためにビンタするほど残酷でもない。」

「私から見てあなたはだいぶ変態だと思う。これはいい意味なのよ。君野くんに魅入られてしまったもの同士、きっと思うことも一緒よ。」

その言葉に堀田は眉をしかめる。
しかし桜谷は目を細め、口角をゆっくりあげた。

「ねえ、なんで君野くんはあんな可愛いと思う?」

桜谷が急に保健室の目の前にある二階に登る階段の前で止まる。

「無邪気で天然で、純粋で、サッカー以外ポンコツで、俺がいないとなんもできないところ。」

「ふふ。それって家で飼育する犬猫みたいね。あなたを人生の神様と疑わず幼児退行をしている。いつまでも変わらないボールとおやつで遊んでる彼が好きなんでしょ。」

「俺そんなこと言ったことないだろ!病気を治してりたいんだ!元のサッカーをする健康的なあいつに…。」

「そうかしら。本当に君野くん幼児退行を治したいって思う?それは大義名分で本心は違うんじゃない?自分の弟って支配して、そのままの幼くていつまでもお兄ちゃん、お兄ちゃんってわんわん鳴く君野くんが本当は好きなんでしょ。」

「ち、違う!俺は…ただ、」

「じゃあまさか、そこに下心なんて、ないわよね?」

その冷たい言葉に彼は図星だったのか、丑の刻参りで大きな釘が胸に打たれる藁人形の気持ちになった。
しかしその釘を打つ側の桜谷は木とその藁人形にしかみせない威圧感で堀田をさらに追い詰める。

「ブラコンを装って君野くんに下心全開で近づく変態。やってることは教え子に先生と言ってグルーミングする変態教師と変わらないと思うけど。」

「そ、そんなわけないだろ…!何をバカなこと…!!」

「…そうよね。だって兄弟キーホルダーをつけているんだから。私安心した。病気治したいって宣言しておいてその本心は下心丸出しでしたなんて。…笑っちゃうわよね。神様じゃなくてただの“ド変態”だったなんて。」

桜谷は明らかに地雷を踏んだ堀田にほくそ笑む。
もう木に固定された彼は、それをどうやって苦しめようか遊ばれるだけだ。

明らかに動揺し、どんどん沈んでいく堀田を横目に桜谷はニヤリと笑う。

「それに本当は君野くんが治るの怖いんじゃないの?病気が治ったら、もう『お兄ちゃん』なんて言ってくれなくなるわよ。それはあなたの大切な弟の死を彷彿とさせるわ。それでもいいの?」

堀田は何も言えなかった。ただ黙り込み、拳を固く握りしめる。その様子に、桜谷は満足そうに口元をゆるめた。

「あなたが怖いのは、弟の次に君野くんもいなくなること。そうよね?」

この【兄弟ルール】は、堀田くんが自ら作った自分への首吊ロープ。

あの「兄弟」キーホルダーは二人が本当の気持ちに近づけない呪いのキーホルダー。
アレをつけてる間は逆に二人の距離感が兄弟で収まっていると
わかる安心材料になる。

どうせこの変態は今後もくっついてくるのだろう。
だったら何度でもあなたのプライドをぐちゃぐちゃにしてあげる。

君野くんの気持ちを保ちながら彼を追い詰めるにはこれしかない…。

どうせわたしの唇を削がない限りは幼児退行を治したいだなんて叶うわけがない。
その間に私が君野くんを私しかしらない過去の彼に戻すの。

そうすれば堀田くんのことなんか忘れるに決まってる。
それくらい彼は、幼少期の彼は私が大好きだったんだから…。

「あなたは君野くんの公式お兄ちゃんね。」

「なんだよそれ…。」

「だってそうでしょ。私も認めた、紳士な公式お兄ちゃん。」

堀田は明らかにその複雑な胸中を表情に出し
桜谷に口を釘で打たれたように何も言えなかった。

桜谷と堀田が教室に戻っていく。
自分たちのエリアだけそのまま時間が止まっているようだ。
手付かずの弁当がそのままだ。

「あ。」

桜谷は自分の弁当の中を見た。
大量のケシカスが入っている。

あの女だ。

「うわ、美咲やりやがったな!」

堀田もその有り様にショックを受け

「…悪い。」

とまた平謝り。
しかし桜谷はその弁当をじっと眺める。

「教えてあげなきゃ。」

「なにを?」

「ケシカスグラタンの味。」

桜谷がニヤッと笑う。

「何をするつもりだよ!これ以上報復しあっても何も生まないだろ!」

「冗談よ。そんなの相手を戦闘不能にすればいいだけの話じゃない。」

桜谷の見開いた目と、そうするのは当然だという冷酷さにぞくっとする堀田。

「お前はなんか、漫画とかの復讐する一家の家系なのか?」

「次の時間5分前よ。早く準備したら?」

冗談さえも冷たくスルーされた堀田は、今はそそくさと食べかけの弁当と椅子を片付けるしかなかった。

その後君野くんは大事を取って早退させると
担任は彼の荷物を取りに来た時に私に伝えてきた。
そのため端っこの窓側の彼の席はよりがらんとしている。

掃除の時間

「桜谷さん炭酸と水二つも買うの?」

中央廊下の掃除担当の桜谷がその近くにあった自販機で無糖の強炭酸と水を購入していた。
どちらも500mlもある。

「ふふ。たまにはね。」

と話しかけてきた中央廊下のクラスメイトの女子に笑いかける。

「ちょっとトイレ行ってくるわね。」

「うん。いってらっしゃい。」

桜谷はその二つを手に取ったまま移動する。

そして周りの生徒に紛れて掃除してるふりをして新しく買った水を半分以上捨ててしまう。
そして、その水の中に先ほど買った炭酸の中身を流し込んだ。

まるで理科の実験のように真剣な顔で調合する桜谷。
炭酸の方はもう使わないと、一旦水道のところにペットボトルを放置。

その強炭酸入り水を持って向かったのは一年一組。
美咲の席はたしか廊下側の後ろの方。
この水のペットボトルは目立つ派手な女子グループから支持されてるものだ。
美咲は体型にはストイックで、いつも弁当の時間いつも目の前で同じものを飲むのをみていた。

桜谷はそれを待って堂々と中へ入っていく。

「あ、ごめんね。美咲さん、私の飲み物間違えたみたいで。彼女の机は?」

「ああ、そこだよ。」

と、ナチュラルに生徒から聞き出した桜谷は誰の視線も受けることなく、その水を引き出しの中に入れるふりをして彼女の鞄を開ける。
そこには飲みかけの同じメーカーのペットボトルが。

桜谷はそのままそれをとり、かわりに強炭酸と水を混ぜたペットボトルを彼女の鞄に突っ込んだ。

そそくさとそのまま帰っていく。
美咲の飲んだペットボトルの中身も同じくらいだ。
多分気づかないくらいだろう。

桜谷はニヤッと笑い
彼女に対する復讐を成功させる構図を頭の中で何度も描いた。

次の日

「堀田くん。君野くんをみてて。」

「え?」

その日の昼、桜谷は弁当も用意せずに君野の席で
平然と弁当を食べる堀田にそう言った。

「なによ。君野くんの公式お兄ちゃんでしょ?」

「…おう…。」

「なになに?2人とも仲良しになったの?」

君野はその発言に嬉しそうに目をキラキラさせる。
昨日から2人の距離を感じていたようでその言葉にいち早く反応した。

「よかった!でも桜谷さんはどこにいくの?」

「お花摘み。」

桜谷がそう言って何かを目で追いかけている。
堀田がその先を見ると美咲がいた。

そういえば今日の朝も桜谷が下駄箱にいくと彼女の上履きがゴミ箱に捨てられていた。
なにかジュースやコーヒーをかけられていて、桜谷は現在スリッパ。

堀田もそれに再三美咲に注意するも、どうやらこの行為は堀田が付き合うまでやめないと姿勢を変えないと宣言してしまった。

もはやもう、ヤケなのだろう。

「わかる堀田くん。私は今彼女の餌なのよ…。つまり私も彼女を深い海に引きずり込むことができるの。」

と、なぜがそうニタリと笑う桜谷。
とても朝上履きを捨てられたようには思えない。

堀田もまたここまで桜谷を怒らせたのは自分も関わっているのでそれ以上なにも言えない。
桜谷はそのまま飲み物を持って美咲の後をついていってしまった。

「桜谷さん、一人で大丈夫?」

君野も心配そうな顔をする。

「寧ろ一人のほうがいいんじゃないか。俺等にとっても。」

「どういう意味?」

「いいんだ。…知らなくていい。」

堀田はそうため息を付いた。

「あ!」

美咲は桜谷が前方に歩いているのを見かけた。そして女子トイレに吸い込まれていく。

それを見つけると美咲は悪巧みを考え、
すぐそこの廊下にあった防災用のバケツに入った水をもってトイレに近づく。

そのトイレの中はシンとしている。
桜谷はいないが1番端っこの扉だけは閉まっていた。

「そこね!!!!」

美咲はそのトイレの中めがけて上に投げるようにバケツの水の中をぶっかける。

バシャア!と水が膜を張るように何かにかかりその下から水が洪水のように流れていく。

「ねえなんとか言いなさいよ!!」

美咲はそういうものの、中からの反応はない。

「美咲さん。」

「わ!?」

奥の扉の先に夢中になっていると
その呼びかけで右を向いた美咲。

バシャア!!

「きゃあ!!!」

美咲にペットボトルから思いっきり噴出される水がかかった。

そしてひるんだ美咲に桜谷は、張り手で彼女を突き飛ばしタイルの壁とトイレの隙間に追い込む。

「バカね。そこは掃除用具入れよ。」

桜谷がそう鼻で笑った。

美咲のほうが背が高いが、その濡れた美咲をなんとも思わない桜谷はそのまま自分が濡れるのも構わないで顔面を近づける。

目をギッと狂気的にし、美咲もその様子にヒッと静かに声を上げ、体を硬直させる。

「美咲さん、このリップクリームよく使ってるわね。」

と桜谷がいつも美咲がセーラー服の胸ポケットに入れているリップクリームをおもむろに手を突っ込んで取り出す。

「ちょっと!何!返しなさいよ!」

桜谷の手から逃れようとする。しかし桜谷は美咲の足と足の間に片足をいれ、壁につけている。そのため彼女の重心が斜めになり力が入らないのをいいことに離そうとしない。

そして桜谷は美咲の目の前でそのリップクリームを自分の唇に塗った。
唇からわざとパッパと音を立て、まるで性的に狙って襲っている不審者のように美咲の顔に顔面を近づける。

「離して地味メガネゴリラ女!ちびのくせになんでこんな力強いのよ!」

「ねえ最近これつけてて口、痺れてこない?」

桜谷はそういって美咲のリップクリームを見せつける。

「え?どういうこと?」

「例えば、水を飲んだとき口に痺れを感じたりとか…。」

「うそ!!!?そのリップクリームになにかしたの!?」

美咲はそうやって大慌てする。心当たりがあると昨日の水が異様に
ヒリヒリすると違和感を感じたのを思い出した。

暇さえあればリップクリームを欠かさず塗っている彼女は、桜谷がそれをわかってリップクリームに毒でも仕込んだと思い込んだのだ。

勿論、彼女はただ水に強炭酸を流し込んだだけである。

「ねえ美咲さんどうしてほしい?」

意味深にそういう桜谷。
ニタニタ笑いながら、先程毒があると思い込んでいるリップクリームを塗った唇を美咲に近づける。右手で彼女の顔面を持ち、今にも唇と唇がくっついてしまいそうだ。

美咲はヒイイ!と情けない顔でその迫る唇に泣きそうな顔で顔を避けようとする。

もちろんただの少しスースするリップである。

「ごめんなさい!私ゆうじゅが好きで歯止めが効かなかかったの!大好きなの!あなたたちに取られたくなくて…それで…!」

「やめておいた方がいいわ。みんなが大人しく従ってくれることを信用するの。無邪気な子供みたいな人に、ハサミで頭を切られるカマキリみたいに突然首を落とされるわよ。」

桜谷が無表情で答える。
美咲はそんな光景を脳裏に浮かべ悲鳴を小さく上げて涙をポロポロと流した。

「ゆうじゅはね…電車で朝酔っぱらいに絡まれているのを助けてくれたの…!でもゆうじゅイケメンすぎて人気あるから誰にも負けたくなくて…それで…よりいい女になりたかったの…!」

桜谷は涙ながらにそう話す美咲に、ものすごく冷たい視線で見下す。

しかし可愛い女の子の顎を掴みながら、泣いている姿を間近で見つめるというスリルは彼女のサドをくすぐるものはあったようだ。

クククとなにかふつふつと、内側から込み上げてくる気持ちは桜谷自身を狂気に駆り立てる。

「だって、ブランド物を持つくらいいい女になれたら素敵じゃない…!!」

と、美咲が叫んだその時

「んんん!?」

桜谷が突然美咲にキスをした。

美咲は手足をジタバタさせる。
十秒ほどのキスのあと、桜谷は唇を離した。

「誰もあなたを好きじゃないわ。」

ニタニタと笑うが目は笑っておらず
氷のように冷たい。
ようやく桜谷の力から解放された美咲はへなへなとトイレにしゃがみ込む。

「大丈夫よ美咲さん。この毒はこれくらいじゃ死にはしないわ。これ以上、私としたくないでしょ?ディープキス。」

と、美咲の耳元で囁く。

「ひいいい!!」

桜谷の言葉に身の危険を感じたのか、彼女はそのまま走り去ってしまった。

一人になった桜谷はつけなれないリップのついた唇を舐める。

「そういえば、君野くん以外にも呪いのキスって効くのかしら…。」

そんな疑問がふと浮かんだ。もし消えたら美咲は研究対象だ。
まあ、そんなことはないだろうと唇を右腕で拭った。

「おかえり!桜谷さん!」

桜谷が黙って教室に帰還する。君野が最初に気づいて桜谷に手をふった。

「なんか微妙に制服濡れてないか?美咲と平和的解決できたのか?」

「むしろ水で濡れるほど深い仲になったの。」

桜谷はそう言って何事もなかったかのように弁当を食べ始める。

「よかったね!これで波田さんも友達だね!」

と、のんきにニコニコと笑う君野に堀田は目を伏せる。

自分が昨日散々桜谷に追い詰められたことを思い出す。
美咲がどうなったか知りたいような
知りたくないような。

と堀田は桜谷が弁当を食べる様子を椅子に肘をついてため息をついた。

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