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君と見たはずの公園の星は見えなかった第12話「支配のビンタ」
次の日の朝
桜谷さんは、通学路の途中にあった公園に立ち寄り
そのベンチに座りながら横立っている僕をよそに
幼少期の僕達の思い出を語った。
桜谷さんは僕の彼女であること、ここが始まりの地で、僕達が幼少期に出会っのがこの公園だと話した。
そうイキイキとする説明する彼女はとてもハキハキしていて
朝のおとなしい彼女とは違う無邪気さがあった。
僕は、この公園に何かを感じるか?と言われたら得に何も感じない。
ただ、ハキハキ話す彼女をみているとなにか思い出しそうで思い出せない感覚に陥っていた。
「君野くん、あのね…。私を忘れててもちゃんと学校ではいつもの恋人と思って扱ってほしいの。…みんな混乱しちゃうから。忘れたなんて言わないで。」
と、彼女が言う。
僕はそんな悲しげな彼女と目が合った瞬間、胸の奥から湧き上がる奇妙な感覚に襲われた。
まただ…
それは、はっきりとした形も名前もないけれど、どこか懐かしく、切ないものだった。何かを思い出しそうで、でもその何かがぼんやりと霧に包まれている
彼女の何気ない仕草、少しだけ傾けた首、視線の置き方――どれもが既視感に満ちていた。
けれど、どうしてこんなにも心が動かされるのか、自分では全くわからない。ただ、一つだけ確信があった。
これが初めてではない。彼女とこうして向き合うのは、きっと昔から何度もあったのだろう。
「どうしたの?」
「…なんか、僕桜谷さんと本当に付き合ってたかもって今思ったんだ。」
「え!?ほんと?」
すると彼女は宝くじでも当選したかのように手に口を抑える。
それを見た瞬間、僕は彼女にものすごく愛おしさを感じた。
「うん。なんかすごく好きって気持ちがする。」
彼女はそう聞くと、目に涙を溜めていた。
それにぎょっとすると、眼の前の僕にぎゅっと抱きついてきた。
それに心拍数がギュンっとあがり、体中からあたたかな彼女への愛おしさが溢れた。
「やっぱり…ちゃんと戻ってるのね。」
「戻ってるって?」
「君野くんが私を思い出してくれている。きっともうすぐ王子様の頃に戻るのよ…。私すごく寂しかった。これからはずっとそばにいて。」
なにか、そんな約束をしたまま果たせなかったのだろうか?ただ、その彼女の言葉が正しいようにも思えて、余計なことは言わないでおくことにした。
「…あれ、なんか今サーブ飲みたい。」
「え?」
その瞬間、桜谷さんが眉間にシワを寄せた。
僕の顔を見上げると、さっきまでの乙女の顔は嘘のように怪訝な顔つきになった。
「サーブって、確か君野くんが中学時代、サッカー選手が描いてあるから好きだったって言う飲み物よね…。」
「あ、そうなんだ。なんか、好きかもって気持ちと共に今そう思ったんだ。」
「…はあ。」
彼女は肩を落とした。その理由を聞く前に彼女はカバンをもって僕の手を黙ってひいた。
僕はその理由がわからないまま、不機嫌になった彼女に従うように
何も話さないまま学校に到着した。
「おはよう堀田くん!」
ボフツ
「うは!?」
2時間目の休み時間、トイレから出た堀田は突然横から脇腹にタックルをうけた。
堀田はその君野の〝じゃれ〟にとんでもなく間抜けな声を出し
ひい!と嬉しい悲鳴を上げた。
君野があうあうとオットセイのように声を出す。
多分、これ本物の幼児退行かもしれない。
あんなに落ち着いていこう!と誓った気持ちは吹っ飛び、
前の棒チョコ菓子キス事件が脳みそいっぱいに風船のように広がる
俺!落ち着け!
俺はブラコン!!ブラコンだ!病的なブラコン!ブラザー!
と唱え君野のその顔をまじまじと見る。その目は純粋無垢な子どもそのもの。
大きくて丸いまつげの長い君野の目がじっと堀田を捉えた。
まるで俺の部屋のベッドの上で弾んでいた時を思い出す、幼顔だ。
か、かわい…
「ねえねえ、堀田くん!僕思うんだー。」
「な、なんだ?」
「勉強してる時、どれくらいやればレベルアップするか数字が見れたらいいなーて思わない?」
「まあ、たしかにそれがあったら便利だな。将来、レベルアップが早いものばっかり選んでいけば、その人に向いてるものがわかるかも。」
「でしょでしょ!でも僕はね、堀田くんに関してはそれがわかるんだ!」
「はい?」
堀田が小首を傾げると、君野は目を細めていたずらっぽく笑う。
すると、突然堀田の腰にまとわりついていた君野はスクっと立ち上がり、堀田に指差してこういった。
「100!!今堀田くんが僕を好きな数字!」
「は!?そ、そんなわけねえだろ!」
バレテーラ!
と半ば開き直りに、君野に言い当てられた数字にまた取り乱す堀田。
耳が真っ赤になると君野はさらに無邪気に笑いながら、接近しているのにこちらに指をさす。
「100!100!」
「やめろって!もう!!そんな事すると嫌いになるぞ!!」
「100!120!」
上がってる!?
俺の心臓と連動してるのかよコイツ!
あまりにも図星すぎる!と更に顔が真っ赤になる。
それを楽しんでいる君野に堀田はこれ以上
プライドをぐしゃぐしゃにされないように
君野の立てる右手の人差し指を自分の手のひらの中に封じた。
「いい加減にしろ!小馬鹿にしすぎだ!」
そんな風に幸せな時間にキャッキャしていた時だった。
「何してるの?」
そこに、隣の女子トイレから出てきた桜谷が怪訝そうな顔で堀田を睨んだ。
それにふやけていた彼の顔が途端に警戒する表情に変わる。
「君野くん大丈夫?」
「コイツ、また幼児退行を起こしてるのかもしれない。」
「またって、一週間前にも起こしてたの?あなたの時ばかり起こすわね。お菓子の時みたいに…。」
と、腕を組み、堀田を舐めるように見回す。
まるで幼児退行になる原因が堀田にあると言いたそうだ。
「たまたまだ!俺はお前よりコイツにストレスを与えるようなことしてない。」
「どういう根拠でそんなこと言ってるの?」
「俺は見てたんだぞ先々週の金曜、階段の踊り場で君野を殴ってるの!お前によるストレスじゃないのか?」
「あら、悪趣味ね。そんなところ眺めてるなんて。」
「何で殴ったんだ?どう考えたってこいつに殴る必要なんかないだろ!俺はお前と君野は別れるべきだと思ってる!」
「部外者のあなたが知る必要なんてない。」
すると堀田に抑えられていた君野が隙をついて脱出。
桜谷をマジっとみると
君野は堀田同様、その指を桜谷に指をさした。
「50!50!」
満面の笑みで数字を言う君野に
堀田は眉を顰めた。
「君野くん、どうしたの?」
「今の桜谷さんの僕の気持ちに対する数字!」
「お前、本当に君野のこと愛してるのか…?」
と、堀田は君野の肩を掴んでぐるんと体をこちらに向ける。
すると
「100!!150!!」
と明るく叫んだ。
桜谷は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに目を細める。
「だから何?こんなの彼がただお遊びでしてるだけじゃない。まさか幼児退行してる彼の気持ちが本当だって言うの?」
「こいつは俺には常に本心だ!幼児退行していたって、こうやって無邪気を向けてくれるのはそうしたいからだ!お前にはそんなことしないだろ?その絆に嘘があるんだよ!」
その発言に、彼女は目の前の彼が獣の罠にかかったように感じた。
君野くんはわざと幼児退行をして堀田くんに接している話していた。
この昨日の彼の言葉は
堀田くんを残酷に突き落とすには素晴らしい言葉だ。
でも、まだまだじわじわと堀田くんの首を絞めることができそうだ。
まだだ。
その話をバラすには早い。
そうだ…
ここで桜谷は悪魔の作戦を思いついた。
彼女の作戦は単純だった。しかし、単純であるほど効果的だということを、桜谷は熟知していた。
君野の不安を煽り、堀田との溝を巧みに広げる。彼らの間に生まれる亀裂を見つめながら、彼女は心の中で冷たく笑っていた。
ギッと口角を上げて、彼女のサディスティックが炉の中の炎のように燃えたぎる。
突然目の前の君野に近づくとその頬に思いっきりビンタをした。
「っ!?」
殴られた君野は勢いでよろめいた。
堀田もその予想外の行動に、口をあんぐりさせ、手の指の関節全てに力を入れて固まった。
桜谷はそんな君野の襟を掴んで唇にキスをする。
彼女の唇が触れた瞬間、君野は正気を取り戻し
彼女に朝感じた気持ちとは全く別の
まるで氷の刃が心を裂くような冷たさだけが残った。
「何してんだよ!!」
堀田はそう大声をあげ、無理やり君野を桜谷から引き剥がした。
君野もまだ呆然としていたが、堀田の過保護の温かみに包まれるとようやく殴られたことを認識したようで、放心状態でゆっくりと殴られた頬を触った。
「ほら、前と同じビンタよ。これがどうかしたの?」
まるで何でもない日常の会話をするような、無表情な声色。だが、その言葉の裏にある冷たさは、堀田の背筋を凍らせた。
「ふふ。明日になったらわかるわ。堀田くんには理解できない、君野くんと私だけの深い深い絆があるの。」
「いい加減にしろ!全部お前が恐怖で押さえつけてきたんだろ!!明日指をくわえて悔しい思いをするのはお前だ!」
しかし、君野は頬を抑え、先ほどの無邪気な顔は嘘だったのように
堀田の胸の中で震えている。堀田も怒りが爆発しそうになる一方で、何か得体の知れない空気が黒くよどんで包み込む。
コイツは本当に“人の子”なのか?
桜谷はその問いに応えるように、ふっと微笑んだ。その笑みが堀田には嘲笑のようにも、感情のない仮面のようにも見えた。
「酷いよ桜谷さん…。」
君野はか弱い声で泣いていた。
堀田はその光景に、胸を撫で下ろす。
「お前なんかに君野は渡さない!今までやってきた技が通じないようだな!」
こいつは狡猾だがバカなんだ。
感情的にビンタして、取り返しのつかないことになってやがる…!
「行こうぜ君野。お前は今日から自由だ。」
「う、うん…。」
その場からすぐに去りたかったというように
堀田はそのまま君野を連れて行く。
その進むスピードは早足だ。
なぜかここまでしているのに
振り返ったらヤツが笑っているような気がしたからだ。
でもこれで、君野は桜谷により着くことは一生ないだろう。
取り合いの長期戦のバトルになるだろうと思っていたが
あっけなく終焉を迎えたことに、堀田も拍子抜けしていた。
「お前さ、いつもああやって暴力振るわれてたのか?」
「…ううん。そんな記憶はないけどあったらもう離れてるよ。」
「なんだ、俺にとられると思ってのヤケか?ま、これで分かっただろ。あいつの本性がさ。」
俺は君野と肩を組んだ。
その後、この日君野も明らかに桜谷を避けて過ごした。
次の日
「は?」
堀田は教室に入ってくるなり目をパチクリさせた。
学校の廊下で君野の姿を見つけると、自然と足を止めた。
廊下の向こう側、君野が桜谷と向かい合って笑っている。その姿が堀田の視界に飛び込んできたのだ。
「え……?」
堀田の足が止まった。視界に映るものが形を歪ませて
血の気が一気に引いていくのを感じた。
君野の口から漏れる小さな笑い声、桜谷が何かを囁いて、それに君野が楽しそうに相槌を打つ様子。
その光景が現実感を持って堀田の目に焼き付いた。
足がその場で崩れる。白のエナメルカバンが重力に負けて冷たい床に叩きつけられた。
昨日、あんなに傷ついていた君野の姿が頭をよぎる。自分の胸の中で拳を握り、君野を守らなければと誓ったはずだ。
それなのに――その君野が、桜谷と、あの桜谷と親しげに話している。まるで何事もなかったかのように…
俺は、裏切られた……のか?
そんなはずはないと、堀田は首を振った。
けれど、目の前の光景がすべてを否定する。
君野の態度はまるで、堀田の怒りも苦しみも、存在そのものを無視しているかのように見えた。
「……君野、お前、何してんだよ……」
堀田はそう、声を絞り、君野と桜谷の前に立ちはだかった。
「あ、おはよう堀田くん!」
君野はそう、この光景が当たり前かのように堀田の元へ駆け寄る。
「どういう事だよ!!!」
「え?なんで怒ってるの?」
「なんでって…!お前昨日桜谷にビンタされて、もう付き合わないって言っただろ!なのにどういう事だよ!」
「え…?そ、そうだっけ…。」
と、君野は桜谷を見る。
「堀田くん、今日エイプリルフールでもなんでもないわよ。」
そう言うと、彼女はそのまま君野の腕を引っ張り、堀田を心配する彼を他所に教室に入っていく。
その光景を見送る際、桜谷が微笑しているのが見えた。
あいつ、やっぱり昨日背中越しに笑っていやがったのか…。
けどなんで…どうして…。
堀田はまだ前に曲がった腰をもとに戻せず、
その裏切りは彼の心に深い傷をつけた。