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人間尊重と生活保護

私はろくに働きもせず1日中ぼーっとして、人の悪口や会社への不満ばかりを口にするおじさんたちに嫌悪感を抱いていた。比較的若手の私たちが忙しく働いているのに給料泥棒だと思っていた。もっと言うと、正直いなくなってほしいと思っていた。
そういったおじさんたちは、年功序列のおかげで年収少なくとも600万はもらっていた。あの人たちの人件費が浮けば、私たちのボーナスはいくら上がるだろう。そんなことを若手は話したりもしていた。
あの人たちは生活保護の不正受給に似てるよね。
誰かがそう言った時、なるほどと思ったのが正直なところだ。

ところで私は、妊娠出産を2回経験した。
子供と言う存在はかけがえのないもので、まさに宝物だ。
不安と緊張、期待と希望、様々な思いを抱きながら過ごす妊娠期。
100人いれば100人違う出産のドラマ。
生まれてきた赤ちゃんは、どんな顔をしていても、どんなに泣いても笑っても、ただ生きていてくれさえすれば、ただそこに存在してくれさえすれば幸せを与えてくれる。
どんなに偏屈なおじいさんも、心を病んだ人も、赤ちゃんの無邪気な笑顔を前にすると、凝り固まった心を溶かしていく。
まさに究極の存在だ。ポジティブなパワーの塊だ。

どんな人間も全員が母親から生まれてくる。それぞれ状況は違えど母親から生まれてこない人間はいない。当たり前だけれどもすごいことだ。

あの人もこの人も誰かに愛され愛し、かけがえのない存在なのだ。複雑な事情があり誰からも愛されていないと感じる場合にあっても、愛されるべき存在なのだ。
綺麗事に聞こえてしまうかもしれないが、消えて良い人間は絶対にいない。愛されていない人間はいない。
同じように、他の人の尊厳を傷つけて良い人間などこの世に存在しないのだ。
当たり前のことなのかもしれないけれども、このことを肌で感じ実感した私は感動すら覚えた。

とあるYouTuberが、生活保護の人やホームレスの人の命は軽いと発言したことで大炎上した。
以前の私だったらもしかしたらこの人の言う事にも一理あると思ってしまっていたかもしれない。
それを正すのは、批判や批評ではなく、愛情なんじゃないかなぁと思う。
偉そうな言い方になってしまうが、批判コメントよりも愛を持って教えてくれる存在が必要なのかもしれない。

働かないおじさんをクビにしない会社は、人間尊重を実践しているとも言えるのか。
ただ本人たちにとっても良いことではない場合がある。生活保護というたとえはあながち間違っていないのかもしれない。

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