【映画多少のネタバレあり】貌を隠した男たち「SHADOW/影武者」
雨が降っている。それは誰かの飲み込んだ涙の様に、七日七晩続いた。
雨が降れば人は傘を差し、笠をかぶる。その下の顔は誰のものだろうか。
謀略や報復で流れた数多の血も降り続く雨が押し流した後、立っている男は誰だろうか。
▲公式の予告。色がめちゃくちゃ良い
「shadow/影武者」、見るとポエムに走りたくなる。印象的な絵作りで魅せる映画でした。
いや。
色々言いたいことはあるんですよ。たった数日の訓練で空飛ぶギロチンの従兄弟めいた武器を使いこなす囚人決死隊とか、その訓練に貴人が潜んでいたのに気が付かないとか、マリオカートのノコノコみてえな動きしやがってとか、まあ、色々あるんですよ。
▲マリオカートのノコノコみてえな動きの実例。楊平と呼ばれているのが推しです。呉磊をよろしくね。
公式の紹介文では《「傘駒」で敵国に侵攻する沛国軍》ってなってるんですけど、これ正規兵じゃなくてクビになった元武官が勝手に囚人連れてきてるだけだし、この傘も武器は武器でもsplatoon2に出てくる傘とは違って、ナイロンやビニールの代わりに全部刃でできてて、インクの代わりに刃を飛ばすタイプの傘で……なんでそんな凶器に挟まって移動するんだ……下だけでも刃のないタイプにできなかったのか……?
でも、今書きながら考えると、この紹介クレジットは「後の歴史ではこうなっている」って解釈するなら、配給会社が扉の隙間から見た結末はそうなんだね、って思えて楽しいですね。
ざっくりしたあらすじ
小さな沛国が大きくて強い炎国に領土を切り取られ和平してから20年ちょい。切り取られた境州を取り戻したい、知略も武功も申し分なく武官の信頼篤い都督の子虞vs和平を維持したい芸術家肌で弱腰で家臣に疑心を抱く沛王。
ところがどっこい王と丁々発止のやり取りをする子虞は影武者で、本人は炎国の猛将、楊蒼に受けた傷がもとですっかり衰弱し、屋敷の隠し部屋で静養しいる。子虞は権力と愛国の妄執すさまじく、謀略を巡らせ境州奪還を狙うが、王もまた子虞を排除するため策略を練っていた。人前に姿を見せない二人の男が境州を踏み台に権力ボードゲームに興じる中、影武者は子虞の嫁と距離を縮めて自我を鍛えていく。素顔を隠す子虞と王、子虞の貌となった影武者、三人の無貌な男による生存闘争の行方は……
三国志の荊州奪還がモチーフらしいのですが、わたしが三国志知識少なすぎて元ネタが分からなかったので、公式の配信や円盤などで見る三国志詳しい人は、ぜひ見て「なるほど」してください。
死に様総選挙をしよう
この映画、出てくる人間が大体死ぬ。出てくる人間が大体死ぬ中国の映画だと「孫文の義士団」も死に様総選挙したくなるんですけど、あちらが未来に何かを託したり、後悔を清算して死んでいく、いわば光の死に様(ラブデスターなら犬童くん)なのに対して、「SHADOW/影武者」の死に様は、報復、報復、戦死、報復、粛清……とにかく因果応報の惨めな死がある(ラブデスターなら痰壺アイドル)。
その惨めさ、因果応報加減、無駄死に具合、勝利から絶望への垂直落下速度などを考慮すると、「あいつの死に様はこうだった」という話がしたくなる。なので映画を見た人の一票はぜひ見たいです。
わたしは、死ぬ陽キャ英雄よくばりセット(若いせいで見通しが甘い、陽属性ゆえの傲慢、親父がめっちゃ強いし自分も強い、女が原因で死ぬ、そうと知らずに結婚相手を手にかける)だった敵国の楊平くんが好きです。楊平くんの役者、呉磊くんは前に紹介したこの記事にも出てくるよ。
白と黒を鮮烈に走る赤黒い命の色
とにかく一切の色をそぎ落とした美術と衣装で、徹底してモノトーンの絵を作っている今作、Twitterでも書いたんですけどすごく綺麗。
貴人の居室や宮中など雨の降らないロケーションでは、墨絵や書のしたためられた薄布によるゆらぎ、布越しのライティングによる影の不穏さや艶美さが素晴らしく、屋外では、岩壁と泥と暗い空の抑えた色調から感じる鈍く重い閉塞感を貫くように、白く篠突く雨。モノトーンの画面でも、場面場面で魅せ方が全然違うので、チャン・イーモウの色彩感覚は相変わらず凄いな……
その白と黒と灰色の世界で、振り下ろした大刀や斬りつけた傘の武器から滴る赤、血だまりを蹴散らすカットの赤がとても映える。
あと、アクションや劇中で演奏される琴も本人たちがちゃんと演じる、というこだわりがあったらしく、メイキングでは琴の練習したり傘にビビる推しが見られ、大変良いです。
あらゆるところに暗喩がある
好きでしょう? 深読み。たくさん用意したから食べてね! って感じでどんどんお出しされるモチーフ。たくさん食べて意味があるのかないのか分からない深読みをどんどんしていこうな! 好きだからな!
顔を隠す傘と笠、王の居室で揺れる「太平」の文字、フルフェイス仮面の刺客、太極図、国や人の名前に含まれる陰と陽、「自分は、あるいはこの登場人物は何者か?」という事を、作中人物は知らない。暗君だと思われていた王、壮健だと思われていた都督、貞淑だと思われていた妻、ただのお転婆なお嬢さんだと思われていた王の妹、自分が何者か分からない影武者。
裏表がないのは炎国(炎は陽)の楊家(陽と同じ読み)だけ。沛国(さんずいの国名、雨の多い地域なので全体的に陰と陽でいうと陰)の者たちは多面的で、シロともクロともつかない灰色をしている。その曖昧さ、正体不明の者たちと楊家が激突するのが「境」の名前がつく土地なの、意図してやってんのかな……あとあの、最後の方で素顔を隠して箱持ってきた人、顔を隠してしまったせいであの人が影になってしまったんだな……(深読みの一例)
役者やべえ
ここでさっきの予告映像、もう一回見て欲しい。
この影武者と子虞都督、ダン・チャオの一人二役ですって。
嘘だろと思ったらスタッフロールで真実だと分かりびっくりした。本当に一人二役……10kg増量して影武者の芝居撮ってから5週間で20kg落として子虞の芝居撮ったそうです。ちなみに子虞(影武者)と子虞の奥さんは役者さんどうしが実際にご夫婦で、ダン・チャオ減量の様子が本国のSNSで奥さんのアカウントからアップロードされている。
その子虞の奥さん、小艾を演じたスン・リーも、佇まいが前に見ていたドラマと全然違って、たおやかで控えめなのに溢れる艶めきが止まらない。「この立場のこういう奥さんだ。わかるだろ?」と言われている気がする。わかる。あと、傘演武してみせるときの動きがすごく綺麗。劇中で一番きれいに傘使ってたと思う。
総じて
映像と音楽と殺陣とお芝居がすごく良かったです。トンチキ武器が好きな人は中盤から終盤にかけて楽しいと思います。話の筋については画面の美しさ優先になるので緻密で繊細な脚本を求めるとキレる可能性があります。人妻が夫と夫そっくりな男の間で心を右往左往させるのが好きな人は最初から最後まで楽しいと思います。モチーフにはめられた暗喩を深読みしようと思えばいくらでも深読みできてしまうので、そういうので首までズブっと行きたい人にはとても良いです。
余談
公式サイトに人間食べ食べカエルさんのコメントがあったんだけど、あの方の職業、人喰いツイッタラーだったんだ……