楽しくなければITじゃない! ー人の体験とITの幸福な関係ー
●今回のテーマは「楽しくなければITじゃない! ー人間の体験とITの幸福な関係ー」
今回ご紹介する安藤幸央(あんどうゆきお)は1993年の入社。
UX(ユーザーエクスペリエンス)のスペシャリストとして著書も発表している、いわば斯界の有名人でもあります。
企業が提供するサービスの中で、利用者はどのような経験をするのか、その経験が満足や共感を生むものなのか、それともその反対なのか。今まであまり企業に着目されることのなかった分野に、サービスの質を大きく決定づけるヒントが隠されているようです。
今まで感じなかった世界を感じることで、きっと世界はよくなっていくに違いない。
そんな、ITの可能性について聞いてみました。
●利用者が体験すること
——UXについて教えていただけますか?
UXとは User eXperience の略語で「利用者の体験」のことを示します。
何か調べごとがしたいとか、誰かに何かを伝えたいとか、何かを手に入れたいとか、手続きをしたいとか、人は色々な事情で各種のサービスに接します。せっかくいい手段や物があったとしても、使いやすいサービスでないと利用されなくなってしまい、ビジネスにはなりません。
サービスは利用者が持っている元々の動機やニーズを超えて、使いやすさ、快適さ、さらに共感や感謝といった気持ちさえも作り出すことで、始めてビジネスとして成立するとも言えます。
それがUXの考え方の基本だと思います。
しかし日本のビジネスの現場を見てみると、必ずしもそのように考えられているわけではありません。
私は新しいサービスを作りたいと考えている企業をお客様として、そのお手伝いをしてきたのですが、お客様は自らが提供しているサービスの使い勝手を重要視して考えるのはもちろんなのですが、そこだけを考えてしまう傾向があります。
——例えば、どんな場合でしょうか?
例えばネット通販の企業であるなら、まず通販サイトの使いやすさが問題になると思います。
しかし提供者ではなく、利用者の視点から考えると、その通販サイトを利用する「前」には、購入の決意に至るまで迷ったり、必要なものがなくて困ったりした体験があるはずです。
また、通販を利用して手元に届くまでの満足度や、事故が発生した際の対応に対する評価、という「後」の体験も重要です。
そして、もう一度そのサービスを利用するかどうかという「繰り返し」も、ビジネスにとっては重要な要因のはずです。
——利用者の体験の質が、サービスの質になることに気づくことが大切ですね
ひとつのサービスをめぐって、利用者の体験は「前」「サービスの利用」「後」「繰り返し」と広がっています。その全てについて、質を上げることが重要になります。これはITを利用してビジネスを広げるチャンスでもあります。
企業でも行政でも、あらゆるサービスが、ITを利用することで可能性を広げています。
UXを向上させる、つまり利用者の体験の質を上げていく、という視点が、エクサとお客様とで共有できれば、お客様はもともと事業者としてサービスを提供していますので、たくさんの新しいアイデアとチャレンジが生まれてくるはずです。
UXの視点を持つことは、ITを利用してビジネス全体の質を上げていくということでもあります。
●課題を解決するために
——今、一番興味のあるテーマは何ですか?
私は入社以来、最初にCG、次にUXというテーマに出会ってきました。
この10年近くは3つ目のテーマとして「デザインスプリント」という手法に興味を惹かれて取り組んでいます。
IT技術者としては、10年ごとに自分が追い求めるべき、夢中になれるテーマに出会うといいのではないかと思います。ITは変化の激しい世界で、テーマの宝庫です。
社会を変えていけるような、新しい技術や手法と出会えることが、仕事の楽しさでもあります。
——デザインスプリントとはどんな手法なのですか?
グーグルが開発した手法で、物やサービスを作る際に、多様な価値観を集めて短時間で具体的な成果を出していく共同作業の手法です。
私は日本に3人いるグーグル公認の「デザインスプリントマスター」のひとりです。
スプリントは短距離走という意味で、短い時間で行うことを表しています。
チームで短時間で成果を出すための決められたステップによって行われます。各ステップを5分、10分という時間を決めて作業をします。なるべく多様な立場の人が参加して、短時間で情報を共有して、目標を決めたら、一人ひとりが短時間だけ個別に考えて、その考えを持ち寄って評価し合う、成果物を作ってテストする、という流れを取ります。
単純なようですが、実際にやってみると、多様な立場や視点でアイデアが出るので、参加者の視野が広がって意欲が向上する効果があります。
正解が見えない問題に対して、短期間で具体的な解決策が出る手法です。
——視野が広がるという点ではUXとも通じるものがありますね
これからのビジネスやサービスはITによってますます可能性が広がります。
できることが広がるということは、多様な個性を持った人が力を合わせなければ、いい成果が出にくくなることを意味しています。
社会に役に立つ成果を、協力して短期間で提供することは、これからの社会ではとても重要なことになります。
UXやデザインスプリントといったアプローチからは、ITの進化によって、テクノロジーと人の行動や認知とが、急速に結びつけられていることを感じます。
●成長のために必要なもの
——エクサの社員の成長のために大切なものは何だとお考えですか?
私が大切にしていることは、会社の枠に囚われずに、社外にあるコミュニティとつながり、素晴らしい人たちと出会うことです。また、学んだことを人に教えたり、少しずつでも文章化してアウトプットを続けることも大切です。
それに、自分や他者の考えや行動を客観的な視点で見ることを心がけています。
人間が何万年も前から変わらず続けている「他者と共に生きる」「世界を理解する」「声を出し話を聞く」という行動が、ITの時代の中にあっても変わることなく大切なものなのだと感じます。