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【3人声劇】失くした少女と口だけ男
■タイトル:失くした少女と口だけ男
■キャラクター
カンナ:女
何か失くして、ロストワールドに迷い込んだ少女
自らが何を失くしたのかも忘れている
口だけと出会い「思い出し草」を探す
口だけ:男
口以外の顔を失ってロストワールドに迷い込んだ男
長い時間ロストワールドにいたことで自らの顔を完全に忘れてしまった
ロストワールドに迷い込む人間を助ける活動をしている
案内人:性別自由
ロストワールドや、ロストワールドに迷い込む人間のことをなんでも知ってる案内人
人間が失った“何か”を苦難の末取り戻す瞬間を見ることを快楽としており、部分的にカンナや口だけの手助けをする
―――――――――――――――――――――――――
案内人:おや…おやおやおやおやおや…
また一人、この世界に迷い人(びと)がやって来たようだ…
口だけ:…なら出かけよう…少しでも早い方がいい
案内人:…君はいいのかい?
口だけ:新参者に伝えることの方が大事だろう?
僕のようになるな…とね
―――――――――――――――――――――――――
カンナ:(NA)
夢を見た気がする…なんだかとても、悲しい夢を…
(カンナはどこかもわからない森の中で目を覚ます)
カンナ:んん…ここは…?
口だけ:目が覚めたかい?
自分が誰かわかるかな?
カンナ:…え?えぇ…ってうわあああああ!?
口だけ:驚かなくていい、君に何かをしようというわけじゃない
カンナ:驚くなって…あ、あなた、顔が…!?
口以外何もないじゃない!
口だけ:ここは何かを一つ失った者が迷い込む場所なんだ
僕は顔…君は何を失った?
カンナ:別に…何も…私は何も失ってない…と思う…
口だけ:君みたいな人はだいたいそう言う
おいで、ここを案内してあげよう…ほかに行く場所があるなら別だけどね
カンナ:(NA)口だけ…彼はそう名乗った
どれくらいいるのかわからないほど長い間この世界で生きているのだという
口だけ:口しかないから口だけ…単純だろ?
僕は顔だったからすぐにわかったが…だいたいの人は何かを失ったことにすら気づかない
君みたいに目に見えない何かを失った人は特にね
…この場所から元の世界に戻るには、失ったものを取り戻すしかない
カンナ:私が本当に何かを失くしてるとして…どうやって取り戻すの?
口だけ:思い出すんだ…僕は口しか思い出せなかった
カンナ:自分の顔が思い出せないの?
口だけ:…そうだ
だから、僕みたいになる前に思い出してほしいんだ
何を失ってしまったのか…取り返しがつかなくなる前にね
カンナ:(NA)
口だけさんは口しかないのに、とても表情豊かだった
取り返しがつかなくなる…そう呟く口だけさんはとても優しそうで、とても悲しそうだった
カンナ:わかった…ありがとう…私はカンナ、よろしくね口だけさん
口だけ:あぁ、よろしくカンナ
さぁ、失(な)くしものを探しに行こう
カンナ:うん、もとは私のものなんでしょう?
きっとすぐ見つかるよ
案内人:いいねいいね、やる気があってとってもいね
(突如案内人が背後から現れる)
カンナ:うわっ!びっくりした!誰!?
口だけ:案内人…驚かせるのはやめろといつも言ってるだろう?
案内人:君に言われたって何の説得力もないよ、口だけ君
やぁやぁ新しい迷い人…カンナと言ったかな?
私はこのロストワールドの案内人、よろしくね
カンナ…よろしく…ところでロストワールドって…?
案内人:この世界の呼び名だよ
何かを失った者がやって来る場所…だからロストワールド
とてもいかしてナイスな名前だろ?
それにしても…よくこんな不審な奴を信用したねぇ
カンナ:それ、あなたが言うの?
私に何かするつもりならとっくに何かしてるでしょうし…他に頼れる人もいないしね
案内人:なるほどなるほど、さっぱりしててわかりやすいね!
私はこの世界のことならどんなことでも知ってるから君の力になれると思うよ!
知りたいことがあったら遠慮しないで質問しておくれ!
カンナ:じゃあ、私は何を失ったか教えて?
案内人:それは嫌
カンナ:え、どうして?
案内人:だって面白くないじゃない?
カンナ:私、あなたが面白がるために何か失(な)くしたわけじゃないんだけど
口だけ:諦めた方がいい
案内人はそういう奴なんだ
彼の楽しみは、この世界に来た人間が失ったものを取り戻す過程を楽しむことだけ…
この世界のことも、この世界にやって来る人のことも何でも知ってる代わりに、失ったものを取り戻す“案内”しかしてくれない
カンナ:ケチな人ね
案内人:なんてったって、私は案内人だからねぇ
さぁ行くところは決まってるわけだし、早く行こうよ口だけ君
カンナ:え?決まってるの?
口だけ:この世界のどこかに生えている“思い出し草(そう)”を探しに行くんだ
その草を食べれば、失ったものを思い出すきっかけを与えてくれる
カンナ:きっかけだけ?
案内人:そう、きっかけだけさ
食べたって、失ったものを取り戻せるかはわからない
カンナ:う~ん…何を失ったのかもわからないのに…ちょっと不安だなぁ
口だけ:不必要に怖がらせるのはやめてくれ
案内人:フフフ…恐怖も不安もゴールを美しく彩(いろど)るスパイスだよ?
感動的で甘美(かんび)なシチュエーションで、失くしものを見つけてほしいのさ!
口だけ:はぁ…お前は黙って案内だけしてくれればいい…今回の思い出し草はどこにあるんだ?
カンナ:今回?毎回場所が変わるの?
口だけ:思い出し草はこの世界にいる迷い人の数しか生えなくてね、一本食べるとまたどこか別の場所に生えるんだ
カンナ:じゃあ、今は口だけさんと私の分で2本生えてるってことね…
口だけ:事前に探しておければよかったんだけど…なにぶん、いつ迷い人が来るかもわからなくてね…
カンナ:でも、それって口だけさんの分なんでしょ?
案内人:口だけ君は何度食べてもダメだったんだよ
だから随分前に探すのをやめちゃったのさ
君は思い出せるといいね
口だけ:おい、怖がらせるなと言ってるだろ
…すまないなカンナ、こんなのでも頼らないと元の世界に帰れないから
カンナ:大丈夫だよ…えっと…私はまだ色々よくわかってないから助けてくれるだけでも嬉しい
ありがと、案内人さん
案内人:…ふふふ、どういたしまして
それじゃあ行こうか
目指すは、グランドクーンだ!
―――――――――――――――――――――――――
カンナ:(NA)
よりにもよってグランドクーンか…口だけさんはそう言った
見たことない植物、見たことない生き物、見たことないものだらけのこの世界は基本的にはどこに行っても危険だという
口だけ:ロストワールドは“死”という概念を失くしてしまっているんだ
だから食べなくても飲まなくても怪我をしても死にはしない…何が起きても必ず生き延びることができる…けれど、苦しいことに変わりはない
カンナ:でも死なないならそこまで怖がらなくてもいいんじゃないの?
口だけ:以前、崖から落ちたことがあってね
体中の骨が砕けて、血もたくさん出て、普通なら死んでしまう怪我を負ったんだけど、ゆっくりと体が治るまで苦しみ続けることになった…あれは、なるべく体験しないほうがいい
カンナ:うわぁ…それはすっごく痛そう
口だけ:辛かったよ…ただじっと、声を出すこともできないような痛みに耐えるだけ…
僕は眼が無いから泣くこともできないしね
カンナ:泣く…
案内人:そういえばさ!君の前の前の前の迷い人が来たときは、火山のマグマに落ちてねぇ…
なぁ口だけ君、あの子、骨以外は全部溶けちゃったよねぇ、あれは圧巻だったなぁ…
カンナ:その時は…どうしたの…?
口だけ:僕がその人の骨を拾い上げてね、ゆっくり体が再生するのを待ってから思い出し草を口に押し込んだんだ
…思い出し草は食べた瞬間、深層心理に働きかける…無意識でも彼はしっかり失くしものを思い出してくれた
カンナ:そっか…じゃあ、その人は元の世界に帰ることができたんだ…よかった
口だけ:ああ…カンナは優しいね
この世界に来た人は…みんな自分のことで精いっぱいになるのに
カンナ:でも、口だけさんだって私のことばかり気にかけてくれるでしょ?
口だけさんの方がよっぽどすごいと思うよ?
口だけ:…そうか、ありがとうカンナ
そんなこと言われたのは初めてだ…嬉しいよ
案内人:とってもエクセレントなアイスブレイクしてるところわるいんだけどさぁ…私をのけ者にしないでほしいなぁ
口だけ:グランドクーンはロストワールドの中でも危険な岩場だ
気を引き締めて行こう
案内人:おい、無視かい
―――――――――――――――――――――――――
カンナ:(NA)
赤や、青や、黄色のカラフルな植物の森を抜け
紫色の砂漠を越え
ピンク色の空が広がる草原を私たちは歩いた
口だけ:あの植物は触ると、まるでスライムみたいな触り心地なんだ
でも、食べるととってもすっぱくてね…
カンナ:食べたことがあるの?
口だけ:死ななくてもお腹は減るんだよ…最初は案内人も助けてくれなかったから自分でどうにかするしかなくてさ
カンナ:ふふ、やっぱりケチだね、あの案内人
…ねえ見て、今日は星が黄緑色になってる
口だけ:…ほんとだ、あの色は珍しいんだよ
この世界には太陽が無いから…どうやって光ってるのかはわからないけれど…
カンナ:でも幻想的で素敵な夜空ね…
口だけ:…これは夜じゃないらしいよ
カンナ:え?こんなに暗くて、星も出てて…静かで…なんというかすごく夜なのに?
口だけ:…あぁ、案内人が昔言っていたんだ
詳しく教えてくれたわけじゃなかったけどね…
何でも知っている…か
それは一体どういう気分なんだろうな
―――――――――――――――――――――――――
案内人:(NA)
この世界は朝も昼も夜もない…失くしてしまっているからね
時間という概念もない…いつのまにやらどこかへ置いて来てしまったようでさ
他にもたくさんの物を失くしている…命…死という概念さえも…
だからこの世界ではずっと生きていることができる…望みさえすれば…永遠に
私は案内人だから君らを案内はするけど…この世界は本当に最高なんだよ…?
だというのにどうしてこの世界に来た人は皆…元の世界に帰りたいだなんて言うんだろう君もそうなの…本当に帰りたい…?君が元の世界に戻りたい理由って一体…何なんだい…?
カンナ:…はっ!
はぁ…はぁ…はぁ…
口だけ:…どうした?カンナ
カンナ:いつの間にか寝ちゃってたみたい…
案内人さんが夢に出てきて…ちょっと悪夢だっただけ
口だけ:はは…案内人なら、長旅に飽きてどこかへ行ってしまったよ
カンナ:そう…口だけさんは元の世界のことって覚えてる?
口だけ:随分前のことだからね…ほとんど忘れてしまってる
…カンナは…元の世界のこと覚えているかい?
カンナ:私は来たばっかりなのにあんまり覚えてない
もしかしてそれが失ったもの…なのかな?
口だけ:それは違う…忘れていることと失ったことは全く別のことなんだ
カンナ:…でも、どっちも思い出せることでしょ?
前に口だけさんはそう言ったわ
口だけ:そうだね…でも、厳密には少し違う
忘れているということは自分の引き出しにしまっているだけだ
引き出しを開ける鍵(かぎ)さえあればいい…
でも、僕らは失ってしまった…もう僕らの中には無いんだよ
何を失ったかわかっても…それだけじゃダメだ…
…なぜ失うことになってしまったのか…その理由まで思い出さなきゃ、自分のものとして取り戻すことはできない…
カンナ:なぜ失ったか…
口だけ:そう、僕はそれがどうしても思い出せないんだ
それは過去の自分と向き合うことと等しい行為だと案内人は言っていたんだけどね…
カンナ:…私、取り戻すことができるのかな…失ったものを
口だけ:…それは
案内人:面白そうな話をしてるね
カンナ:うわ!びっくりした!
口だけ:案内人…驚かせるなって
案内人:面白そうだったからさ
ふふふ…ロストワールドは適当に“何か”を奪うわけじゃない
…口だけ君は偶然“顔”を失ったわけじゃないし、カンナはたまたま“それ”を失ったわけじゃあない
この世界に迷い込んだものは思い出し草で否応(いやおう)なく、その“何か”を突き付けられる
失った物を取り戻せるかはその時わかるさ
さて、そろそろ行こうじゃないか!グランドクーンはすぐそこだ!
―――――――――――――――――――――――――
カンナ:(NA)
グランドクーンは岩場と言うにはあまりにもギラギラした銀色で、まるで金属の塊みたいな場所だった
カンナ:触った感じは岩だ…
案内人:そりゃあそうさ、だって岩場だからね
さあ行こう、道が細いから気を付けてね
カンナ:大丈夫…っておわあ!
(足を踏み外すカンナの手を口だけが掴んで引き寄せる)
口だけ:…っと、大丈夫かい?
カンナ:あ、ありがとう…思いっきり転ぶところだった
口だけ:前に崖から落ちたって話をしたろ?
カンナ:あぁ、そういえば
口だけ:ここで落ちたんだ
カンナ:それは、余計に気を付けないとね…
口だけ:君は随分落ち着いているから、あまり心配しなくてもいいのかもしれないけどね
…何かがあれば、必ず僕が助けるから、注意して進むんだ
カンナ:あ、ありがとう…口だけさん、もう離しても大丈夫だよ…?
口だけ:あぁ、すまない…女性の手を急に握ってしまって…ほら、そこの壁につかまって
カンナ:うん…ありがとう
案内人:ほらほらほらほら!何をしているんだい!早く行こうよ!
カンナ:あ、は~い!
口だけ:ふぅ…落ち着いているというよりは…感情の起伏が少ないような…
まあ…肝が据わっているのはいいことかもな…まさかな…
カンナ:…ごめんね案内人さん、私のせいで待たせちゃって
案内人:フフフ、いい奴だもんな、口だけは
カンナ:…何が言いたいの?
案内人:惹(ひ)かれるのも無理はないって言いたいのさ
カンナ:そっそんなんじゃっ…!!
案内人:それに後ろに口だけ君がいれば、僕も安心して君を急(せ)かせるってもんさ
カンナ:…どういうこと?
案内人:彼は何があっても必ず君を守るだろうからね
それこそ…君に危険があろうものなら自分のことなんてかなぐり捨てて助けてくれるよ
君が崖から落ちそうになれば、君を助けて代わりに自分が落ちるなんてことくらい簡単にやってのけるだろうさ
カンナ:どうしてそこまで…?
案内人:彼の失くしたものに起因してるのかもね
なんでも知ってることと、理解できることとは話が別なのさ
火山に落ちた迷い人の話をしたよね?
カンナ:え、えぇ
案内人:彼はあっさり話してたけど…迷い人が誤ってマグマに落ちた瞬間…彼は躊躇(ちゅうちょ)せず両手をマグマに突っ込んだよ
皮膚が焼けて…骨がむき出しになってもお構いなしに、彼は迷い人を引き上げた…口だけ君ってのはそういう男なのさ
カンナ:…なら…私はあまり迷惑をかけないようにしないとね…
案内人:アハハ!そうかもね!
ところでさ!グランドクーンってところはただギラギラなだけじゃないよ
ココの岩が砕けてるところを見てくれ
カンナ:中は…真っ白ね
案内人:表面は銀色だけれど、中身は真っ白
なんてことはないただの石だ
グランドクーンに吹く不思議な風を長く浴び続けるとちょっとずつ銀色になってしまうんだよ
全身銀色になったらいずれこの石と同じになる
ほらそこに落ちている石みたいにさ
カンナ:…この石…動物の形をしてる
く、口だけさん、これ…大丈夫なの…!?
口だけ:え?あぁ、この石か…ここに迷い込んでしまった生き物だろう
…大丈夫さ、前に思い出し草を探すために来た時はかなり長い時間探したけど銀色になんてならなかった
カンナ:そうなの?
案内人:…なんだよ~ネタバラシが早いなぁ
口だけ:怖がる必要なんて無いんだから早く教えた方がいいだろう
かなり長い時間じっとしていないとここまではならないんだ
…前に案内人の話を聞いた子がとても怖がってこの場所に来れなくなってしまってね…
だから代わりに僕が3日間ほど探しに来たことがあるんだけど、変なことなんて何も起きなかったよ
カンナ:それもそうだけど…3日間も一人で探したの…!?
…口だけさんって本当に優しいんだね…私のことだって、助けるメリットなんて何もないのに
口だけ:…自分のためだよ…この世界に迷い込んですぐなら、刺激的で楽しいと感じる人だって多い…
でも、まともに話ができるのは案内人と僕だけ…少し足を踏み出せば未知という名の危険ばかり
だいたいの人が大きな怪我や心の病気で僕に助けを求てくる
そんな誰かを救って…自分はまだ必要とされる人間なんだって…この世界から外に出られない…い続けるしかない自分に理由付けがしたいだけなんだよ
…自分の顔すら取り戻せない…愚かな自分を肯定したいだけだ
カンナ:…私は口だけさんが愚かだなんて思ってないよ
だって…優しくて、勇敢(ゆうかん)で、誰かのために頑張れるのって本当にすごいことだと思う
私はずっと助けてもらいっぱなしだしさ…だから…その…自分のことそんなに悪く言わないで?
口だけ:…そう言ってくれて嬉しいよ
案内人:い~い雰囲気なところ悪いんだけどさ、もうすぐ目的地だよ
カンナ:わっ!ほ、ほんと?わかった、ありがとう
口だけ:…そんなんじゃないよ案内人…それにしても今回は随分協力的なんだな
前回は全然場所を教えてくれなかったのに
案内人:面白い展開を待ちきれなくてね~
それに…思い出し草って奴は…それを強く求める物の前に勝手に現れるもんなのさ
…こんなふうにね
カンナ:(NA)
案内人の不敵な笑みの後ろ側…ギラギラの岩場に不釣り合いな瑞々(みずみず)しい緑色の草がそこには生えていた
まるでおもちゃのような…子供が描いた絵のようなその草を見た瞬間、無意識に私の体は引かれてしまった
私はその草を掴み…ひと口かじった
(カンナがゆっくりとその場に倒れていき眠ってしまう)
口だけ:…カンナが眠った
深層心理に落ちたようだ…
案内人:ふふふ…やっぱり、カンナが失った物は彼女にとってはとってもとってもと~っても大事なものだったみたいだ
そして…失ったことを大きく後悔している…そのことすら今は忘れてしまっているけどね
口だけ:何をいまさら…この世界に来る人間は皆そうだろう
案内人:この場所で何十、何百と迷い人を見送ってきた君にはわかってるんだろ?
カンナが一体何を失ったのか
僕はそれを取り戻すさまを見てくるよ、それじゃあねぇ
(案内人が煙のようになって消える)
口だけ:見当はついているさ…彼女が失ったものは…きっと…
―――――――――――――――――――――――――
(カンナの深層心理の中…)
カンナ:ここは…どこ…
案内人:(NA)
知っているはずだよ…ここがどこなのか…
カンナ:あなたは誰…?
案内人:(NA)
私が誰かなんてどうでもいいだろ?
ほら…あそこを見てごらんよ
カンナ:あれは…お母さん?
案内人:おやおやおやおや…どうしてだろう…
君の体はまっかっかだ…
(カンナの体にあざや傷が浮かび上がる)
カンナ:…いっ…!?…違う…違うの!痛いけど…痛くないわ…
案内人:ほんとに?ここはあざだ…ここは切れてるし…ここは血が滲んでる…
それでも痛くないのかい?
カンナ:そうよ…!
私は…私は…ずっと辛くて…殴られて…外に出されて寒くて…さみしくて…でも私がいないと…お母さんが!!
案内人:(NA)
人は泣く…辛くても、悲しくても、嬉しくても、楽しくても…
だから君は失った…ずっと仮初(かりそめ)の笑顔を浮かべるために…
カンナ:何…?
何よ…あなたに何がわかるっていうの!?
お母さんが笑ってくれるなら…私は一生泣いたりなんかしない!!
口だけ:(NA)
それは過去の自分と向き合うこと…
カンナ:…え?
口だけ(NA):自分はまだ必要とされる人間なんだって…この世界にい続ける自分に理由付けがしたいだけなんだ…
カンナ:どうしてそんな悲しいことを言うの…?
あなたがそんなこと言う必要はない!!だって…だって…あなたは…!!
…あなたは…誰…?
口だけ:(NA)
…自分の顔すら取り戻せない…愚かな自分を肯定したいだけ…
カンナ: 違う!あなたはそんな人じゃない!
私は…あなたを知ってる…知ってるの…!!
だって…私…あなたのこと…泣きたくなるほど…大好きよ…
―――――――――――――――――――――――――
カンナ:はっ!?
口だけ:カンナ…大丈夫か?
…僕がわかる?
カンナ:口だけ…さん…?
口だけ:…よかった…その様子だと思い出せたようだね…君が何を失ったのか
カンナ:えぇ…私が失ったものは…“涙”
…涙を流せば悲しみも辛さもずっとずっと強くする
だからいらないって…そう思ってた…
口だけ:やっぱりそうだったんだね…
どうやって取り戻せたんだ?
カンナ:口だけさんを…口だけさんの言ってたことを思い出したの…
口だけ:僕の…?
カンナ:それで気づいた…本当は涙を失いたかったんじゃない…
泣きたいときに泣く自分を受け入れてほしかったんだって…
泣いたときに…ただ慰めてほしかったんだって…
口だけ:そうか…こんな時、いつも気の利いた言葉をかけられなくて申し訳なくなる…僕はまだ君を何も知らない…今できることは君が起き上がれるように手を差し伸べることだけだ
ほら起き上がって口を拭いて?思い出し草がついてるよ
(口だけが寝転がるカンナに手を差し出す)
カンナ:ふふ…口だけさん
口だけ:なんだい?
カンナ:…あなたに口があってよかった
口だけ:何を…むぐっ!
(カンナが口だけにキスをする)
カンナ:…おすそわけ
口だけ:…それは予測…出来なかった…
(口だけが倒れ、深層心理に落ちていく)
カンナ:…お節介だけど…口だけさんにも、思い出してほしいの…自分が失ったものを
案内人:やるねえ、カンナ
あつぅいキスだった
カンナ:案内人さん…私の心の中覗いたでしょ
案内人:覗かなくても知ってたけどね…やっぱり生で見るってのは格別楽しいのさ
君も見てみる?口だけ君の心の中
カンナ:見れるの…!?
案内人:思い出し草が君の食べかけだったからね…きっと連れていける
…いいかげん、彼と過ごすのも飽き飽きなんだ
だからさ…彼の背中、押してあげてよ
カンナ:わかった…!
案内人:ふふ、そうと決まればさぁさぁご案内!
口だけ男と失くした少女…お連れするのはこの私!!
心の深く奥の底まで、落ちて落ちて落ちて落ちて
見つけてみましょうわだかまり!!
さぁ落ちろ!!!!
(カンナの周りに煙が現れ包まれていく)
カンナ:え、何!?待って!!うわあああああ!!!
(カンナが口だけの体に吸い込まれるように消えていく)
―――――――――――――――――――――――――
案内人:…おい、しっかりしなよ
カンナ…カンナってば
カンナ:はっ…!!
案内人さん…?ここは…
案内人:…彼の心の奥底だよ
本人ですら認知できないほどの奥の奥だ
カンナ:あれは…口だけさん…?
(巨大な扉の前に立つ口だけを見つけるカンナ)
案内人:君にもあの大きな扉が見えるかな
口だけの見つめる先にあるやつ
カンナ:うん…あれは何なの?
案内人:あれは彼の心を閉じるものだ
口だけは自分の失くしたものを思い出せないんじゃない
無意識に失くしたものと向き合うことを恐れているんだよ
さぁカンナ…彼の扉を開けてあげて
(カンナは口だけの元へ歩み寄る)
カンナ:…口だけさん?
口だけ:…君は…誰だい?
カンナ:あ…えっと…カンナ!私は、カンナ
口だけ:カンナ…花の名前だね
花言葉は…情熱と快活…素敵な名前だ
カンナ:…口だけさん、あなた…顔が…
口だけ:口だけ…口だけか…
僕にはぴったりの名前だ…
カンナ:…どうして?今のあなたには顔があるわ
口だけ:どうして…どうしてだろう…?
わからないんだ
カンナ:…その答えが、この扉の奥にあるはずよ
口だけ:開けられない…怖いんだ
カンナ:…なら私がついててあげる
二人一緒なら…少しは怖くないでしょう…?
口だけ:二人でも怖いさ…でもありがとう…
一緒に開けてくれるなら…とても心強いよ
カンナ:…あなたの名前は?
口だけ:…イオリだ
カンナ:…イオリさん…開けるよ?
口だけ:あぁ…わかった
カンナ:…せぇの!!
―――――――――――――――――――――――――
カンナ:…ここは、おうち?
貼り紙だらけ…これって…殺人犯の…息子…!?
案内人:志島孝男(しじまたかお)…隣家(りんか)の家族全員と志島伊織(しじまいおり)を含む自らの家族を飼い犬に至るまで拷問し、殺害しようとした男…
伊織だけは警察が介入して生き延びたが…彼を待っていたのは近隣住民や、ネットの人間たちが行う惨(むご)たらしい仕打ちの数々だった…
カンナ:…そんな…ひどい…口だけさんは…イオリさんは何も悪くないのに!!
…イオリさん…!
(家の周りをフラフラ歩きながら張り紙をはがす口だけ)
口だけ:あ…だ、誰ですか…何も話すことはないですからっ…お帰りください…それじゃあ
カンナ:…イオリさん…待って…!
口だけ:すいません…!!
口だけ:(NA)
やめろ…見るな…僕を見ないでくれ…近づかないでくれ!!
駄目なんだ…僕は生きてちゃいけない…殺人犯の息子なんて…存在しちゃいけない…
忘れてくれ…僕の顔なんて…一人残らず…忘れてくれ!!!
カンナ:…違うわ…イオリさん
口だけ:…え?
カンナ:…あなたが…一体どんな悪いことをしたって言うの?
口だけ:…だって…僕にはあの男の血が流れてる!!
カンナ:ならどうして…こんなに人と関わることを恐れるあなたが…迷い人をみんな助けたの?
口だけ:…迷い…人…?
カンナ:顔を失ったから…?
もう自分を知ってる人なんていないから…?
ただ…それだけ…?
口だけ:それは…僕はただ…生きてていいって…
僕も誰かを愛して…誰かから愛されてもいいって…認めてほしかったんだ…
カンナ:だからあなたは口だけになったのね…口が無ければ愛を伝えることはできないもの…
ねえ、口だけさん…私…あなたが…!
―――――――――――――――――――――――――
(口だけは目を覚ます)
口だけ:…う…んん…カン…ナ…?
カンナ:おはよう
口だけ:…泣いているのかい?
カンナ:えぇ…泣いてるの
口だけ:そうか…よかった…本当に取り戻すことができたみたいだ
カンナ:あなたも…泣いてるわ…
口だけ:僕は泣けないよ…だって…
カンナ:泣いてるわ…イオリさん
口だけ:どうして僕の名前を…っ!?涙が…もしかして…僕、顔が…!?
カンナ:…大丈夫よ、怖がらないで…
ごめんなさい…私、あなたの過去を見たの
口だけ:…そう…か…幻滅したろう…僕のこと…知ったなら
カンナ:どうして幻滅するの…?
私にとってイオリさんは、不思議な世界へ迷いこんだ私を助けてくれた…とっても優しい口だけさん…何も変わってない…
口だけ:カンナ…僕は…
案内人:悪いけどそろそろなんだ
カンナ:うわぁっ!案内人さん!?毎回毎回急に出てきて…そろそろってどういうこと…?
口だけ:そうか…もうそんな時間か
案内人:この世界は何かを失くしたモノしか来ることができない…もう君たちには失くしものはないから元の世界に戻るんだよ
カンナ:戻るって…うわ!体が透けてる…!
口だけ:カンナ…君の失くしものが見つかって本当に良かった…
それに…君が僕の背中を押してくれたんだろう…ありがとう
カンナ:また会える…?
口だけ:…会いに行くよ、必ず
カンナ:…私…待ってるわ!だから…!
案内人:時間だ
カンナ:あなたが好…!!
(カンナが透けるように消える)
案内人:…私を恨むかい?
口だけ:…世界が決めたことだ、君を恨んだりしない…世話になったね…案内人
案内人:らしくないねえ
口だけ:最後だからね…君はもう、取り戻しはしないのか?
君も何かを失ってここに来たんだろう?
案内人:まぁね、そんじゃあ…バイバイ?
口だけ:あぁ、さよなら…君と過ごし時間は、悪くなかった
(口だけが消える)
案内人:悪くなかったか…ふふ…それは知らなかったな
―――――――――――――――――――――――――
カンナ;(NA)
気が付くと、私は自室のベッドで目が覚めた
私の身に起きたことは…全て夢だったんだろうか
…それでも私は、自分と自分を取り巻く環境と…もう少し向き合おうと決めた
そして私は…あなたが…
口だけ:(NA)
随分長い時間をかけたようで、ほんの一瞬の幻(まぼろし)…
でもこれは僕にとってかけがえのない幻(まぼろし)…
でも君は現実にいるはずだ…だから僕は…君に…
―――――――――――――――――――――――――
案内人:…ハッピーエンドは大好きだ
植物も動物も空気も光も時間も何もかも…この世界のすべては“何か”を失っている
もちろん私もね
…私が何を失ったのか?
う~んどうだろう?帰りたいという気持ちかもしれないし…不躾(ぶしつけ)な話し方かもしれないし…あぁ、生クリームばっかりのクレープの味かもしれないなぁ
あれは思い出したいものじゃない…
そう…この世界は何かを失った者…失うことしかできなかった者に永遠の自由を与え…失った者同士で傷を舐め合う…迷い人達の最後の桃源郷(とうげんきょう)でもある
しかし、この世界はとてもわかりやすい痛みと苦しみも与える…自らの失くしものと向き合い…それでもなお、この世界にいたいかどうかを問うために…
なんて優しい世界なんだろうね
なんてったって失くしものを取り戻した時、思いがけないおまけがつくことだってあるんだからさ…
―――――――――――――――――――――――――
カンナ:いらっしゃいませ、…素敵なお帽子ですね!
深くかぶってらっしゃいますけど、床に小さな鉢植えがありますのでお気をつけてください!
何かお探しですか?
口だけ:花束を作りたくて…これ…とても綺麗な花ですね
(声を聴いて、カンナは男性が口だけだと気づく)
カンナ:…カンナです…私と同じ名前のお花なんですよ?
花言葉は…
口だけ:情熱と…快活…ですよね?
カンナ:お詳しいんですね
口だけ:いえ…よく似た女性を知っているんです
カンナ:偶然ですね…私もあなたみたいな素敵なお口の方を知っているんです…
口だけ:待たせてごめんね…カンナ
カンナ:…いいえ…会えて嬉しいです…お待ちしてました、口だけさん