VRが当たり前時代の若者は #XR創作大賞 #SF小説
VRがあるというのにおかしな話なんだけど、今、若い連中に大人気のスポットがある。それはリアル世界だ。
VRソーシャルの魅力は、体を動かさずにどこにでも行けて、外見も自由。老いを感じさせず、自身も老いを感じずに暮らせるってこと。ただ、VRソーシャルの中では死の直前まで元気なままでいられるものだから、人口比率で言えば圧倒的に高齢者だらけになる。いくら姿形や声色が老いを感じさせなくとも、やっぱり変なルールを作りたがったり、せっかくの新施設に否定的だったりするところで「この人はご老人だな…」とわかってしまう。
新しいものに飛びついたり、朝まで騒ぎ明かしたり。そんなことに、誰からも眉をひそめられることなく没頭してみたい。まだ若い僕たちにとっては当たり前の欲求は、実はリアル世界で叶えるのが最近の流行りというわけだ。
場所は航空機ターミナルの近くにある、大ボリュームで音楽をかけてくれるクラブというタイプのお店。VRソーシャルでどんな用事も済むんだけど、好奇心を満たすために世界を回ったりする人は多い。世界中から集まった人たちが、食事をとったりリラックスしたりする、このお店みたいな施設がターミナルの近くには集まっているわけだ。
本来は街の外の人たちが集まる場所。だけどそこに、この街の若者も集う。そんな構図が出来上がりつつある。その秘密は、この店の入り口がかなり深い階段だからだ。
ターミナル付近は国際的なレギュレーションがキツイから、なんでもかんでもバリアフリーになっていく都市計画も、なかなか手を入れにくい場所。そのため、現代ではほとんど見なくなった階段という建築構造物が残ってしまっている。この階段のせいで長らく打ち棄てられていた地下空間を「歴史的遺産」だとして、好奇心旺盛な人間が始めたのがこのクラブというわけ。
もちろん今は歩行支援ロボットがいるから、足腰に不安があってもこの階段を降りることは可能だ。だけど、歩行支援ロボットが必要な場所ゆえに、標準仕様の自動運転では移動先として出てこない。わざわざ明示的に入力する必要がある。だから、行動パターンが決まってしまった人や、新しい刺激を求めなくなった人は見つけられない場所ってわけだ。僕も始めて肉体の足を使って階段を降りる経験した時は、そのスリルにワクワクした。この店を始めたヤツは、本当にどうかしている。もちろん褒め言葉で。
地下にこの店ができた理由は階段だけじゃない。天井から壁面にまでビッシリ並んだ超指向性スピーカーが出す振動が、通常の建造物では耐えきれないというのもある。
お店に入れば、人の好みごとにカスタムされた、とてもアガる音楽が耳に飛び込んで来る。ものすごい大音量で。僕が聞いている音楽と、隣にいる友人とでは、聞こえている音楽は違っている。店にいるみんな違う音楽を楽しんでいるけど、人工知能のセレクトによって、拳を突き上げたくなる瞬間や、思わず歓声をあげたくなる瞬間がピッタリいっしょになるようになっている。設計が容易なVRソーシャル上ではなく、現実空間にこんなに凝った施設を作るなんて、なかなか粋だ。
友人と話が盛り上がってくれば、自然と音楽は邪魔しない音量になっている。だいたいは音量変わったことにさえ気づかないほどうまくやってくれてるけどね。
踊っていると、肉体同士が衝突して不便に思うこともある。老人たちはそこも不快がって近寄らないけど、僕たちにはこの不便が面白いって感じられるんだ。
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