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ヘンデル「サラバンド」

これはとある中核地方都市のピアノが好きなメンバーが集まる社会人サークル「オールジャンル」にて、彼らが奏でる楽曲とサークルメンバーの人間関係を描いた話です。

「絵流ちゃん10-4弾くの?すごい!」「でもこれすごく難しいよ。」「え、そうなの?」
今日もメンバー達の賑やかな会話と彼らが弾くピアノ曲の数々が、カフェ「LOCATION」に流れる。本日の我ピアノサークル「オールジャンル」の活動は終了。

このサークルは国立大学にて音楽や美術を指導している会長こと白澤さんが立ち上げたピアノサークル。ピアノサークルと言うと、ほとんどはクラシック音楽の弾き手が集まる所が多い。しかしこのサークルの特徴は、クラシック以外にもポピュラー音楽、ジャズ、はたまたピアノと他の楽器のアンサンブルや、コーラス部まで一次的に派生するなど、ピアノを中心とした様々なジャンルの
弾き手が集まっている。だからサークル名はそのまま「オールジャンル」。

メンバーはだいたい30代から60代位の社会人。会長の方針として社会人と限定していて学生はいない。働いている人で趣味の活動を土日等に行うことが出来るのは、やはりと言うか、どうしても家庭があると難しいこともあり、メンバーの9割は独身。しかもピアノというのはやはり日本においてはどうしても「女子の人気の習い事」というイメージもあり、男女比率は2対8程。女性が集まるとどうしても会話中心となり賑やかな雰囲気となり、いつも活動場所「LOCATION」は笑い声に包まれている。

そう、サークルの方針は「グランドピアノを人前で弾こう」と言うポリシーで、なおかつ発表会のようにみんなが聞き耳を立てていると緊張するので、誰かがピアノを弾いている間も、おしゃべりはしているスタイル。そんなわけでみんなちょっとした練習と音楽談義の場として利用している感じなのだ。

「くんちゃんと礼君は車?」「うん」「じゃあまたね~」「また次の練習で」
そう言って電車組は最寄り駅まで歩き始めた。薫(かおり)こと私は礼君と一緒に駐車場に向かおうとすると、「あの二人いつも一緒でいやらしい。」と南さんがニヤニヤしながら言う。「まーた、南さんヤキモチ焼かないの。ほら行くよ。」と他の女性メンバーにたしなめられて(?)みんなは離れて行った。

「南さんあいかわらずだな。」礼君はやれやれと言った顔をしながら言った。
彼はサークルの中で一番若い30歳。私薫は50歳。女性メンバーはみんな年齢を言いたがらないから「アラフォー」などと言うけど、私はあまりそういうのは気にしない。

私は人とペットの関係について講演するコンサルタントをしたり、自宅でペットホテルを経営している個人事業主。自宅の近くにはピアノレンタルルームも併設して、グランドピアノを置いている。お客様が使用していない時間は、自宅にはアップライトピアノしかないので私自身もピアノルームに練習しに行くし、サークル仲間が来てくれた時は友達が遊びに来てくれたということで、自由にピアノを弾いてもらっている。

礼君は自宅が私と同じ方向なのと、普段通勤や移動は車ということで、私達はサークル活動時、たいてい二人一緒に行動している。仲間内からは「くんちゃんと涼君っていつも一緒にいるよね。」と言われる。人を茶化すのが好きな南さんなんて、いつも私達のことをからかう。

「南さんがからかうのって薫を好きだからじゃないの?」と礼君は少しいじわるそうな顔をしながら言った。私はその言葉と表情で、胸がチクリとする。この感情は何だ?恋愛感情ではないと思う。だって年齢差がもう親子。絶賛パートナー募集中の私は特に年齢にはこだわらない。うんと年上だろうがうんと年下だろうが、相性が合えば別にいいと思っている。それでも礼君は私の好みのタイプではないし(ただし彼のピアノ演奏は大好き)、礼君自身も恋人の条件は自分の年齢のプラスマイナス3と言っている。そうやって年齢にこだわるあたりが、まだまだ若いよねと思ったりもするのだが。それでも私は彼に「あなたは恋愛対象じゃないですよ。」とわかるような言動をされると、胸がざわついてしまうのだ。

礼君はメンバーからも「年上キラー」と言われている。元々は「みっちゃん」ととても仲が良く、二人はいつも一緒に行動していた。彼だけが親しそうに「みっちゃん」と呼んでいるけど、他のメンバーは落ち着いた言動やしっかりしたふるまいから「満子さん」と呼ぶ。カフェ「LOCATION」での活動は月1回の日曜日だが、それ以外に満子さんの口利きで別の場所で練習会が行われることもあり、満子さんは白澤会長につぐサークルのナンバー2という立場だ。
しかし、私がサークルに入ってから、きっと家が同じ方向ということと、一方で満子さんは仕事の関係でなかなかサークルに参加出来ない事が増えた。
私自身も満子さんとよく話すようになり、土日も仕事が入ったり、逆に平日に時間が空く私達は平日にカフェで食事したり、夕食を共にしたりするようになった。

元々満子さんと礼君がセット行動をしていたけど、そうやって私も満子さんと仲良くなるとたまに礼君がその食事なりお茶に来るようにもなった。そして半年前位から、学校開放の小学校でも練習会が開かれるようになり、その後自然と近くの居酒屋「俺のイタリアン」で飲み会が行われるようになる頃、私と礼君は車組ということもあり、「俺イタ」に二人遅れて到着することが増えた。

「え、いつも一緒にいるからつきあっているのかと思ってたよ。」と仲のいい瑠衣ちゃん。「ええ?そう見えてたの?」「うん。多分みんなもそう思ってたと思うよ。だっていつも『俺イタ』に二人一緒に来てたし、隣に座ってたじゃん。私なんてその頃いつも会長の長いお言葉を聞いてたんだよ~。」そう、白澤会長は酒に酔うと話が長くなり、自説を延々と語るのが悪い癖だった。そういえば、いつも隣にいたな、礼君。

どうも彼は母性本能をくすぐるタイプなのを自分でも自覚しており、人付き合いが得意じゃないので、女性が多いサークルに参加する時、お母さんタイプの女性にくっついていたと分析する。だから以前はみっちゃんに、そしてみっちゃんがあまりサークルに来れなくなったから、今度は私の後をついてくるようになったのだろう。そう、私が彼をかわいがっていると仲間から言われるけど、それは彼がなついてきたから。あっちから「にゃーん」って来たら、私だって「よしよし」って懐広げますよ。そう、言ってみるならば、ペットの犬や猫をかわいがるのと似た気持ち。

しかし礼君のピアノの演奏は人を惹きつけるものがあった。弾く曲はジャズからクラシックまで幅広く、特にクラシックの腕前は子供時代から習っているメンバーに言わせると「サークルの中でも3本の指に入る」とのこと。特に楽譜を初めて見て即弾く「初見」の才能がすごくて、すごい難曲でも即弾いてしまうのだ!そして彼の性格にあったその繊細で優しいピアノの音色はまさに我サークルメンバーをもうっとりさせるだけではなく、別のクラシックメインの
サークルメンバーをもうっとりさせているそうだ。

私が良く行動を共にしている仲間内がその別サークルにも入っていて、特に瑠衣ちゃんはいつも礼君の様子などを教えてくれる。なんとそこでも女性に囲まれて演奏にみなうっとりとしているし、中にはぐいぐいとわかりやすくアプローチ(?)をしてくる人もいるそうだ。正直な話そうやって知らない所で他の女性にモテている?話を聞くとテンションが下がる。認めたくないけどショックなのだ、やはり。

「今日ピアノ弾きに行っていい?」「いいよ。何時頃?」「20時」「OK。用意しておく」礼君からlineが来た。グランドピアノはあいていたのでOKの返事をして、自宅兼職場から移動してピアノルームに向かった。

いつものようにわがピアノルームのグランドピアノからはラヴェルのピアノ曲が聴こえて来る。「水の戯れ」「鏡」。私は子供時代からピアノが好きだったけど、実際には40代からピアノを始めたので、子供時代から習っている仲間たちほどはクラシックの曲の難易度とかは詳しくない。詳しいメンバーいわく「ラヴェルはかなり難しい」そうだ。しかもその難しいラヴェルを礼君はぱっと初見でさらっと弾いてしまう。

楽譜をたくさん持っていて、サークルとかうちに練習に来る時も何冊も持ち込む礼君。次の楽譜をさらっとめくると今度はジャズだ。ラヴェルの繊細な音もいいけど、彼はジャズもとてもあっている。そう、その演奏はまさにちょっとおしゃれなカフェでピアノ生演奏が聞こえて来る、その弾き手のよう。実際礼君は以前カフェでそういうバイトもしたことがあるんだって。今はそのお店はなくなってしまったそう。もしまたそういうお店で演奏することがあるなら、ぜひとも行ってみたい。そう、美味しいコーヒーを飲みながら、涼君の演奏に耳を傾けるのだ。他のお客さんのたわいない雑談の声と交じり合ったその空気を楽しみながら。

しかし。今この部屋には私と礼君しかいなくて。私は彼の演奏時はなるべくだまっている。礼君もそうやってあまり話しかけられたりしないのが心地いいのもあり、こうやって良く来てくれる。なんだろう、特に言葉がなくても心地いいと言うかそれが普通と言うか。もしかしたら血液型が同じABというのもあるかもしれないけど。なんとなくどこかしら私と礼君は似ている面があるのだ、なぜか。

曲がJ-POPに変わりユーミンになった。私は自然とピアノの音に合わせてメロディーを歌っていた。私は大学時代バンドを組んでボーカルをやっていた。歌声は良く褒められる。歌うことも好きだ。「もっと低くする?」私の歌を聞いた涼君はそういって、一段調を下げてくれた。嬉しい。そう、こうやってたまに礼君は私の歌の伴奏をしてくれたりする。二人だけの静かな、心地いい音楽のひととき。

「くんちゃん、次のサロンコンサートで弾く曲決まった?」瑠衣ちゃんからlineが来た。「うん。ハイドンの『サラバンド』を今練習中。」「へ~。『サラバンド』ね。私が知っているのはギロック先生の『サラバンド』だけど、別の作曲家のもあるんだ。どんな曲か今調べてみる。」瑠衣ちゃんは子供の頃習ったギロックが好きと言い、私にも演奏効果が高いからお勧めだよと言っていた。そういえば礼君もギロックはいいよと言っていたな。今度先生に言ってみよう。

「あれ、ハイドンのサラバンド?なんかヘンデルのサラバンドって出て来るし、他の作曲家のサラバンドってのも出て来るよ」「あっ、ごっめーん、ヘンデルだった。もうハイドンだかヘンデルだかごっちゃになってた。」「まあ確かに同じ時代の作曲家だけどさ~。わかったよ。次はハイドン-ヘンデルの『サラバンド』ね。え!今動画で聞いたら珍しくずいぶん暗い曲だね。」「今なんかこういう暗い曲の気分なんだ。」
「そういえば他にはショパンのワルツ10番もやってたけど、中間部以外は短調の悲しげな曲だね。」

私と瑠衣ちゃんは前世では双子だったのかと言う位、考え方とかが似ていて(おまけに手の形もそっくり!)、曲の好みも強く速くの「ガシガシ系(私達の間だけでの用語)」を弾くのを普段は好む。でもなんとなく今の私は、この「サラバンド」のような暗い曲を弾きたいのだ。

正式な名称は「ハープシコード組曲 第2番 HWV437 第4曲 サラバンド」ニ短調。悲しく重い雰囲気のメロディ。そう、いつも明るくて行動力があり、有能な経営者と言われる私だけど、たまにはこういう曲を弾きたくなる時もある。

とある土曜日。今日はサークルとは別に個人的集まりでわがピアノルームにて
サロンコンサートが開かれた。サークルではいつもおしゃべりありの中曲を弾いていたけど、たまには発表会形式でガチで弾こうということで、瑠衣ちゃんを中心として開かれた。昼間はいつもの女子メンバー、瑠衣ちゃん、私、絵流ちゃん、真知ちゃんで。礼君と南さん男性メンバーは仕事や用事があり、遅れるとのこと。

今回くじびきで私は4番目。いつもの通り暗譜した曲を弾く。
「ちょっとくんちゃん、ばっちりじゃないの。」「そんなことないよ。」「いやいや、薫さん、暗記もしてミスなく弾けてたよ。」「そうだよ、すごい!」一通り発表会形式が終わってみんなの感想タイム。自分としては緊張したけど、そうやってお褒めの言葉を頂けたら嬉しい。

(ピンポーン)チャイムが聞こえ近くにいた絵流ちゃんが出てくれる。
「礼君が来たよ!」遅くなりましたと言いながら、手土産のおやきを持参して礼君が入ってきた。「ああ、もう一足早かったらくんちゃんの名演奏『サラバンド』が聞けたのに!」
「あのヘンデル-ハイドンの『サラバンド』ね。ハイハイ。あの暗めの曲。」
「そうそう」「じゃ、次は礼君の番。どの曲か事前連絡なかったけど?」
「あ、いつもの『水の戯れ』の一部を弾きやす・・・。」
こうして礼君は楽譜を見ながらつらつらと「水の戯れ」を途中まで弾いた。
私達女性陣は話が盛り上がりヒートアップしていたのもあり、礼君はレパートリーが多いのでそのままカフェのBGMのごとく、ピアノ演奏を担当していた。その後南さんも到着して、南さんの演奏を聞いたり、一部メンバーが近くのスーパーで食材を買ってきて、みんなで食卓を囲んだ。

「そういえば礼君チェコに行くんだって?」「そうなの。」「誰と行くの?」
「会社の先輩。」「え、会社の先輩って男性?男性と二人で海外って珍しいね。」
「そうなんだけどね」「チェコか。プラハとか見所の多い場所だし、
スメタナとかドボルザークでも有名だね。」「いいな~、海外旅行。」
「おみやげ楽しみだね。」「こら南さん、プレッシャー与えないの!」
こんな談笑が続いた。

ピアノルームは戸建て。一応マナーとして夜10時以降はピアノの音量を落として、またかわるがわるピアノを弾いたり、時には連弾したり、ピアノと歌とか、ピアノと電子ピアノなどセッションもしたりして、土曜の夜、楽しい音楽の時間は流れた。よく「○○と愉快な仲間たち」という言い回しをするけど、まさにピアノサークルメンバーは、特に今日集まっているメンバーは、私の楽しく愉快な仲間たち。このサークルに入って本当に良かったと思う。

木曜日の夜。その日は結構長らく礼君とlineのラリーを続けていた。
「男性とのline」については、女性と男性では考え方が違うので、よく話題にもなる。私はどちらかというとlineに関しては男性脳らしく、用件だけでいいし、特に返信がなくても既読になっていれば問題ないとみなす。瑠衣ちゃんに言わせると「南さんのlineムカつく!返事くれないんだよ。あ、でも礼君とは連絡事項のみしかしないわ。よくかくんちゃん会話続くね。」とのことだけど。その日も私と礼君は会話とお互いスタンプのラリーを楽しんでいた。
彼は今東京出張中で夜はホテルで退屈そうだった。

「あ~、暇ひま!ねえ、薫こっちにおいでよ。どうせ今あいてるんでしょ?」
その礼君のlineの口調は上からであり、若干私をバカにしているようなニュアンスが感じられた。私はその言葉がスマートフォンの画面に表示されると、とても悲しくなって涙が出てきた。こんな風に言うのって私の事少し見下しているってことだよね。私なら言えばほいほいって来ると思ってるんだよね。
前にもこういう事あったな。あれは礼君が隣町に出張に行った時。隣町と言っても電車で3時間はかかる場所。その時も「ひまだから来てよ。」と言われた。その時もとても不快だったけど、当時は何も言えないままだった。

「そういう言い方ひどいよ。私今とても傷ついた・・・。」私はそう返信した。そう、元々礼君は私のことを少し下に見るような言動をすることがあった。そういう時瑠衣ちゃんに相談したら「なにそれ!礼君ひどいわ。仮にも年上の人に対しての礼節もなってないし、しかも普段一番仲良くしているくんちゃんにそういう態度!もう少し距離置いて冷たくしなよ。だめだよ、そういうの。」
「でも、なんか礼君にはいやだとか言えないんだよね…。嫌われたくないからかな。」
「そういうのだめ!もし相手が自分を尊重していると感じない相手とは、付き合わない方がいいよ!」
そう、瑠衣ちゃんの言葉は普段私が人付き合いに置いて大切にしていることと一致した。これまでも色々あったけど、そこから私が学んだことは「自分を愛してくれる人のみ大切にする。」ということ。だから、今回ははっきり言えた。そういう言葉嫌だって、傷ついたって。

普段は割とレスに時間が空く時もあるけど、この時礼君のレスは速くて「ごめん」という言葉とお詫びしたキャラクターのスタンプが送られてきた。その夜の会話はそこで終了した。私は悲しくて一晩枕を濡らした。

「なにそれ礼君またやったの?だめだわ。くんちゃんを傷つけるなんてひどい、許せない!」
「でもね、今回私はっきりと”そういう言葉にショックで傷ついた”ってはっきり言えたよ。
その時は辛かったけど、なんか少しふっきれた。これからは嫌なことは嫌って言える自信ついたよ。」
「それなら良かった!まさに”言いたい事言えるポイズン”だね。」
昨日のこと瑠衣ちゃんに伝えてそうlineで話した。
そう、なぜか今までは嫌な対応をされてもそれを我慢してしまい、伝えることが出来なかった。でもはっきり言わないと伝わらないことがわかり、思い切って伝えることが出来た。これからは大丈夫。嫌なことは嫌と伝えられる。あの夜はとても傷ついたけど、でもかえってまた今までより話しやすくなれた気がした。

それからは仕事が忙しくてバタバタしていた。こういう時はなかなかピアノの練習時間を確保出来ない。それは仲間たちもそうだと言っていた。社会人が趣味を楽しむとしても、なかなかその時間が確保できないのは、ある意味仕方ない。南さんから次のサロンコンサートの時間の問い合わせのlineが来た。
「そういえば礼君今頃チェコだっけ?」
南さんからそう言われて、そういえばそうだなとふとカレンダーを見上げた。
礼君、海外旅行楽しんでいるかな?ちょうどそう考えた時今度は礼君からlineが来た。

と言ってもチェコで撮ったらしき画像が数枚送られてきたのみ。
街並みの写真らしく、美女が二人歩いている全身像が写っていた。
「なんだこれは。どういう意味?」
少ししてから「やはり向こうの人達はスタイルがいい。」とだけメッセージが。私も「そうだね。旅行楽しんで」とだけ送った。
なによ、この前即「ごめん」と返事はあったけど、その後連絡もよこさなかったのに。でもこうやってさらっとlineをくれるのが彼らしいかな。

日曜日に再びサロンコンサートをする予定だ。礼君は金曜日朝に帰国して戻ってくると聞いた。そして土日休んで月曜日からはまた仕事だ。すると金曜日夜に礼君からlineが来た。「明日ピアノ弾きに行ってもいい?」
「いいよ。待ってる。おかえり。」「ただいま」

「これ向こうの写真。見る?」「もちろん見たい!あ、久しぶりの日本だから
おにぎりとみそ汁と日本茶。食べる?」「あざっす。これおみやげ。
コヒノール社の消しゴムが一番人気なんだって。」
「きゃー、ありがとう!なにこれかわいい、ハリネズミ?」「いや、モグラなんだって。
でもなんかハリネズミにも見えるから薫に買ってきた。」
嬉しい。私は自宅の方でハリネズミを飼っているのだ。
「こっちは明日とか次のサークルでみんなに配るけど、チョコレート。」
「ん?モーツァルト?」「そう、別にチェコとあまり関係ないけど、海外おみやげの定番(笑)」
「あざっす!」

礼君は海外旅行で撮った写真を写したデジカメを貸してくれた。見ていいとのことだ。そして他にも楽譜を持っていた。
「こっちは向こうで買った自分用おみやげ。スメタナとドボルザークの楽譜。」
「え~、どれどれ。これがチェコ語なの?」「そう」「弾いてみて」
「OK。あとこれも。」そう言って礼君がテーブルに出したのは一枚の写真。
ピアノの様な鍵盤楽器が写っている。
「たしかこれチェンバロだったっけ?ピアノの元となった楽器の。」
「そう。プラハのストラホフ修道院って所に行った時の写真。
このチェンバロは弾いても良かったから、薫がこの前弾いてたヘンデル思い出して少し弾いた。」
「え。じゃあここで私のこと思い出しながら『サラバンド』弾いたんだ。」
「そうだよ。 —この前は、東京の夜ごめん。」
礼君が海外で私のことを考えて「サラバンド」を弾いてくれたことと、改めて謝ってくれたことがとても嬉しくて一瞬目に涙がにじんだ。
「もういいよ。写真ありがと。さ、さ、早くピアノ弾いてよ。
スメタナにドボルザーク!」「了解」

いつもの礼君らしい繊細なピアノの音色を聞きながら私はチェコの写真が写ったデジカメを見ていた。やっぱり思い切って伝えてみて良かった。そして結果こうやってなんだか前以上に親密になれた気がするのは、私だけかもしれないけど。ううん。こうやって個人的におみやげを買ってきてくれたり、私のこと思い出して向こうで演奏したなんて嬉しい。

礼君への気持ちはなついてくるかわいさ8割に多分恋愛感情に似た気持ちが2割位。別にその気持ちをはっきりと名付けなくたっていい。こうやって同じ空間にいて会話を楽しみ、彼の奏でる音楽を側で聞けるんだから。そしてもう少し腕が上がったら私も一緒に演奏するんだもんね。

次の日、サロンコンサート。前回と同じメンバーが集まる。でも演奏の前にしばし礼君の海外の写真をみんなで見る時間あり。そのテーブルには礼君からみんなへのおみやげのモーツァルトチョコ他みんなが持ち寄ったお菓子と私が並べたお菓子が並ぶ。瑠衣ちゃんにはこっそりと消しゴムやチェンバロ写真と一連の話を昨日夜にlineで伝えていて、後でひそかに消しゴムも見せたら。
「あら、本当にかわいい。ハイハイ、ノロケですね、仲が良くてうらやましいですこと。」とからかわれた(笑)。

その盛り上がりでおしゃべりしながらの演奏となり、私はまた「サラバンド」を弾き出したら。礼君がふらっと高音部の鍵盤で同じ旋律を弾き始めた。
「おっ、薫と礼のハイドン-ヘンデル『サラバンド』ユニゾンだ!」とみんなが盛り上げてくれた。

この曲は一応完成したし、次はいつも通り明るめの曲にしようかな。
それでもなんだか思いで深い曲になったな、ヘンデルの「サラバンド」。

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Rion
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