Klark Teknik KT-76 Limiting Amplifier(1176系コンプレッサー)レビュー
おめでたいかどうかは人によるとしても、明けましたね。
私はといえば、12/31の翌日頃かな? 明けました。そりゃそうだろ。
さて、私にとっては30回くらい明けているわけですからいつまでも新年ムードでもありません。いつも通り機材レビューします。
1 Klark Teknik KT-76 Limiting Amplifierとは
KT-76とは、1176系コンプレッサー(FET式コンプレッサー)です。要するに「めっちゃ速く反応するコンプ」です。
まぁ歴史的なウンチクは別の方のブログでも見ていただくとして、私の感想を書いていきましょう。
1-1 使い方について
使い方としては、ピークを叩く形で使っています。
コンプレッサーは大きく分けて「音を均等に均して聞きやすくすること」と「ピークを叩いて音割れしないようにすること」の二つの目的があります。
「均しながら音割れも防げばいいじゃん」と思うかもしれませんが、そうすると不自然になりがち。
悲しいことに、二つの役割を同時にこなすのが難しいのは人間も機材も同じ。きちんと分けて二つのコンプレッサーで対処するのが定石です(1176+LA-2Aなど)。
そして、1176系コンプレッサー(FET式コンプレッサー)はピークを叩くのに向いているコンプレッサーです(アタックが速いので、音割れ前に音量を叩ける)。
このため、特に録音時の掛け録りに向いています(後述)。
1-2 音について
通すと低域が広がります。
モノラルで録っているので実際には広くなっていないはずなんですが、やわらかく、それでいてドンと前に来る音になります。
低域と比べると高域はおとなしめ。
決して鈍るわけではありませんが、低域が特徴的だからでしょうか。
中域は張り出すわけではないんですが、パツッとした張りのあるテープコンプっぽさを感じます(掛け方によりますが)。
また、実機コンプレッサーによくある「マイクで録る位置が多少動いても不自然にならない現象」があり、録ってる途中に動いても自然です。よって歌ってる途中に少し動いてもOKです。もちろん動かない方がいいけども。
1-3 使い勝手について
私はSSL(Solid State Logic社)のAlphaChannelというマイクプリを使っているんですが、アウトがアンバランス端子(TS端子)しかありません。
このため、必然的に使えるコンプがアンバランス端子になるんですが、KT-76はバランス・アンバランス端子両方ともあって今後マイクプリを買い足しても使えます。
他の1176系はバランス端子(XLR端子)しかないのも多いので、この時点で選ぶ理由になりました。
また、高さ方向は2Uなので大きいんですが、奥行きは浅い(20cmほど)のでマイクプリの上にドンと置いても邪魔になりにくいです。
今度ラック買うからな…!
奥行きは機材分+ケーブル分が必要なので、浅い方がいいですね。
重さはそこそこあり、ツマミをいじってるときに動くことはないです。
また、ツマミの回し具合は軽めではあるものの、ヌル…と動くので「軽いから動きすぎる!」ということもありません。
1-4 設定について
設定方法についても触れておきましょう。今回はピークを叩く方法で使っています。
RATIO4、ATTACK・RELEASEを最速(7の位置)にする。
INPUTを回しながら歌い、針がわずかに動く程度にする。
OUTPUTを操作してモニターしやすい音量にする(ヘッドホンのモニター音量との兼ね合いを見て、録音音量が-0dBFSを越えないようにする(後述))
一曲通して歌い、大声を出すところでも概ね3dBを越えないように微調整する(あなたが自然だと思うなら何dBリダクションしてもOK)。
アタック・リリース最速は「飛び出たピークだけ速やかに叩いて即座にリダクションを解く」という形なので、「パッ」や「ダッ」などの破裂音はそれなりに歪みます。
しかしこの1176系はその歪みもかっこいいので、それを楽しみましょう。超クリーンな音を録りたいならまずマイクプリをMilleniaとかにしましょう。音聞いたことないけど。
1-5 実機コンプを使う意義、掛け録りに関して
「パチンコ屋の音は90デシベルとか言うけど、DAWやOBSの録音音量の最大は0dBになっているよね?なんで?」と思った方は多いのではないでしょうか。
これはデジタル録音では録音音量は単純な「デシベル(dB)」ではなく「デシベルフルスケール(dBFS)」という単位を使っているからです(覚えなくてもいいです)。
これは「デジタルで録音できる最大音量を0dBFSとしている」という意味で、言い換えればデジタルではこれ以上の音は録音できません。録音しようとしたら波形の形が大きく変わることになります。これが音割れです。
つまり、デジタルにおける音割れとは「デジタルで録音できる以上の音量で録ろうとしているために、音の波形が元の形を保てない=歪んでいる」ということを指します。
※ここでの「歪み」は英語で言うオーバードライブ(耳障りなデジタルクリップ)の方を指します。
この歪みは、DTMer向けに言えば「リミッターをアタック・リリースゼロでリダクションしているようなもん」と言えば伝わるでしょう。
リミッターとは「音割れしないように緩やかに音を圧縮する」なのに、役割をきちんとこなしていない状態(ただ音割れをさせている状態)です。
さて、作曲の際にはただDAWで音量を絞ればいいのですが、ボーカル録音の時にはそうは簡単にいきません。
というのも、ボーカルは最も音量の大小の差が大きい『楽器』なのです(トランペット等もかなり差がありますが)。
ピアニッシモのニュアンスをノイズなしになるべく大きい音量で録ろうとすれば、フォルテ部分が0dBFSを越えて歪む=音割れするし、その逆だとノイズの比(S/N比)が増えてしまい背景で「サー」とノイズが乗ってしまうのです。
ではどうすればいいか、といえば、「音量の大きい部分を圧縮して0dBFSを越えないようにする」のがてっとり早いんですね。
言い換えれば「速いアタックでピークを抑える」……つまり先ほど紹介した1176の特技がこれに当たります。
「でもDAWで0dBFSさえ越えてなければいいんでしょ?わざわざ高い機器買わなくても…」と思うかもしれません。
実は、そうでもありません。
デジタル録音はADC(Analog Digital Converter)という部品によってアナログからデジタルに変換されます。これはオーディオIF、USBマイクなどに内蔵されているチップです。
デジタル録音ですから、マイク→オーディオIF(ADC)に到達する時点で0dBFSを越えていたら当然音割れしますが、オーディオIF→PCで録音する時点で「音が大きいな、少しIFのアウトプットを下げるか」「DAWでの録音音量を下げるか」としても「音割れした音が小さくなるだけ」で意味がありません。
そのまま録音すれば「音割れした小さい音」のファイルのできあがりです。ゴキブリ、毒キノコの次に人類の敵になり得る存在ですね。
ではどうすればいいか、というと、「オーディオIF(ADC)の前に0dBFS超えないようにコンプを挟む」ということになりますが、それはマイクから出たばかりの信号(アナログ信号)に通すことができるアナログコンプレッサーにしかできません。
だからレコーディングエンジニアはわざわざ高い金払って実機コンプを買っているわけですね。
このため、いかに優秀なプラグインであろうと、デジタルになっている時点でレコーディング時の掛け録りは意味がありません。
後から掛ければいいだけですし、レコーディング時にPCに負荷がかかることでレイテンシ(録音されるまでの遅れ)が発生するため、歌いにくいからです。
とはいえ、レコーディングエンジニアの伊藤圭一氏は、自著で「掛け録りはしない、歌手のモニターへの返しにのみ掛けることもある」とも言っているので、自宅で自分一人でエンジニア並の録音ができると思う方はチャレンジするのもアリです!
できそうですか?
俺は無理なので機材使います。
おやすみ。
※参考書籍
とーくばっく~デジタル・スタジオの話(David Shimamoto氏)
音を大きくする本(永野 光浩 氏)
歌は録音でキマる! 音の魔術師が明かすボーカル・レコーディングの秘密(伊藤 圭一 氏)