ベニバナさんの冒険
香草にスパイス、鳥の焼ける香りがキッチンに満ち、ベニバナさんは幸せな笑い皺を深くしました。身の丈ほどのウズラを手に入れた甲斐あって、絶品の予感です。
遠征隊を率い冬越しの狩猟に出ていたダーリンさんが明日戻ると、先触れの白鼠騎兵が教えてくれたのは今朝のこと。ベニバナさんは洋梨に似た体を動かし、お迎えの支度に余念がありません。ダーリンさんの大好きなローストウズラは明日のメインディッシュになるのですが……
「あらやだ」
ソースに使う樹液がすっからかんでした。甘い樹液はアザミの森を抜け、危険なカラスや甲虫の目を盗んで採取する贅沢品です。
「ふうむ? そういうことなら」
並のおばあさんなら冒険者に頼るところですが……
「冒険の支度だね!」
ベニバナさんは並のおばあさんではないので、元気に手をぱん! と叩きました。ひとりで森を抜けるのは久々ですが、鼻歌まじりに懐かしい蛇革の鎧を着こみます。
「おや、こりゃいけない」
昔と同じ位置で締めたベルトがきつくて、少し緩めました。
樹液を詰める空き瓶、樹皮を削るナイフを左右の腰に下げ、乾燥食も持ちました。最後に身の丈ほどある大きなハンマーを担げば、準備は万全。二十年ぶりの重みにかしぐ体も、気合で踏ん張ります。
出がけにダーリンさんの肖像画へ可愛らしいキスを贈り、ベニバナさんは意気揚々とお家を後にしました。
ところが。
ベニバナさん、アザミの森まで半分もしない道端でハンマーに腰掛け、ふうふう息をしているではないですか。
「あなた、こんな重たかったかね?」
ベニバナさんはハンマーの柄を叩いて文句を言いますが、仕方のないことです。背中の【胡桃割り】を自在に操り、小さきものの豪傑として名を馳せたのも今は昔。
「ま、そんなこともあるさね」
よっこらせと立ち上がって、ベニバナさんは四頭立てのネズミ車か冒険者の手を借りるべく、近くの集落へ向かうことにしました。
【つづく】