サクマさん【ゆるゆるいちごつみ #1】
百瀬七海さんにお誘いいただき、コラボリレーをすることになりました。
リレーの名前は #ゆるゆるいちごつみ 。短歌のいちごつみをゆるくアレンジした企画です。ルールはこんな感じ。
①前の人の作品から、好きなキーワードを摘んで自分の作品で使う
②摘むのは一語じゃなくてもOK!
③作品ジャンルは何でもOK!(エッセイ、詩、短歌、小説...)
完走目指してがんばるので(どこが完走か決めてないけど)、ゆるーく見守ってくださるとうれしいです。
それでは第一走、いきまーす。
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サクマさん(摘んだキーワード:いちご)
サクマさんは、守衛さんだった。
サクマさんはありとあらゆる部屋の鍵を持っていて、私たちは日直の日、部室一番乗りの日、倉庫に用事がある日、サクマさんの部屋を訪れた。
以前、教室に筆箱を忘れて取りに戻ったことがあった。夜の校舎は何だかいつもと違う雰囲気で、怖がる私を見かねたサクマさんが一緒に教室までついてきてくれた。それから私はすっかり彼に懐いてしまい、しばしばこうしてサクマさんの部屋を訪れては宿題やおしゃべりをして時間をつぶすようになった。
「ねーサクマさん、」
サクマさんのほんとうの名前は、知らない。ただいつもサクマさんの部屋には飴ちゃんの入った小さなかごがあって、そこにはサクマのいちごみるくが入っているからみんなそう呼んでいる。
今日もいちごみるくを一粒つまみながら声をかけると、サクマさんは書類の整理をしながらこちらに一瞥をくれた。
「サクマさんはさ、夢とかあったの」
進路。将来の夢。人生設計。想像できない未来のことを考えるのに、うんざりしていた。担任から一週間前に配られた進路調査票は、未だに白紙のままだ。
「あーあ。このままずっと高校生してられたらいいのに」
将来なんて興味はない。いつだって今だけが大切。政治も経済もあの子の新しい彼氏も、あの子たちの悪口も、何ひとつ知らないままでいい。サクマさんの名字も。
不貞腐れながらいちごみるくを奥歯で噛む。ガリッと音がして、あまったるい香りが口の中に広がった。
「...あったよ、夢」
ふいにサクマさんが口を開く。サクマさんの会話のテンポは、いつもゆっくりだ。
「なに?」
頬杖を辞めて、サクマさんの背中を眺めながら問いかける。いつも以上にたっぷりと時間をかけて、サクマさんは口を開いた。
「俳優」
「えっ...え~!まじ!俳優ってあの俳優!?」
予期せぬ回答に、思わず声が大きくなる。そして今しか見ていない私は、その時初めて「夢がある人」「夢がない人」の他に、「夢が叶わなかった人」もいるのだということに気がついた。
「なんで...なりたかったの。俳優」
なんでならなかったの、は聞いちゃいけないような気がして、慌てて質問を変えた。サクマさんは作業の手を止めぬまま答える。
「好きだったんだよ。歌ったり、演じたり。舞台の上が、一番自分を表現できるような気がした」
「芝居、やってたの?」
「小さな劇団でな。高校卒業ってなった時に芝居で食ってくって決めて、進学しないで上京した」
普段より饒舌なサクマさんの話にふうん、と相槌を打ちながら、2個目のいちごみるくを口に放る。そこまでして追いたい夢というものが、よくわからなかった。そしてそれだけ好きなのに、今は追っていないことも。
だったら結局夢なんて持ったって持たなくたって一緒じゃん。夢がないって、そんなに悪いことなの?イライラしていちごみるくを噛む。またあまったるい香りがして、さらにイライラした。なめてるときはおいしいけど、噛んだらただ未練がましくあまったるいだけで、なんだかもういちごみるくが好きかどうかすらわかんなくなってきた。
「...いろいろ、はじめから捨てない方がいいんじゃないの」
サクマさんの声に、思考を現実に引き戻される。顔を上げると、いつの間にか作業を終えたらしいサクマさんが目の前に来ていた。パイプ椅子に腰かけながら、サクマさんは続ける。
「夢を捨てた俺はかっこ悪く見えるかもしんないけど、俺は無駄じゃなかったって思ってる。高校を出ても楽しいことはたくさんあるし、はじめからいらないって決めつけない方がいいんじゃない」
「捨ててる?私」
好きなことが見つからない、やりたいことに出会えない。そんなことを嘆いていたけど、私から手放しているものもあったんだろうか。サクマさんはかごの飴ちゃんを掘り出しながら答える。
「さあ。でも『興味ない』『知りたくない』って遮ってるものはあるだろ」
「確かに...」
「飴もいろいろ置いてるのに、いつもいちごみるくしか食べないしな」
お目当てのものを見つけたサクマさんが、こちらに手を出す。差し出したてのひらに落とされたのは、一度も手をつけたことのなかったれもんこりっとだった。
「苦手なんだろ、あますぎるの。酸っぱいの試してみたらいいじゃん」
「え、よくわかったね、サクマさん」
「顔に出てるからな。それと俺の名字は松田だよ。サクマじゃなく」
「松田さん...」
まつださん。サクマさんが名乗るのをはじめて聞いた。これも私が無意識に「捨てて」いたもののひとつだったのだろう。
「知らないことをさ、ただ目や耳に入ってくるのを待つんじゃなくて、知ろうとしてみるんだよ。そしたら好きなことが見つかるかもしれない」
淡々と話しているのになんとなく心に響くのは、私が受験生だからだろうか。それとも、サクマさんが舞台に立っていた人だからなのか。いずれにせよ、そのことばは私のこれからの道を照らすヒントになる予感がした。
知ろうとしてみること。まずは今日の放課後、あの子といっしょに帰ってみよう。サクマさんの部屋はやさしくてあったかいけど、ずっとここにいちゃだめだ。
「ありがと、サクマさん!ちょっと動き出してみる!あとこの飴もう一個もらっていい?」
「おう、頑張れ。あと松田な。好きに持ってきな」
自分の分と、あの子の分。まだ挑戦したことのないれもんこりっとを2粒握りしめて、サクマさんーもとい、松田さんの部屋を出る。
風が制服のスカートを揺らし、私の背中をやさしく押した。
・・・
第一走は短編小説でした!はじめはライトにいこうと思ったけど、リレーにわくわくしてちょっと気合が入ってしまった...あとはゆるーく続けます。
いい機会なのでいろんな作品に挑戦してみたいな。
それでは第二走の七海さんにバトンタッチ!よろしくお願いします✿