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ブランデンブルクコンチェルトの5番

バッハのブランデンブルクコンチェルトをご存知だろうか?
全部で6曲あるのだが、5番は独奏ヴァイオリン・フルートと、弦楽およびチェンバロの合奏が華やかな調べを奏でる大変な名曲である。
素晴らしいという意味と、演奏するのに苦労するのとふたつの意味で大変である。

この曲はチェンバロパートが面白い。
バッハの時代の管弦楽曲におけるチェンバロは、基本伴奏に徹しているのだが(バンドで例えるとベースとキーボードを合わせた存在だろうか)、
この曲だとただ1人で演奏するソロが何回も登場する。中身もテクニックが要求される。駆け上ったり下るような音階が何回も登場するし、左手と右手で別々の歌(旋律)を弾き交わらせなければならないところもある。
特に1楽章の最後は何分間もソロが与えられる。当時からすると異例の見せ場である。
聴いてると優雅で貴族気分になれるけれど、弾くとなると鬼のように厳しく、面白い曲である。

大学時代に3楽章にだけ取り組んだ。
当時のメンバーの中では色々と見栄や愛憎が渦巻いていた。
みんな合奏する時の上辺だけ大人のフリをしていたけれど、たぶん
アンタなんて嫌い、でもこっちを見てほしい とか
自分だけを頼り、自分だけを愛してほしい とか
みんな自分を傷つけにきて、許せない! とか
自分は、こんな愛憎ドロドロな奴ら↑とは違うもんね とか
みんなそんな情念を抱えてどうしようもなかったと思う。
奏でてた曲はあんなに高貴で明るく美しかったのに。呆れた話だよね全く笑

私もしっかりドロドロとしていて、
人から認められたいなんて思ってはいけない! とか
愛されたがるのは恥ずかしいことだ!他人から愛情を出来る限り搾り取ろうとするなんてろくでなしがやることだ とか
そんな妄執に取り憑かれながら何回もソロを練習していた。
他のメンバーも必死に練習していた。
本当に、それ以外のところは、私含めて恨んだり泣いたり迫ったり喚いたりと、本当にろくでもなかったけど、みんな必死に練習していた。
鬼のように難しい曲だったから。
楽譜に齧り付いていたみんなの顔を今でも思い出せる。
さっき「妄執に取り憑かれながら練習した」と書いたけど、本当のところをいうと難しすぎるので、みんないっときだけ妄執を忘れてたのである。忘れないと立ち向かえない曲だったのである。
私たちはその練習にかける姿勢1点が本当に素晴らしく、その1点があったから、本番の評価も非常に高かったんだと思う。

あんなに揃いも揃って、好きだ嫌いだ愛せよ私だけ見よと自己執着の業火に焼かれて苦悶しながらアンサンブルすることももう無いだろう。
でも妄執を忘れて曲に集中する気高い瞬間もあったのだ。馬鹿馬鹿しさと気高さ。心の奥まで刻まれたひとときである。

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