見出し画像

シンゴくんの上靴が行方不明

小学校3年生の時、クラスにシンゴくんという子がいた。
何が原因だったのか分からない。だけど、やたらと自分のことを挑発してくる。
何かについてやたらと馬鹿にしてきたり、行動や発言に対して揚げ足を取ってきたり、本当にしつこかった。
そういう人に初めて会ったんだと思う。どうすればいいかわからず、彼がとても嫌だった。

私の小学校は、毎朝、全校生徒が運動場でマラソンをするという時間があった。1~6年生が全員で運動場をぐるぐる回って10分間くらい、放送で流れるBGMに合わせて走るのだ。
その日の朝もシンゴくんに挑発されイライラしていた。
そして走り終わって昇降口に来た時
「アイツの上靴を床に捨てておこう」
という、「ムカつく相手の所有物に当たる」という行為を思い浮かぶ。
そして、教室へ戻る人で込み合う昇降口で、シンゴくんの上靴を靴箱から取り出し、そこの床にポンと置いた。

教室に戻ってしばらくして「シンゴくんの上靴がなくなった」という騒ぎが聞こえてきた。そして「どうやら見つかっていないらしい」という情報も流れてきた。そしてシンゴくんは上靴がなくなって泣いたとの情報が入ってきた。その話を聞いて「少しやりすぎたかな」という気持ちをもった。
以前書いた記事の通り、私は本当に悪人の心を持っていた。だからこのまま知らないふりで乗り切ろうと決めた。万が一自分が疑われても、全て嘘で逃げ切ろうと決意した。「隠し通せるだろう」そう思った。

昔のこと過ぎて記憶が定かではないが、その後どこかからシンゴくんの上靴が見つかった。そして1時間目の授業だったと思う。担任の先生主導で犯人さがしの学級会が開かれた。その中で誰かが
「タカシさんが、シンゴさんの上靴を持っていました」と言った。
「おい・・余計な事言うなよ。」
先生が
「タカシさん、立ってください。今の話は本当なんですか」と聞いてきた。
立っている自分にクラス全員の目が集まる。そしてこういう時、いつも仲が良かった友達も、ほとんど喋ったことのない友達も、みんな完全に悪人を憎むような眼で見てきやがる。
およそ30人の教室の中で一人立たされる。しかも教室最後列にいたため、全員の視線を正面から感じる。完全に公開処刑状態だ。
そこに追い打ちをかけるように
「先生、私もタカシくんが靴箱で、シンゴくんの上靴を持ったの見ました」
「私も見ました」
万事休すか・・・なんで、あの時、あの場所で行為に至ってしまったのだろう。「あの日、あの時、あの場所で・・・」まさに「ラブストーリーは突然
に」のように「憎む心は突然に」だ。小田和正もびっくりな突然な感情である。

衝動に動かされた自分を振り返っている場合ではない。
2人、目撃証言が増えたのだ。
そしてその瞬間、誰も声には出さないが「犯人確定の有力情報」に沸くような空気感を感じた。
『他人の他人の不幸は蜜の味』
学級会で吊し上げをくらい「有罪確定」の状況になっている私を嬉しそうに見てくるやつがいる。ここで、先生の問い詰める圧力や、周りからの冷ややかな視線に負け、目から水で流そうものなら、最高のエンタメショーになってしまう。絶対にそれだけは避けたい。
毅然として、シラをきり続けるか、それとも淡々と悪事を認め無感情で裁きを受けるか。

悔しいがもうこれは認めるしかない。逃げ切れなかった・・・
後者の「淡々と悪事を認め無感情で裁きを受ける」を選ぶことにした。
ああこれで悪人としての地位を手に入れてしまった。そう思った。
でも、そこでも私の嘘つき魂は健在だったので
「シンゴくんの靴に手が引っかかって落としちゃったんです。で、そのまま放ったらかしにしました」
とワザとじゃない、事故だったんだと嘘を重ねた。
そして私は、シンゴくんへの苛立ちを、彼の所有物にぶつけたわけではないという言い訳をした。
彼への仕返しにワザと床に置いたなんて言ったら、先生に叱られるに決まっている。最大限の罪の軽減(いや罪の回避か?)を画策した。
先生:「じゃあ、教室までそのまま持ってきたの?」
私:「いえ、靴箱に放ってきました」
先生:「じゃあ、何でシンゴさんの上靴は教室にあったの?」
私:「わかりません」
先生:「タカシさんが教室まで持ってきたんじゃないの?」
私:「ちがいます」

一つだけ記憶にない事がある。私は確かにシンゴくんの上靴を、靴箱から取り出し、そこの床に置いた。ただ、シンゴくんの上靴の見つかった場所が教室だというのだ。「これは、私以外にも上靴に触れた人がいる」そう確信したが、担任の先生は私が教室まで運んで隠したと疑っているに違いないというのが分かった。
きっと私が教室まで隠し持って、教室で捨てて困らせようとした。そして、その事実を隠しているのだと思っているに違いない。
だが、私は昇降口の靴箱前の床に上靴を捨てた。
教室までは持ってきていないのだ。

先生:「本当にタカシさんは、教室まで運んでいないの?」
私:「はい」
何度かこのやり取りを繰り返した。先生は、私が嘘を言っていると思っているのだ。
確かに嘘はついている。だが、教室にはもってきていないのは事実だ。

先生:「もうわかりました、もう授業を始めます。タカシさんは、次の休み時間に私のところへ来なさい」
先生はそう言い放ち、授業になった。

授業が終わり、休み時間になったが、私は忘れたフリをして、担任の先生の元へは行かなかった。忘れたフリをして修羅場から逃れる。これも私のよく使う手なのだ。
担任の先生の視線を感じたが、気が付かないふりをした。
しばらくすると
「あれ、タカシくん。先生のとこ行ったの?」
と聞いてくるヤツがいた。
クラスの中で、正義ぶっている男だ。
正義ぶっているくせに、私が再び先生に絞られることを楽しみにしているのが表情と口調から分かった。
「うるせぇ!余計なこと言うんじゃないっ!!」
そう思いながら、そいつのことも無視した。

そしてそのまま「シンゴくんの上靴行方不明事件」は闇へと消えていった。
結局、上靴を教室にもっていったのは誰だったんだろう?
靴箱に落ちているのを親切心で教室まで運び、行方不明になっている話を聞いて、もってきたのを言えなかった生徒がいたんだろうか。
それとも私と同じように、シンゴくんに恨みを持ち、腹いせにちょうど落ちていた上靴を持ち去った生徒がいたんだろうか。

今でも謎のままである。

いいなと思ったら応援しよう!