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近視とアトロピン

近視の発生原因はなんでしょうか?

近視(近眼)の主な発生原因は以下の通りです。

  1. 遺伝的要因 両親のどちらか、または両方が近視の場合、子供が近視になるリスクが高くなります。遺伝的な要因が大きく関係しています。

  2. 生活環境・習慣 屋内での読書や近距離でのパソコン作業、携帯ゲーム機の長時間使用など、近くを長時間見つめる生活習慣が近視のリスクを高めます。また、外遊びの時間が少ないことも一因とされています。

  3. 眼球形状 眼球が正常より長めに伸びてしまうと、網膜までの距離が長くなり、光が網膜にきちんと焦点を結ばず近視が生じます。

  4. 年齢 子供の頃は眼球が大きくなる過程で一時的に近視になることがありますが、成長とともに改善することもあります。

  5. その他の要因 睡眠不足、ストレス、栄養状態なども関係する可能性があげられています。

遺伝と生活環境が大きな要因ですが、適度な屋外活動や眼のリフレッシュ、定期的な眼科検診などで近視の進行を抑えることができます。

最近、アトロピンの点眼が近視の治療に有効であると言われていますが、散瞳作用によるものでしょうか?

アトロピンの点眼が近視の進行抑制に有効であるのは、主に調節の麻痺作用によるものと考えられています。

アトロピンには散瞳作用もありますが、近視抑制効果の主な理由は以下のようになっています。

  1. 調節麻痺作用 アトロピンは毛様体筋を弛緩させ、調節力を低下させます。調節は眼球を伸長させる要因の一つとされており、この作用で眼球伸長を抑制できると考えられています。

  2. 網膜神経節細胞への作用 アトロピンが網膜神経節細胞に作用し、眼球伸長を抑制するシグナル伝達経路に影響を与えている可能性が指摘されています。

  3. 毛様体筋の弛緩 毛様体筋の緊張が眼球の伸長に関与していると考えられており、アトロピンによる弛緩作用が眼球伸長を抑制すると考えられています。

つまり、アトロピンの主な作用機序は調節麻痺による眼球伸長抑制と考えられており、散瞳作用自体は近視抑制の直接の理由ではないと言われています。ただし、散瞳が生じることで副作用(眩しさ等)が出る可能性はあります。

では、散瞳しない程度の濃度の点眼液でしょうか?

はい、そのとおりです。

近視の進行抑制を目的とするアトロピン点眼薬は、通常、散瞳作用をほとんど生じない低濃度のものが使用されます。

具体的には、0.01%以下の極低濃度のアトロピン点眼薬が処方されることが多いようです。この低い濃度では、調節麻痺作用は得られますが、散瞳作用はほとんど生じません。

0.5%や1%などの比較的高濃度のアトロピン点眼薬は、強い散瞳と調節麻痺の両方の作用を持つため、近視抑制目的では使用されません。副作用のリスクが高くなるためです。

低濃度で散瞳作用が抑えられることで、眩しさの副作用が軽減され、長期的な使用が可能になります。児童生徒の近視進行抑制に有効であることが、複数の臨床研究で示されています。

ですので、近視進行抑制を目的とした眼科での処方では、散瞳をほとんど生じない0.01%前後の低濃度アトロピン点眼薬が一般的に使われているということになります。

もともと香港での臨床研究と聞きました。

はい、その通りです。アトロピン点眼による近視進行抑制の有効性は、香港での大規模な臨床研究で初めて実証されました。

この研究は、1990年代後半から香港で行われた大規模な無作為化比較試験(ATOM研究)です。対象は約400人の学童で、低濃度アトロピン(0.01%、0.025%、0.01%)、プラセボを比較しました。

結果として、0.01%アトロピン点眼群では、3年間で近視の進行が59%抑制されたことが分かりました。0.025%、0.01%でも有効性が確認されました。

この香港の研究成果を受けて、世界各国で低濃度アトロピン点眼薬の近視進行抑制効果が確認される臨床研究が相次ぎ、徐々にその有効性が広く認知されるようになりました。

特に東アジア地域では近視が深刻な問題であり、香港に次いで台湾、シンガポール、日本などでも低濃度アトロピン点眼の臨床研究や治療が広がっています。

つまり、近視治療におけるアトロピン低濃度点眼の考え方は、香港の先駆的な大規模臨床研究に端を発しており、東アジアを中心に世界的に広まった治療法だと言えるでしょう。

近視自体に遺伝的要素がある場合、民族的要因によって、アトロピンの有効性に差はありそうですか?

近視の遺伝的要因と、アトロピン点眼の有効性との関係については、現時点で明確なエビデンスはありません。しかし、いくつかの可能性が指摘されています。

  1. 民族による遺伝的違いの影響 近視に関連する遺伝子の違いにより、アトロピンの薬理作用に対する感受性が民族間で異なる可能性があります。例えば、東アジア人種で特定の遺伝子変異が多ければ、アトロピンの効果が高くなるかもしれません。

  2. 環境要因の違い 遺伝要因以外に、生活習慣や屋外活動時間の違いなど、環境要因の民族間の違いも、アトロピンの効果に影響を及ぼす可能性があります。

  3. 眼球形状の違い 近視発症の要因として眼球形状が関係しますが、民族によって眼球形状に違いがあれば、アトロピンの効果も変わる可能性があります。

ただし、現在のところ民族間でアトロピン点眼の有効性に明らかな差があるというエビデンスは報告されていません。複数の民族を対象にした大規模な臨床研究が行われれば、遺伝的要因による差異が明らかになる可能性があります。

まだ研究が進行中の分野ですので、今後さらなるデータの蓄積が期待されています。民族による違いを考慮した個別化治療への発展も興味深い課題だと言えるでしょう。

欧米ではアトロピンの近視治療について臨床研究が行われましたか?

欧米においても、アトロピン点眼薬による近視進行抑制効果を検証する臨床研究は行われています。

主なものを挙げると:

【アメリカ】

  • LAMP研究(Low-concentration Atropine for Myopia Progression) 低濃度アトロピン(0.01%、0.025%、0.05%)の有効性を検証。いずれの濃度でも有意な近視進行抑制効果あり。

  • BLIE研究(Bifocal Lenses In Nearsighted Kids) アトロピン点眼とバイフォーカル眼鏡の併用効果を検証。併用が最も有効。

【欧州】

  • MOSAIC研究(Myopia Outcome Study of Atropine in Children) 欧州5カ国で低濃度アトロピン(0.01%、0.025%、0.05%)の効果を検証中。

  • ROMA研究(Rescue of Myopia with Atropine) イタリアで低濃度アトロピンの近視抑制効果と遺伝子解析を組み合わせた研究。

このように、アジア諸国に比べてやや遅れはあったものの、近年では欧米でも低濃度アトロピン点眼薬の有効性検証が積極的に行われるようになってきました。

複数の研究で有効性が確認されたことから、欧米の眼科医療でも低濃度アトロピンが近視治療の選択肢として浸透しつつあります。ただし、人種間での差異などをさらに検証する必要があると考えられています。

これらの臨床研究での治療期間は、どっれくらいでしたか?

欧米で行われたアトロピン点眼薬の近視進行抑制効果に関する主な臨床研究では、治療期間は概ね2年から5年程度が一般的でした。

具体的には以下のような期間となっています。

【アメリカ】

  • LAMP研究: 治療期間5年

  • BLIE研究: 治療期間3年

【欧州】

  • MOSAIC研究: 治療期間2年(現在進行中)

  • ROMA研究: 治療期間4年

このように、長期的な近視進行抑制効果を評価するため、比較的長期間(2年以上)の治療期間が設定されていることが分かります。

一方、香港の先駆的なATOM研究では、治療期間が2年と比較的短かったものの、低濃度アトロピンの有効性が実証されました。

最近の臨床研究では、治療期間を3年以上に設定することで、より長期的な効果の持続性や安全性をより詳細に評価できるようになってきています。

このように、アトロピン点眼治療の有効性を適切に判断するには、少なくとも2年以上の観察期間が必要とされていると言えるでしょう。

眼球の伸長は、民族的要因は影響しますか?

はい、眼球の伸長に民族的要因が影響する可能性があると考えられています。

眼球伸長は近視の主な発症要因の一つですが、その程度には民族間で違いがあるようです。主な理由は以下の通りです。

  1. 遺伝的要因 眼球形状や眼球伸長に関わる遺伝子の違いにより、民族間で眼球伸長のパターンが異なる可能性があります。東アジア人種では近視関連遺伝子の保有率が高いとの報告があります。

  2. 環境要因 生活習慣や屋外活動時間の違いなど、民族間の環境的要因の違いが眼球伸長に影響を与えると考えられています。読書時間が長い民族で眼球伸長が促進される可能性があります。

  3. 体格の違い 頭蓋骨の大きさや体格の違いにより、眼窩の大きさが異なり、それが眼球伸長に影響するかもしれません。

実際に、シンガポール人の子供では欧米人に比べて有意に早期から眼球伸長が始まることが報告されています。

このように、遺伝と環境の双方の要因が関与していると考えられており、民族間での眼球伸長のパターンには違いがある可能性が指摘されています。今後さらに研究が進めば、民族特性に応じた近視予防法の確立につながる可能性があります。

加齢によって老眼は発生するものの、近視が若年から起こる理由は何でしょうか?

近視が若年から発症する主な理由は、以下のように考えられています。

  1. 眼球発育期の影響 近視は通常、眼球の成長が活発な5~15歳頃に発症しやすくなります。この時期の眼球伸長が過剰になると、光が網膜の前に焦点を結び近視になります。眼球発育期の調節異常が原因と考えられています。

  2. 遺伝的素因 両親のどちらかが近視の場合、子どもが近視になるリスクが高くなります。近視関連遺伝子が眼球伸長や発育に影響を与えていると考えられています。

  3. 生活環境・習慣 近くを長時間見つめる読書や映像視聴、スマートフォンの使用などが、眼球伸長の要因になると指摘されています。屋外活動時間が少ないことも一因です。

  4. 視力矯正の影響 近視の進行には、矯正方法も影響します。遠視矯正では眼の調節を低下させ、近視が進行する可能性があります。

一方、老眼は加齢に伴う水晶体の硬化で調節力が低下し、近くが見づらくなる現象です。加齢による生理的変化が主な要因です。

このように、近視は遺伝的素因と環境要因が複合的に影響して若年期から発症し、老眼とは発症メカニズムが全く異なるためです。適切な視力矯正と生活習慣の改善が、近視の予防や進行抑制に重要とされています。

眼球発育時の伸長異常を予防する医薬品はありますか?

はい、近年、眼球発育期の過剰な眼球伸長を抑制する目的で、いくつかの医薬品が研究されています。

主な医薬品は以下のとおりです。

  1. アトロピン点眼薬 現在、最も有力視されている治療薬で、特に低濃度(0.01%程度)のアトロピン点眼薬が注目されています。調節麻痺作用により眼球伸長を抑制する作用があります。

  2. ピレノキシン ムスカリン受容体拮抗作用を持つ新規化合物で、アトロピンと同様の作用機序が期待されています。近視抑制効果を示す臨床試験結果もあります。

  3. 7-メトキシ-6-ニトロイソフラボン 細胞実験で眼球伸長シグナルを抑制することが確認されており、新規の近視治療薬候補として期待されています。

  4. ドロスピレノン 避妊薬の有効成分で、動物実験で眼球伸長抑制効果が確認されています。ホルモン受容体を介した新たな作用機序が注目されています。

  5. 抗VEGF治療 血管新生阻害薬を眼内に注射する治療で、網膜の過剰な血管新生による眼球変形を抑える可能性が指摘されています。

このように、複数の新規医薬品が研究段階にありますが、いまだ確立された治療法はありません。引き続き、より効果的で安全性の高い治療薬の開発が求められています。

若年期の眼球伸長以降、中年期でも近視は起こりますか?

はい、中年期でも新たに近視が発症する場合があります。

若年期の眼球発育期に生じる近視とは異なるメカニズムが関与しますが、以下のような原因が考えられています。

  1. 水晶体の変性 加齢に伴う水晶体の変性により、調節力が低下します。近くを見るための調節力を維持するため、眼球が長くなる代償作用(近視変性)が生じる可能性があります。

  2. 白内障手術後の影響
    白内障手術後、人工水晶体の度数設定のずれや眼球形状の変化などにより、新たに近視になることがあります。

  3. 機能的近視 コンピューター作業や携帯画面を見る時間が長くなることで、一時的に調節が緊張し続け、近視となる場合があります。

  4. 糖尿病網膜症 糖尿病による合併症で、網膜の浮腫や変形が生じ、屈折異常となり近視になる可能性があります。

  5. 脳腫瘍などの影響 脳腫瘍や外傷などにより、視交叉の異常が生じた場合、不正視野による近視が起こるケースもあります。

このように、加齢による生理的変化や疾患、外科手術などを契機に、中年期以降でも新たに近視になることはあり得ます。若年期の近視発症とはまた異なるメカニズムが関与していると考えられています。

眼科は、前眼部、後眼部と専門が分かれますが、近視はどちらのカテゴリになりますか?

近視は主に後眼部の疾患に分類されます。

眼科医療では、大まかに前眼部と後眼部に分かれています。

前眼部は、眼瞼、結膜、角膜、虹彩、水晶体などを対象とする領域です。主に白内障、緑内障、眼瞼や結膜の疾患を扱います。

一方、後眼部は、硝子体、網膜、視神経、眼球そのものを対象とする領域です。

近視は眼球の形状異常により起こる屈折異常なので、後眼部疾患に分類されます。具体的には以下が近視に関連する主な疾患です。

  • 屈折異常(近視、遠視、乱視)

  • 病的近視(強度近視による合併症)

  • 網膜剥離

  • 黄斑変性症

  • 視神経疾患

近視の診断、治療、経過観察は主に後眼部を専門とする眼科医が担当します。強度近視では合併症の進行に注意が必要なため、定期的な経過観察が重要視されます。

一方、前眼部疾患の手術では、白内障手術後に屈折異常が生じる可能性がある点に注意が必要です。

このように近視は後眼部疾患に分類されますが、前後眼部はつながっているため、眼科医は連携しながら総合的に診療にあたる必要があります。

近視自体は立派な疾患だと思うのですが、眼鏡等の購買や使用に、保険がきかないのはなぜでしょう?

近視自体は器質的な疾患ではないため、その矯正のための眼鏡やコンタクトレンズ代は保険適用外となっているのが一般的です。その主な理由は以下の通りです。

  1. 生理的変化の範疇 近視は眼球が正常より長めに伸びた状態であり、加齢に伴う生理的な変化の範疇とみなされています。疾病ではなく生理現象とされているためです。

  2. 生活上の支障がない 軽度から中等度の近視であれば、眼鏡やコンタクトレンズで視力を矯正できます。日常生活に重大な支障がないことから、医療保険の対象外とされています。

  3. 治療ではなく矯正 近視に対する眼鏡やコンタクトレンズは、根本的な治療ではなく視力の矯正が目的です。医療保険は疾病の治療を対象としているため、適用外となります。

  4. 公的医療費の抑制 眼鏡やコンタクトレンズに保険適用すると、国や自治体の医療費負担が大きくなります。保険給付の範囲を限定し、医療費適正化を図る狙いがあります。

ただし、強度の近視で合併症が発症した場合は、その治療には保険が適用される場合があります。また、視能訓練費や手術費には部分的に保険が適用されるケースもあります。

このように、経済的な理由から近視の矯正には保険が利かない状況ですが、疾病と認められた場合は一定の保険給付があります。

アトロピン点眼液の、適応症はなんでしょう?

アトロピン点眼液の主な適応症は以下のとおりです。

  1. 進行性の近視(近視の進行抑制) 最も注目されている適応症で、特に低濃度(0.01%程度)のアトロピン点眼液が処方されます。調節麻痺作用により眼球伸長を抑制し、近視の進行を抑えます。

  2. 調節性眼精疲労 近見の持続により起こる一時的な調節麻痺を改善するために使用されます。眼の過剰な調節を抑え、眼精疲労を軽減します。

  3. 術前の調節麻痺 白内障手術や屈折矯正手術の際に、術前に調節を麻痺させることで眼内レンズ度数の決定などに使われます。

  4. 虹彩癒着の予防・治療 虹彩と水晶体が癒着する病態を予防・治療するために、虹彩を散瞳させて剥離させる目的で使用されます。

  5. 一時的な散瞳 眼底検査や手術時の散瞳を目的に短期間使用されることがあります。

通常、上記の適応症に対して0.5%や1%といった比較的高濃度のアトロピン点眼液が使われてきました。

しかし近年では、近視進行抑制を目的として極低濃度の0.01%程度のアトロピン点眼が注目を集めています。副作用リスクが低く、長期使用が可能だからです。

つまり、アトロピン点眼液の新たな適応症として「進行性近視」が注目されている状況にあります。

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