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2-30 新しい未来
悠介の新しい父親「悠介ー!朝だぞー!」
悠介「はーい!」
悠介は元気よく部屋を飛び出した。
新しい家で、新しい両親に養子として引き取ってもらった悠介。ゲイであることも話しているが、村長の言う通り、そんなことに関係なく暖かく迎え入れてもらった。
学校には三年生からの編入になった。ゲイであることは言っていないが、楽しく毎日を過ごしている。朝食をとり、着替えながら悠介は考えていた。
悠介(なんだろう、この感覚…。もう村のみんなとは死ぬまで会えないのに、この世界に帰って来てからずっと、すごく清々しいんだよな…。)
悠介(きっと、大切な思い出だからこそなんだろうな。学校を卒業したりしても大切な人と会えなくなるけど、そういうのとは違う、僕しかしたことのない特別な経験だから。)
悠介(それに、僕には使命がある。この世界をちょっとでも良くして、差別を減らして、あの村のみんなを喜ばせたい。もちろんこの世界のゲイの人たちも。…よしっ!)
悠介「行ってきまーす!」
村に来る前には考えられないほど明るく快活になった悠介。当時の様子こそ知らないものの、明るい姿を見て、新しい両親も嬉しそうにしている。
悠介の新しい母親「私たちには子供は出来なかったけど…素敵な子と出会えてホントに良かったわ。」
悠介の新しい父親「そうだね。すぐに僕たちを受け入れてくれてホントに嬉しかったよ。」
悠介の新しい母親「初めて施設で面談したとき、いきなりゲイだって言われて最初は驚いたけど…。」
悠介の新しい父親「俺たちも苦しい思いをしてきたもんね。だから気持ちも分かったし…この子ならきっと大丈夫って思えたよね。」
悠介の新しい母親「そうね。3人で作っていく未来が楽しみだわ。」
元気よく走っていく悠介の背中を見ながら、二人はそう話した。
ー村ではー
悠介がいなくなった後も、村は変わることなく日々の生活を続けている。
颯人「はあ、早くまた同い年ぐらいのヤツ来ねえかな。ずっと村長に言ってんだけどなぁ。」
迅「気長に待とうよ。その内来るって。」
颯人「もう俺待ちくたびれて大人になっちまうよ。」
村長「ホッホッホ。人生は長い。焦らず待ちなされ。」
迅「村長!急にいらしてどうしたんですか!」
村長「定期的な仕事の視察じゃよ。元気にやっておるな。」
颯人「村長、悠介の様子って分からないんですか。」
村長「ん〜もうワシも悠介のことは見れなくなったからのう。今どうしておるかは分からんのじゃ。ま、元気でやっておるじゃろ。」
迅「そうですね、悠介のことですし。さ、仕事の続きを始めようか。」
颯人「はーい。」
〜〜〜〜〜
悠介のことは今も話題に出て来る。そして元の世界のことも。
颯人「…男だけではどうしても子どもは作れない。だから、この村がずっと存在し続けるためには、元の世界が存在し続けないといけないんだな。」
千紘「そうね。でもそれは別にいいのよ。そこの存在は前提で、そこで嫌な目に遭った人が逃れてくる場所としてここがあるんだから。」
颯人「ま、ここが無くなるときは、差別が無くなるときだもんな。そのときには別にここはいらないから、そりゃそうか。」
千紘「そうよ。…にしても、悠ちゃん、元気でやってるのかな…。」
颯人「悠介なら大丈夫っしょ。」
千紘「そうね、悠ちゃんだもんね。」
颯人(…悠介、頑張れよ…。)
ーーーーー
時は流れ、8年後。
大学生の悠介は来月から社会人になるため、最後の春休みを過ごしていた。
ある日、何かに導かれるように、8年ぶりに思い出の場所を訪れた。
あの村に行く前、修司とよく話した丘。頂点にそびえる一本の木。ここはいつも静かだった。
悠介(風が涼しいな…。ここはずっと変わらない。)
丘の木に向かって歩くと、木の影から誰かが姿を現した。8年の月日で背丈は随分変わっていたが、悠介にはそれが誰かすぐに分かった。
悠介「…久しぶりだね、修司。」
修司「久しぶり。悠介。」
修司も何かに呼ばれるようにここに来たのだった。奇跡的な偶然だったが、二人とも全く驚かなかった。
悠介「あれからどうだった?僕はすごく幸せな人生になったよ。」
修司「それは良かった。俺も楽しい8年だったよ。来年から社会人。悠介も?」
悠介「うん。セクシャルマイノリティのために活動してる会社に入ることになったんだ。あのときに出来た僕の夢に一歩近付けたよ。」
修司「すごいな。夢に向かって進んでるんだな。俺も頑張るよ。」
悠介「…ちょっとそこに座らない?」
修司「…うん。」
二人は隣同士で並び、木の根元に座り込んだ。風の音だけを聞き、遠い街を見下ろした。
その間二人は全く喋らなかった。しかしそれは、決して8年の歳月で距離が出来たからでも、大人になり上手く感情を出せなくなったからでもなかった。
ひとしきりこの場の雰囲気を堪能すると、悠介が立ち上がった。
悠介「ありがとう。かなり遠出して来たから、そろそろ行かないと間に合わないんだ。」
修司「そっか…そうだよな。俺こそありがとう。久しぶりに会えて良かった。」
悠介「うん。元気でね。」
修司「悠介もな。」
お互い"またね"とは言わなかった。また会えるかは分からなかったからだ。連絡先を交換すればいい話なのだけど、二人ともそれは違うと感じていた。
修司は座ったまま遠ざかる悠介の背中を見つめていた。その光景に、ふと8年前に一度、悠介と永遠の別れを覚悟したときのことが蘇った。
スッと立ち上がると、少し言葉を考えた後、あのときのように大声で叫んだ。
修司「悠介ー!みんなを幸せにしてくれよーー!!」
悠介はその言葉に一瞬歩みを止めたが、振り返らずにまた歩き出した。
その目からは少し涙があふれたが、風がすぐにそれを消し去った。
ー終わりー