袖を濡らす窓に手を触れて
「好きな食べ物は何ですか?」だとか「好きな色は何ですか?」だとか、使い古された話題の内の一つとして「好きな季節は何ですか?」という質問がある。清少納言は枕草子で「春はあけぼの・夏は夜・秋は夕暮れ・冬はつとめて」と綴っていたらしいが、個人的には圧倒的に冬の一強と言わざるを得ない。フィクションを含めて考えれば夏も候補に挙がってくるが、最近の現実の夏はいくらなんでも暑すぎる。何が夏は夜だ。夜も全然寝苦しすぎる。
小さい頃、ありあまる冬の寒さをモンスターズ・インクの悲鳴タンクよろしく保存して、夏の暑い日に使えるんじゃ…と本気で考えていた。ちなみにどこかの企業に先を越されると思っていたので今まで秘密にしてた。余談です。
冬は他の季節よりも特別景色が綺麗に見える気がしていたけど、実際空気中の水蒸気かなんかの影響で景色が澄むらしい。なるほど。
なんなら景色だけじゃなく、もっと観念的な現実に対しての思考も澄んでいる気がする。「廊下で頭を冷やしてこい」と言われるように、寒さで頭が冷やされ、体から熱が失われ麻痺していく五感。それに反比例するように思考はクリアに澄んでいく。客観的でメタ的なものに遊離していくと言ってもいい。これは茹だるような暑さが常に体に纏わり付いて回る夏には無理な芸当だと思う。
ただ中には冬の寒さによる孤独感が、実体のない漠然とした不安や人恋しさを誘い、落ち込む人がいるのも理解できる。俺は冬大好き人なのでその感傷すら楽しいですが。
そんなアンニュイな日は、熱めの湯舟に浸かって不安が入り込む隙間がないくらい重たい羽毛布団に潰されて寝よう。暖色の照明で、好きな音楽を流しながらクリスマスパーティーをしよう。それも難しいなら、結露で白む窓に猫の絵を描こう。あ、猫と描って似てる。
なにより、ただの個人的な趣味嗜好の話ですが、冬は逃避行が似合う。雪とか降った日にはもうスタンディングなんちゃらです。
大きすぎるストールをぐるぐるに巻いて、刺すような視線にも似た寒さに震えながら吐く白い息が、確かな熱を持って永久凍土を溶かし始める頃。僕たちを乗せた始発の列車は国境の長いトンネルを抜けるでしょう。
何言ってるんでしょうかこの人。廊下で頭を冷やしてきます。