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スカトロファンタジー

 古典文学の世界で色好みといえばやはり源氏物語の主人公、光源氏である。しかしこいつは物語の中の 人物である。実在の人物としては在原業平がやはりナンバーワンの色好みでみんなのあこがれである。しか し、色好みの中には平中(へいちゅう)と呼ばれた平貞文のようにただの変態としか思えないヤツもいる。



今は昔、兵衛佐平貞文をば、平中といふ。色好みにて、宮づかへ人はさらなり、人のむすめなど、忍びて見ぬはなかりけり。思ひかけて、文やるほどの人の、なびかぬはなかりけるに、本院侍従といふは、村上の御母后の女房なり。世の色好みにて有りけるに、文やるに、にくからず返事(かへりごと)はしながら、あふ事はなかりけり。

                                    (今昔物語 巻30)


「忍びて見ぬはなかりけり」ということだから、いい女と見ればとにかく手当たり次第やりまくり状態だったので ある。そして、本院侍従という女性に今度は手を出そうとした。しかし本院侍従も、ただの性欲の権化の平中とはHしたくなかったのか、誘いを断り続けたのである。侍女を買収してやっと平中が本院侍従の部屋に忍び 込んだ時は、席をはずしてそのまま戻らないという形で、まんまと平中にレイプされる危機を逃れたのであ る。


 悔しいのは平中である。なんとかモノにしたい。なんとかやりたい!そう思って気も狂いそうになった平中 は、全く逆のことを考えた。もしも自分が、あの本院侍従のウンコを見たとしたら、きっと幻滅して嫌いになる。 そうすればこの思いを遂げられない片想いの苦しみから解放されるのでないかという、むちゃくちゃな発想であった。



 当時の貴族は今で言う「おまる」のような容器にウンコをしていた。その容器ごと大便を奪い取るという暴挙 をこの平仲は考えたのである。

 ちなみに絶対に入試に出ない古文単語で「はこす」という動詞があるのだが、「おまる=はこ」だから、「はこす」という語は「大便をする」という意味になる。そんなことはまじめな受験生は覚えなくてもいい。


随身を呼びて、「その人のひすましの、皮篭もていかん、奪ひとりて我に見せよ」といひければ、日ごろ添ひてうかがひて、からうじて逃げたるを追ひて、奪ひとりて、主にとらせつ。平中よろこびて、かくれに持てゆきて見 れば、香なるうすものの、三重がさねなるにつつみたり。かうばしきことたぐひなし。ひきときてあくるに、かうばしさたとへんかたなし。見れば、沈、丁字を、こく煎じていれたり。又たき物をば、おほくまろがしつつ、あま たいれたり。さるままに、かうばしさを推量(おしはか)るべし。見るにいとあさまし。「ゆゆしげにし置きたら ば、それに見あきて、心もやなぐさむとこそ思ひつれ。こはいかなることぞ。かく心ある人やはある。ただ人と もおぼえぬありさまども」といとど死ぬばかり思へど、かひなし。「わが見んとしもやは思ふべきに」と、かかる心ばせを見てのちは、いよいよほけほけしく思ひけれど、遂にあはでやみにけり。


 平中の随身はチャンスを狙って本院侍従のひすまし(ウンコ係)を窺い、とうとう強引にウンコの入った皮篭を奪い取ったのである。そうして危険を冒して手に入れたウンコは、なんと「香なるうすものの、三重がさねな るにつつみたり。」とあるように、大切に包まれていたのである。そこからは馥郁たる香りが立ちのぼってい た。「かうばしきことたぐひなし。」である。さて、この香りは、ウンコ特有の臭さなのだろうか?それとも違うのだろうか。平中はそれを確かめるために、その包んだ布をひらいて、中のウンコを確かめてみたのであ る。つついているうちに、ついに少し舐めてみたり、汁をすすってみたりしてしまったのである。


 「見れば、沈、丁字を、こく煎じていれたり。」


ウンコのよい香りの正体は、沈・丁字といった香料だったのだ。それをたきこめていい香りを出していたのである。それは実はウンコに似せただけの物体だったのだ。ウンコというのは本当は臭いものだ。それにこんな心遣いをするような女性が存在するだろうか?もしもただ臭いだけのウンコだったとしたら、嫌いになることができたのである。しかし、ここまで見事なウンコもどきを見せられたら、ますますその奥ゆかしさに惹かれてしまうのが、恋した男の弱みである(笑)。それにしても、どうして自分のウンコを奪い取りに来る変態男がいるとわかったのだろうか。そこは最大の謎である。

 「ほけほけし」


これは、「惚けた」とも「呆けた」とも、関西弁の「ボケ」にも読める。恋にとり憑かれたようなこの状態から逃れ られずに、平中は自分の不思議な体験をごく親しい人だけにはこっそりと語ったそうである。


「スカトロ」文化はこんな古くから存在したのである。性の文化は本当に奥が深いのである。

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江草乗
モノ書きになることを目指して40年・・・・ いつのまにか老人と呼ばれるようになってしまいました。