黒ごまは初デート以外で #文脈メシ妄想選手権 #自粛明けにやりたいこと
世界中で猛威を振るったウィルスがようやく収束を迎えたとある週末。数か月ぶりに、地元の仙台に帰ってきた。
「葵!おかえり」
「奈月ー!ただいま!」
迎えに来てくれていた高校時代の友人に挨拶をし、軽いハグを交わす。もう2m以上の距離をとらなくてもいいことがうれしかった。
「ね、夜まで暇でしょ?何する?」
「私ちょっとお腹すいたかもー」
「じゃあ久々にあれ行く?」
「「たい焼き!」」
あのころと変わらない、いたずら好きな笑みを浮かべた奈月と目が合って、私たちの声が重なった。
・・・
仙台駅の西口を出て、大きなアーケードを進んだところにたい焼き屋がある。前を通るといい香りがして、学生や親子連れがよく行列を作っているお店だ。バスケ部の練習後によく奈月と2人で通った、思い出の場所でもある。
「私あんこー。葵は?」
「クリーム」
「だよね!」
たい焼きの種類はあんことクリーム、それと季節限定メニュー。たまに交換して頼んでみたり、限定の味に浮気することもあったけれど、大抵は奈月があんこで、私がクリームだった。注文を済ませ、店頭のベンチに並んで腰掛ける。
「「いただきまーす」」
たい焼きをグラスのようにこつんと合わせて食べ始める。数年ぶりの「お決まり」も、身体はちゃんと覚えていたようだった。
「なんかさ、こうしてここでたい焼き食べてると部活後のこと思い出すよね」
「だから!」
「うわ、だからって他人が言うの久々に聞いたわ」
「まじ?やっぱこれ方言なんだ」
同意したいときに使う「だから」。このあたりの地域ではみんな使うが、東京に出て方言と知ってからはあまり使わなくなっていた。久々に他人の口から聞いたそれに、高校時代の思い出が一気によみがえる。
「試合で負けるとさ、よくここで反省会したっけね」
「そうそう。奈月よくぼろ泣きしてたよね」
「葵の涙腺が干からびすぎなんだよ!」
奈月と2人、幾度となく試合をふり返って作戦を練った。よく泣く奈月と違い、私は全く涙が出ないタイプだったが、気持ちは同じだった。死ぬほど悔しかったし、死ぬほど強くなりたいと思った。そして死ぬほどバスケが好きだった。
「私さ、憧れてたサッカー部の先輩いたじゃん?」
「あー、高橋先輩だっけ」
「そう。その高橋先輩と一度だけお出かけしたことあるんだけど」
「うん」
「ここのたい焼き食べようって話になってさ。その時の季節メニューが黒ごまだったのね」
「まさか」
「うん、で血迷った私はクリームじゃなく黒ごまにしたんですけど、まあ初デートのチョイスとしてはおすすめしないわ。お別れした後に鏡見たら歯に黒いのがついてた」
「だろうね!なんでその日に限って!」
たい焼きを食べながら爆笑した。そういえばこのお店で奈月としたのは暗い反省ばかりでもなくて、くだらないことでよく大爆笑もしていたと、笑いながら思い出した。
箸が転んでもおかしい年ごろとはよく言ったもので、このベンチに腰掛けてたい焼きを食べながら奈月と話せば、どんなことも通常の300倍くらいはおもしろく聞こえた。制服にクリームがこぼれては笑い、熱々のあんこに舌を火傷しては笑い。笑顔も涙も悔しさも初恋も、全部ここでたい焼きを食べながらだった。
「葵、最近どう。いろいろ順調?」
そして今、私はこのたい焼きとともに、また新しい思い出を刻もうとしている。
「そのことなんだけどさ。奈月に報告したいことがあって」
「うん?」
手に持っていた最後の一口を口に入れ、奈月の方へ向き直る。飲み込んだクリームの甘さを感じつつ、意を決して口を開いた。
「私、婚約した。来年に結婚する」
「え!」
一瞬驚いた顔をした後、すぐに破顔して奈月は私の手を握った。
「葵おめでとう!なんか私もすごくうれしい!」
泣き虫な奈月は、すでに目を潤ませていた。よく泣いて、よく笑って、私のことを自分のことのように喜んでくれる。そのまっすぐな性格が昔と何も変わっていなくて、めずらしく私まで少し泣きそうになった。
「本当はもっと早く報告したかったんだけど、どうしても直接言いたくて今になっちゃった。ごめんね」
「ううん、でも突然でびっくりしたよ!」
「そうだよね。なんかここでたい焼き食べてたら、『今だな』って思って」
「たしかに。私たちと言えばここだもんね」
納得したように奈月が微笑む。けやき並木からの風が、もう学校指定のローファーではない私たちの足元を吹き抜けていった。よく見れば、今の季節限定メニューは今日までらしい。明日からはまた別の季節メニューが始まる。こうしてたい焼き屋もいくつかの季節を過ごし、来年私が結婚するころには、また別の季節メニューを出しているのだろう。春の予定だから、桜餡だろうか。それとも私の好きなずんだ餅?黒ごまだったら、手鏡常備で挑みたい。
「本当、おめでとう葵。よかったね」
いずれにせよ、またここで私がたい焼きを食べるとき、隣には奈月がいるのだろう。そして2人の思い出話の中に、きっと今日の出来事も含まれるようになる。こうして、バスケでいっぱいだった私たちのアルバムは、これから女性としてのページを増やしていくのだろうと、かすかに滲む視界の中で思った。
「ありがとう、奈月。しあわせになるね」
「うん、約束。次帰ってきたときは、ここでのろけ話聞かせてね!」
たい焼きを食べながら刻む私たちの思い出は、これからも増え続けていく。この場所で。
・・・
マリナ油森さんの、こちらの企画に応募します!私にとっての文脈メシは、部活後のたい焼きでした。実話ベースのフィクションです。
仙台市民の方ならどのお店のことかわかるんじゃないかなあ。
マリナさん、素敵な企画をありがとうございました✿
それから、あきらとくんのこちらの企画にも。自粛明け、あのお店でたい焼きを食べたい!ってことで。
一本で2つの企画に出してるけど、手抜きではないからねあきらとくん...!?笑 お誘いありがとうございます!