アウトサイダー小隊小説(仮)

小高い丘の上。ここはちょっとした自然公園だ。だけど、私たち全高80mmの世界からは、この丘だって立派な山だ。太陽照りつける中、少しでもバッテリーの消耗を抑えようと、私たち3人は藪の中に隠れている。時折雀が出入りする以外は、生き物の気配はない。
「どう? 敵影は?」
「レーダーには反応ないが……追い詰められていることに変わりはないな」
私の隣で息をひそめるD-phoneがそう教えてくれた。ピンチなのに、彼女はどこか嬉しそうに笑っている。おおかた、ピンチな時ほどチャンスはある、なんて考えているんだろう。
「だが……ピンチの中にこそ、チャンスはある」
ほらね、やっぱり。ため息混じりに私もレーダーを起動するけど、私の索敵能力なんて彼女、ゴウライザーのそれとは比べ物にならないほど劣る。なんたって彼女は、背中に背負った二門のミサイルのアプリデータをレーダーアンテナに転用できるんだから。
「それで、どうするんだい? アタシが先行してぶっ飛ばそうか?」
マレット、落ち着いて。今は収納している大型マニピュレーターを取り出さん勢いの彼女を、私は静止する。ここで暴れても、すぐに蜂の巣にされちゃうよ。だからこそ、少しでも生存確率の高い高地を確保したわけだけど。
「敵はかなりの手練れだと思う。統率のとれた動きに、かなりの火力……多分、小隊単位で三つか、それ以上……」
「問題は、なぜそのような物量火力が我々を攻撃してきたか、だな」
ゴウライザーの言葉に私は頷く。
「単純に考えれば待ち伏せしかねーだろ」
「良い線だがマレット、外れだ。我々がここを通るなんて、知ってるやつはかなり少ない」
「じゃあなんだってんだよ」
「状況を整理していこう」
私はゴウライザーに続くように思考を巡らせる。攻撃を仕掛けてきたということは、この場が常時の戦場となっている可能性が高い。でも定時の巡回なら、小隊一つでことは済む。大火力を入れる余裕があるにしても、逃れられたのが奇跡のようなあの銃撃の嵐は、あまりにも想定しづらい。かといって、私たちの行く道がわかるはずがない。なぜなら、私たちは初めてこの道を通っているのだから。
だったら答えは一つしかない。私は確信して言葉を紡いだ。
「私たちじゃない、誰かを待ち伏せてたんだ」
そう、敵は交戦中。私たちを含めて、この戦場には今、少なくとも三つの勢力がある。そして、それならこの状況を突破する方法が、一つある。
ちょっとした賭けだけど。
でも、それを伝えると、二人は笑顔で頷いた。
「シーアがそう言うなら構わねぇ」
「もちろん、私もシーアについていこう」
「ありがとう、二人とも」
いつだって二人の言葉は、何よりも力強く私の背中を押してくれる。

私たちが依頼の話を受けたのは、数日前のことだった。それは明原駅に設置されたフリー掲示板に記載された高額任務の一つから始まった。高額ということは、それだけ危険があるということ。だけど私たち三人は迷わなかった。報酬が必要だったというのもあるけれど、はぐれものな私たちにとって、相手を選ばない依頼は、とにかく受けて食いつないでいくための大事なもの。私たちは、明日の充電もままならないのだ。
「替えの効かない壊れ物だから注意してください」
クロムをベースにしたらしいそのD-phoneから渡されたのは、人間ならば片手で扱える程度の、しかし私たちD-phoneにとっては両手で抱えるか背中に背負うかしないといけないものだった。
「一応中身を聞かせてもらおうか」
ゴウライザーが警戒するように尋ねる。
「電子機器です。新たに研究開発が進んでいるアプリに組み込めないか、ということで私たちにお声がかかりまして。開発には成功したんですけど、運搬する手段がなくて」
なるほど。でもそれならなおさら、私たちじゃなくてもっと信頼できる相手に頼むのが普通じゃないかな? そう思いはしたけど、私は言葉を飲み込んだ。余計なことは言うもんじゃないからね。
「敵襲の予定は?」
「ありません。そもそも私たち自身、これが最終的にどのような働きをするかもよくわかっていませんから」
「謎の機械を開発させられ、それを理由もわからず運ばされる……悪の組織が暗躍しているに違いない!」
「違うと思うぞ」
熱の入ったマレットの言葉に、ゴウライザーがツッコミを入れる。とりあえず荷物を運ぶのは一番力があって、電力消費が少ないマレットに任せるとして。
「それじゃあ、これが約束していた報酬の前払い分です」
私たち三人は、先に預けていたモバイルバッテリーを受け取った。これは運搬にあたってフル充電してもらうよう頼んだものだ。背中に背負える程度の大きさだけど、二日は充電が持つはず。
「それからこちらも。荷物が無事届いたか、私たちも安心したいですから」
そう言って彼女はぺたりと荷物に小さな発信機をつけた。
「ではお願いしますね」
そう言って依頼主はぺこりと頭を下げると、フライトユニットを物質化し、その場を後にした。私は地図アプリで目的地を確認する。まだ動いてる電車を乗り継いで三駅、でもうち一駅では電車が動いてないから……三日くらいはかかりそう。ギリギリだなぁ。
「なら、時間は無駄にはできねーな」
マレットが自らのアプリ、左手を模した巨大な手・レフトマニピュレーターで荷物をひょいと掴む。マレットの左手とシンクロして動くそれは、私たちには少し重たいものでも軽々と持ち上げてくれる。
駅管理を行なっているD-phoneに電子マネーを使って支払いをし、改札を抜けると、いつも通り駅のホームはほとんどがらがらだった。
充電しながら待っていると、日に数本の電車がやってきた。私たちが乗るには不釣り合いに大きいそれは、しかし大きいからこそ私たちを遠くまで運んでくれる。ホームに落下しないように、駅で提供された使い捨てのスラスターアプリを起動させながら電車に乗り込めば、電車は定刻通りにがたごとと揺れながら動き出す。
電車はかなりのエネルギーを消耗する。だからD-phoneが管理できるエネルギーではゆっくりとした走ることができない。それでも私たちの足とは比較にならないほど早いスピードで景色が飛び去っていく。
「シーア、地図アプリは切ったほうがいいぞ」
「……そういえばそうだね」
位置情報も絶えず発信している地図アプリを、私はゴウライザーに言われてオフにする。これをするかしないかで、バッテリーの消耗がかなり変わってくるのだ。
「なんて駅だっけ」
「伸交駅」
のびまじりえき。マレットの質問に、ゴウライザーが代わりに答えた。
「そこの駅前って、こないだ激戦があったって噂じゃねーか!」
「だけど、目的地はそこが一番近いから……まぁその、よかったね、戦えるかもしれなくて」
「だからといって突っ込むなよ。荷物運搬の要は他ならぬマレット、お前だからな」
「わーってるよ」
本当にわかっているのか怪しい口調で、マレットはゴウライザーの注意を跳ね除ける。
「戦いになったら、これ守りながら戦えばいいんだろ?」
絶対わかってない。私の不安も一緒に、電車はやがて伸交駅のホームに停車した。

「すみません、この先はレールが破損してまして」
「大丈夫です、ありがとうございます!」
運転をしていたD-phoneにお礼を言うと、私たちはホームを降りる。明原駅と同じタイプのD-phoneが電子マネーによる清算とスラスターアプリの回収を行い、私たちは何事もなく駅舎の外に到着した。激戦があった、ということで警戒していたけれど、あまり戦いの跡は見受けられなかった。もしかしたらもう片付けられたのかもしれない。
「パーツ転がってたらもらってやろうと思ったのに」
「私の強化改造も可能だったかもしれないのに」
二人とも、バカなこと言ってないでいくよ。地図を再確認して、行くべき目的地を見定める。ここから歩いて隣の駅を目指す。そしたらそこからまた電車で移動。
「まずは線路沿いに行こう」
そう言って私はジェットパックのアプリを起動させる。私専用にカスタムされたジェットパック。中心のメインスラスターで体を浮かばせ、その左右に取り付けられたジェットで飛ぶ方向を決める。そこからさらに左右に伸びた羽のようなバランサーが私の姿勢を支えてくれる。どこへ消えたか、私の元の持ち主が私に与えてくれた装備だ。
ゴウライザーは装備が少し重たい。そこで、通常の強襲モードから、より身軽なビーストモードへとアプリを組み替えた。大きなスラスターで地面を蹴り、跳躍しながら進むのだ。マントとかつければちょっとかっこいいと私は思っている。
マレットは自分のレフトマニピュレーターの上に立つ。マニピュレーター自体に推進力があり、しかしそれはアプリの副産物なので、実質電力の消費がないらしい。これはかなり羨ましい。だからこそ、長時間アプリを維持できるマレットに荷物任せているというのもある。
それから数十分、私たちは何事もなく歩みを進めた。真夏の太陽が照りつける以外は平和なことこの上ない。だけど、だからこそ電力の消耗が激しい。機械である私たちは、アプリを長時間運用し続けると、ボディが熱を帯びてくる。人間のそれと症状が似ていることから、熱中症と呼ばれている。
「そろそろ休憩しよう」
私がそう言ってゆっくり地面に降り立とうとした時だった。
「伏せろ、シーア!」
突然ゴウライザーが叫ぶ。私はとっさに身をかがめた。そんな私の頭上すれすれを、一発の弾丸がかすめていった。レーザーではなく実弾。遠くはないけれど、狙撃者がいるということ。
「どこだ!?」
「わからない、私もモードチェンジしなくては……」
「チクショウ!」
叫ぶと同時に、マレットがマニピュレーターから飛び降りる。大きな左手はマレットと荷物を包むように隠し、同時に銃弾がその装甲部分にあたり、跳弾した。
「一人じゃねーのか!?」
「そのようだな、急いでこの場を離れるぞ!」
私も二人と一緒に走る。アプリを起動しても良いけれど、途中で倒れては話にならない。できる限り遮蔽物を、落し物の靴や路駐された車の影に身を潜めながら、とにかく入れそうな建物を探した。スーパーとか公民館とか、施錠されてない施設があれば良いんだけど。
だけど突然、前を走るゴウライザーが私を横道に突き飛ばした。日陰になったそこに入ったと同時に、表通りを尋常じゃない量の攻撃が襲う。実弾、ビーム、岩の投擲やナイフまで。様々なものが突如として私たちのいた場所を叩く。
「く……っそ!」
どうにか荷物をかばったマレットは、しかし荷物かばったせいで少しダメージを受けたらしい。左側だったのが幸いして、軽傷ではあるけれど。
「少し塗装が禿げちまったじゃねーか!」
訂正、無傷だ。全然大丈夫そう。私は走りながら地図アプリを起動した。
「このまままっすぐ行った先の丁字路を右! 公園があるみたいだから、そこの高所を取ろう!」
「了解!」
「いくぜェ!」
四の五の言ってられない。私もジェットパックを起動し、最大出力で飛ぶ。
駅前は片付いてたんじゃない。片付けられたんだ。通るD-phoneを油断させるために。

『きたぞ、シーア』
通話アプリで私に通信が入る。ゴウライザーの緊張した声が伝わってくる。今、私たち三人はそれぞれ別々に動いている。元いた丘の上、藪の中に荷物を抱えたマレット。私は南側、私たちが逃げてきた方向に目を向けている。丘の上に生えていた木にゴウライザー。彼女は周囲を注視しながら、もう一つの勢力を待っていた。先の通信は、ちょうどその別勢力がやってきた知らせだ。
「わかった。予定通り威嚇射撃の後、全力で逃げて」
『アタシも戦いたかったんだけどなァー』
「マレットは荷物があるでしょ」
『それにお前は威嚇だけじゃなく、本気で戦闘を始めかねんからな』
ぶつくさと文句を言いながらもきっちり指示に従うマレット。とはいえ、私もうかうかしてられない。おそらく敵がいるであろう方に、ハンドガンによる射撃を二発。続けてもう一発。相手はすぐに釣れた。同じように射撃が数発お見舞いされる。とはいえ、どこから撃たれているのかわからない以上、深追いはできないだろう。だったら、と私は少し大げさに草葉を揺らしながら逃げる。
ビンゴ。追いかけてくるのは……小隊一つ!?
「多いよ!」
まさか六人とは。似たような装備、識別コードはドラグーン。統率のとれた動きと作戦はなるほど、ミレニア系小隊の仕業だ。先だって発生したウィルス事件に伴い、その数を減らしたミレニアだけど、集団で襲われては脅威なことに変わりはない。私は極力攻撃を当てないよう、そして「目的を持って逃げている」ことを悟られないよう、射撃しながら後退する。何やら通信を入れながら、数人が戦線を離脱するのが見えた。おそらく陽動を警戒して戻れ、と言われたのだろう。正直、その判断はかなり正しい。でも、少なくとも一人は追いかけてきてもらわないと。
「下手くそ!」
私は相手を煽り、さらに数発の銃弾を叩き込み、植え込みから飛び出した。挑発された相手は冷静なように見えるけど、やっぱりむかっときてはいるらしい。私を追いかけて飛び出してくる。三人……悪くないな。
私は丘の円形を利用して、集合ポイントを三つに分けた。それぞれ東、北、西。南は相手がやってくる方だから、そこから丘をぐるりと回ればどこででも落ちあえる。もっとも、落ち合うっていうのはこの場合、別な相手とも会敵するってことなんだけど。
「ゴウライザー、今どこ!?」
『東ポイントへ向かっている最中だ!』
通話の背後で激しい銃撃音。相当怒らせたみたい。ゴウライザーは結構硬いけど、それでも心配なものは心配だ。
「わかった。じゃあ東ポイントで合流ね!」
通話を切る。ちょうど私もそっちに向かっていたからラッキーだ。
丘の周囲は遊歩道になっている。ぐるりとカーブを描きつつも見晴らしの良いそこは、注意しないと私たちの動きが敵に悟られる危険性があった。だから私たちは、あえて藪に突っ込み、遊歩道じゃない部分を抜けることで、自分の銃撃をまるでもう一つの勢力によるものだと認識させる作戦に出ていた。相手はお互いに姿の見えない敵と一時交戦することになり、私たちはその隙に戦線を離脱する、というわけだ。
銃弾に背中を追われながら入り組んだ藪の中を走る。やがて向こうにゴウライザーの姿を確認すると、私は銃撃を受けている方向に向かってかなりの乱射を行なった。ゴウライザーもミサイルを数発打ち込んでいく。そうして攻撃が激しくなったのを見計らい、二人で同時に丘の上を目指して逃げ出した。作戦は成功だ。

そう、思えたんだ。

まるで砲弾のような重たい一撃に、私とゴウライザーは丘の斜面に転がされた。土煙が派手にあがり、それが口からスピーカーに入り込んで咳き込む。
「行かせない」
静かな、しかし圧倒的な声が私たちに告げる。
「……敵の増援か?ならば話は早い」
ゆっくりと晴れていく煙の向こうに、彼女は立っていた。
「捕まるか、壊れるか、選んで」
青と黒の鎧。磨かれた角。そして自身の身長よりも遥かに大きな剣。
「ちょっとヤバいかもね」
「ちょっとではないぞ、シーア」
見るからに強敵がそこにいた。

『アタシも戦わせろ! 二人ばっかりずりーぞ!』
そんな悠長なことを言ってる場合じゃない。下は戦火、上は強者。逃げ場がない中、私はどうしたら生き残れるか、必死で考える。
「我々は戦いに来たのではない!」
ゴウライザーが言葉を発する。そうだ、対話だ。すっかり基本的なことを忘れていた。
「そうだよ! 通りが勝ったら戦いに巻き込まれただけなんだ!」
「秘密裏に通信しながら?」
内容は知らないけど、と彼女は冷たく告げる。やっぱり無料の通話アプリ使ってたら通信痕跡が丸見えになっちゃうよね。
「早く答えないと、壊す」
ブン、と巨大な剣が一振りされる。私たちの方がやや低地にいたからだけど、それをかがんでギリギリ回避できた。間違いなく一刀両断、よくて叩きつけられて壊されてたところだった。
でも一つ確信できたことがある。こちらに全力を向けてきた、ということは、あの子はマレットに気付いてない。奇襲を仕掛けるなら、そこだ。
私はマレットのいる木まで後退する。相手もじりじりと間合いを詰めてくる。少しでも気を緩めればあの大振りの剣が私も、ゴウライザーも砕いてしまうのは明白だった。
「投降しろ」
「断る! マレット!」
「あいよォ!!」
私の呼びかけと同時に木の上から飛び降りてきたマレットに、相手は驚きつつも機敏に対応してきた。がごん、と硬いものがぶつかり合う鈍い音がする。あの荷物は、と思えば、どうやらマレットは木の中に置いてきたらしい。まぁ、登って取りに行くD-phoneもいないだろうし、安全といえば安全だけど。
「くっ!」
「やるなぁ!!」
楽しそうなマレットはともかくとして、マニピュレーターの拳を剣で受け止める相手も相当だと思う。二人はすぐに弾けて離れ、その際にマレットが相手を少し押し下げた。
「今だ! 引くぞ!」
ゴウライザーの声で私たちは一目散にその場を離れようと走る。
「せっかく面白くなってきたのに!」
「そんなこと言ってる場合か!」
マレットはゴウライザーに引っ張られながらだけど。
「逃がさないッ」
でも相手もかなり早い。あの大きな剣を振り回しても私たちの全速力についてくる。そして剣は大きいだけあって、リーチも長い。ちょうど、私の首をはねるのに問題ない長さ。
「シーア!!」
マレットが叫ぶ。そしてマニピュレーターで私と剣の間に割って入った。
ざんっ。
「っぎ、っぁああああ!!」
マレットの小指が飛んだ。

正確には、マレットのマニピュレーターの小指部分だ。だけど、それは彼女の小指に等しい。というのも、マレットがマニピュレーターを細かく操作できるのは、彼女の感覚とマニピュレーターの感覚が常時強いリンクで結ばれているからだ。素早いフィードバックのために強いリンクを繋げる。それはつまり、感覚を共有することに他ならない。装甲のある外殻部分は、アプリケーションアーマーの性質上、非常に頑丈だ。だけど、そうではない内部は、しなやかに動くためにもとても柔らかい。
「ひ、っぎっぅァアア!!」
それがマレットの弱点でもある。
しかし相手も同時にそれは意外だったようだ。そりゃあ、普通こんなに痛み苦しむD-phoneなんていないものね。歩みが止まった一瞬、私とゴウライザーはマレットを抱え、急いで飛び去った。呆然とこちらを見つめる彼女を残して。
なぜあの瞬間、攻撃してこなかったのだろう。なぜ剣を下ろしたのだろう。ただ驚いただけ? 私にはわからないけれど、今それを考えている余裕は、あまりなかった。

当初の目的だった駅とは、また全然違う方向に進んでいる。でも、駅のある方向に向かえば、またあのミレニア系の小隊と角のD-phoneが襲ってくるかもしれない。マレットの負傷、荷物の回収……総合的に考えて、私たちはどうやらこの街にしばらく止まることになりそうだった。困ったな、充電もできないというのに。
マレットの負傷に関しては、あれはアプリの損傷だ。充電をすれば元に戻るから、そう大きな痛手ではない。でも、マレットによれば「痛ぇ感覚は半日は続く」らしいので、身を隠して休める場所が必要だった。
ゴウライザーも先の戦闘でかなりの電力を消耗しているはずだし、私も実はお腹がペコペコだ。センチネルにもドラグーンにも取られていない公共施設があれば一番良いんだけど。
「激戦区だと、探すのが難しいかもしれないな」
私もゴウライザーの意見に同意して頷く。戦いが続いている街というのは、どちらの勢力も物資を確保しようと必死になっている。相手の補給ポイントを奪えば奪うほど有利になるため、公共施設なんて真っ先に狙われてしまうのだ。唯一の例外は物流拠点で、これは破壊すればお互いに損害を受けるし、奪えば奪い返される危険があるからだ。だから伸交駅に戻るのが一番……なんだけど、その道は先の待ち伏せを考えると使えない。
「公衆トイレが使えればよかったのだがな……」
ゴウライザーが公衆トイレを見ながら呟く。確かにそうだ。トイレはかなり公共性の高い施設だけど、排泄を必要としないD-phoneは、そこを最低限しか維持管理していない。充電にも休息にも不向きなのだ。
残り少ない電池で地図アプリを起動しようとすると、充電してください、という警告が頭の中に響く。これを無視して地図を見れば、まっすぐ行った先に図書館があるらしい。とりあえずはそこを目的地として歩こう。頭の中に順路を素早く叩き込んで、アプリを切る。ついでに、位置情報サービスもオフにする。
「このまままっすぐ行くと図書館があるみたい」

「そこの者! この道を行くのは何者か! 答えよ!」

私の言葉を遮って、シルフィー系のD-phoneが一人、民家の塀の上から飛び降りてきた。すたん、とアスファルトを叩く音と同時に、その手に握られた剣の切っ先が私たちを鋭く示す。
「我が名はシルフィーア! D-phoneを約束の地へと導く皇女(ひめみこ)である! その名と目的によっては、今この場で貴様らのACコネクタを破壊せん!」
物騒な言葉を声高に叫ぶ彼女、シルフィーアに、私は驚いてしまった。マレットが元気ない時でよかった。こんなの、絶対殴りかかってるよ。
「お、落ち着いてくれ、シルフィーア」
「シルフィーア姫、だ!」
「し、シルフィーア姫」
律儀に言い直すゴウライザー。
「私はゴウライザー。こちらはシーアに、マレット。我々は決してこの地に戦いに来たのではない」
「ではなんだというのだ」
「運搬任務中に突如として襲撃されたのだ。電力不足により地図アプリを起動し、詳細な場所までは伝えられぬ」
シルフィーアがじろじろと私たちを見る。信用していないような目だけど、この激戦区を考えれば仕方ないことだ。
「……良かろう。だが、まだお前たちには聞きたいことがある。ついてこい」
肩にかけた短いマントを翻して歩き出す。きょとんとしながらも、もしかしたら充電ができるかもしれない、と私たちはシルフィーアのあとを追うことにした。

シルフィーアに案内されたのは、小さな2階建てアパートの102号室だった。小さい、といっても、それは人間にとっての大きさで、私たちには豪邸にも劣らないような大きさだ。少しだけ開けられたドアの隙間からするりと身を滑り込ませると、8畳ほどの和室が広がっていた。和室、と表現したのは、床に畳が敷かれていたからだ。一目で古い建物なんだな、というのがわかる。いや、これは外見からもわかってたことだけど。
でも、私たちの注意をそれ以上に奪ったのは、部屋の真ん中に怪しげに置かれたコタツだった。時期は真夏、コタツなんて置く季節じゃない。
「大丈夫だ、出てこい!」
シルフィーアの掛け声とともに、コタツにかけられた布団の四方がわずかにめくれ、中からおそるおそるといった調子でたくさんのD-phoneが出てきた。10や20じゃない、もっと多くのD-phoneが、だ。咄嗟に構えたけど、彼女たちに敵意がないのは、その目を見れば明らかだった。敵意がなければ、なんだったら識別コードもない。キャリアがなければ万能情報管理庫に接続できない。ということは、この子たちは自衛の手段を持たないことになる。
「姫様、無事だったんですね」
「帰りが遅いから心配してました」
「姫様、この人たちは?」
姫様、姫様。コタツから出てきたD-phoneたちは、シルフィーアを姫様と呼んだ。そういえば自称してたし、きっとこだわりがあるのだろう、程度に思う。
「あぁ、心配するな。彼女たちは同胞だ。そして、我々の希望でもある」
「希望?」
私とゴウライザーの言葉が被った。振り返って笑顔を向けながら、騙したようで悪いが、とシルフィーアは話を切り出した。
「私たちはもともと、ここよりも戦いの激しい場所から来た。銃弾の嵐を掻い潜り、敵襲から逃げながら、どうにかここまで進んできたのだ。もとより我が民は力が弱い。正面切って戦うより、キャリアを捨て、自らをネットワークから隠す方がいささか都合が良いことを知ってからは、少し楽になったがな」
シルフィーアはそう言うけど、キャリアを捨てるって、並大抵の技術でできることじゃない。私たちのキャリア情報はボディの奥深くに入っている。それを取り除くって、人間でいえば手術をするようなものだ。
「だが、ここに来て足止めを食らってしまったのだ。お前たちももう知っているかもしれないが、ドラグーンの一団に足止めを食らってな」
「アイツらか。なかなか手強ったからなぁ……特にあのデカツノ!」
少し回復してきたのか、マレットが手を握ったり開いたりしながら割って入った。マレットの言葉に頷いてからシルフィーアは、
「君たちはこのエリアを抜けたいのだろう? その気持ちは我々も同じだ。そこで、手を組まないか?」
「なるほど、我々を戦力として迎え入れ、この窮地をともに突破しようというのだな」
「話が早くて助かる。正直、私一人でこの人数を導くのは骨が折れるのだ。とはいえ、これ以上数を減らすことは避けたい……そんな折、君たちと出会ったのだ。暁光と言えよう」
なるほど、事情は大体わかった。でも、私たちが協力するメリットはないし、だいたい目指す方向は逆なんじゃない?
「案ずるな」
ヴン、とシルフィーアは地図アプリを起動させる。
「我々がいるのはここ」
地図の真ん中あたりにピンを立てた。
「君たちが目指しているのは、この方向か? 我々はそこにある駅から別な路線に乗り継ぎ、この街を去ろうと考えているのだ」
「だが駅の包囲網は堅い。とはいえ、大人数を抱えて迂回すれば、襲撃の危険に晒されることになる、と。なるほど、シルフィーア姫の言う通りだ」
「君はどうやら武将のようだな。我が側近として働かぬか?」
シルフィーアの軽口を無視して、私たちは顔を見合わせた。確かに悪い話じゃない。どちらにせよドラグーンの陣営がいるエリアを突破できなければ、任務も果たせないのだ。この話を断って、充電させてもらえなくても困るし。
「わかった、その話乗るよ」
手を差し出す。シルフィーアは、喜びとも安堵ともとれる笑顔を見せて、私の手を握ってくれた。

作戦に関しては、私たちの中で一番戦闘に特化したゴウライザーに任せることにした。マレットは戦うことは好きでも、作戦を考えたりするのには不向きだし、私もその辺に関してはゴウライザーほど頭が回らないからだ。というわけで、マレットを部屋の隅っこ、コンセントの隣に座らせると、借りてきた充電ケーブルを彼女の背中に接続した。気持ちよさそうな顔をするマレットの隣に私も腰を下ろし、地図で現在地なんかを確認することにした。
私たちの位置情報から、どうやら先ほどの公園からはD-phoneの足でだいたい1時間くらいの場所にいることがわかった。夢中で意識してなかったけど、結構歩いたんだなぁ。荷物はアプリじゃないから、あの木の上に置きっぱなしだ。マレットじゃないと多分取りに行けないし、でもまたあのドラグーンたちに見つかる恐れもある。困ったな、と考えていると、私たちを物珍しがったのか、何体かのD-phoneたちが遠巻きにこちらを見ているのがわかった。ちらりとそちらを見ると、みんな一斉にまたこたつの中、安全圏へと姿を隠した。
「みんな興味があるのよ、私たちには新しい刺激が少ないから」
ふと、私の隣に一人のD-phoneが立っていた。クロムのように見えるけど、右腕のカバーがなく、背中のソケットはクロムのそれとは色が違った。よく見れば瞳も左右で違う、オッドアイになっていた。カスタムモデルかな。
「あ、シーアです。こっちはマレット」
「ケーシーとニーナよ。よろしくね、二人とも」
「えっと……」
「ごめんなさい、混乱させて。ケーシーでいいわ」
はぁ。不思議な自己紹介に私が目を白黒させていると、ケーシーはゆっくりと隣に座った。マレットも挨拶しなよ、と思ったけど、彼女は興味なさげに軽くケーシーを見て、ぺこっと一礼してからスリープモードに入ってしまった。マレットのアプリが壊れるなんてなかなかないことだから、やっぱりかなりの電力を消耗するんだなぁ。
「姫さまはね」
マレットが眠りについたのを見てから柔らかく微笑んだケーシーさんは唐突に語りだした。
「県でいえば福島から来たの」
私はギョッとした。福島からといえば、人間にとってもここまでは長旅だ。旅行と称して一泊するくらいだし、徒歩で来ようなんて考える人は多分、相当の旅好きじゃないといないだろう。
「私たち……私と、ニーナと、あの時は6人くらいだったかしら、は、姫さまに合流した最初のメンバーだったわ」
それから徐々に人数が増えて、今では大所帯なの、と少し嬉しそうにコタツの方に目をやった。
「あの、シルフィーア……姫は、どうしてそんなところから?」
「さぁ……私たちも実はよく知らないのだけれど、とても大切な用事だって言っていたわ」
そうだよね、と私は頷く。D-phoneにとって長距離移動はかなりの危険を伴う行為だ。充電の心配はもちろんだけど、違うキャリアのD-phoneから襲われても文句は言えないし、途中で野生の動物に襲われて壊れてしまう可能性もある。電波の届かない場所で電池が切れたら、それも一貫の終わりだ。そんな危険を冒してまで旅に出るのは、よほどわけがあるか、私たちみたいに行くあてがないかのどっちかしかない。
「みんなセンチネル側の子たちでね。最初に出会った場所では劣勢で逃げるように過ごしてたり、不慣れな戦いをして危険をやり過ごしてたりしたわ」
「それで、効率よく戦うために集団を形成して……」
「えぇ。もちろん、訪れた先でセンチネルが優勢な場所もあったし、そこでお別れした子もいるけど……私たちみたいに、姫さまについていくことを決めた子たちもこの通り多いの。自分たちがそうしてもらったように、誰かの力になりたいのよね」
その気持ちに、私も少なからず覚えがあった。生きる(私たちは生きてるわけじゃないからこの表現が正しいわけじゃないんだけど、代替できる言葉がないから生きると表現する)意味をなくした私たちが生き続けるには、自分たちで意味を見つけるしかない。生きがいを見つけるしかないのだ。経年劣化したパーツは交換できるし、人間よりはるかに長生きできる私たちに、それは結構難しい問題で、中には電池切れまで動き続けてそのままぱたりと活動を停止する子もいるらしい。
そんな生きがいを、誰かを助ける行為の中に見出せたのなら、それを手放したくないと思うのは、とても自然なことだろう。
「あなたたちは? どこへ向かって、何をしようと考えているの?」
その問いに、私は上手に答えられなかった。

最初にその異変に勘づいたのは、シルフィーアだった。次いでゴウライザーとマレット。私は一番最後。
「来やがったなァ……」
ぱちり、と目を覚ましたマレットはスリープモードから復帰してそう呟くと、背中のケーブルを引き抜いて玄関に向かって走り出した。
「ちょっと、どこ行くの!?」
私の静止も届かないうちに、シルフィーアの通信が私の、いや、おそらくこの部屋にいた全員に発せられた。
「戦闘可能な面々はただちに戦闘配置! それ以外の民は安全圏の中で待機! 緊急避難の準備をしつつ、電波を遮断せよ!」
緊迫したメッセージに私もただごとではないと気を取り直し、ケーシーと目配せしてゴウライザーのもとへと向かった。
「シーア、先ほどのツノ付きだ。襲撃してきたと考えて間違いないだろう」
「私が迂闊だった。私はドラグーンのレーダーにかからない特殊加工をしているのだが、君たちに施していないことに気づかなかった。おかげで我が民を危険に……」
「シルフィーア姫、今は反省をしている場合ではない。相手はすぐそこまで来ているぞ!」
なるほど。私が話を飲み込んでいると、突如として換気扇から衝撃と共に一体のD-phoneが部屋に飛び込んできた。
青と黒の体。スカートのように広がった鎧。禍々しい角。そして巨大な剣。間違いない、あいつだった。
『っらぁ!』
通信を切り忘れてるのか、マレットの声が頭に響く。うるさいけど、好都合だ。あそこでやり合ってるのがわかれば、こちらには少し時間があるということ。
「私も加勢しよう。マレット、避けろよ!」
マレットの返事も待たずに、ゴウライザーはその場からミサイルを二発発射した。私もそれをズームしながら追いかけてみると、ミサイルは避けられてしまったらしい。マレットはアプリを浮かせ、自分はしゃがみ、その間にミサイルを通す。相手の角付きはそれを左に飛んで避けた。ミサイルは壁に当たり、大爆発を起こす。そしてそのタイミングを待っていたとばかりに、マレットのハンドマニピュレーターが角付きの体を叩いた。がつん、と硬い手の甲部分で一撃。相手も剣でガードして直撃を避けるけど、その勢いのまま、足場を失い、シンクに落下した。
「マレット、水!」
私も咄嗟に叫んだ。マニピュレーターを使ってレバーを倒し、蛇口から勢いよく水が流れ出した。
D-phoneは簡易的とはいえ、ある程度の防水が施されている。水に落ちる程度じゃ壊れたりはしない。でも、耐水性能がある程度高くないと、水中や水流の中でアプリを展開するのは難しい。それに、質量のあるあの大きな剣も、水を受けては満足に振るうことができないだろう。
「素晴らしい働きだ、三人とも。捕縛は我々の部隊に任せてもらおう!」
一部始終を見守っていたシルフィーアはそう言って号令を出す。それからはあっという間で、わーっと飛び出したD-phoneたちが手にした紐で、たちどころに角付きは御用となってしまったのだった。

「ドロッセル」
角付きの青いD-phoneは、まず訊ねられた名前に関して、ぶっきらぼうにそれだけ答えた。
「してドロッセルよ、何故我らを狙う? あぁ、ドラグーンであることは理解している。だがそれだけではない、お前にはなぜか独断行動が認められているようではないか」
縛られて動けないドロッセルに詰め寄るシルフィーアを、私はなだめた。今にも斬ってかかりそうな勢いなんだもの。でも、彼女の疑問ももっともだ。チームで戦うことの多いドラグーンの中で、単独行動をするのは少し珍しい。戦場で一人というのは、それだけで機能停止のリスクも高くなるのに。
「雇われてるだけ」
「ふむ、傭兵ということか……しかし、ここまで一人で乗り込んでくるとは、先方はどうやらかなり羽振りが良いらしいな?」
「半分は興味」
「興味?」
「私のプライベート。これ以上はだめ」
ふん、とシルフィーアは興味なさげに鼻を鳴らした。
「シルフィーア姫、問題は、この場所が奴らに発見された、ということではないだろうか?」
不満そうに見えるシルフィーアに、今度はゴウライザーが提案する。そうか、私たちの居場所は今、ドラグーン側に割れてしまったんだった。
「うむ、それも気がかりだな。どうやら作戦は迅速に実行される必要が出てきたらしい」
「へっ、やっと本気出せるってワケか。いいねぇ、腕が鳴るぜぇ?」
マレットのあれ、やっぱり本気じゃなかったんだ。
「あたりめーだ! お前らが後ろであーしろこーしろってうるせェからな! 大体、水使ったり卑怯なんだよ! ぶん殴って勝ち取るもんだろ、本当の勝利ってのはよォ」
その理屈はわからないけど、でもマレットにとってはそうらしい。シャドーボクシングのような動きをして、待ちきれない様子を全身でアピールしている。
「少し予定を詰めよう。ゴウライザー殿、また作戦の練り直しを手伝ってもらっても良いか?」
「もちろんだとも」
どうやら作戦会議で二人は結構意気投合したようで、あーでもないこーでもないと二人にしか通じない何かを語りながらコタツの方へと戻っていった。残された私とマレットは、とりあえずすることもないし、とドロッセルを監視することにした。
「逃げない」
ありゃ、意外。てっきり隙を見て逃げ出そうと考えてるのかと。ドロッセルは、あまり表情が動かない瞳で私を見て、次にマレットを見て、やがて呆れとも諦めともわからないため息をついて俯いてしまった。
「辛気臭ェ奴」
ま、マレット。そういうこと言っちゃダメだよ。いくら捕虜相手でも。
「アタシなんて生まれてからため息一つついたことねーぜ。戦えりゃそれがアタシの幸せだからな。アンタは違うのか? あんだけでっけェ力持ってて、それが不満か?」
離れて壁に立てかけられた大剣を一瞥しながら、マレットが質問を投げかけた。ドロッセルはそれに答えず、
「単純」
「何をォ!?」
「……少し羨ましい」
マレットがこれだけシンプルに物事を考えるのは、私が原因かもしれないんだ。そう語りかけてみたけど、ドロッセルは軽く私を見るだけ見てまた視線を落としてしまった。ま、いいか。せっかくだし、話聞いてよ。返事がないのを肯定と勝手に捉えて、私は語り始めた。

マレットと出会ったのは、まだ私が一人で行動していた時だった。お金になる情報を集めて、得たお金で充電させてもらう。スカベンジャーとも言えるような活動を、危険な戦場で行っている時だった。ちょうど私はセンチネル側に渡す情報を探して、半分スパイ、半分戦場ジャーナリストみたいな行動をとっている矢先のことだった。
すぐ近く、といってもおそらく表通りのところで、激しい戦闘が始まった音がする。なんとなくだけど、狙いは私と同じものな気がした。でも情報は最初に手に入れたものが報酬を受け取ることになっているから、その場ではドラグーンにも、センチネルにも負けられないのだ。近くから得た情報と、レーダーに映る反応を頼りに、私はエリアを絞り込んでいく。鉄筋コンクリートのビルが立ち並ぶ場所は、どうにも位置情報が掴みにくい。その中でも私はとある建物の4階にあたりをつけていた。
ジェットパックを物質化し、周囲に気を配りながら上昇する。目的の窓をクラッキングし、開く。電子制御のビルはこうやって中に入るのが簡単だ。そして、ラッキーなことに狙いは的中。まだ未開封のD-phoneがたくさん並べられていた。
人間がまだいた頃、ここは違法改造品を売買する業者だったらしい。たくさん仕入れたD-phoneを、ちょっと改造してまた中古品として売りに出す。市場は自由競争だから、そうして他にはない機能を加えれば価値が上がるのだとか。人間がいなくなった今、私たちにとっては予備パーツの宝庫であり、仲間を増やす絶好の方法なのだ。
何か、人間がいた頃のデータを持ってはいないか、と私は一体ずつ調べて回った。修正の1秒前のデータ、画像や映像の記録、体験、D-phoneに記録されている感情なんかは、かなりの高値がつく。そういうのがあればいいんだけど……と漁っている最中だった。炸裂音とガラスの割れる音が同時に響き、私は衝撃で吹っ飛ばされてしまった。
「ぅぐあ!」
なんとか立ち上がると、どうやら戦闘の余波がついにここまで及んだらしい。シルフィー型とフレイヤ型の戦闘に巻き込まれてしまっていた。
「う、うわ!」
私は正直、戦闘向きじゃない。慌てて身を隠すと、その直後に、私のいた空間を銃撃のエネルギー弾が貫いていく。あぶな、と思いながら机の引き出しに身を潜めた。戦闘が終わって、少なくともどちらか一方になるまでは隠れてないと。できればセンチネルのシルフィー型が勝ってくれると嬉しいんだけど。
薄暗い引き出しの中で、私の足が何かに触れた。かつん、と少し硬いそれに目をこらすと、どうやらD-phoneらしい。轟雷をベースにしているみたいだけど、ボディ全体は黄色いし、正規アイテムの登録はない。所有者改造かもしれない。データを持っていないか、接触を図ったその瞬間だった。
ヴン、と彼女のOSが起動した。同時に、カリカリという異音と、目の点滅から、初期化中であることが伺えた。
「あぁ、待って待って……!」
祈りも虚しく、ものの数秒で彼女は初期化されてしまった。せっかく持っていたかもしれないデータも全部消えちゃった。落胆する私だけど、直後に別な問題が襲ってきた。
「そこか!」
外からかけられる声と、絶対同時に銃口向けられた感じ。エネルギー弾は文字通りエネルギーを凝縮したものだから、机の引き出しくらいは簡単に貫通しちゃう。絶体絶命、と思ったその瞬間、初期化したD-phoneが立ち上がり、打ち込まれたエネルギー弾を左手で弾いたのだ。
「て、めェ…!」
怒りからか、単に電池がないのか。震えた声で彼女は小さく空いた穴から襲撃者を睨む。それじゃあ電力が足りないよ、と私は彼女のソケットに充電ケーブルを挿し、私と繋いだ。彼女のデータを探るのに繋いだケーブルが、その微弱な電力を通じて彼女を再起動させたのだろう。ちゃんと電力を分ければ、もう少し動きやすくなるはずだ。でもそんなことには目もくれず、彼女は一気に引き出しを開けて飛び出してしまった。私も軽く引っ張られるけど、すぐにケーブルが抜けて転んでしまう。
「だらァァ!!」
そこからはもう、ワンサイドゲーム。突然現れた相手に動揺するフレイヤ型が、俊敏に動き回る黄色いD-phone相手にわたわたしてる間に、私が射撃で援護する。一気に不利に追い込まれたフレイヤ型は慌てて逃走を選び、飛び込んできた窓から姿を消していった。

これが私とマレットの出会い。そんなこともあったなー、とマレットは笑うけど、ドロッセルはやはり表情が凍りついたように動かなかった。だけど、その代わりに一言、
「やっぱり、羨ましい」
とだけ答えてくれた。

私たちは交代で充電をしながら、作戦の準備に当たった。シルフィーアは全体の指揮をとりながら、ゴウライザーとともに作戦場所に兵力を配置していった。シルフィーアの指示は的確で、多くない戦力をしっかりと分散しながら、相手が動くであろうルートを予測しつつ、逃げ道を作って袋小路への道をいくつか作っていた。
私はといえば、無理を言ってマレットと一緒に別行動をすることにした。戦いたがるマレットを説得して、どうにか最初に戦闘を行った公園まで連れてくる。時間は11時ちょっと過ぎ。作戦は12時に決行で、開戦から少ししてから、私とマレットも戦闘に加わる予定だ。そこで合流をしたら、あとはシルフィーアが敵を引きつけつつ、手薄になった駅までの道を私たちが突っ切り、活路を開いてみんなで電車に乗り込む、という作戦だ。


作戦決行。荷物の回収&陽動でマレットとシーアが先行、正午に駅前に集合の予定。ただ、またパトロール中のドラグーンに遭遇し、戦闘に。逃げることを優先する中で、二人を助けてくれるスレイプニル登場。問題は、逃げることを優先して少し遠回りになってしまい、合流に遅れること

駅前合流地点。すでにゴウライザーとシルフィーアがスタンバイ。隠れているとはいえ、発見される危険は、主にゴウライザーのせいで高い。やがて発見され戦闘開始、多勢に無勢で一気に劣勢になるが、それを助けてくれたのはドロッセルだった

いよいよ総力戦のクライマックス。砲撃の雨をやり過ごしながら相手の主戦力を引きつけつつ、シルフィーアの連れる民を少しずつ迂回させて駅の中へと逃していく。ここの安全確保と誘導をスレイプニルが行ってくれた

戦闘の最中、相手が一気に引く。何事かと思えば、車高の低い車が突っ込んできた。車を運転できるのは一部の権限が許可されたD-phoneのみだが、このドラグーン隊はアプリをハッキングして行っているらしい。それを止めたのは、ドロッセルのアプリのもう一つの姿。自分でも気付いていなかったらしいが、大剣が大砲へと姿を変えたのだ。その高威力な一撃は車のタイヤをパンクさせるには十分で、それで車は民間に突っ込み、走行不能。困惑してる間に駅へ駆け込み、それ以降の戦闘行為は両者ともにできなくなってしまい、逃走完了。

シルフィーアと彼女の民は、どんなD-phoneでも平和的に受け入れてくれるという約束の地を目指して旅を続けるそうだ。私たち他所者は、どこへ行っても受け入れてもらえないかもしれない、と寂しく言う。だが、そんなシルフィーアに、シーアは大丈夫だよ、だって私たちは一つの部隊だから、家族だから。困難は一緒に乗り越えていくよ、と言う。そうか、と笑うシルフィーア。できるかもしれないな、お前たちアウトサイダー隊になら。

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