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序(情景0-1)

「形が無い」

「数が無い」

「何処にでも存在する」

「そう、例えば」

、と、お爺さんは続けました。

こじんまりとした、コチャコチャした物のいっぱいになった机を背にして、布張りの木製のドッシリとした椅子に座って。目の前には小さなテーブルの上にストレートのブランデーがなみなみと注がれたグラスが2つ。

親友にでも話す様に

もう何度目かになるその話を。

けど

本人も

聴き手も

そんな事は気にしちゃいません。何度聴いても良い話は良いものですし、その分、聴く度ごとに新鮮な発見が、語り手にも聴き手にも在るものだからです。


「ここに1枚の紙があるとするよな?」

「その上にアリが一匹乗っていたとする」

「アリにとっては紙の上が世界の全てだったとする」

「まあ、実際は違うにしても例え話だ」

「アリは、今、平面の世界に居る」

「いわゆる2次元の世界だ」

「さて、」

「俺たちゃ、その紙の上に居るアリに気付いて居ても、気付いて居なくとも」

「紙をひっくり返しちまう事が出来る」

「まぁ例え話だ」

「つまり俺たちゃあ、アリの居る2次元の世界に対して、3次元に存在してる訳だ」

「例え話だ」

「紙の脇を通りすがりに、ひっくり返しちまうかもしれん。」

「或いは故意にひっくり返すかもしれん。」

「こいつぁ、アリにとっちゃあ驚天動地だ。正に、正真正銘、天地がひっくり返っちまうんだからな。」

「3次元から2次元へのアプローチって訳だ。」

「意図していようと、していまいとに関わらず、だ。」

「次元が違うってのァ、こういう事だ。」


お爺さんは、ニヤリと悪戯っ子みたいな目で相手を見てから、一息つく様な具合いに続けます。


「で、だ、」

「形が無い」

「数が無い」

「何処にでも存在する」

「俺たちゃあ、縦横高さで存在してる」

「加えて謂うなら、」

「一方的に、」

「時間と云う一方通行にも乗っかってるが」

「こいつぁ、意図的には変えられないから」

「乗っけて頂いてるんだか、乗せられてるんだか、」

「何れにしても、まぁ、思い通りになら無い訳だ」

「だから縦横高さの3次元からのアプローチしか出来無い。」

「紙切れをひっくり返したり、丸めたり」

「積み木みたいな程度の事をして」

「せいぜい一方的な時の流れを利用して漬物なんか作ったりするのが関の山だ。」

「形が無い」

「数が無い」

「何処にでも存在する」

「こいつぁ、3次元を超えた話だ。」

「例えば、だな、」

「バレーボールみたいな球体を」

「意図的にでも、意図しなくとも」

「パカッと、」

「一瞬で」

「オモテとウラをひっくり返しちまう」

「キズ一つ残さずに、一瞬で。」

「俺たちの3次元を超えた、時間軸を加えた4次元以上のなせる業だ。」

「意図しようとも、意図せずとも」

「そういった事が出来る存在」

「3次元も時間軸もすっ飛ばしちまった存在」


お爺さんは、悪戯っぽい目の奥から、真剣そのものの眼差しを、聴き手の目の奥に送ります。

ふっと、一息ついて続けます。


「形が無い」

「数が無い」

「何処にでも存在する」

「我々の心の中にですら、だ。」


そして、


「善なる心を引き出してくださる、なんぞと言うヤツも居るが」

「嘘では無い、嘘では無いかもしれんが、」

「それが」

「意図的か?と云えば、」

「わからない」

「と、謂うのが」

「俺の考えだ。」

「形が無い」

「数が無い」

「何処にでも存在する」

「何処にでも、いつ何時でも」


お爺さんの眼差しを受けながら、聴き手は、もう、これで何度目かの同じ問いを、お爺さんに負けない真剣そのものの眼差しで返します。


「爺」

「それが」

「神様ってやつか?」


真剣な眼差しが、フト、和らぎ、お爺さんは答えます。


「ああ、そうだ。それがカミサマってもんだ。」

「でだな、」


お爺さんの言葉を引き取って、聴き手が続けます。


「神、は尊称なんだから、サマは要らない、だろ?」


お爺さんは嬉しそうに悪戯っ子の目をして口元を緩めます。


「オメェは、俺のホントのマゴだ。」


そして2人は向き合ったまま、小さなテーブルに乗っていたグラスを手にして、カチン、と合わせ、

「…。」


二人一緒にブランデーを流し込みました。


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