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君と見たはずの公園の星は見えなかった第18話「忘れたくても忘れられない」

桜谷が一階自動販売機エリアに到着する頃には、堀田がすでに爆発していた。
白昼堂々、君野を恋人のように抱きしめていたのだ。

導火線を止めることができなかった。
しかし、桜谷はそれを止めに入ることはせずにとりあえず外廊下と中廊下の境目のところで隠れて見守る。

ここからどう巻き返そうかと、考えていると
彼女の後ろを先にゴミ捨てに向かったはずの男子生徒がのんびりと歩いてゴミ袋を持っている。
桜谷の視線は鋭かった。ゴミ袋の中に見覚えのある物を感じ取った瞬間、彼女は無意識に動いていた。

バシッ

「おっと!?」

驚いた男子生徒は前に倒れかかる。
次にみたのは、不気味な女子生徒が物陰に隠れてゴミの結び目を必死にほどこうとしている姿だった。
男子生徒は戸惑いながらも、その背中からでもわかる鬼気迫る表情に何も言えなかった。

何事もなかったかのように首元を片手で触り、片方の手にはポッケに突っ込んで、冷静を装う。
しかし特になにも被害はなく、とにかく早くこの場から去りたいと来た道をそのまま戻っていった。

桜谷はゴミ袋をとき、それを広げるとゴミの中に手を突っ込む。もわっと立ち込めた悪臭が鼻をつんざく。

その形相は浮気相手の証拠をなんとしても探したいと言わんばかりの鬼気迫ったものだった。

夏のゴミ袋だ。 
謎の液体がつこうが、爪の先にゴミが入ろうが肘まで手を突っ込んでガサガサと漁りまくる。

「あった!」

やった。
「兄」キーホルダーだ。

めちゃくちゃベタベタしている。
しかしそれを宝物を見つけたように桜谷は、目より高い位置にあげ、今にでもそれを食べてしまいそうなくらい目を見開いてニタァと笑った。

「あはは。」

この中に閉じ込めてやる。

近くの水道に走った桜谷は急いでキーホルダーと腕を洗った。

「…。」

3分くらい経過したか、
堀田と君野はその場に元々あったモニュメントであったように時間を停止させていた。

「堀田くん、苦しいよ。」

「悪い…力強かったな。」

堀田は君野のそんな素っ気ない言葉で離れた。

ようやく落ち着いた君野の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
堀田はポケットからすかさずティッシュを取り出す。

前と同じように君野の鼻に当てがった。
君野がそれに思いっきり鼻水を出すと、堀田はそれを近くの燃えるゴミに捨てる。

「また仲良くしてくれる…?」

落ち着いた君野は、まだ涙声でこう言った。
潤んだ瞳で、見つめる。そんな目でみられたら、誰も嫌だなんて言えないだろう。

「もちろんだ!その、いろいろな気持ちの葛藤があったんだ。兄弟関係を解消したいと思ったくらいにお前が好きで…。」

「その好きは、どういう好きなの?」

「それは…例えば男と女がするキ、き…。」

堀田の脳裏にはチョコ菓子不可抗力キス事件が浮かんで来る。
アレを思い出すとたまらず体と顔が火照って冷静さをかき乱す。
なんでだろう。
君野のことは完璧にわかるのに、こんなにも自分が不甲斐なくなるなんて…。

「お前と、ほら、前に菓子食ってたときみたいなやつとか…?」

「お菓子?そんなことあったっけ…。」

「俺とキスしたこと忘れたのか?!」

「あ…桜谷さんのお土産の棒チョコのやつ?」

「俺は、もっとああいうことがしたい!!!」

と、勢いで言ってしまった。

堀田はきゅっと目をつむり、ぐううう~!!!と歯を食いしばり悶絶している。

いや、恥ずかしすぎるだろ!!!
キモイキモイキモイ!!オレ超キモイ!!
と心の中が叫ぶ。

同時に
堀田の胸が高鳴る音が、自分にだけ聞こえる気がした。
二人きりの空間。静寂の中、君野の微かな吐息が耳に届く。

「……君野。」

堀田は、少し震える声で君野の名前を呼ぶ。
目の前の彼は不思議そうに首を傾げているが、その無防備さが堀田をさらに追い詰めた。

――触れたい。

堀田の心の中で、小さな欲望が膨らんでいく。
君野の唇に視線を落とし、そっと顔を近づけた。

あと少し。指先がかすかに君野の肩に触れる。

その瞬間

「堀田くん。これ見つけて来たわ。」

「!」

堀田が振り返ると真後ろに桜谷がいた。
「兄」キーホルダーを堀田の前に突き出して、なにか切り札のカードでも突き出しているように自信満々の様子。

「それ、どうしたんだよ!」

先ほどゴミに捨てたはずなのに…。
と驚いていると

桜谷はそれを堀田の手を掴み彼の手に乗せ、その指を折りたたみ握らせると
小首を傾げ、目を細め微笑する。
その姿に、彼女の正体を知っている堀田にはとても不気味にみえた。

「これ、君野くんとの大事なものでしょ?落としたらダメじゃない。」

「いや、違うんだ桜谷」

「いいのよ。ね、堀田くんは君野くんの公式お兄ちゃんだもん。」

桜谷が畳みかける。堀田の制止を聞く気はないようだ。
君野も突然二の腕をがっしり掴まれ、額から迫ってくる桜谷の同意を求める圧に
首を縦にふるしかない。

「堀田くんで詐欺師?」

「さ、詐欺師!?」

と、桜谷の言葉で堀田の声がうわづった。
彼女は冷笑を浮かべながら言葉を続ける。

「ブラコン?違うわね。あなたはもっと性質が悪い――そう、変態詐欺師よ。」

彼女の瞳は堀田を冷たく射抜き、その声には鋭い刃のような威圧感が込められている。

「君野くんはあくまで赤の他人よ?それを、自分の寂しさを埋めるために巻き込んで、人の気持ちをもて遊ぶなんて変態……気持ち悪いったらないわ。」

桜谷の声は、最後の言葉で低く響く。

「人の気持ちに踏み込むなら、それなりの覚悟を持ちなさいよ。でなきゃ、君野くんに近づく資格なんてない。」

と、堀田の頭を金槌で殴られたような衝撃が走った。

…確かに、言われればそうかもしれない。
俺は自分の気持ちに決着がつかないことをいいことに
どっちにも転べるようにしているんだ。

その姿を他者からみれば…俺は変態詐欺師なのか…!?

堀田は頭上から「変態詐欺師」と彫られたブロック岩が落ちてくるように、その重みに気持ちが押しつぶされていく。

「でも俺…。」

気弱な声を出すが

「でも、大丈夫。」

桜谷は間髪入れずに今度は堀田をまるで修道女のような慈悲深い目で彼を見上げる。
握りしめたままのキーホルダーの握る堀田の手を、桜谷はギュッと両手で包みこんだ。

「肝に銘じるのよ堀田くん。君野くんは変態で詐欺師なあなたは好きじゃない。それ以上のことをするならあなた、自分が軽蔑する私より酷いゲテモノになるわよ。」

堀田はまた引きつった顔をする。

「ゲテモノ…。」

俺は、君野にビンタをするこいつより酷いことしているのか…?

まるでトイレを流した時のような水流に流されているよう。
どうしようもできず、その下の下水にぽちゃんと落ちていくような
そんなみじめな自分を想像した。

「…。」

君野も黙った下を向く。
その場の空気は最悪だ。
先ほどのグッドエンディングは見るも無惨に壊された。

「さ、戻りましょう。掃除の時間ももう終わるわ。」

桜谷はそういって手を2回叩いた。
そして後ろに男二人をつれて颯爽と歩いていた。

「…。」

堀田はもう、プライドがめちゃめちゃに傷ついてるようだ。
先ほどから虚ろな顔が変態や詐欺師の言葉に自分で自分を追い詰めているのがわかる。
君野はそんな堀田を横目でみて、さみしげな表情をしていた。

そんな前を堂々と歩く桜谷は
敵の首を片手に持ち帰る将軍のようにみえた。

放課後、堀田は1人体育館の隅っこでバスケ部を見学するふりをしていた。

桜谷の思惑通りか、自身の君野への恋心はただのブラコンの暴走なのか?

それほど彼には詐欺師と変態はきつい言葉だった。
自身のアイデンティティを守るために
好きだった気持ちは
「兄弟愛の暴走」として正当化しようとしている。

ビーーーー!!

と、けたたましいブザー音がする。
目の前のコートでは勝利チームが
ハイタッチをして喜んでいる。

でも、本当は、そんなわけないんだ。

「そんなわけ…。」

バスケ部の様子を見ているだけなのに、堀田の目からは一筋の涙がスッと流れた。

この涙ってなんだろうか。
なんなんだろう。

なぜ俺はそう言われても貫き通せなかったんだ。
どうして、〝ブラコンが暴走した〟で今気持ちを落ち着けようとしてしまうんだ。
俺の気持ちってそんなもんだったのか?

だってそうじゃないはずだってわかってるのにな…

堀田の手には「兄」キーホルダーが握られている。
そもそも、もう選択を間違えてしまった世界にいるのかもしれない。

学生生活ってもっと楽しいものだと思ってた。

どうしたらいい?
俺は…。
これをまた、つけるべきなのか。

そう静かに、止まらない涙を制服の袖で拭った。

夕暮れが校舎を赤く染める中、周囲の喧騒が遠く感じられる。
力なく垂れた彼の手には、まだキーホルダーが握られていた。

次の日
火曜日の朝、堀田と君野が下駄箱前で鉢合わせした。

「おはよう!堀田くん!」

と、君野の様子は昨日とは打って変わってかなり明るかった。いつもの様子と変わらない。

「お、おう。おはよう。桜谷は?」

「さっき先生に呼ばれていったよ。なんか急遽今日の朝の放送で、標語の受賞インタビューするって言われて連れてかれちゃった。」

「そーなのか。」

堀田は君野のリュックを見る。
まだ「弟」キーホルダーはついたままだ。

「なあ、君野あのさ。」

「あれ?「兄」キーホルダーは!?もしかして落としちゃったとか?」

「え?いや、落としてはない。ほら。」

堀田は相当迷っていたのか、今日もキーホルダーはポケットの中にいた。

「なんでつけてないの?壊れちゃった?」

「いやいや、昨日あんなことがあったからさ…申し訳ないっていうか…。」

「昨日って何?」

「は!!!!!????」

その間抜けな大声に周囲の下駄箱付近の生徒の視線が堀田に集まった。

「ま、まじで言ってんの…?」

「マジだよー!」

とニコニコと笑う君野。
本当に時間を数日前に戻してしまったようだ。
そのあっけなく終わる杞憂に、堀田は深くため息をついたが
同時に
何故かまたやり直せるかもしれない!という前向きな気持ちとずるい気持ちになっていた。

なんで忘れたんだろうか…。
ショックだったのか…?

「あ、そうだトイレ行きたかったんだ!!漏れそう!トイレ行ってくる!」

「あ、おい!!」

君野はそう言って慌ただしくトイレに走って行った。

「…なんだ。」

そう、堀田は胸を撫で下ろす。
しかし、全部無かったことにできるのは果たして、嬉しいことなのだろうか。
自分の不甲斐なさに蓋をしただけにしかすぎないはずなのに。

「堀田くーん!ねえ!なにしてるのー?」

「げ!」

君野をトイレ入口で待とうとしたが美咲の取り巻きに囲まれた堀田は、
そのまま彼女らに捕まった。

「ぐすっ…うううっ…」

その頃トイレ内。個室からはすすり泣く声が聞こえている。
その中で、洋式便器の前でリュックを抱え立って泣いている君野がいた。

声を殺し、ただひたすら昨日と同じようにぐずり泣いている。

「…これでいいんだ。」

そう自分に言い聞かせるのに、涙が止まらない。
なんでだろう。この気持ちの罪悪感はなんだろう。
何故堀田くんを好きになると、こんなにも罪悪感でいっぱいになるんだろう…

と、君野はそう、リュックについた「弟」キーホルダーを握り締め、
その手を震わせる。

「大好きだよっ…堀田くん…。」

と、小さく呟き、そのまま滑るかのように、壁に寄りかかったままその場で体育座りするようにいつまでも泣いていた。

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