『怒りの葡萄』・スタインベックのウンチク
「ドキュメンタリー作家や社会派のジャーナリストを目指すなら、一度は読んでおいたほうがいい名作」と言われるのが、この『怒りの葡萄』だ。
この小説で、アメリカの作家スタインベック(1902‐1968)は、1930年代の大不況下におけるアメリカ社会と、社会の底辺で貧困にあえぐ移住民一家の生活を描き、発売と同時に大ベストセラーとなった。さらに、移住労働者に対する政策にも大きな影響を与えたと言われている。
『怒りの葡萄』の映画版としては、ジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演の作品が知られているが、この映画の公開は1940年。ちなみに、この小説が発表されたのが1939年だから、小説の発表からわずか1年足らずで映画化されたことになる。このことからも、当時のアメリカ人がいかにこの小説に熱狂したかがわかると思う。
この小説で抑えておきたいことは、聖書との関係性だ。この小説の前半で、オクラホマの農民トム・ジュードとその一家は、新天地カリフォルニアを目指して西へ西へと向かうが、この過酷な旅は、旧約聖書の出エジプト記をモチーフにしているとされている。出エジプト記は、預言者モーゼによって導かれたユダヤ人がエジプトを脱出する物語。
また、この物語では、説教師ジム・ケイシーが重要な役割を演じているが、彼の頭文字「J・C」はジーザス・クライストと同じ。つまり、イエス・キリストを示しているとされている。
これらのことから、「この作品は、たんに移住民の悲惨な生活を描いているだけではなく、人類全体の受難を描いている」とも評される。
スタインベックの小説を原作として映画化されたものは、他にもジェームス・ディーン主演の『エデンの東』もよく知られているが、これも聖書の創世記に描かれている「エデンの園」をモチーフとしたもの。
聖書とあまり縁のない日本人にはピンとこないところもあるだろうが、アメリカ人が熱狂的にスタインベックを支持した背景には、このあたりの事情も関係している。
ともあれ、彼はこの怒りの葡萄でピューリッツァー賞を、のちにノーベル文学賞も受賞し、20世紀を代表する作家の一人として名を残すことになった。
ちなみに、『怒りの葡萄』というタイトルは、19世紀のアメリカの詩人ジューリア・ウォード・ハウの詩の一節からとったものになっている。