【戯曲】常久のロンダ(全編無料)
はじめに
演劇企画ヱウレーカ主宰、ならびに当戯曲の作者である、荒井ミサです。このnoteでは、戯曲「躒日のリヴォル」を全編無料で公開しております。
演劇企画ヱウレーカ 第四・五回本公演の中止に際し、ご期待いただいたすべての皆様、劇団・関係者各位を懇意にしているお客様へ、謝罪、ならびにご期待いただいていた気持ちに少しでも何かをお返しさせていただければと考え、当公開に至りました。劇場でお届けできていない作品ではございますが、少しでもお楽しみいただけますと幸いです。
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あらすじ
今も昔もいつの日も
私はいつでもそこにいる
私は いいえ 我が一族は
いつでもこうして死者を待つ
発展を遂げる日ノ本の 純粋形相 不純の墓守
ロンダ ロンダ 穢れのロンダ
亡きもの弔い 詰め込むがいい
だけれどいつでもからっぽだわ
登場人物
◆樒:幸城まみ(演劇企画ヱウレーカ)
しきみ。底根の里の長。猛毒の墓守(ロンダ)。
◆檜:荒井ミサ(演劇企画ヱウレーカ)
ひのき。樒を支える、不滅の柩彫り。
◆楓:幾世優里(劇団ミックスドッグズ)
かえで。騙りの門番。樒が気に入らない。
◆天草 六道:高木亮
あまくさ りくどう。死体の保存方法を研究する学者。
◆一条 圓:藤真廉(怪奇月蝕キヲテラエ)
いちじょう まどか。財閥の跡取り娘にして、天草の助手。
◆榊 燈火:西井由真(演劇企画ヱウレーカ)
さかき とうか。國立図書館の司書長。顔に大きな傷がある。
◆水無瀬 新:小松瑳弥香
みなせ あらた。副司書長。榊とは気の置けない仲。
◆川嶋 狂璃:中田悠斗(=9)
かわしま くるり。司書長付きの司書。財閥の次男。
◆ソムエート:仁科穂乃花
墓守に守られている禁忌の姉弟(ソムニフェルム種のケシ)。
◆セティカロイド:鏡原すず(劇団木霊)
墓守に守られている禁忌の姉弟(セティゲルム種のケシ)。
◆衣:山下慶祐(演劇企画ヱウレーカ)
はとり。禁忌となった最古の王。榊家とは因縁があるらしい。
◆聾姫:田辺杏子(演劇企画ヱウレーカ)
ろき。供物として禁忌に代わりその身を捧げる少女。
舞台設定
近代の日ノ本(実際の歴史で言う1700年代)。廻盗インフェリチタから約10年前のお話。
世の中は規制を求め、焚書が多発していた。ただ、焚書ではなく思想統制として、それは正しきこととして受け入れ歓迎されていた。
その裏で、隠れ里では必要となりうる禁忌(麻薬や神話など)を守り、その存在を忘れさせないよう墓までも守り記憶し続ける一族がいた。ただし、禁止されたものに触れ続けることは当人たちをも禁忌に落としてゆくため、体は蝕まれ続ける。そのため、禁忌が見えるのは、禁忌に近い人間だけである。
供物である聾姫の身体を捧げるのは、墓守が自ら禁忌に近づくことで禁忌から逃げられないようにするための、いわば自分たちを役目に縛り付けるための行為。
本編
——シーン1——
禁忌、檜と聾姫を囲んでぐるぐると回っている。
樒は、円の外でそれを見ている。
ソム/セティ「ひーとりふーたりさんにんいるよ、よーにんごーにんろくにんいるよ、(歌い続ける)」
衣「時は天京、世に紛れ、幽世にはソレいたいけな娘、大人なんてあゝ居やしないのに、正も疑も今やありやしないのに、大手を振りしは幼子の性(さが)」
檜「シキ」
樒「これは違う、やっぱり」
ソム「それはずるいよ、逃げちゃだめだって、この前の時もそうだったじゃない」
セティ「そうだそうだよ姉さまだって、無理ならかえして、かえしてよ」
ソム/セティ「あの子の片耳返してよ」
衣「ないものねだれど返りはせんぞ」
ソム/セティ「お役目の時間だ」
SE:肉を刺す音 (右耳を刺す音)
聾姫「あ、あああああああああああああああああ」
ソム/セティ「よくできました!」
禁忌たちが聾姫をつかもうとするところを、衣が引き取る。ソム、セティ、衣、聾姫ハケ。
川嶋「報告、報告、西の砦より異端の煙あり、炎燃えたてば神をも殺すと」
水無瀬「報告、報告、かの報告受け如何致します」
川嶋/水無瀬「お答えください司書長閣下」
樒「…どうして、」
檜「仕方ない、仕方ないんだ」
樒「でもあの子」
檜「目に映るものをとく守るなら、屍を踏んでゆくしかない、僕も、シキも。それこそお役目」
樒「それこそ、」
檜「だから、僕は、(君を)」
楓、駆け込んでくる。
楓「ヒノ!シキ!!」
檜「なんだ」
楓「侵入者が来る、早く隠して!」
檜「ちっ」
榊「諸君。…狩りの時間だ」
榊、水無瀬、川嶋、ハケ。
檜と楓、逆方向へ走り去ろうとする。
檜「忘れないで」
樒「え、」
檜「守ること、そうして全て忘れないこと、お役目をどうか、忘れないで」
樒「忘れないよ、忘れられない、だって私は、」
樒「穢れのロンダ」/全員「常久のロンダ」
OP:Takamatt「トキヲ・ファンカ」 ※使用許可済
~曲間~
檜「隠そう、早くしないと、」
楓「ねえ待ってよヒノ!」
ソム「かくす?」
セティ「かくす」
ソム/セティ「かくれんぼだね!」
樒「祠の奥へ隠れるよ」
ソム「はい!」
セティ「はい!」
ソム/セティ「はーい!」
ソム「いきましょ兄さま」
セティ「そうだね姉さま」
樒「さぁ知らぬ間に。無知は救いよと」
楓「あたし、アンタが一番怖いよ」
聾姫「う、あ、どっち、なぁに、怖い、怖いよ」
衣「さぁ、おいで。供物の乙女」
聾姫「声、聴こえる、あなた、かみさま?」
衣「…」
聾姫「それとも、ぬしさま?」
衣「はて、何だかな」
——シーン2——
OPから繋がる形で、一条、天草板付き。
一条「せんせぇ~~~~!待ってくださぁ~~~い」
天草「いやいや待てないよ圓クン。ついに来たんだよこの土地に。血肉沸き踊るこの心地、そうひらめきペンを走らせるようだと思いはしないか圓クン!」
一条「ハイハイハイハイそうですそうです」
天草「何だねまるで知っていることすら事前に決めていたように」
一条「その通りですよ天草センセー。息を吸うようにハイハイハイと、いつもお付けのその包帯も、いつも即座に駆け出す足も、当たり前なれば頷くものです」
天草「はぁこれだから君ってやつは。来ちゃあならんと言ったのに気付けばこうして後ろを歩いて」
一条「だ、だって先生を一人にしては、どこの女にとられたものかと…いやそうではなく!」
天草「今からだって帰っていいよ、なにせ危険な道のりだからね」
一条「なんて言ったとて引きやしません、目を離せばそう瞳を輝かせ、どこそこに走り死にかけますもの」
天草「なんだね私は落ち着いているよ、なんてったってぇ穢れの科学者禁忌の科学者レッテルだらけのこの身体、激しく動けばみな逃げ惑うさ」
一条「の割りに今やほら、雪を喜ぶ子犬がごとく」
天草「チャーミングそれもまた一興とね」
一条「目に映るすべて舐めまわし、会話もおいそれ投げだして、探していますでしょ、あなたって人は」
天草「いやぁ~何を探してるって?僕にはどれそれわからないのだが」
一条「エンバーミング。死者のその身を保存したいと、学を深める御身こそ、大事にされては如何なものかと思いますれば。ああそれそこにも蛇の死体が」
天草「わぁっ!!……ああいや待てよ、爬虫類とて大事なサンプル!幸先がいいね捕らえてみねば!圓クン、蛇はどこだね!あぁ、こっちか〜否こちらか~~~~」
一条「…っアハハハハハ!蛇など居ませぬどこもかしこも、草木に覆われ生命もあらぬ、軽く信じては笑い草ではと」
天草「カーッ、そうして大人を笑って何だい、齢十五もそこらの女子(おなご)が、揶揄うもんじゃありません!」
一条「齢十五の大学生です、揶揄うものでもありませなんだか」
天草「背伸びをしすぎだ、圓クン」
一条「もうっ、先生はそうやって」
天草「そうやって何だい圓クン?」
一条「…知りませんっ!羅針盤だって割ってやります」
天草「ああっご勘弁を我が助手よ!!」
一条「助手を甘く見ちゃなりません、助けの手払う愚か者などを先ゆく人とは呼べやしませぬ」
天草「やれやれ日頃は機械を弄ってばかりの飛び級ちゃんちゃらご令嬢、そいつが今ではじゃじゃ馬娘だ」
一条「お褒めにあずかり光栄ですわ」
天草「褒めた代わりにどれそれこちら、道を教えて欲しいものだがなぁ」
一条「わかったところで何とやら、そも噂話の尾ひれをおっているのですから、そもそも間違い頓智気デタラメえとせとらっと、そういうものじゃありませんこと?」
天草「何を言うかね!」
一条「墓守、柩彫り、そんなのいるわけないじゃありませんか。いいですか?年端もいかぬ娘であれど、幼稚な噂の見分けはつきます。我が日ノ本は発展に次ぎ、空気も水も良いとは言えぬ。故に死体の鮮度も保てず、死した躯もすぐに朽ちる。墓など無用の長物なれば、柩も何もが要りますまいて」
天草「自分の常識に振り回されちゃあいけないよ、圓クン」
一条「これが世論というものでしょう?」
天草「探究者なれば、すべて疑う心を持つんだ。かくいう僕も、勝ち筋なしで挑んじゃないさ!」
一条「勝ち筋も何も、一世紀生まれの文献だけでしょーー!」
聾姫「ひーとりふーたりさんにんいるよ、ごーにんろくにんななにんいるよ、」
別の階で歌う聾姫。
視認し、立ち止まる天草。突然立ち止まる天草に驚く一条。
天草「(すん、と香りを嗅ぐ)きみ、」
一条「センセイ?」
聾姫、にこりと笑ってハケ。
天草「おい、君!」
一条「あっ先生!待ってくださいって、もう、先生!!!」
天草、一条を置いて急いでハケ。一条、天草と同じ方向へハケ。
ソム「やったー!」
セティ「かったー!」
ソム/セティ「鬼さんばいばい!」
樒「ほらほら早く、鬼さんきちゃうよ」
楓「いったん砦に身を隠すわよ。弐の刻回れば平気だろうて、こそりと家路につくように」
ソム「にのこくだって!」
セティ「久々日光そわそわするね」
ソム「セティ」
セティ「姉さま」
ソム/セティ「早く行きましょう、お花を摘むなら今しかないわ」
ソム「そうよね妹その通り、あの子に摘んだら白草を、冠編込みかぶせましょう」
セティ「そうだね姉さまその通り、あの子に摘んだらアジサイを、目に刺し口刺し吸わせましょう」
ソム/セティ「そうだそうだよさあ早く!」
禁忌たち、きゃあきゃあと騒ぎながらハケていく。
樒「無邪気なもんだね」
楓「それが救いでしょ」
樒「禁忌、禁忌、その邪気が故、封じ閉じ込め息の根止めよと、下界の方は言うのでしょうね」
楓「お役目を継いでもう二年?御当主様は憂鬱なのね。ヒノが居たならば落ち着くかしら」
樒「嫌味?」
楓「僻みよ。ああ口回さず脚を回して?門番が道で草を食い過ぎりゃ外者(そともの)容易に扉をくぐる」
樒「ああなら早く戻らねば。草を共に食いあの子の門を、潜られようなら泣いてしまうもの」
楓「えぇえぇアンタはいい気なもんね、お高くとまれる墓守様は」
樒「底の底でしょ、あたしも同じ、」
楓「…一人で堕ちてなさいよ」
樒「楓、」
禁忌たちと同じ方向へハケ。
SE:鳥の鳴き声
樒「堕ちるも何も、ないじゃんか。…(以降、口ずさむように、祈るように)どうか救いを我らの朧、じくじくその身を蝕んで。そうして泣くならお聞きになって、月の煌めく海の果て、黒ノ鳥島についてみりゃ、我らは苦しむこともない。どうせ苦しみ死ぬのなら、島へ向かってみればいい、俺はどうしたいくつもりだよ、お前はどうする幼子よ」
禁忌たちとは逆のハケ口から天草登場。
天草「もし、君!」
樒「え」
天草「ん?」
樒「…え?」
天草「おや、ちがったか」
樒「誰!?!!(距離を取る)」
天草「やぁやぁ待て待て落ち着きたまえよ」
樒「これが落ち着けるものですか!あなたは誰です、どこからここへ、ああいやダメだわ砦抜けられたその事実こそが一族の恥に他ならぬ、」
天草「(すん、)君も匂うな」
樒「近寄らないで、………え」
天草「死人のああいや死者の臭いが、歩み寄りしは友のごとく、包み込みしは母のごとく、君からそう、死の香りがそう、激しく漂い導くというに」
樒、小刀を天草に向けて
樒「黙りなさい。身を守りたくばその口噤んで、くるりと背を向け戻りなさい。今なら間に合う、今しかダメなのさあささ皆にバレないうちに」
一条「せ、センセイ!?」
天草「…はは、皮肉だな」
樒「…連れがいたのね、ひとりのみならず二人も通して、ああどうしましょう、砦の輩は愚図愚図木偶よと言わんばかりのこの醜態」
一条「あ、あの、そこのお方が無礼を働いたというのなら、助手の私が謝ります、ああ謝っても済まぬと言えど、その方この世に必要な方、どうか離してはくださいませんか」
天草「さすが僕の助手、口が達者だ」
一条「あなたは常々安定しませぬ、ゆらゆら揺れるは秤のごとく」
樒「だけれど秤は壊さねば、ここに秤は二つといらぬ二つあったなら、…あったなら、」
一条「ふた、つ?」
天草「秤の土地それ如何様なりや」
樒「知りたくばそう、冥府で聞いたらよいでしょう、きっと私に詳しいでしょうから」
天草「秤が秤を壊そうと、やあやあそいつは物騒だ」
樒「さあ早く!」
楓「樒」
楓、再度登場。手には小さな紙切れを握っている。
樒「楓、なんで」
楓「うちの知人がご無礼を、ああ砂埃を鼻にかけ」
天草、すんっと鼻で匂いを嗅ぐと、反射的に伸ばされていた楓の手を払う
楓「……」
天草「失礼、いや、」
一条「せ、センセイ」
天草「君たちは」
楓「名乗る前に、名乗ったらどう?乗るものなければ誰しも乗らぬ、あぁえぇそう言うものでしょうにね」
一条「センセ、」
天草「帝王大学医学部教授、嫌われ学者、字(あざな)を天草六道と言う」
一条「ワッ、私はその弟子その追い引っ掛けあゝあゝ名乗るも恐ろしい」
天草「一条圓、彼女の名だよ」
一条「もう!!」
天草「さあさ乗られよ見知らぬ少女、乗らぬは一時のしかして死すなら最期の恥だと思わんか」
樒「外モノ名乗らず死に走るだけ、何を語るも不要でしょう?」
一条「ひっ」
樒「さあ去りなさい、外モノ達よ。振り向くことなく駆けなさい、天秤にならぬその足で」
楓「まァ待ってよ、ねぇそこなお二人。こんな辺鄙な里だもの、理由なしには迷い込むまい。何を求めていらしたの?それくらい、ねぇ、聞いてもいいでしょう?里唯一の墓守サマ」
樒「楓!」
天草「墓守…君が…じゃあ納棺士も」
楓「もちろん」
樒「どういうつもり、あなた掟を」
一条「え、あ、あなたは」
楓「門番よ。あたしに会えたならもう安心、里はこの先よ嘘じゃあないわ」
天草「ハハ。日ノ本に守る門は1つだけ、アマノイワトしかありえないのに、門を守るなどおかしなことだ」
一条「そんな、」
天草「墓守。埋めることなし死した躯を、守ることなし死した躯を、埋め守りし奇特な守り人」
樒「あなた、何故知って」
天草「柩彫り。納める躯はすべて朽ちるが故に、いまや用なしの柩を彫る。保管もなにもができぬはずなのに、」
一条「じゃあ、ここが」
楓「ようこそ我が里、底根(そこつね)の里へ」
——シーン3——
SE:鳥の鳴き声
川嶋、小さな紙きれを開き読みながら歩いている。
川嶋「……ほ~」
榊「状況は?」
川嶋「変わりなし、西の砦、底根の里がクロっすね~」
榊「水無瀬副長」
水無瀬「は」
榊「川嶋司書官」
川嶋「は」
榊「両名、6時間後に西の砦へ出立。準備を急ぐように」
川嶋「やり~」
水無瀬「國はずれの隠し集落、地図にない里。よくわかりましたね、川嶋」
川嶋「いやぁ、ちょ~っとコネがありまして」
水無瀬「あなたのそういうところ、疑わしいわ」
川嶋「褒めても何も出ませんよォ。あ、そだ、司書長殿」
榊「ん」
川嶋「今回の対象について、準備にも関わるのでお聞きしたいんですけど」
榊「…」
水無瀬「私が資料を用意しますから」
榊「この世のはじめに禁じられた存在、そして、わたしのはじまりの存在」
川嶋「そりゃまたどんな」
水無瀬「川嶋」
榊「副長」
水無瀬「っ、」
榊「國民学校でよく見たものだ、きみの古代史の暗唱は。今でも諳んじられるだろうさ、そうだなそれこそ紀元前、始祖の話をしてみせなさい」
水無瀬「…」
川嶋「はーそんな前からお知り合い」
水無瀬「遡ること紀元前。この世を創りし創造主は、土より二人の子を創り出し、神と王として君臨させた」
川嶋「ほー」
水無瀬「創造の神を慕う者あれば、声だけ大きい王は羨み、神を神殿へ閉じ込めた。神のとった小さな暇(いとま)で神に魅入られた数奇な男、無心論者は哀れ無惨や、王に歯向かい殺された」
川嶋「わぁ」
水無瀬「その男の名は榊真独」
川嶋「司書長の苗字とお揃いっすね!」
榊「民が忌み嫌い恐れるが故、この名は本家以外継がんのだ」
川嶋「じゃー本家本元直系子孫、神に魅入られたお人ってコト!」
水無瀬「いい加減に」
榊「(パン、と手を叩いて)諸君」
川嶋/水無瀬「はっ」
榊「そも、我々図書館の意義とは何だ」
川嶋「知識を守り、本を貸し出したりする場所、だったんですっけ昔は」
水無瀬「そう。でも今は違う。十年前、朝廷から発せられた『図書焚法』によって図書館は、ただ知恵を守るのみならず、守る知恵、守る思想、その全てを選択し排除する権利を得た」
榊「図書焚法付属、司書心得」
水無瀬/川嶋「はっ」
水無瀬「一つ 選択に思想を持つことなかれ」
川嶋「二つ 選択に情を持つことなかれ」
水無瀬「三つ 禁忌を恐るることなかれ」
川嶋「四つ 禁忌を逃すことなかれ」
水無瀬/川嶋「諸君らのもつ炎は正義のために本を焼く、その正義にゆめ流されることなかれ」
榊「故に。我らは知恵の分水路、水面の油、思考統制の言うなら要。思考を選び、思考を廃し、その身に炎をやつすのだ」
川嶋「無限に入試で書きましたよぉ」
水無瀬「それだけ大事ってこと」
川嶋「わかってますって。でも司書長殿」
榊「ん」
川嶋「禁忌ってそんな悪いことですかねぇ」
水無瀬「な」
川嶋「面白いと思うんすけどね、案外」
榊「それは自分で考えろ」
水無瀬「川嶋、あなた自分が何を」
川嶋「司書長殿は、いかがお考えで」
榊「……燃やして然るべきだろう。石を投げて、然るべきだろう」
川嶋「その心は」
榊「面白い、それだけで面をまっさら白染めできようか。その禁その罪その業すべて、白く染められはしまいとな」
川嶋「全て燃やせば、煤になりますよ」
榊「その煤おおよそ霞んだ色よ」
水無瀬「司書官、準備を急いで。道草を食うなら道中にしてください」
川嶋「すんませぇん。あ、司書長殿」
榊「ん」
川嶋「あの里、潜入するなら【東の門】がおすすめです。これもコネ、ですけどね~」
川嶋ハケ。
水無瀬「ねえ」
榊「わかってる」
水無瀬「あまりつらつらと喋っては、あなたの首の根絞めるやもと、…心配なの、」
榊「その名の通り水面に瀬は無し。怖がるなよ新」
水無瀬「でも、燈火」
榊「関係ない。ただ手がかりが見つかっただけ。」
水無瀬「選択に思想を持つことなかれ」
榊「選択に情をもつことなかれ」
水無瀬「大丈夫、あなたはもう、大丈夫だから、だから」
榊「だから燃やす。…アイツを殺す」
水無瀬「まだ痛いの?」
榊「全然」
榊、ハケ。間を置いて、水無瀬ハケ。
——シーン4——
ソム「ただいま!」
セティ「ただいま!」
ソム/セティ「帰ったよ!」
衣「やあや、おかえり、迷わなんだか」
ソム「いやだわ弟、迷うもんですか」
セティ「そうだよ姉さま、まっすぐ帰った」
ソム「村のハズレにあるおうち、真っ直ぐ歩けば私のおうち!」
衣「良きかな良きかな、されば戻れよ、忘れぬことはよきことだ」
ソム「いやよね兄さま、忘れるだなんて」
セティ「そうだよ姉さま、忘れっこないさ」
聾姫「う?」
ソム「あらあらまあまあ、おひめさま!」
セティ「おとりのお役目ご苦労様!」
衣「駄目だぞ大きな声を出しては。久方ぶりの外出だ、みなみな疲れに障るだろう」
ソム「わー」
セティ「姉さま!」
ソム「こんにちは、こんにちは!…やっぱり聞こえてないんだねぇ」
衣「最初からずっと、そうだろう」
セティ「シキミが切ってしまったから?」
ソム「お役目で切ってしまったから?」
聾姫「あー?」
衣「一に瞳(ひとみ)、二に鼓膜、1つ1つと捧げるんだよ。さもなん供物の乙女は元より欠けて、いるものなのだと教えただろう?」
セティ「供物、誰にささげるの?片目、誰に、捧げたの?」
衣「僕に、捧げているんだよ。何人も、そうして僕に捧げたものだ。欠けた乙女を差し出しなさい、はじまりの王に差し出しなさい。さすればその穴埋めるだろう、創造主の子が埋めるだろう。差し出さなければ埋まりもせぬまま欠けたその身を覆うがごとく、大地も欠けゆくことでしょう」
ソム・セティ「昔は足が、手が、心が、何かが欠けたと言うならここへ、里のほとりへと捨てたもの。父母泣かぬは人非ざるか、いやはや人ゆえ責を逃れる。おおそれ僕らと同じようにと」
衣「何も埋めてはやれぬのに、人とはいかにも都合がいいな?ああいや我らもそうであったか」
聾姫「う」
セティ「それじゃあどうして刺したのかなぁ?あの日のお役目、意味なきことなの?」
ソム「見えない目などは刺しても変わらず、代わり映えなどしないでしょうに」
衣「守るためだよ。お前たちを」
ソム「変なの変なの、私と弟 刺しやしないのに」
セティ「ねえさま、この前も聞いたでしょう」
衣「禁忌を突き刺す刃をもって、禁忌の主たるこの僕に、…禁忌の王たるこの僕に、供物の乙女を捧げたならそう、その間だけ、お前たちは、忘れられずに済むという。禁じられるということは、忌み嫌われるということは、それだけ力もあるってことだ。ここは言うなれば最後の砦、知を守らんとする蔵のようだよ」
聾姫「う!」
ソム「そうだ、そうよね、そうだったのよ。我ら禁忌は消えゆく定め。延ばした余白を削りし時間。そう言ったじゃない、…えと、えっと、」
衣「僕は衣、衣だ」
ソム「そうそう、衣が言ってたじゃない!」
セティ「…姉さま」
衣「よく覚えていて、忘れないんだよ、」
ソム「あたりまえでしょ、可笑しな衣!だってわたしと兄さまは、だってわたしと弟は、いるかいないかわからないのに!」
ソム、ハケ。
衣「お前が忘れなければいい」
セティ「忘れることこそ僕らの死、…衣も、忘れないでね?」
衣「ああ、もちろん、もちろんだとも」
セティ、ハケ。
衣「でもダメなんだよ、僕じゃあね」
聾姫「ぬしさま、もう」
衣「おお、よいよい、誰もおらなんだ」
聾姫「ぬしさま、忘れられない、」
衣「忘れてくれないだけなのだろう?なぁそうだろう、捧げ物の姫君よ」
聾姫「ろき、望んで、ここにいます」
衣「僕が誰かもわからないのにね」
聾姫「ぬしさま、誰かわかったら、何か、変わるの?」
衣「…さて、さてはてどうだろうとね」
聾姫「いつか、教えてくださいね」
衣「…」
聾姫「ぬしさまと、ずっと一緒がいいな」
衣「ああ」
聾姫「声聞こえるの、ぬしさまのだけ。もしもろきが生きたなら、おとぎの島に行けるなら、ぬしさま一緒に、いきましょう」
衣「ああ」
聾姫「しきみの歌う、あの島へ、ろきも、いってみたいのです、ひとりは少し、いやですが」
衣「人の子は、みなみなひとりで生まれるものだ。同じものなど折らぬが故な」
聾姫「ふふ、それじゃあ、特別ですね」
衣「…」
聾姫「ろきも特別、すこぉし欠けたこの身をもって、いただきこの世に生まれてきた、」
衣「僕があげたんじゃない」
聾姫「ぬしさま、私の神様ですよ」
衣「違う!僕はむしろ」
聾姫「ごめんなさい、私、わからなくて」
衣「大丈夫、大丈夫だよ」
聾姫「(すんっと鼻を鳴らして)そろそろ、夕餉?」
衣「哀しいな、哀しいよ」
聾姫「いきましょ、ぬしさま、…ぬしさま?」
衣「僕なしには生きられないか」
聾姫「?」
——シーン5——
一条「で」
天草「で?」
一条「なんでみんなして仲良く森の中彷徨ってるんですかッ!」
天草「森、森、そして、森だね」
一条「もう日が暮れますよォ!!」
楓「ここはもう里の中です、そう遠くありませんので」
樒「楓、やっぱりこれ以上は」
楓「あぁでもねぇほら、聞いたでしょ?そこなお二人が足運び、底根の里まで来る理由。学者先生の研究ならば、助けてあげりゃあよござんしょ?」
天草「いやはやなんだい親切じゃないか」
一条「少しは疑いをお持ちになって、」
樒「今からだって遅くない、さあ」
天草「里のことを知ったなら、そも調べぬのがおかしな話だ。死した躯を弔おうにも、その身を保てず告げられぬ。愛も別れも酸いも甘いも、生きとし生ける時間の中でと言ってしまえばそれまでだろう。しかれど死しても告げたい言葉を、伝えられぬのは哀しいだろうて」
一条「御免なさい、こうなったらもう長いんですよ」
天草「僕は大学でも孤立していてね、ああいやそれがいいんだけれど、だからとひとりで研究したのさ。死者の保管に弔いの儀に、そうして見つけたひとつの文献に君たちの里の論文があった」
樒「…そこまで辿り、ついたなら」
楓「お嬢さんはどうしてここへ?」
一条「え?」
楓「あなた明らかに、場違いだもの」
一条「あ、えー、…助手は常に師のあと追うもの。定められたとしてもなおのことです。」
楓「ふーん、あくまで学問なのね」
一条「そうに決まっているじゃあないの」
楓「そういうことに、しといてあげる」
一条「?」
ソム・セティ登場。
ソム「おかえり!」
セティ「おかえり!」
樒「ただいま、みんな」
セティ「知らない人だ」
ソム「はじめましてだ!」
一条「へ、へ?」
ソム「わたしはソム、ソムエートのソム」
セティ「ぼくはセティ、セティカロイドのセティ」
ソム/セティ「迷い惑わす蠱毒な我らの、見えぬ聞こえぬこんばんは!」
天草「(すんっ)この匂いは」
ソム「お夕飯だよ」
セティ「いい匂いでしょ」
樒「二人ともほら、戻ってなさい」
セティ「知らない人(天草)もいい匂いだね」
ソム「ね」
セティ「ね」
ソム「ねー」
樒「…今ならまだ帰れます、やはりここから」
檜「おかえりシキ、……シキ?」
ソム・セティと同じ方向から檜登場。
セティ「ヒノキだ!」
ソム「ごはんだ!」
ソム・セティ、キャッキャと騒ぎながら出て来た方へハケ。
楓「ただいまヒノ、遅くなっちゃった」
檜「シキ、この人…?」
楓「お客様だよ、大事なね」
檜「あ、え、西の砦の侵入者って」
楓「この人たち。あぁでも案ずることなかれ、ただの学者の先生だって」
天草「彼が柩彫り、」
楓「ええ」
檜「なに喋って」
楓「死者の躯の保管方法、知りたいが故の旅路だそうよ」
檜「…死者の、躯を?」
天草「ああいや失敬、名乗りもなければ紹介もなく。天草六道。帝都で学者をやっている。朽ちる定めの躯を保つ、術を探すべく学を深める、異端の学者と呼ばれし者だ。こっちは助手の」
一条「一条圓と申します」
檜「…檜。死者を納める柩を彫って、生を繋ぎし里の者だ」
樒「ヒノまで」
楓「やっぱりね。ヒノは私を『わかってくれる』。連れてきて、偉いでしょ」
檜「…そういうところ」
楓「なに?」
樒「二人とも」
檜「お客人」
天草「天草でいいさ」
檜「では天草さん。この里のことはご存じで」
天草「あーっえーっうーん」
一条「お恥ずかしながらかじった程度、言うなりゃそこらの噂程度しか知り得もせぬ身でございます」
天草「あっコラッ」
樒「先ほど文献で読まれたのだと」
一条「その文献には書かれております、離れの里には墓守、柩彫り、弔いの儀をつかさどる者が生きている。その者達は死者を弔う、それだけしか知りもしませぬは」
天草「しかしそれだけで十分だ。わが国に弔う力はないはず。発展と共に空気も水も、汚れ切ったなら屍は、見るも無残に朽ち果てる。その間数刻、長くて一日。そのためそもそも弔いの儀など行う時間がないものを、行う民がいると言う。しからば弔う力と共に、死者の躯を保管する術を、持ち合わせてもそうおかしくはないと」
樒「何を弔うかはご存じないと」
一条「エ、何をもなにも、ヒトでありましょ?」
樒「あ、いや、それが」
檜「我らは禁忌の弔い人です」
天草「禁、忌?」
一条「禁忌って、禁じるに忌みの、あの禁忌ですか」
檜「無論。それゆえ柩も小さいもので、抱えられるほどの大きさです。なにせヒトではありません故」
一条「えッじゃあ無駄足喰ったってことじゃ!?」
樒「あぁほらだから、申し訳ないけれどお帰りいただいて」
楓「ああでもヒトだったこともあったよねえ?」
樒「その話は」
天草「ヒトだった、とは」
檜「簡単です。禁忌となるのは書籍、思想、そしてそれらの生みの親のヒト、それらすべてが当てはまる。見分ける方法ただ一つ、汚れ霞んだ朧色(体の一部を見せてくる)」
一条「ひ、あ、ごめんなさ」
楓「構わないよ。わかってるから、自分たちですら服で隠してる」
一条「痛みは、ないのです?」
天草「人に宿れば火傷のように、膨れてぐずくず溶けてゆく、…らしいね」
檜「わぁ詳しいね、流石は先生。どこで知ったやら興味深いや。禁忌の書にでも手をつけまして?」
天草「…天京の世では図書館が、知の守護者として取り仕切る。善悪甲乙つけるは易し、そうして悪よと決まればそうだ、本を焼いては取り締まる」
檜「彼らが焼いてしまうまで、所詮一般の論から外れた、彼らから忌み禁じられたものを、墓と呼ばれる柩に納め守るのが我ら一族」
楓「だから、ヒトだって保管するのよ。たとえ死んでいたとしても」
一条「!やりましたね、先生!」
天草「保管後の処置は一体だれが?」
檜「保管せしめん棺に入れる、お役目背負うは墓守ですよ。ねェ、樒」
樒「…ヒノ、自分が何をしているかわかっているの」
檜「キミだって、止められなかった」
一条「?」
天草「ぜひ、のちほどお話を」
樒「本当に、よいのですね?」
天草「…」
樒「でもそれを知るということはあなたがたさえも」
天草「いや、」
檜、樒の言葉を遮るように身体に触れる
樒「ヒノ、」
檜「ご飯が、冷めてしまうから」
樒「…そう」
楓「お二人もどうぞ、おあがりください」
天草「やぁやぁ悪いな、食事まで」
一条「先生ったら、疑うことも覚えるべきです」
楓と天草、一条ハケ。追いかける形でハケようとする檜。
樒「自分だって」
檜「…」
樒「割り切れないくせに」
檜「でも僕は、」
樒、振り切ってハケ
檜「なんで、今なんだ」
M:サッキヤルヴェン・ポルカ
樒「なんで今かと問われれば、それは常よと答えましょう。
どうしてこうしてこうなったのか、私にだって分からない。わかろうとすれば何それ失う。それが嫌ならばズルズルと、役目を守っていればいい。禁忌を守る墓守が、何をやるのかと問われれば、禁忌に刃を向けずにすむようあわれ人間に牙向ける。そうすりゃ周期とやらが回って、禁忌はお咎めなしと聞く。聞く。聞く。聞いただけ。どうしてだって、知りやしないわ。そうして禁忌の子どもらは、禁忌の王は生き続ける。彼らが守ってくれるのだから、我らはこうして生きられる。彼らを守って己を守る、そのため穢れを背負いましょう。罪なき供物を刺しましょう。あぁそれこそが、穢れのロンダ。あぁそれこそが、腐ったお役目」
檜「そうしてあの子は朽ちていく。僕よりも早く朽ちていく。里のモノが禁忌に堕ちればゆく島があるとわらべ歌、先のことなど知ったことかと、目先のあの子も守れぬままに」
楓「そうしてあの子は堕ちてゆく。あたしより早く堕ちてゆく。一緒に堕ちたい、椿のように、それでもそうしちゃいられないのは、こんなお役目を背負うため?鳥など早く堕ちてしまえよ、さすればあたしも、…あたしも、」
衣「堕ちて、堕ちて、堕ちてしまって、欠けた乙女を供物に捧げ、そうして禁忌を守るなら。そうして禁忌を塗り重ね、何を守っているのやら、僕にだってほらわからない。数十年に一度とまわる、欠けた乙女の献上は、何時になっても慣れやしないし、何時になっても守ってやりたい。…ハ、そうしていつだって、僕にできることなどないか」
聾姫「ろきに、できることなどないわ。産声あげしその日より、捧げ物として生きてきた。禁忌を守る、そのために、身代わり依り代替え玉として、その身を差し出す乙女であれと、何を疑うこともない、ぬしさまどうして眩しすぎるので、ぬしさまぬしさまお優しい人、お優しいがゆえ許しきれぬ人、ろきがみんなを守ります、ろきが貴方を守ります」
——シーン6——
前のシーンから続く形で、楓のみ板付き。
SE:鳥の音
楓「(小さな紙きれを読みながら)…食事時くらい避けてってのに」
ソム「何見ているの?」
楓「…内緒のお手紙。見ちゃだめよ?」
ソム「内緒!ヒメゴト!?いいなぁいいなぁ!私、めっきりわからないから」
楓「こら、ご飯の後に騒ぎすぎない。気持ちが悪くなるでしょう」
ソム「ふふ、送ってくれてありがとう」
セティ「ねえさま、早い!」
ソム「おそいよ兄様!」
楓「…」
セティ「ごめんね、(ソムには)何も言わないで」
楓「もう長くない」
セティ「忘れなきゃいい、そうなんでしょう?」
楓「…ジジイに吹き込まれたのね」
ソム「おじい様?おじい様ったらずっと見えずに兄さまと私、放っておくなど許せないわね!たんとお菓子をたからなきゃ」
セティ「今日は休もう、さ、行こう」
楓「忘れるわよ、今すぐに」
セティ「楓、覚えててくれるでしょ」
楓「なんで?」
セティ「だって、楓優しいもん」
ソム「なぁに、なになに忘れ物?」
セティ「なんでもないよ」
楓「おやすみどうか、お幸せにね」
楓、出て来た時とおなじハケ口へハケ。
ソム「おかしいの、何さ一生の別れみたいに」
セティ「眠りは一日の別れでしょう?そう思ってもおかしくないよ」
ソム「私達は別れやしないわ、血を分かつ子らが更に別れをとその道たがうはままあれど、…離れられないわ、あなたとわたし」
セティ「そうだね姉さん」
ソム「そうだよ弟」
セティ「毒も薬も共にあらねば、どちらかだけでは生きられぬ」
ソム「さあささ行きましょ遅くなっちゃう!衣も聾姫も、首を長~くして待ってるわ!」
セティ「うん、」
図書館一行が反対側のハケ口から登場。
ソム「お客様だわ!」
セティ「見えないけどね」
ソム「ね。でも兄さま」
セティ「そうだね姉さま」
ソム「わたしはソム、ソムエートのソム」
セティ「ぼくはセティ、セティカロイドのセティ」
ソム/セティ「迷い惑わす蠱毒な我らの、見えぬ聞こえぬこんばんは!」
ソム「迷い子みんな、聞こえぬのにね」
セティ「今日はお客様たくさんだ」
川嶋「こんばんはァ」
セティ「え」
ソム「逃げて!」
ソム、セティを川嶋から遠ざけるように押す。
川嶋、ソムを殴り倒す
セティ「…姉さん?」
川嶋「アハ、軽〜い。霞みたい」
水無瀬「驚きました、そうホイホイと(名を)言うものですか」
川嶋「あれぇ、禁忌じゃありませんでした?」
水無瀬「出会い頭に殴っておいて、事後確認とは短慮なものです」
セティ「姉さ、姉さん!!」
ソム「にんげ(ん)、じゃな、」
川嶋「人間だよォ、”近い”だけでさ(ちら、と変色した皮膚を見せる)」
ソム「うっ(傷口グリグリされて痛い)」
セティ「やめてよ、姉さん!!」
榊「ソムエートにセティカロイド。古の惑わせ草か。巡り巡って血眼になり、ソレを巡りて戦になったと。あれまあここまで生き延びて、誰の手を借りていたのやら」
川嶋「雑草魂はなはだし~ィ」
榊「きな臭い。役目を曲げて守ったか」
水無瀬「その昔かの異国では、惑わせ草を皮切りに、人々はそうその字のごとく、惑いながらに血を流したと。草に惑い、人に惑わされ、ああでもモノは使いよう、薬にもなると言うそうですよ」
川嶋「まーでも君らに関係ないか。だってこれから消えゆく禁忌、封じられる定めとあらばそう」
セティ「おまえ、」
ソム「乗っちゃだめ、乗せられた波に飲まれるわ」
榊「ハッ、」
水無瀬「司書長殿」
榊「みなみな波に乗せられて、その上で消えずくすぶるものだ。傲慢怠慢はびこらせ、止まることなど許さぬは」
ソム「あなた、ホントに人間?」
榊、ソムの身につけていた棺を引きちぎる。ソム、ハケ。
榊「のうのうと、生きていけると思うなよ」
セティ「ねえ、さま、姉さま、ああ、姉さま嘘だ!姉さまああああ」
川嶋「うっせーんだよガキ」
水無瀬「おやめなさい川嶋。口が悪い。忘れるだけです。忘れるだけ。無いものと、なるだけです」
セティ「僕は姉さまを忘れない、忘れないぞ!!覚えててくれるって、衣も約束してくれた!!!」
榊と水無瀬の動きが止まる。榊、セティの胸倉を掴む。
榊「おい」
セティ「うっ、」
榊「今何と言った」
セティ「な、て、」
榊「誰を呼んだ!」
セティ「ぼくたちの、禁忌のはじまりの王さま」
榊「里に、いるんだな」
セティ「王さま、王さま、助け」
榊、セティの棺を引きちぎる。
榊「…は、」
水無瀬「燈(火)」
榊「はは、あっはっはっはっはっはっはっは、は、は、」
川嶋「お~ご機嫌っすね」
榊「司書官」
川嶋「はっ」
榊「舞台の上を整えろ。いつでも幕を引けるようにな」
水無瀬「私も」
榊「副長は私と共に」
水無瀬「しかし」
榊「命令だ」
川嶋/水無瀬「御意/…お心のままに」
川嶋ハケ。
——シーン7——
檜「シキ」
樒「…」
檜「湯冷めしちゃうから、入りなよ」
樒「いいの、もう少し」
檜「(樒の手を握って)冷えてるよ」
樒「そんなに怯えなくてもいいのに」
檜「違う、ただ」
樒「みなそうよ、ニコニコ笑ってその実震え、墓守なんてと穢れた仕事、禁忌に近づくシミに食われてと、どうしたってそう見えるんだ。1番に染まり朽ちてゆく」
檜「違う!」
樒「……」
檜「あ、や、ごめん、怖がらせたかったわけじゃない、僕は、その、手が怖かったけれどなぜかと言えばそう壊れないかと、ホロホロ崩れていかないものかと、そう思ってしまったならこうして触れることにすら、…」
樒「ヒノ」
檜「っ」
樒「ヒノはやさしいね」
檜「私は」
樒「うん?」
檜「僕は醜い。だってこんなに、(自身のシミをなぞりながら)」
樒「それは、私が聞いていいこと?」
檜「…シキは、何でも知ってるね」
樒「知らぬが故に、望むが故に、無知に縋っているのやも」
檜「?」
樒「無知は希望だよ、いつだって」
檜「そ、か」
沈黙。
檜「…何、待ってるの」
樒「流れ星」
檜「願い事?」
樒「さあ」
檜「…お役目を、離れられる日が来ますように?」
樒「それは誰の願いかな」
檜「…先、入ってる」
樒「うん」
檜「早くおいでね」
樒「…」
檜、照明外へ出る。一条、照明外から天草を追いかけてきている。
樒「おバカな子。私もか。だって匂いが消えないもの。…黒ノ鳥島についてみりゃ、我らは苦しむこともない。どうせ苦しみ死ぬのなら、島へ向かってみればいい、」
天草「やあこんばんは、お嬢さん」
樒「いらっしゃると思いましたわ」
天草「墓守殿にはお見通しかね」
樒「あらやだそれは貴方こそ」
天草「いけないね、知りたいコトがいざぶら下がれば目の前飛びつく性なのだろう。文明人でなくさながら言えば野性の性。互いに獣となり果てた」
樒「あなたは十分腹が満ちている、そう思いましたがまだ足りません?」
天草/樒「(互いにくすくす笑ってしまう)」
天草「君は冗談を言うタチかい」
樒「ご想像にお任せします」
天草「他の二人とはまた違うのだね」
樒「どうでしょう。…私たちは、里の外を知りません。何が普通で何がおかしいか、常識の枠をはずれし者です。ああいえそれこそを常と思う、者もいましょうね実際は」
天草「押しかけてしまい申し訳ない。新たなものを受け入れる、水と油と言いはしないが、急に馴染みはしないだろう」
樒「わかってここに来たのでしょう」
天草「…」
樒「だから、帰れと言ったのに。拒絶ではなく言うなら回避、人でなしにはなりたくないでしょう?誰も、かれも、あなたもそう。ここはそういう場所ですよ」
天草「人でなしか」
樒「?」
天草「僕も帝都で呼ばれたものだ」
樒「あなたも」
天草「六道でいい」
樒「…六道さん」
天草「うん?」
樒「何があなたを、そうしたの」
天草「もう三年も前になる。妻が死んだんだ。可愛い我が子と引き換えに。亡骸はとてもきれいなもので、今にも起き上がりそうな顔をしていたけれど、…朽ちてゆく、腐り落ちてゆく、その姿だけは耐えられなかった。穢れた空気に触れるが故に、すぐさま朽ちる愛しい人を、守れなかった我が身が憎い」
樒「そうすぐに朽ちてしまうのですか、帝都の死者というものは」
天草「空気がね。汚いんだよ。過度な文明は大地を蝕む。いわば水と油だからね。そんなものが、死体に無害なわけが無い。」
樒「我らはさながら、歩く死体とでも言いますか」
天草「はは、実際言われたな」
樒「故に死体を保管したい、と。でも奥様は」
天草「娘も身体が弱いんだ」
樒「…」
天草「生まれたばかりの我が娘、その死に際を憂う親など、それこそ残酷かもしれない。墓すら作らぬ我が国で、無駄なことなのかもしれない。死体に手をつけるなどどそれこそ人でなしだと石を投げられる」
樒「みな、変化を恐れるのでしょう。母数の違いはあれどそうでしょう、それこそ我らとあなた方の様に。…いま、お嬢さんは」
天草「息子が見てくれているよ、優しい子だから、きっとうまくやる」
樒「……あとは、何が知りたいですか」
天草「ん?」
樒「死者の躯を朽ちさせぬ術(すべ)。…あなたのその手は光ではない。ただむやみに暴くのではなく、後の光のためのもの。それ故たどり着いたのでしょう。白く虚ろな禁忌の箱へ」
天草「……意外だったな」
樒「?」
天草「地図から消えたはずれの里だ、野蛮なモノか、非情なモノか、すんとその叡智渡さぬものだとタカをくくっていたのだが、……偏見偏り愚問だったか」
樒「無知は罪だと言うそうですが、我らにとっては救いですもの」
天草「へえ、」
樒「どこからお話してくれますの?ねえ、六道さん」
楓「ヒノ、」
檜「なに」
楓「寒いでしょ」
檜「放っといて」
楓「入りなよ」
檜「ひとりで入ればいい話だろ」
楓「…………………ヒノはさぁ。何が欲しいの」
檜「は?」
楓「何が欲しいの、あの子から」
檜「なにも、別に」
楓「誤魔化さないで」
沈黙。
檜「全部欲しい。目に見えるもの、見えないもの、全部をこの手に納めたい」
楓「でも」
檜「わかってる」
楓「きっと樒はそうなのよ、どこか一つに納まらず、誰か一人を愛さない。全て納めるは墓守の性、故に一人への愛はないのに」
檜「それが、あの子のカタチだよ」
楓「なんでわかってくれないの」
檜「わかってるよ、愛せてないし、愛してもらえやしないこと」
楓「あの子のことしか興味ないくせに」
檜「今それ以外が必要だった?」
楓「…わからないよ、ヒノのこと」
檜「知りたいことだけ、欲しいものだけ、わかればそれでいいんだよ。余分なことはその幅狭め、余分なものは身を締め付ける」
楓「それを求めて会話をするの、それを求めて身を寄せ合うの、それが」
檜「そんなに、わかってほしい?」
楓「…」
檜「解りたく、ないくせに」
檜、ハケ。場に残っている一条と楓。
——シーン8——
一条「……」
楓「わ」
一条「うわっ、…あっ、すみません!」
楓「…」
一条「なにか、ありましたか」
楓「恋」
一条「へ?」
楓「してるでしょ」
一条「え、は、」
楓「聞いてたんでしょう、バレバレなのよ。も少し隠れてみたらどうなの」
一条「いやいや話まで聞こえちゃいません」
楓「言ってないけど?」
一条「…」
楓「盗み聞きなんて、お嬢様がやることなのかね」
一条「う……」
楓「まぁいいわ。傷付いた心安らげるには、沈黙と会話が一番効くの」
一条「は、はぁ…いや、私たちそこまで絡んでないし」
楓「だから話しやすいんじゃない」
一条「え、いや…えー………」
楓「私振られたの」
一条「もう有無言わせないで喋るじゃない」
楓「どうして私じゃダメなのかなって、どうしてその目の先にいるのは、私じゃあない誰かなのかって、いつもわかっているものを」
一条「…檜さんの、ことですか?」
楓「(頷く) わかりやすいよね、人のこと言えない」
一条「言霊は宿るものですよ。言えば言うだけ、思うだけ、どうせ無理だと判を押す。せめて押すならば期待にしましょ、できるかもって信じたいなら」
楓「信じたい」
一条「だから私は信じてます。自分の未来を、ですけどね」
楓「自信家ね」
一条「何も聞けない臆病ですよ」
楓「しっかりしてる」
一条「したいんです」
楓「気に入った」
一条「それはよかった」
二人で笑ってる。川嶋登場。
M:G線上のアリア
川嶋「そうですね、それはよかったァ」
一条「わっ」
楓「川嶋…」
川嶋「やだなァ怖い顔しないでください、僕が勝手に来たんじゃないし?君のおかげでございますって」
一条「(楓に向かって)お知り合いですか?」
川嶋「ただの運命共同体ですよゥ」
楓「気色悪い」
川嶋「ひどいな君は」
一条「失礼、どこかで」
川嶋「立てばシャクヤク座ればボタン、歩く姿は百合の花。森で咲くには似合いませんな、一条圓お嬢様」
一条「あ! 茶会でお会いしましたね。川嶋の家の、」
川嶋「次男の狂璃でございます。忘れられたかと思いましたよぉ」
楓「知り合い?」
一条「うちの財閥と手を組んでいる、大財閥のご子息ですので」
川嶋「面白いんだよ、大真面目にロボットなんて作るから」
一条「機械人間、アンドロイドにもようやく手を出し始めましたの」
楓「機械で人を、…まさか」
川嶋「おぉ怖い」
一条「?」
川嶋「世間は彼らを否定していない、ならば大丈夫さ、…まだね」
楓「世間とやらは狭いらしいけど?」
川嶋「やだなぁそんな、人聞き悪い」
一条「あぁそうそちらはどうしてここへ?」
川嶋「んー、いうなら殉教の旅ですね」
一条「はぁ」
川嶋「なぁに、そう在りたいだけですよ。なにせ図書館の名を背負うんだ、なるたけ穏便に居たいのです。温故知新とよく言いますが、なかなかどうして難しいのやら」
一条「?」
楓「古きを温め新しきを知る、世の理のようだがな」
川嶋「おかしなことに人間は、溶けてひとつになることを拒む。あなたもよく見るものでしょう?学問研究はたまた家庭、どこでもよくある理だ」
一条「はぁ」
川嶋「何か腑に落ちませんかな」
一条「あぁいえ、素直に申し上げるなら、…古風なことをおっしゃいますのね」
川嶋「ん?」
一条「帝都の名門川嶋家、にしては随分、なんと言えばそう、思った以上に凪を選ばれる。そうも波風を恐れるものかと」
川嶋「先駆けの長 一条家、次期総裁に論を反すのも一興ですなぁ。凪を恐れず進むこと、それはそちらの美徳でしょうが、船を守るなら凪を進めと、波風は無論疾く進みましょう、歯向かわれたなら波に飲まれる。その覚悟だけを抱けばよいと?」
一条「さればこそ溶け合う道を探るのが、上に立つもの、学びし者の役目であると、私はそう思いますわ」
川嶋「きれいごとを」
一条「へ?」
川嶋「ややぁ、立派、立派だねぇ」
一条「はぁ、」
川嶋「ほんとにどうしてここにいるんだか」
一条「あは、はは…あー、茶会で伺いました、図書館で働いていらっしゃるのでしょ?あなたも森は似合いませんわ」
川嶋「いやぁ森はいいですよぉ?なにせ静かでよく燃える、そしてよく鳴きよく響く。如何せん野焼きをしに来たもので」
一条「野焼き?鳴く?…獣が?」
楓「お生憎様、ここに獣は居やしないがね。…あんた」
一条「へ」
楓「先戻ったら。私はも少し話してるから、客人が来たと伝えてあげて」
一条「え、あ、わかりました」
一条、 ハケ。
川嶋、楓を蹴り倒す。
楓「がっ」
川嶋「ン〜、調子に乗りすぎかなァ?何、様、の、つもりだ、よッ(腹部を何度も踏む)」
楓「っ…」
川嶋「なぁ〜に仲良しこよししてるのさァ。産まれた時から買われた命、ドブにでも捨てるつもりかな?僕ァ正直いいけどねえ、同じものを二度も見てたら味に飽いてくるんだよ」
楓「やったんだ、あの子たち」
川嶋「そーそー、誘導ありがとねぃ」
楓「…」
川嶋「いやぁやっぱり愉快なもんだよ、知らず存ぜず貫く阿呆をこの手で縊る瞬間は」
楓「司書長とやらも向かっているの」
川嶋「もーカンカンだよ、笑っちゃうよね。今に溶けそうな鉄仮面、お楽しみまでは冷やしとかなきゃ。だから僕が先に来たんだ、君のこともあることだし。ね?文通相手のカエデちゃん」
楓「生まれた日からの文通相手の顔を見てみた気分はどーお」
川嶋「いやぁなんとも感慨深いね。僕にとっちゃあ手紙を書くのが母から娘に変わっただけ。いつ変わったかも気にしちゃないさ」
楓「門番すなわち守りし者は、脅威を知ってこそのもの、されどこうまでも薄っぺらでは、間者も入るスキがなしって?紙切ればかりの薄情な人」
川嶋「ペラペラと回る口だなぁ、何さ、少しは怖がってみたら?これから起こる粛清を、友の血を想い涙してみても、いいもんだろうと僕は思うが」
楓「さぁ、友などいないもの。すべては隣人知り知らぬ人、ただ隣にいるだけのこと」
川嶋「冷めちゃって、いや冷ましてるのかい?」
楓「…」
川嶋「まぁ君の役はほぼ果たしたさ、門は開けたままだよね?」
楓「【東の門】を」
川嶋「そうこなくっちゃ」
川嶋、ハケようとする
楓「先に行くのね」
川嶋「この隠れ里も今に消えるんだ、こっそり観光しないとさ。どこにも誰にも残らず消える、忌み子も里の有様も」
楓「…は」
川嶋「なぁにぃ?」
楓「下衆が」
川嶋「なんてぇ?」
楓「下衆だから下衆と言ったんだ。どうせお前は、楽しむことしか脳にない。あぁやれ踏んだか、おいそれ燃やして、そんなことなど考えもしない。初めから道を歩きなどせぬ外道ですらない下衆だって」
川嶋、楓の足を払い床に倒れさせる。つま先で顎をあげる
川嶋「調子に乗るなよ捨て駒風情が」
楓「は、あんたも捨て駒でしょうに。御曹司が泣けてくるわね」
川嶋、倒れている楓の腹部を蹴り飛ばす
楓「いっ…」
川嶋「なんだぁ今更ふつふつ沸いた、情などドブに捨ててきなっての。ほーら、僕は優しいよ?燃やして勘弁めでたしだ」
楓「知らない世界の知らないヤツに、優しさ求めてどうするの」
川嶋「口しか回らない」
川嶋、楓の頭をつかみ上げる
川嶋「文通にしといて正解だったよ」
楓「そいつぁどうも、私も同意よ」
川嶋「まーいいよ、一応約束してたしね。早いこと逃げてちょーだいよ。残るつもりなら、…楽しんでぇ」
川嶋、ハケ。
楓「生まれた日から裏切り者、…はは、とんだ下衆だわ、信じられない。……信じたく、ない」
——シーン9——
一条「あのーぉ、どなたかーぁ!」
檜「お嬢さん」
一条「わ、ヒノキさん!ちょうどよかった」
檜「日が暮れている、声を抑えて」
一条「いけない! …いらしてましたよ、お客様」
檜「は?」
一条「図書館司書の川嶋狂璃、この里なじみの方ではないかと…あれ?檜さん?」
檜「シキ、シキはどこだ!シキ!」
一条「え、檜さん、声が大きい」
檜「アンタも急いで探したらどうだ!先生とやらはどこにいる」
一条「なにをどうしてお探しに」
檜「賢いものだと思っていたが、年頃ってのはどうにもな」
一条「?」
檜「この里はいわば隠れ里、君が来た時の対応すなわち外者すべてに当てはまる。自給自足のこの里に、外モノなんぞは無用なこって」
一条「あ、」
檜「だけれど外から人が来た、更には禁忌を縊る司書だぞ!?あの子たちも(探さないと)」
一条「あ、の、先生も危ないんですか!?」
檜「(頷く)」
一条「噓でしょ、先生!!」
一条、来た道を戻る形でハケる
——シーン10——
衣「嘘だと言ってはくれなんだか」
聾姫「ぬしさま?」
衣「おまえは早く逃げなさい。里に火の手が回る前に」
樒「あなたたち、こんな遅くに」
衣「お前たちも早く逃げなさい、里に火が回ってしまえばその命すらも危ういだろう」
天草「煙の臭いもしないものだが」
衣「炎がここへやってくる、禁忌を燃やす炎がここに」
樒「そんな、どうして」
衣「墓守、二つの禁忌が藻屑と消えた」
樒「な、いつ!誰が、」
衣「先刻だ。私だけは、覚えているよ」
樒「どうして、…どうして、」
衣「きっと狙いは私だろう。匂いがするんだ、懐かしく、恐ろしく、私を辿る炎の香りが」
天草「すまない御仁、話が見えぬがつまりは里が危ないのだね」
衣「やはり、見えているんだな」
樒「…」
天草「忌み嫌われた科学者が、禁忌となるのもまた一興だろう」
樒「六道さん」
衣「相違ない。故に逃げなさい、みなと共にな」
天草「それは、どうでしょう」
檜、一条登場
檜「シキ!」
一条「先生!」
檜「こっちへ、早く!」
聾姫「(腕をつかんだまま)ぬしさまも」
衣「……ひとりで行くんだ、いとしい娘。」
衣、一人ではけるも聾姫が追いかける
樒「聾姫!…もうっ、」
——シーン11——
榊「嘘じゃない、嘘じゃないんだ」
水無瀬「存じております、とうの昔から」
榊「だから苦しい」
水無瀬「今もでしょうか」
榊「勿論だとも」
水無瀬「今もずっと、痛むのですか」
榊「焼かれた顔も、折られた腕も、戻ってきたなら別に良い、見返してやればいいだけだ。過去を切り捨て誰よりも学び、誰よりも鍛え、神殺しの一族だろうと、力があればいいだけだ。だが、戻ってこようと、切り捨てようと、【そこにある】ことに変わりはない」
水無瀬「…」
榊「俺は何も悪くない、俺の知らない赤の他人が悪いだけなのにどうしてなんだ、血というものが、幾重に重なりきっと色すら残らないのに、先祖の罪にいつまでも、囚われ石を投げられる」
水無瀬「私は、わかっていますから」
榊「新にわかったところで何だ、【みんな】は俺がわからない、わかっちゃいないしわかる気もないさ、何故なら字名(あざな)を知っただけでそう、王殺しの名を知ったのならそう、榊という名を受けし者どもはいつまで経っても蔑視を受ける。ずっと、傍で見てたじゃないか」
水無瀬「私が見ていたあなたはいつも、燃える瞳で見返しそうして拳で勉学で黙らせてきた、強いお人だと信じています」
榊「諸悪の根源、字名を衣、そいつを見返すことも出来ずに、根を見ず枝葉を切りつけ続けど大樹は倒れることは無いんだ。燃やせどメキメキ顔を出す。しかれば根さえ、あの王さえ、居なくなったなら良い筈なんだ。禁忌の王であればこそ、忘れられればこの俺も、ただの人間に相成れる」
水無瀬「私も心が痛むのですよ?川嶋をああも泳がせるのは、…燈火の望みとわかっていても」
榊「新はどうして」
水無瀬「?」
榊「どうして炎を、消してはくれない」
水無瀬「それを燈火は望まないでしょう?私は見守ることが正しいと、そう思っているまでのこと。あなたの望みは私の望み、私の望みはあなたの望み」
榊「お前がたまに恐ろしくなる」
水無瀬「お互い様です」
榊「俺がそうも恐ろしいもんか」
水無瀬「暫し歩けばきっとそこには、あなたの望む根があるのでしょう。目の前にしたあなたはどうして、人のまま立って居られるだろうか。憎らしい、度し難い、そんな相手を目の前にして、どうして正しく気を持ちすっくと立って居られるものか?」
榊「新」
水無瀬「不安なのです、憎き許さじあの者でさえ、あなた自身を形作るもの。消し去って、しまったならば、」
榊「……迷う前に、終わらせなければなるまいな」
——シーン12——
楓「行かせない、」
水無瀬「! 下がりなさい」
榊「…伝書バトが、自分はトンビと舞い上がったか?」
楓「私に翼があったなら、…さっさと家門の役目を火にくべて、真青な空に飛んだでしょうね」
榊「禁忌まがいの半端な駒が」
楓「守るか焼くかが違うだけ、禁忌に染まったその身は同じ駒じゃぁありやしませんか」
水無瀬「減らず口を」
川嶋「(さえぎる形で楓の頭上に銃を向けて登場)すいませぇん」
水無瀬「川嶋」
川嶋「ネズミが道を塞いでしまって。仕留めておけばよかったですね」
榊「里を守るため我らにその身、情報を渡す間者の家を、駒でなくしてなんと言う」
衣「あなやおかしい、そうしてお前も家門で人を、ものを見、判断しようとは」
衣、榊のいる階と逆の階に登場
楓「衣!?」
水無瀬「あれが、」
川嶋「この世のはじまり、禁忌の王、はぇー、案外小さいもんで」
榊「探したぞ、穢れの王」
衣「あの男と同じ顔とは、…母様もまぁタチの悪い」
水無瀬「待って、核が、…ない?」
川嶋「えぇマジっすか」
水無瀬「そんな、じゃあどこを」
榊、銃を発砲。
榊「所詮人の子。悪魔とてそう、心の臓に隠すものだろう」
衣「そう簡単に当たるものか」
榊「簡単に当たってくれるな。滝の如くそう、何発だろうと撃ち込んでやる」
衣「祖先に比べて血の気が多いな。あの男はげに落ち着いたものだったがなぁ」
榊「俺を通して、他人を見るな」
衣「それはお前だ。僕を通して、昔の自分でも眺めるか」
榊「…」
衣「大方王に逆らう蛮族、その血が流れる家だと石やらなにやら投げられ傷がついたろう。…謝って済むことでもないが、一言詫びを入れねばなあと、こうして顔を見せたものだが、あれから千と数百の時を経てもなお、どうしてお前は、お前たちはそう、穢れを嫌って牙を向けるか」
榊「謝って済むと思うなら、枕詞に組み敷かん。上辺の文句でその顔覆い、あげく墓にでも入りに来たか」
衣「やぁやぁお前を止めやしないのみ。僕を忘れれば良いだけだ。それでお前がお前であれると、そう大口を叩けるならな」
榊「俺は、お前を忘れて俺になる!!」
榊、銃を発砲。聾姫がかばって倒れる。
衣「…は?」
聾姫「追いついた、ぬしさま、足、速いのですね」
川嶋「ビンゴですかねぇ、ほんとに心臓にありそうだ」
榊「私は、あいつを、消し去れる」
衣「聾姫、聾姫!」
聾姫「ひとりは、寂しい、そうでしょ?」
衣「そうではない、そうでは」
聾姫「ぬしさまは、聾姫と、忌み子に、名前をくれた、愛してくれた、わたし、あなたを、大事にした、い」
衣/楓「聾姫!」
川嶋「あ」
楓、川嶋の拘束を振り払って聾姫と衣のもとへ
川嶋「まーいいけどさぁ、揃って傷も深いこって、」
楓「聾姫、しっかり、あんたはまだ人の子なんだから、まだ、まだ忘れないはずだ、聾姫、」
衣「お前!」
榊「胸など痛まぬ。なにせ理性を保つだけでそう、叫びださずに銃口を向ける、それだけで俺は精いっぱいだ」
衣「…………は、」
楓「まさか、あんた」
衣「アイツの言うとおりだ。人の子は、…こうも愚かしいとはな」
衣「人はどうにも残忍だ、ひとつ摘み取ればよいはずの花をおいそれいくつも毟っては、足りぬ足りぬと踏み続ける。お前たちこそ禁じられれば、お前たちこそ忌み嫌われれば、みなが嫌われた世界はきっと、真に幸せなんじゃあないか? 故にお前も、お前たちもそう」
M:A Song of storm and fire(「ネメシスの箱庭」巫暴走時と同じM)
衣「……沈め、鎮め、そうして払え。汚い正義にまみれた大地を、祓え、払え、その血を洗え、墜ちろ、堕ちろ、堕ちろ、異なる端、ここまで、堕ちろおおおおおおおおおおおおお!!!」
榊「ぎ、っ」
水無瀬「燈火!!」
衣「何かを禁じる、何かを閉じ込める、そうして得るのは真の平穏か、忘れないまま怯えて何それ誠に幸いと言おうか」
榊「俺は怯えて生きてきたんだ、お前に怯えて生きてきたんだ、居るか居ないかもわからぬお前の影に笑われ生きているんだ。だから、忘れられてくれ、忘れさせてくれ、そう切に願い憎んでいるのに、どうして忘れ、させてくれない」
暴走した衣、異端の塊を周囲に投げつけ続ける。
SE:ジュウ、と肉が焼ける音(禁忌に染まる音)
榊「いっ、あああああ」
川嶋「司書長殿、腕が!」
榊「堕とす、堕とすか、あなや禁忌に!お前と同じ!俺をどこまで辱める!」
水無瀬「(聾姫に銃を向けながら)止まりなさい!止まらないと、」
SE:ジュウ、と肉が焼ける音
水無瀬「あ、ぐっ」
衣「知らなくとも、幸せになれる、知らないからこそ、幸せになれる、それがどうしてわからない。目さえ背ければ幸せになれる、お前も私も、あの子たちでさえ」
榊「お前まで目を背けて如何に生きろと」
樒「衣!!」
樒たち一同、入り
天草「これは、」
一条「楓さん!?大丈夫ですか、おひとりで、」
檜「…戻ってくるべきじゃなかった、このまま逃げるべきだ、そうだろシキ、そうだろう!?」
樒「でも、楓が」
檜「楓なんてどうでもいい!」
一条「なんてこと言うの!」
樒「だって!今ここで逃げてしまったら、今ここであなたを忘れても、それがわからないかもしれない。そんなの、そんなのあんまりでしょう!」
榊「墓、守」
檜「シキ!(下がって)」
榊「お前たちのせいで散々だ、忌み禁じられたものを守って、そんなだからそう、全てが全て忘れられずに、塞がりきらぬ傷携えて、こうして亡者が生まれるというに、」
樒「だから私たちはあまたがたを、焚書を許し、間者も許した、ただ、手が届くものを守るために、そう伝え聞いておりますればそう、我らこそ真の亡者でしょう」
楓「シキ、」
樒「どうか救いを我らの朧、じくじくその身を蝕んで。そうして泣くならお聞きになって、月の煌めく海の果て、黒ノ鳥島についてみりゃ、我らは苦しむこともない。どうせ苦しみ死ぬのなら、島へ向かってみればいい、俺はどうしたいくつもりだよ、お前はどうする幼子よ」
樒、うたいながらながら暴走する衣に歩み寄って抱きしめる。
ジュウ、と肉が焼ける音がする。
檜「シキ!!!」
樒「ぐっ…」
檜「い、やだ、嫌だ、嫌だ、嫌だあああ!」
檜、駆け寄って衣の心臓を突くように殴る。(≒木を彫るよう)
衣、その場で膝をつく。榊、水無瀬、川嶋にかかっていた圧と禁忌の痛みが引いていく。
樒「衣、よかった」
衣「…僕は、何を」
樒「ヒノ」
檜「いやだ」
樒「痛いよ」
檜「自分が、何したか、わかってて【そう】なの?」
樒「こうしないと、守れないもの。ヒノも、衣も、あの人たちも。自分にできる守り方を選んで、何が悪いと言えようか」
檜「だからって」
榊「…守るなら壊そう、忘れないなら消してしまおう、それが俺の守り方だ、口を出す権利などない」
樒「そうね、そうして自分を守っていなさいな」
水無瀬「(樒に銃を向けて)…黙りなさい」
榊「新!口を(挟むな)」
水無瀬「黙っててよ!勝手に守って、何?!守らなくたって、飾らなくたって、そのままであればいいでしょう!みんな勝手よ、こんな暴論を吐く私すら、あなたも勝手にすればいいのに!幕を落とせば、舞台も終わる、どうして落とさず燃やそうとするの」
榊「落として終わるものならば、こうして無理に幕などあげない、それはお前もわかっていたろう」
水無瀬「でも、…でも!幕引き役も燃えねばならぬ、そんな舞台になにを望んで立っていられるの、どうして降りてはくれないの!」
川嶋「幕引き役が、いなけりゃ幕は閉じられず、舞台も炎に包まれたなら、どうにもなりゃぁしませんよ」
天草「されば丁度いい、僕でも使ってみてはどうだね」
天草、水無瀬に歩み寄って銃を持つ腕をつかむ?
一条「え、」
天草「どうせここから出られないだろうと、タカを括っていたからね」
一条「先生、何言って」
樒「ハナからそのおつもりでしたよ」
天草「禁忌でなければ、いや、禁忌に近い者でなければ、あの御仁たちは見えないのだろう。なに、禁じられた学びに手を染め、忌み嫌われたる科学者の僕など、てんでおかしくはないだろう。どちらかというなればそうさな、確かめておきたかったもので、」
一条「先生が何を言ってらっしゃるのか、あたくしには何も、何もわかりません」
天草「圓君、研究を、もう終わらせていると言ったらどうする」
一条「…え?」
天草「正確には、仮設までは立て切った。僕がもうすでに禁忌に足を、踏み入れたのならこの仮説はそう、真実だろうと思えるからね(小道具としてずっと持っていたメモを一条に差し出す)」
一条「そんな、じゃあ先生は、最初から」
檜「僕らみたいな、禁忌を守る者なんて、それこそ禁忌にほかならぬ。人か、禁忌か、ハザマの者もわかるんだ。だから、彼を里に入れた。外に出す気がなかったからね」
樒「だから、帰れと言ったでしょう?」
一条「先生が禁忌なんて、そんな証拠どこにも」
天草、衣装の首元を下げて見せる。朧色に染まった肌が露出する。
一条「そんな、」
天草「隠していて、すまないね」
川嶋「そいじゃぁ燃やしてしまいやしょう!染まりすぎてしまったこの身も、その身もあの身も全部まとめて、この場をみーんな白紙にしたらば、だぁれも文句は言わないでしょうよ」
楓「里を、燃やす?」
川嶋「だぁってほらほら、見回してみな。右も左も禁忌や禁忌。僕らもシミが広がっちまって、おいそれ帰れやしません、いずれ誰かが消しに来るでしょ」
水無瀬「元よりあなた、そのつもりで」
川嶋「合理的な話でしょ?そこなお二人は違いましょうが、まぁほら、新たな禁忌が出てきそうだから里ごと燃やしておきましたって、都合のよろしいことでしょう?」
樒「…火をつけましょう」
楓「シキ!」
樒「許しの炎を、浄化の炎を、そうして弔い供養としましょう。ここはあまりに、…物忌みの気にあふれてしまった。…されど、死人は出しません」
榊「は?」
樒「黒ノ鳥島へ行きましょう」
楓「待ってよ、あれはただの言い伝え、古い歌でしょ馬鹿らしい」
樒「あるって言ったら?」
楓「…冗談」
檜「シキの歌、本当に」
樒「東の門のその先に、小さな港があるでしょう。禁忌を守る長たちが、代々知らせる島へのしるべをもって、地図にない島へゆきましょう。皆々手を取らずともそうです、蝕む朧に泣いたもの」
水無瀬「私たちも、生きて」
榊「何故、そうまでして生かそうとする」
樒「死で償おうと言うのなら、私はそれを許しません。そうして忘れてやりはしない。許してもなお、忘れられない、それが償いと知ればいい」
榊「…どうして、そうも、」
樒「勘違いをしないでください、皆様これより墓場に向かい、私はその墓守る者」
榊「墓の中で、互いを忘れず許すこともなく、穏やかに朽ちてゆけとでも」
川嶋「朽ちてすら、いけますかねぇ」
榊「副長。鳥を飛ばせ。『榊、水無瀬、川嶋三名。行方知らず』と記してな」
水無瀬「…それを、あなたが望むなら」
榊「お前もそれを、望むなら」
川嶋「意地が悪いお人だこって」
樒「楓」
楓「…港はこっち。死にたくなければついてきて」
楓についていく形で榊と水無瀬、川嶋ハケ。
天草「圓君は、」
一条「!わたしも」
樒「こちらへ真っすぐ歩いてゆけば、東の門、西の砦も超えられる。町まで少しかかりましょうが、必ず外に出られましょう」
一条「でも、」
樒「あなたはまだ、大丈夫」
一条「いやです、一緒に」
天草「意地でも置いてくるべきだったね」
一条「先生、後生です、どうか、後生ですから」
天草「これを、持って帰っておくれ」
一条「…これ、は」
天草「研究結果と、…忘れ形見と、思ってくれればそれでいい。多感な君を酷い目に、合わせた男が確かにいたぞと思ってくれればそれでいい」
一条「…あんまりです、あんまりです」
天草「それじゃあ今ここで殺して見せるかい?そうすればきっと忘れられるさ」
一条、天草を抱きしめる
一条「…馬鹿言わないで、ください。私は絶対、忘れませんから」
天草「そいつはなんて、幸せ者だ」
一条「私、あなたを忘れません。もっと、あなたを幸せにします」
天草「楽しみにしてるよ、圓君」
一条「先生のバカ」
天草「あの子たちによろしく」
——シーン13——
M:木々が燃える音?
樒「…ヒノ、六道さんをご案内して」
檜「シキも、」
樒「先に行って」
檜「でも、」
樒「…なぁに」
檜「…」
天草「火に身を投げると思ったかい?」
檜「!…」
樒「そんなことしない、約束する。私はただ見ておきたいの。みんなで守ったこの里が、あの子たちが、炎に包まれるその様を。許すべきなのか、許されなければいけなかったのか、それを確かめておきたいの」
檜「……わかった。先に行く。僕は、…きっと、許せないよ」
檜、ハケ。
樒「…大人しく、着いて行けばよいものを」
天草「僕も、少し気になっただけさ。許しの炎を映すとき、不浄の守り人瞳を揺らがせ、どんな顔をするのだろうと」
樒「あは。あなたの知的好奇心には、どうにも驚かされてばかりです」
天草「そりゃどうも。…ちと悔いた方がいいかもしれんがね」
樒「悔いていたとして、立ち止まれません。止まっては何も守れませんもの。きっと炎も、自分の火種を守るためこうも燃えている」
天草「あるいは燃やすことで、あるいは水面に映すことで、僕は知識を吸い込むことで、手に届く先を守っている。…はて、これからは何を学んでゆこうか」
樒「ふふ。無知は救いだと言ったでしょう」
天草「僕は愚かだと思うがね。ここにも残ってよかったよ。だってこんなにも、…君が綺麗だ」
ED :抜錨
終演
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