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夏の日(その5)



初めてお読みになる方はその1からお読みください。




始業式」というのは学校にとって一見とても大切な儀式のようだが、その多くはただ生徒が整列して、校長がおきまりの話をして、担任が宿題を集めて……と、そういう日である。クラス担任を持たなければ、ほとんど教員には仕事はない。当時の私はクラス担任を持っていなかった。




短大生M嬢に出会ってラブラブ状態になってしまった私にとって、その日はただの「休んでもとりあえずは誰にも迷惑のかからない日」でしかなかった。私は卑怯にも学校をサボって、京都に逢いに出かけた。全くもって困った教師である。





 Mは前と同じように堀川丸太町の交差点を少し北に通り過ぎたところで待っていた。前は地味な紺色のワンピースだったが、今日のMは同じデザインでチョコレートブラウンのワンピースだった。それもきっと母の手作りなんだろう。




 M嬢を隣に乗せてドライブしている時の私は、実に不謹慎なことだがM嬢の肉体のことばかり考えていた。いや、肉体というと語弊がある。正確には、「どうやってまたKISSに持ち込むか……」ということを考えていたのである。男性の常として、「一度やれたことは必ず次にも可能」という意識がある。往々にしてこれが恋愛を破局に導く原因にもなる。つまり、「前に逢ったときにSEXしたから、次にもできる。」と思うからだ。中にはそういう女性もいるかも知れないが、すべてがそうではない。その昔、一度だけ深い仲になってしまったある女性から、「一度抱いたからといって、心まで自分のものになったと思わないでね。」と言われたことがある。案の定、彼女の心はすぐに離れていった。そう、前にKISSできたからといって今日もできるとは限らなかったのだ。






 私は北山の方にクルマを走らせ、交通量の少ない持越峠の林道に乗り入れた。「人気のないどこかで、クルマを停めて襲おう。」というたいへん危険なことを考えていた。まるで犯罪者の心理である。おあつらえ向きの場所があった。私はおもむろにクルマを停車させ、言った。「KISSしてくれなきゃ、このままクルマは動かさないよ。」もちろんバスも来ない山の中で、一人でクルマを降りて帰るということは不可能である。私の卑怯な作戦にMは頭を抱えた。






「センセー、ズルい!」
(ふっふっふっ。それが私の本性だ。どうだ。まいったか。)


「どうする? 歩いて帰る? それともKISSする?」


Mはあっさりあきらめたようだった。


「いいわ。じゃあ、センセー、目をつぶっててね。」



 私は期待に胸を震わせて目をつぶって待った。実は彼女が接近したらいきなり両手で抱きしめようと企んでいたのである。唇が触れた瞬間、私は両手を出した。しかし、私の両手は空を切った。なぜだ? 




 Mは私の企みを察知していたのか、私の斜め上方から身体を近づけてKISSしてきたのである。二人の顔の向きが上下リバースの状態だったと思って欲しい。相手の方が一枚上手だった。




「前にせんせーとKISSしたのは、一晩一緒にいて、そういう状況だったからよ。今はもうそうじゃないし、私たち別に恋人じゃないもん。」



今回はMの勝ちであった。1回KISSしたからといって、今度もできると思った自分の意識が大いに甘かったということである。



かくして、KISSへの煩悩は尽きないまま、次のデートを心待ちにするのだった。

その6へ続く


モノ書きになることを目指して40年・・・・ いつのまにか老人と呼ばれるようになってしまいました。