鼓動の遺言 3
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(続き)
11月15日
女性を拾った。
言葉に語弊があるかもしれぬが、本当にその表現しか思いつかない。
事の発端はこうだ。
夕暮れ時の散策時、桜並木で歳は恐らく20代後半の女性の意識不明者を見つけたのである。
一番大きく育った桜の木の根を背に寄り掛かっていた。
目を閉じていたので何やら瞑想でもしているのかと最初は思ったが、近づくにつれ女性の衣類の汚れ方や顔色の具合からして意識がないのでは、と声をかけてみたのだが返答は無い。
腕を取り脈を取ると拍は異常はなく、自発呼吸も出来ている。しかし触れた手の体温が高い。
瞳孔の確認もさせてもらったが左右の眼球に揺れも位置の異常もなく、緊急を要する具合ではないが、唇の皮向けから脱水症状がみられた。発熱のせいでもあろう。
一番近い公衆電話は並木を下り、更に歩いた先のポストの隣にある。
距離的に一旦自宅に戻った方が近い。
しかし夕暮れ、秋の夜は早い。しかも曇で小雨が降りそうな鉛色の雲が重く近い。
ここに若い女性を1人置いて再び戻るのも危険である。
再び瞳孔を確認し、口内を見、舌の位置の正常を確認後、脳の病でない事から移動可能・自宅で保護・後輩の診断所に連絡と判断し、私は彼女を背負い自宅に戻った。
自分では若いつもりでいたが、やはり女性一人を運ぶというのは重労働で、背負って坂を登る事は困難を極めた。
館の鍵を開けるのも一苦労、しかし玄関に置いて置くことも出来ず何とかリビングのソファまで運び横にする。
この重労働たるや、息が切れた私自身も脈拍を測り、彼女の血圧測定後に自分も血圧を測る有様だった。
しかし降り出した雨に、選択は正解であったと確信する。
些か私は運動による頻脈と血圧上昇がある程度。問題は彼女だ。低血圧もある。
息を整えた後、後輩の診断所に連絡するも休院日、加えて学会参加で不在と聞き、一度大学病院に手配しようかとも思ったが…
ふと目を向けた時に彼女の異変に気が付いた。
清楚な濃紺のワンピースを彼女は着ているのだが、土だけの汚れではなく血液と見られる赤黒い汚れとーーー恐らく精液と見られる痕跡がふくらはぎに乾いて残っていた。
警察に保護要請も考えたが、これは後に非常にデリケートなケアが必要になるのは明白だ。
果たして彼女に警察の調査が耐えられるのかも現在ではわからない。
万一暴行後なら早急に婦人科の対応が必要でもある。
私は医師免許はまだ返還していない。
精神科医ではあったが、内科や外科での治療でも治らない時は精神科で解決する事も多々あるので他の科も詳しい…と、私は誰に言い訳しているのか。
意識のない彼女には大変申し訳ないが、汚れた服からまだ袖を通していない寝巻きに着せ替え、汗や汚れを拭くついでに、暴行による性器の裂傷や万一が無いか調べさせてもらった。
幸い性器には傷や精液の名残は一切なく、出血は右大腿部に刃物と見られる裂傷(縫う程ではなく、出血も止まっていた)、そしてふくらはぎのみに精液を確認した。
万一が無く安堵をしたが、そんな余裕は無かった。
体温計がかなりの高熱を差していた。
私はクローゼットの中の段ボールを開け、器具を取り出した。
大学病院から受け取った物だ。
自身用の水分補給点滴に、また自身用のビタミン剤を入れアルコールを綿に浸し、彼女の腕を捲り、縛り、拭き、点滴を刺した。
まさかこんなに早く自分のケア用キットを使う事になるとは夢にも思わなかった。
熱による深い昏睡で今日は彼女は目が覚めないかもしれない。
それでも目が覚めた際に混乱しない様、ソファの横の小さなテーブルに保護の経緯のメモと水差しを置き小さな明かりを点け部屋を出た。
私は寝室で今これを書いている。
あと少しで点滴が終わるので針を抜きに行く。
彼女が目覚めていなければ、私は追記をせず眠ろうと思う。
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