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【二人声劇】夏空への旅路

■タイトル:夏空への旅路


■キャラ:夏空への旅路

天竺 蒼依(てんじく あおい) ※性別自由 台本上は女

学校でいじめられている少女

家庭では過干渉で抑圧的な親と過ごしており、関係は悪い

ある日、自らをいじめる同級生を殺してしまい、死ぬ為の旅に出る


小町 藤(こまち ふじ) ※性別自由 台本上は男

学校でいじめられている少年

両親はネグレクト気味

蒼依と出会い親しくなるが、彼女が人を殺したことを知り

一緒に死ぬことを決める


参考:

あの夏が飽和する:

https://www.youtube.com/watch?v=2hz0lhAs0Kg

命に嫌われている

https://www.youtube.com/watch?v=0HYm60Mjm0k

僕が死のうと思ったのは

https://www.youtube.com/watch?v=AabAbM_Lmuo


――――――――――――――――――――――――――


小町:(NA)

5月末から7月中旬ごろまでが、梅雨の時期らしい

今日は高い所からバケツをひっくり返したみたいな雨が降っていた…強い雨だった

風は無いのに傘がきしんでいて…少し怖かった


(旧校舎の端のトイレの個室で蒼依が水浸しになっている)


蒼依:この学校のトイレは年がら年中梅雨みたいだね

…そう思わない?お隣さん


小町:…そうかもしれないね…天竺さん、だっけ


蒼依:あってるよ

小町君も…雨に降られた?


小町:僕は拳が降って来たよ…痛くて動けないんだ


蒼依:…殴られたの?


小町:うん、殴られた…眼鏡も少し曲がったしさ

でも、今日はお腹を蹴られたのが一番痛かった


蒼依:…不幸自慢でもする?


小町:自慢するまでもない…不幸だろ、僕らは


蒼依:そっか…不幸なんだ、私たち

ねえ、死にたいって思うこと…ある?


小町:…いつも思ってる

死にたいなんて言うなとか、生き続ければいいことがあるとか…馬鹿みたいだ


蒼依:私は君が死んだらいやだよ


小町:どうして?


蒼依:もう…あなたのこと知ってるから


小町:たいして話したことないと思うけど


蒼依:でも知ってる


小町:…わがままだよ


蒼依:うん、わがままだね

…今日のニュース見た?山手線で線路に飛び込みって

私…今日そこにいたんだ


小町:…それが何?


蒼依:そう…それが何(なに)…なんだよ

誰も何も思わない…そこにいる人だって何も感じない

あいつらだって本気で私が嫌いで水かけてるわけじゃなくて…いじめている自分は上位の人間なんだって演出するためのファッションみたいなもんじゃない?

それでも私は平和に生きようって言ってるんだから…素敵なことでしょ?


小町:…そうかもね

よくわかんないけど

…もう行くよ、動けそうだから


蒼依:そう…もうここで会えないといいね


小町:そうだね


――――――――――――――――――――――――――


小町:(NA)

いつもギリギリのところで心を保っていた

家に帰っても何もない

食べ物、生活必需品、金…親

何もなかった


蒼依:(NA)

抑圧的で支配欲が強い母はよく暴力を振るった

それが私のためになるんだと

でもそんな地獄を耐え続ける理由は何?

こんな世界で生き続ける意味は何?


小町:(NA)

梅雨はたった2ヶ月程度で終わるのに、僕の心の雨は何年も降り続けている

そしてきっと…やむことなんて無いんだろうと思う

きっと彼女もそんなもんなんだろうと思っていた

あの日までは


蒼依:ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


小町:(NA)

放課後、暴力に飽きたクラスメイトがいなくなったから帰ろうと思っていた…

すると通りがかかった教室の隅でびしょ濡れの彼女が小さくなって泣いていた

蒸し暑い日だったのに、彼女はぶるぶる震えていて、その隣には見知った顔の女が血まみれで倒れていた


蒼依:…小町…くん…?


小町:どうしたの、それ…血がでてるよ…!?


蒼依:私…人を…殺した…


小町:どうして?


蒼依:彼女がいつも私をいじめてたの…

もう嫌になって…肩を…つき飛ばしたら…そこの机の角に頭を打って…


小町:(NA)

天竺 蒼依は隣のクラスの同級生

自分と同じくいじめられていて、噂によると家庭環境があまり良くないらしい

僕はその程度しか知らない…彼女のことなんて何も知らない…


蒼依:私、もうここにはいられない…

だから…どこか遠くへ行くよ…そこで…死のうと思う


小町:(NA)

ただ偶然同じ場所でいじめられてて、偶然一度話しただけ…

何も…知らない…何も知らないじゃないか


小町:…ねえ、天竺さん


蒼依:…なに?


小町:…僕も、連れて行ってくれないかな


蒼依:え…なんで…?


小町:…こんな世界で生きる価値なんてある?


小町:(NA)

僕はそんな頼りなくて無責任な言葉で彼女の手を引いた


――――――――――――――――――――――――――


(真夜中、二人は人通りの少ない路地で集合する)


蒼依:…お待たせ


小町:…来ないかと思った


蒼依:…いらないもの…全部捨ててきたの

親が無理やり読ませた本とか、写真とか、日記とか…そういう思い出を…全部


小町:…僕もだ

必要なものだけ持ってきた

財布とか…親の通帳とかさ


蒼依:…お金おろせるの?


小町:通帳と暗証番号があれば大丈夫だと思う

番号は…大体想像がつくし…


蒼依:…そうなんだ


小町:それから、これ


蒼依:それ、何?


小町:カッター…これが僕らのナイフだ


蒼依:ナイフ…何に使うつもり?


小町:誰も知らない遠くの場所で、これを使って一緒に死のう


蒼依:ねぇ、なんで…小町君は関係ないのに…

私、人を殺したんだよ?


小町:人殺しなんて、そこら中湧いてるよ

それに、君をいじめていた奴らが、親が、世界が…何回君の心を殺した?

彼らが罪悪感を感じた?

やめてほしいって頼む君にもっとひどいことをしたんじゃないの?


蒼依:だからって殺していい理由じゃない

私は自分が死んだっていい…死んだほうがいいけど…


小町:天竺さん…殺したいほど憎まれたり、ひどいことをした人はたくさんいると思う

でも、死んだほうがいい人間なんていない

それでも僕は死にたい…死にたいんだ…押し合おうよ、背中を


蒼依:でも…やっぱり、無関係な君を…こんなことに巻き込むなんて…


小町:僕は人を殺した君を見た…もう無関係じゃない

それに…明日からまた何も変わらない毎日を過ごすくらいなら…

家族もクラスの奴らも何もかも捨てて…この狭い世界から逃げ出して、遠い遠い誰もいない場所で…二人で死にたい

――――――――――――――――――――――――――


(二人は静かな夜を歩き出す)


蒼依:…遠いところってどこに行けばいいんだろうね


小町:線路に沿って歩こう…しばらく行けば人がいないとこにも行けるよ


蒼依:そっか…そうだね

警察に見つからないようにしないと

捕まったら…死ねないから


小町:うん…気を付けて歩こう


蒼依:…


小町:…


蒼依:何話せばいいのか…わかんないんね…


小町:…うん、そうだね

ごめん…あんまり、人と話さないから


蒼依:じゃあ…どうしていじめられてたか…聞いて


小町:…どうして、いじめられてたの?


蒼依:…私の家ってね、少し親が厳しくてさ

進学、就職、人格形成とか…

いろんな理由で私には自由が与えられなかったの

だから、部活に入ることも、友達と遊ぶことも許されなかった

クラスメイトの誘いも断って、クラスのグループにも入れなくて…どんどん孤立していって…

いつの間にかどんなに叩いても、誰も心配したりしないサンドバッグが出来上がってた

いつだったかな…いじめのグループのひとりが好きな子に振られたらしくて…

多分腹いせの八つ当たりで…私はあぁなってた


小町:…そっか


蒼依:ねぇ、小町君、私も聞いてもいい?

小町君がどうしていじめられてたか


小町:うちは天竺さんの家と逆でさ、親がほとんど帰ってこないんだ

昔に離婚してて、母親は男のとこに入り浸ってる

…僕の服薄汚れてるだろ?

多分僕が気づけてないだけで…たくさんあるんだと思うんだ…いわゆる、そういうのが

…人って、自分と違うところをからかったり責めたりするもんでしょ?


蒼依:それで殴られてたの?


小町:みたいだよ…わからないけど…たぶんそう


蒼依:それ、殴られる必要あるのかな


小町:さぁ…必要ないからいじめなんじゃないかな…きっと


蒼依:…お父さんは、今何してるの?


小町:わかんないな…僕が2歳くらいで離婚したらしいんだ

母さんの性格に耐えられないって…慰謝料払って逃げ出した

養育費とかも持ってきた通帳の口座に払ってくれてたらしいけど…中学に上がったくらいからそれも無いらしいし…接点がないから…


蒼依:そう…なんだ…


小町:ねぇ、天竺さんは友達いる?


蒼依:いない


小町:僕もだ…巻き添えが怖くて誰も近づかない


蒼依:うん、そう


小町:信頼できる人は?


蒼依:いない


小町:…誰かを好きになったことは?


蒼依:ない…なれない


小町:そうだね…


蒼依:…うわっ!


(蒼依が躓いて転んでしまう)


小町:大丈夫?


蒼依:いたた…大丈夫だよ、躓いただけ…ごめん


小町:立てる?ほら、手貸すよ


蒼依:…ありがとう


小町:(NA)

きっと僕たちは誰かと傷を舐め合いたかった

結局僕らは誰にも愛されてこなかったんだと理解した…不格好で、どうしようもない

そんな嫌な共通点で、僕らはお互いに信じあえた

握った君の手は…いつの間にか震えが止まっていた


――――――――――――――――――――――――――


蒼依:大丈夫かな


小町:堂々としてた方がいい…たぶん

ただ銀行のATMでお金おろすだけだし、今どきの学生なら普通にやるよ


蒼依:そうだよね


小町:(NA)

昨晩は数時間歩いた後、市が管理する大きな公園の端で眠った

眠っているうちに、虫や植物が自分を土に帰してくれないか…そんな妄想をしていた

朝の日差しと一緒に、自分がしていることをを突きつけられるような気がして、また死にたくなった


蒼依:…どう?


小町:大丈夫、どうせ暗証番号は男の誕生日だと思う

カレンダーに嬉しそうに書いてたよ


蒼依:…そう


小町:……だめだ


蒼依:…え、ダメって?


小町:…全部おろされてる

僕の将来のために、手は付けてないでおいてるって言ってたのにな…


蒼依:そっか…別の口座に移したとかじゃないの?


小町:…口座は…これしか使ってない…と思う

ごめん…


蒼依:ううん、行こう

…遠くに行くし、お金大事に使わなきゃね


小町:うん、そうだね


蒼依:……


小町:どうしたの?


蒼依:ニュースになってる…

教室でクラスメイトを殺害か…昨日の夜から行方不明となっている同校の二人の生徒を警察が追っている…だって


小町:そっか…じゃあ、マスクでもつけておこう


蒼依:捕まるかもよ?怖くないの?


小町:今更怖い物なんてあるもんか

僕は必ず君と死ぬ


蒼依:…うん、そうだね


小町:今のうちに電車で遠くに行こう

終点にでも行けばいいんじゃないかな


蒼依:私もそれがいいと思う…行こ…死にに


小町:あぁ、行こう


蒼依:(NA)

初めて乗る、聞いたことのない駅へ行く電車

私たちはなんでかわからないけど手を握っていた


蒼依:ねえ、私、体でも売ろうか

最近そういうのも流行ってるんでしょ?


小町:やりたいの?


蒼依:全然


小町:じゃあ駄目だよ


蒼依:でももう、死ぬんだよ?

どうなったってどうでもいい…


小町:これから死ぬだけなのに、わざわざ苦しむ必要なんてない


蒼依:でもお金はいるでしょ


小町:じゃあ、僕がするよ

男同士でも買う人はいるらしいし…


蒼依:駄目だよ…


小町:僕だって正直どうでもいいことだ…

でもさ、自分はどうでもいいのに、他人はどうでもよくないなんて矛盾してるね


蒼依:…そうかもしれないね


小町:(NA)

そう言って、彼女は笑った

その綺麗な顔を見て、なぜこんなに僕は醜く汚いのかと僕はまた死にたくなった

彼女と逃げると決めてから…死ぬことばかりを考えていた


蒼依:(NA)

何時間も電車に揺られた

眠って、起きて、話して、眠って、起きて、また眠った

夢の中で、小さい頃の私がこっちを見ていた

今、少し満たされた気持ちになっている

ごめんね…こんな私でごめんなさい…


――――――――――――――――――――――――――


小町:……終点だ

天竺さん、起きて


蒼依:…ん、ごめん、ありがとう

ここ…どこだろ


小町:…う~ん、どこだろ漢字が読めない


蒼依:…お腹すいたね


小町:…そうだね、どこかで買い物しようか

どこに行こうか…


蒼依:コンビニ寄りたい


小町:…何か買いたい物あるの?


蒼依:…生理用品


小町:あ…そっか…えっと…ごめん


蒼依:大丈夫、行こ


小町:うん…


蒼依:ねえ、手…つないで


小町:わかった


蒼依:(NA)

私は死ぬ

生きる理由も、生きていていい権利もない

私の心は空っぽだ、ならどうして手を握りたいと思ったんだろう

地獄みたいな人生だったから?いいことなんて何もなかったから?

満たされなかったから?満たされたかったから?

わからない…わからいないけど…私はこの手を強く握った


――――――――――――――――――――――――――


小町:…虫よけスプレーとかなくても平気?


蒼依:人殺しだよ…?私…

血くらいいくらでもあげるよ


小町:…そっか


蒼依:…ねえ、小町くん


小町:何?


蒼依:空ってこんなに綺麗だったんだね…

私…知らなかったよ


小町:僕も…いつも下ばっか見てたからかな


蒼依:どのみち都心じゃよく見えないよ


小町:そうだね……

…………藤


蒼依:え?


小町:藤でいいよ…呼ぶとき


蒼依:…わかった、藤君

私のことも蒼依でいい

天竺って苗字あんまり好きじゃないから


小町:うん…じゃあ、蒼依さん


蒼依:…ありがと

はぁ、あんなに綺麗な星空の下にいるのに…私は…どうしてこんなに汚いんだろうって嫌になる


小町:それを言うなら…僕たちだろ


蒼依:私、人殺しだよ…?


小町:…はい


(小町がポケットから財布を出す)


蒼依:…これって、財布?


小町:盗んだ…コンビニにいた他の客のポケットから


蒼依:よく……盗れたね…


小町:…あんま盗む奴がいないんじゃない?周りに

無防備だった

君が人殺しなら…僕はダメ人間だね


蒼依:…こんな星にはふさわしくない


小町:そうかも…でも、これだけお金があれば…まだ遠くに行ける


蒼依:そっか…どこまで行けるんだろうね


小町:行けるよどこまででも…行きたいところで…誰も見れないようなところで…死ぬんだ


蒼依:うん…そう、死ぬんだ

私は…生きてちゃいけない


小町:…生きてて良かったら…生きたいの?


蒼依:…わからない

もし許されるなら…愛されたいのかもしれない

今日初めて藤君と手をつないで…そう思った

今まで誰かの手は怖い物だったけど、藤君の手はあったかいってわかったからかもしれない…

でもね…きっと私はもう、愛なんて信じれない


小町:そっか………

(少し間をあける)

ねぇ、僕の“死にたい”は軽いかな


蒼依:…どういうこと?


小町:自分の命も君の命も…軽々しく見てるかな

環境が悪いとか…誰かが、何かが悪いって…過去を呪って、絶望して…

いつも死にたがって…僕は靴ひもが勝手にほどけた程度で死にたくなってる…


蒼依:…歩きながらひもを結ぶのって難しいよ

一度ほどけたら結びたくても結べない時だってある…まるで、人と人みたいに


小町:そう…だね


小町:(NA)

ひときわ綺麗に光る星を見つけたとき、昔見ていたヒーローを思い出した

優しくて、誰からでも好かれるそんなヒーローなら、今の汚れた僕を救ってくれるかな


蒼依:私は…夢も希望もを持ちたいとは思わない…

もう捨てたの…そんなもの


小町:(NA)

僕の問いかけに彼女はそう言った

僕だってそうだろ

現実を見ろ

幸せなんてこの人生にあったのか?

きっと誰もが心の底では自分のことを悪くないって思いながら生きている

誰かのせいにして生きている

だから僕らは死のうとしてるんじゃないか


蒼依:…藤君


小町:…なに?


蒼依:…私は死にたい


小町:…ずっとそうだったでしょ


蒼依:そうだよ

私は死にたい…ずっと死にたかった

でも…私の頭の触れない場所が…本能みたいなものが生きようとしてる

体だってそう…お腹も減るし、喉も乾くし、股から血だって出てくるし

全部生きるために、体が私に訴えてるんだよ

生きろ…生きろって…

(蒼依はゆっくりと泣き出す)


小町: …昨日も、今日も、明日も明後日も必ず誰かがどこかで死ぬ

死にたかったかどうかなんて関係ない…必ず死ぬ

…誰だってそうだよ、体は生きようとするんだ

こんなに死にたいのに…


蒼依:藤君も…そうなの?


小町:そうだよ

でも僕は…今はもういろんなことがどうだっていいんだ

君と二人で死ぬ瞬間まで、君が生きていてくれたらそれでいい


蒼依:…そっか、じゃあ…明日死のう?


小町:…わかった…ねえ、ゲームってしたことある?


蒼依:…ないかな


小町:持ってきたんだ、やろうよ

僕の暇つぶしで親から渡されたものだけど…誰かとやったことなかったんだ


蒼依:いいよ、手加減してよね


小町:わかった


小町:(NA)

夜は嫌いだった

誰もいない部屋は電気をつければ広すぎて、電気を消せば寂しさが襲った

このまま消えてなくなってしまうような気がした

それを望んでいるような、でもやっぱり怖いような

眠れば明日がやって来る、でも明日が来ればまた地獄が待っている

終わらない絶望のスパイラルだった


蒼依:(NA)

虫や動物の鳴き声も、目に悪そうな画面の光も、少しずつ重くなる瞼も心地いい

知らなかった…世界はこんなに美しいことを


――――――――――――――――――――――――――


(草むらで眠る蒼依を、そっと小町が起こす)


蒼依:んん…


小町:蒼依さん…蒼依さん…


蒼依:ん、あれ、藤君…どうしたの…


小町:静かに…近くに警察がいる…


蒼依:え…ほんと?


小町:ゆっくり頭を上げて…

背の高い草むらに隠れたのは正解だった


蒼依:(NA)

草むらからゆっくり顔を出すと、遠くの道路に警察がたくさん集まっていた


小町:…昨日財布を盗ったのは失敗だったかも

あのコンビニを調べれば防犯カメラから僕らのことがばれる


蒼依:行こう…


小町:うん…捕まるわけにはいかない


小町:(NA)

僕らは静かに、でも急いで走り出した

たった二日の野宿で僕らの見た目はボロボロになっていた

彼女は足が時々もつれている…

疲労も限界近くに達しているんだろう


蒼依:(NA)

ここ数日でとびきり暑い日だった

無理な姿勢での早足も、舗装の甘い道路も、追われているという事実も、私の体力を奪っていく


小町:(NA)

玉みたいな汗がこぼれる

躓いた拍子に眼鏡が落ちた


蒼依:(NA)

どこか遠くから大きな声が聞こえる

見つけた、とか待て、とか

あぁ…今、罪を重ねてるんだろうなって思った


小町:(NA)

そんなのどうだっていい

今更…どうだっていいだろう

あぶれ者たちの小さな逃避行の旅だ


小町:森に入ろう!

まだ走れる!?


蒼依:だい…ごほっ…はぁ…大丈夫…!

私は大丈夫!!

大丈夫だよ!藤君!君は!?


小町:僕も…僕も大丈夫だ!!


小町:(NA)

セミが鳴いてる

求愛行動…愛を求めてるんだ

あてもなくただただ彷徨う…生きるために

あぁ…綺麗だ…綺麗だ…!!


小町:死ぬ…死ぬんだ!僕らは!!

はははは…はははは!

蒼依さん!手を!


蒼依:うん…!


蒼依:(NA)

喉が熱い

足が痛い

涙も止まらない

買った水もなくなった…視界が揺らぐ…揺らぐ


小町:(NA)

森中に怒号が響く

…頭がうまく働かない

なぜ…僕らの好きにさせてくれないんだろう

どうして…どうして…


蒼依:(NA)

何もかもが初めてで…私たちは馬鹿みたいにはしゃいではしゃいで…

私は…


小町:(NA)

君は…


蒼依:(NA)

私たちのナイフを…手に取った


小町:蒼依さん…?


蒼依:…楽しかった

ねぇ、藤君…君が今までそばにいたからここまで来れたよ…ありがとう


小町:何を言ってるの?


蒼依:だから…いいよ…

もう…いいよ…

死ぬのは私一人でいいよ


小町:(NA)

そう言うと、彼女は止める間もなくその首を切り裂いた

彼女は笑ってた

血って本当にこんなに噴き出すんだ…まるで何かの映画のワンシーンだ

…白昼夢を見ている気がした


蒼依:(NA)

約束を守れずにごめんなさい…

君は言ってた

自分の命も私の命も…軽々しく見てるんじゃないかって

そうかもしれないね…

私たちにはあまりにも敵が多すぎて、希望を捨てすぎて…さよならばかりが好きすぎて…本当の別れなんて何も知らなかった…

私は…幸福も別れも愛情も友情も…鼻で笑ってしまえるような、全部お金で買える代物だと思っていたんだ


死ぬと決めたから…死ななければいけないと思ったから…全て捨てて逃げ出したのに…君が現れた

明日死んでしまうかもしれない…すべて無駄になるかもしれないなんて…何を今さら…

私は馬鹿だ…大馬鹿だ

…昨日も、今日も、明日も明後日も必ず誰かがどこかで死ぬ

死にたかったかどうかなんて関係ない…必ず死ぬんだって君は言った

…この体の全てが生きたがっても、もういらないよ

夢も明日も何もいらない

結局いつかは死んでいく

君だって私だっていつかは枯れ葉みたいに死んでいく…


だからこれは、私のわがまま

お願い…その命を抱えて生きて

足掻いて、笑って…生きて、生きて、生きて、生きて…


蒼依:生きて…藤君…


小町:気づけば僕は捕まっていた

血まみれの体も、吐き捨てられる言葉も、何も気にならなかった

ただ…君がどこにも見つからなかった

君だけがどこにもいなかった


――――――――――――――――――――――――――


小町:(NA)

5月末から7月中旬ごろまでが、梅雨の時期らしい

けど…今年は大して雨が降らなかった

いじめはやんだ

母親は一層家に近づかないけど、しっかり金を置いていくようになった

…でも、なぜか、君だけはどこにもいない


蒼依:(NA)

この学校のトイレは年がら年中梅雨みたいだね

…そう思わない?お隣さん


小町:…雨は止んだよ…蒼依さん


小町:(NA)

来たくもなかったこの場所に何故か僕は来てしまう

君をずっと探しているんだ…君に言いたいことがあるんだ


蒼依:(NA)

…楽しかった

ねぇ、藤君…君が今までそばにいたからここまで来れたよ…ありがとう


小町:(NA)

君の笑顔を君の無邪気さを、僕は何回咀嚼しただろう

あの日からずっと、頭の中を飽和している


小町:ねえ、蒼依さん

誰も何も悪くないよ

君は何も悪くはないから

もういいよ…投げ出してしまおう…?


君は、そう言って欲しかったんじゃないのかな…


…僕が死のうと思ったのは…まだ君に出会ってなかったからなんだろう

君みたいな人が生まれた世界を、僕はほんの少しだけ好きになれた

君みたいな人が生きているかもしれないこの世界に…僕は少しだけ期待をしてみようとそう思うんだ

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