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1974年8月30日
この日の12時37分、一本の電話が三菱重工警備室に入る────…。
「我々は東アジア反日武装戦線「狼」である…ばくd…」
あー、はいはい、悪戯電話ね、昼休みにそんな電話かけてくるなようざったい。
ガチャ☆
切られた。
いやいやいやいや、冗談じゃないんだって!!リトライ!!
今度は、三菱電機ビルの管理室にかけるも、やはり悪戯電話と思われてガチャ☆
おいおいおいおい、切らないでよ、ちょっとー!!!なんで切るの!?
と、謂うわけで今度は三菱重工の本社に…!!もう時間ないんだから人の話最後まで聞いてよ!!
「はい、三菱重工本社です」
「我々は【東アジア反日武装戦線「狼」】だ。今から重要なことを話すのでよく聞いて欲しい。三菱重工と、三菱電機の間の道路上に時限爆弾を二つ仕掛けた。直ぐに爆発するので、ビルの窓側の人員、通行人、車輛を至急避難させなさい。断っておくがこれは悪戯電話では絶対に、ない!! 歩道上の時限爆弾は直ぐに爆発する。至急避難させなさい…!」
時限爆弾装置が爆発するまで、あと4分────…、……。
時間を少し遡る。
東京都千代田区丸の内二丁目。現【丸の内二丁目ビル】のお膝元。昼休みは歩行者天国になる「ランチョン・プロムナード」。行き交う人々のに交じって、彼等はいた。
三菱重工本社前のフラワーポッド付近に一人の女性が佇んでいる。
茶色のサングラスをかけた、すらりと背が高い女性だ。ランチの待ち合わせをしているOLにも見える。
然し、待ち合わせのOLにしては、目は油断なく辺りを窺っている。何か異変があれば、汗をぬぐう仕草をすることになっているが、彼女の腕は動かない。
三菱重工本社ビルの前に一台のタクシーが停まる。
乗っているのは二人。降りたのは一人。背の高い神経質そうな若い男。
降りた男は、重そうなペール缶を二つ持っている。茶色のハトロン紙で包まれたそれだ。
丁度、三菱重工前でタクシーを待っていた男がタクシーに乗り込もうとしたが、降りた男の連れが「急用を思い出したので、私は此処で。東京駅前まで走って下さい」と謂ったので、タクシーはそのまま走り去った。
降りた男は、重たそうにペール缶を運び、待ち合わせ風のサングラス女には視線も遣らずに、フラワーポッドの裏に、ペール缶を置く。無論サングラス女も、男には視線一つ遣らない。
男は、そのまま三菱重工本社の玄関に入り、建物の中を突っ切って、反対側の不忍通りに出た。
怪しまれず、しかしどことなく速足で、東京駅まで向かい、国電で御茶ノ水駅までたどり着いた辺りで、ほっと息をついた。
この、背の高い男こそ【大道寺将司】。東アジア反日武装戦線「狼」のリーダーであり、これから起きる爆破事件の司令塔である。
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大道寺将司が立ち去った後、サングラス女は暫くその場に佇んでいた。守衛が近付いてきて、フラワーポッドの裏に置かれた包みを覗き込んだ時には少しヒヤリとしたが、守衛はそのまま立ち去って行ったのでほっとした。
良かった、気付かれなかったみたいだわ。
その、茶色の包み紙には「危険」って書いてあったのだけど其処には気付かれなかったようだ。
女も、さりげなくフラワーポッドから遠ざかり、東京駅から国電に乗り、御徒町駅から、タクシーに乗って会社へ戻る。
このサングラス美人は【大道寺あや子@薬剤師】。大道寺将司の妻であり、誰あろう、彼女こそがこのペール缶爆弾の爆薬を調合した張本人である。
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そして、大道寺夫妻が爆弾の設置をしているころ、爆破予告をしていたのは【佐々木規夫】。
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その、佐々木規夫がやっとの思いで、爆破予告をした後───
予告電話を受け取った女性(55歳)は、「???」となっていた。ので、二人で聞けば間違いはないと同僚の女性(23歳)と改めてその録音を聞く。まるで、台本を読むかのような一本調子かつ小声かつ、めっちゃ早口で聞きにくいんだよ!!だったが
「ねえ、これ、爆弾って謂ってない?」「課長に念のために報告しておいた方がよくない?」と。
その課長に内線で知らせても「あー、じゃあ、上に持ってきて聞かせてよ」というのんびり具合。
実際、海外では色々と事件は起こっていたが、日本ではそういった爆破事件は今のところなし。
───この時、昼、12時42分───
そして、女性は、電話交換室がある3階から、庶務課の8階に移動するべく、エレベーターを待つ。
その間も、時を刻んでいる時限爆弾は…塩素酸塩系セジットS混合爆薬54.8キロ。
その威力 ダイナマイト700本分。
───12時44分……
そして、12時45分
爆弾は爆発──── … しなかった。
が、12時46分
ド … オ ォォ ン !!!!!!!
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この時の爆発音は、新宿まで聞こえたという。
五階までエレベーターで移動していた交換手の女性は、扉が開いたので、転がり出て叫んだ。
「みんな!!爆弾は二つあるわ!!早く逃げてえええええ!!!!」
しかし、事情を知らない他の社員はきょとんとしていた。女性は、8階まで駆け上がり──、そこで見たのは、窓ガラスが砕け散った庶務課のすさまじい光景だった────。
フラワーポットに隠れるように置かれたその爆弾。そのすさまじい爆音に、東京駅にタンクローリーが突っ込んで大炎上したんだという噂が流れるほどだった。
三菱重工本社の玄関一帯は刹那の内に吹き飛ばされ、傍にいた者はなぎ倒された。
三菱重工本社ビルの窓という窓は1階から11階まですべて砕け散った。道を隔てて向かい側にある三菱電機ビルの窓も、丸ビルの窓も砕け散り、三菱商事別館、古河総合ビル、千代田ビルの窓ガラスも砕け散った。その数4000枚。
無数の刃となった破片は、往来に倒れる人の上に滝のように降り注いだ。無数のガラスの破片は、誰も避けようがなかった。
通常は放射状に広がる衝撃波は、コンクリートジャングルになっている東京都心という立地のため、ビルの谷間に阻まれ、窓という窓を破壊し、ビル内に入った衝撃波が階段を伝って噴出しビル内部も破壊した。
また、爆心には直径30センチメートル、深さ10センチメートルの穴が開いた。
爆発から1分後に警視庁に入った第一報は「プロパンガスボンベが爆発。死者三人、負傷者7人が出た模様」とのこと。
そして、午後1時38分、負傷者多数のため東京消防庁から、都災害本部に救護班出動の要請が入り医師、看護師など20人が現場に向かう。更に、東京消防庁の排煙車、はしご車、ポンプ車、救急車など10台と、救急隊員250人による必死の救助作業が始まった。けが人は、慈恵医大、東京医科歯科大、日大病院など15の病院に次々と収容されていった。
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時間をさかのぼって、爆破事件をカーラジオで聞いていた男がいる。
片岡利明───、大道寺とタクシー内で別れた若い男である。
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死者は8名。
・37歳の三菱信託銀行課長(即死)
・28歳の船舶エンジニア(即死)
・49歳の鉱業会社社員(即死)
・50歳の三菱重工写真(即死)
・38歳のメーカー所長代理(静岡から商談に訪れ地下食堂から出たところを巻き込まれ即死)
・41歳のデザイン会社役員 (病院に搬送後脱血ショックで死亡)
・51歳の三菱重工主任(病院に搬送後翌日死亡)
・23歳の会計士事務所受付嬢(病院に搬送後脳損傷で死亡)←40メートルほど離れた場所にいたが、小さなガラス片が彼女の頭に直撃した。
重軽傷者376名。
日本史上、初の一般企業を狙った爆弾テロ。
皇居は目の前、そして、当時の東京都庁の近く。姿なき犯人たち。社会へ与えたショックは限りなく大きい。
事実、地下鉄サリン事件が起こる迄、この事件がずっとダントツで最悪の事件だと語り継がれていた。
そして────
9月23日付で、共同通信社には「丸腰礼人」の名前で、大阪の新左翼社には「三和旭」の名前で、超過激な犯行声明文が送られることになる。
一九七四年八月三〇日三菱爆破=ダイヤモンド作戦を決行したのは、東アジア反日武装戦線“狼”である。
三菱は、旧植民地主義時代から現在に至るまで、一貫して日帝中枢として機能し、商売の仮面の陰で死肉をくらう日帝の大黒柱である。
今回のダイヤモンド作戦は、三菱をボスとする日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃である。“狼”の爆弾に依り、爆死し、あるいは負傷した人間は、『同じ労働者』でも『無関係の一般市民』でもない。彼らは、日帝中枢に寄生し、植民地に参画し、植民地人民の血で肥え太る植民者である。
“狼”は、日帝中枢地区を間断なき戦場と化す。戦死を恐れぬ日帝の寄生虫以外は速やかに同地区より撤退せよ。
“狼”は、日帝本国内、及び世界の反日帝闘争に起ち上がっている人民に依拠し、日帝の政治・経済の中枢部を徐々に侵食し、破壊する。また『新大東亜共栄圏』に向かって再び策動する帝国主義者=植民地主義者を処刑する。
最後に三菱をボスとする日帝の侵略企業・植民者に警告する。
海外での活動を全て停止せよ。海外資産を整理し、『発展途上国』に於ける資産は全て放棄せよ。
この警告に従うことが、これ以上に戦死者を増やさぬ唯一の道である。— 9月23日東アジア反日武装戦線“狼”情報部