【2人声劇】瞳を交換こ
キャラ:
・中村 比奈(なかむら ひな) 女 17歳
茶色の瞳を持つ快活な少女
自らの瞳に対して抱かれている印象に重圧を感じている
・松本 亮介(まつもと りょうすけ)男 17歳
黒色の瞳を持つ少し卑屈な少年
自分の瞳にコンプレックスを感じている
▼ここから本文
――――――――――――――――――――――――
松本:目は口程に物を言う…俺たちの瞳の色はその人の才能を表す
中村:知能の青、運動の赤、器用さの緑…人間の持つ能力と様々な瞳の色との関係が科学的に証明されはじめ、私たちの社会は“瞳至上主義…ピューピリズム”となった
――――――――――――――――――――――――
松本(NA):
…新学期は嫌いだ
というよりも、新しく何かが始まる瞬間が嫌いだ
今日も教室の端々(はしばし)から自分を憐(あわ)れむような声が聞こえてくる
中村:おはよう、松本君!
松本:あぁ、中村…おはよう
中村:今日もあっついねぇ…まだ6月末なのにさぁ…
もう半袖短パンの人がいたんだけど、あの人達8月とかになったらもう脱げる服ないし…溶けちゃうんじゃないかな?
松本:もう袖縮めるしかないもんな…俺もこんな真っ黒のスラックスじゃなくて短パン履きたいよ
中村:女子はスカートだからまだマシなのかな…?
あ、そうだ、あとで数学の宿題教えてくれない…?わかんないとこがあってさ
松本:俺でよければ…でも、中村なら解けそうだけどな
中村:大丈夫!私、全然わかんなかったから
松本:はは、それは大丈夫じゃないかも
中村:そうかも?あははっ
松本:(NA)
このクラスで俺に普通に話しかけてくるのは中村だけだ…
誰にでも優しく、みんなに慕われている…茶色い目をした優等生
中村:(NA)
毎日一緒に過ごすこの教室で作られた、とても強くて、とても薄っぺらい関係の中で…私たちは瞳の色を気にせずにはいられなかった
――――――――――――――――――――――――
(カラーコンタクトショップで商品を眺める松本)
松本:お、パールアイのカラコン新色出てる…えっと…寒色系の発色がいいな…
これ…綺麗な茶色だな…はは、こんなん付けられないよ…ないない
(商品を取ろうとした際、後ろの客にぶつかる)
松本:あっすいません…
中村:あ…いえ…ごめんなさい
松本:あれ?…中村?
中村:うぇっ…!?ま、松本君!?
――――――――――――――――――――――――
中村:まさか、松本君に会うとは…隣町ならだれにも見つからないと思ったのになぁ…
松本:俺もあの店で中村に会うなんて思わなかったよ
はい、砂糖とミルク
中村:ありがと…すっごいおしゃれなカフェ知ってるんだね、なんか緊張しちゃうな…
松本:この辺りによく来るからさ…詳しくなっちゃって
それにしても…中村がカラコンに興味があるなんて意外だったな
綺麗な茶色だし…赤と青と黄色がバランスよく混ざってるいい色なのに隠すのもったいないんじゃない?
中村:茶色いだけで、私が凄いわけじゃないよ
それに…松本君の眼もきれいだと思うし
松本:そんなことない…自分の眼に自信持ったことないし
松本:(NA)
俺の瞳の色は瞳孔(どうこう)も見えないほど真っ黒だ
世間一般では“何も無い色”と言われていて、みんなから同情される、そんな色
中村:でも…まだ黒色がどんな才能を表すかはしっかり解明されてないんでしょ?
それに、あくまでも才能を表すだけで、その人の能力の全てを表すわけじゃないじゃん?
松本:…俺もそう思いたいけどね
中村:青い瞳の運動選手だっているよ?
松本君、頭もいいし運動も得意じゃん
松本:そう言ってもらえると嬉しいよ…俺、人より才能無いから、人より頑張らないとって…親にも言われてるし…中村の眼が羨ましいよ
中村:そっか…ねえ、この後、時間ある?
松本:え?あるけど…
中村:じゃあさ、少し付き合ってくれない?
近くに行きたい場所があるの!
松本:おぉ…わかった…
――――――――――――――――――――――――
中村:はい、松本君のぶん
松本:ありがと、別に奢ってくれなくても良かったのに
中村:カフェで払ってもらったからさ、お返しってことで
松本:じゃあ、お言葉に甘えて…久々に来たよ駄菓子屋なんてさ
中村:でしょ?結構好きなんだけど、近所に無いからさぁ
時間がある時に回ってるの
松本:たまに来ると楽しいよな、こういう場所…にしても暑いなぁ
中村:ねえ、松本君
私、体温低いんだよね…ほら、おでこ触ってごらん?
松本:急にどうしたの?
中村:いや、暑くてかわいそうだなって思って
松本:そんなに変わらないだろ?
中村もアイス買ってるし
中村:いやいや、1度の差は大きいんだよ?
エアコンしかり、坂道しかり
松本:坂道は暑さと関係ないって…中村は何のアイス買ったの?
中村:バニラアイス、これが一番おいしいよね
(ここからアイスを食べながら会話する)
松本:俺はかき氷系のアイスがいいかな、夏だし
中村:うわぁわかるなぁ…おいしいんだよねぇ、そのタイプ
松本:はは、ブレブレじゃん…中村って平熱いくつ?
中村:なんで?
松本:いや、普通より低いって言ってたから
中村:あぁ、えっと…調子いいと、34℃ちょいかな
松本:ひっく!調子悪いだろそれは!
中村:えぇ~元気だよ?
松本:俺だったら確実に体調不良に…あっ!
中村:お、どうしたの?
松本:いや…頭に…キーンと…
中村:あぁ、あるあるだね…大丈夫?
松本:大丈夫大丈夫…これって急に冷たいもん食ったから、脳が痛みを受けてるって勘違いしてるんだってさ…
中村:へぇ、そうなんだ、どうやったら治るの?
松本:頭冷やせばいいんだってよ…
中村:…そっか、じゃあ、冷やしてやろう
松本:へっ…?
中村:…よっ
(中村がおでこを松本のおでこに当てる)
松本:なっ…!?
中村:…1℃は大きいでしょ
松本:…そう…かも
中村:ねえ、やっぱり…松本君の眼って綺麗だと思うよ?…私は
松本:あ、ありがと…
中村:…聞かないの?
松本:な…何を?
中村:どうして私がカラコン買おうとしてたのか
松本:…わざわざ隣町まで来てるから…あんまり人に知られたくないことなのかなって…思って…
中村:…そっか、優しいね松本君
(中村がおでこを離す)
中村:じゃあ…二人だけの秘密…ってことで
松本:…わかった、言わないよ…誰にも
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
松本:(NA)
瞳の色を変える理由は大きく2つ…
1つは、憧れや愛情といった、好意的なもの…相手と同じ瞳の色になったり、瞳の色を交換することで、相手の瞳の色を受け入れたことを示す愛情表現
もう一つは自らを偽りたい自虐的なもの…
面接や受験のような競争の場で、明言せずとも瞳を足切りの理由にする組織だって珍しくない
どんな理由だろうが変な噂が立ちかねないため、中村がわざわざ隣町の店まで人目を忍んでやって来たことは理解できた
中村:(NA)
高校が同じになる前から、全人口のうち1割にも満たない黒い瞳を持つ松本君のことは知っていた
“才能がない”…そのレッテルを生まれた時から貼られてしまった彼を見るまで…私は彼をかわいそうな人だと思っていた…
松本:中村はさ…俺のこと他の人と変わんないで接してくれるよな…どうして?
中村:…わざわざ接し方を変える必要なんて無いと思うけど?
松本:そうかな…誰も最初から俺になんて期待してないし…努力してテストとか部活でいい順位とっても周りの奴らは黒目なんかに負けてるぜって…お前なんかがいい順位取るなよってそう言われるし…黒い瞳(め)ってだけで…俺は誰からも見下されてる
それが普通なんだ…俺からしたら、中村が変わってるよ
中村:…私、松本君が頑張ってるの、知ってるから
松本:…え?
中村:去年のテスト期間にさ、初めて松本君のこと図書室で見て…その後、いつ行っても放課後になると松本君がいて勉強してた…運動が得意なのもジム通ってるからなんだって同じクラスの人から聞いたんだ
松本君は自分のことを眼の色のせいなんかにしてない…凄い人なんだって、私知ってる
松本:それは…前にも言ったろ?
俺は人より才能が無いから…人一倍やって初めて人並みになれるからで…
中村:私ね眼の色のせいで、何でもできるだろって思われてきたんだ
この瞳の色を皆が羨ましがる…いい成績は瞳のおかげ、悪い成績は自分のせい
私、自分の眼に負けないために頑張ってさ…
不思議だよね…自分の眼なのに、瞳だけ私とは別の場所に浮き上がってるみたい
松本:(NA)
あぁ…そっか…同じなんだ
どうして中村みたいな、みんなから好かれる人気者が俺なんかに構うのか不思議に思っていた…たぶん俺と中村は正反対だけど…同じ悩みを抱えてる
なのに、俺は無神経に…中村の眼が羨ましいだなんて…
中村:…黒って否定されがちだけど…本当は全部混ぜた色なんだって私は思うの
松本:…どういうこと?
中村:きっと松本君は眼の色に縛られないで、何でも目指せる才能があるんだって
それって凄いことだと思うし…勝手だけど私もそうなりたい…って誰よりも努力してる松本君を見て思ったの!
松本:……はは、嬉しいけど…やめたほうがいいよ
俺と同じ眼になったって…きっと損しかしないからさ…それじゃあ、また…
(松本はその場を去っていく)
中村:損なんて…しないよ?私…
――――――――――――――――――――――――
(カラコンショップにて、商品を見る松本)
松本:秋の新色出てる…これ綺麗な茶色だな…まるで…
中村:それ、私の眼みたいだね
松本:うわっ!中村!?驚かせないでくれよ…
中村:ははは、ごめんごめん
…それ、買うの?
松本:え?いや、単純に綺麗な色だなって思ったから…気になっただけだよ…
ここにいるってことは…なんか買うつもり?
中村:…買ったよ?…これ
松本:え、これって…!?
中村:ナチュラルアイから出てる、トゥルーブラック…
なかなか入荷しないから、探すの大変だったんだけど…今日やっと入荷されたって聞いたから…
松本:…ほんとに買ったのかよ…黒色
中村:…うん、だからさ…もしよかったら…私と、眼の色交換しない?
松本:…いいの?俺なんかで…
中村:…松本君がいいの
もし、松本君も嫌じゃなければ…!
私と同じ目の色にしてくれると、すごく…嬉しいけどな…?
松本:…嫌なわけ…ないよ
――――――――――――――――――――――――
中村:この道歩くの随分久しぶりだねぇ…
前は夏だったのに…もう秋になっちゃった
松本:そうだな、季節が変われば風景も変わるね
中村:松本君の格好はあんまり変わってないけどね…
そうだ、私体温低いんだよね…ほっぺ触ってごらん?
松本:急にどうしたの?
中村:いや、肌寒いのに随分薄っぺらい恰好(かっこう)してるなって思ったからさ
松本:それがどうしてほっぺを触るってことに?
中村:私の冷え具合で、どんだけ季節外れな恰好なのかわからせてやろうと思って
松本:なるほど?…そういえばこんな話、夏にもしたな
中村:はは、そうだね、2人でアイス食べてた
松本:1度の差は大きいんだよな、エアコンしかり
中村:坂道しかり、ね…ふふふ
松本:そうだ、時間あるならさ、そこの公園通って帰ろうぜ
紅葉が残ってて綺麗だったんだ
中村:いいね、これから来る冬に反発してる感じで
紅葉って冬を越すためにエネルギーを節約してる状態なんだってよ
松本:そうなんだ
冬になったら試験だなんだって忙しいし…俺らも省エネしたいな
…あ、肩になんかついてる
中村:ほんと?取って取って
松本:待って…うわ、服に引っかかってるな…
中村:…そのままどさくさで触ってもいいんだよ?…ほっぺ
松本:…そんなことしないよ…ほら、取れた
中村:そう?ありがとっ
松本:(NA)
…あんなに嫌いだった黒色が、中村の眼にいるだけでこんなに綺麗に見えるなんて思ってもみなかった
きっと俺の顔は紅葉(もみじ)なんかより赤くなってるんだろうな…
中村:(NA)
今触られなくてよかったのかもしれない…
きっと私のほっぺは、とっても熱くなっていたから