よもつひらさか
少年が水たまりを踏みつけると命の音がした。雨上がりの土地は温かく少年たちを迎え入れる。神社の隅には松が生え、狛犬が立ち並び、心電図が錆びた機械のように置かれている。動いては死んだように止まる様がおもしろい。たまに機械を蹴るとボールが横腹にぶつかった。友達二人が立っている。さっきまで一緒にどこかに乗っていた。バスだったか飛行機だったか。
「早くキャッチボールしようぜ。やんないならお前の頭をボールにするぞ!」
「やるやるー」
少年は軽く答えた。ボールをぶつけてきた少年はヨシトである。活発な彼はなんでも率先するのが好きで今回の計画も彼が立案した。
その脇で首をねじまげて携帯ゲームをしているのはアキだ。多分本名だろう。アキの家には昔のゲームとかゲーム機があるし、屋根裏部屋もあるのでみんなから重宝されている。立案はヨシトだが実際に用意したのはアキだ。少年は仲介役だ。いいとこ取りともいう。
少年ははりきってキャッチボールする。アキは動きもしない。二回ほどキャッチボールすると、心電図がピィーッ! とけたたましく音を立てた。思い立って画面にボールをぶつけると、やはりピイーッ! 大笑いした。
「つーかアキさあ、お前何のゲームしてんの? ゼル伝? イカ?」
しばらくキャッチボールしているとヨシトが切り出した。少年も気になっていたがアキが必死な顔で食い入っているので切り出せなかったのだ。アキがぼそぼそとつぶやいたが聞こえない。ヨシトがアキのゲーム機をひったくると、そこにはやや形が異なる心電図が表示されている。字も書いてある。
P波。Q波。UにTにST。なんじゃこりゃ。小学生に読める文字ではない。学者か医者でないと無理だ。
「いみふ」と叫んでヨシトが放り出した。少年もキャッチして確認するがやはり読めない。アキがものすごい顔をして取り上げたが何もいわない。アキが喋らなくなってしばらくになる。
しかし見ているうちに建物の中で人が歩いている様子や、白衣が走っているのが見えてきた。ノイズがかかってきてよく聞こえない。戻ってこいとかアレ持ってこいとかわめいているようだが……最近のスイッチはすごいな、ドラマもやってるのか。
気づくと脇に大男が立っていた。ワッと叫んだ少年はそいつにボールを投げつける。
「ちょ、サンゴお前どこ投げてんだ!」
空を飛んでいくボールを追いかけるヨシトが叫ぶ。ごめーん、と返す。そもそもどうして投げたのだろう。しかしキャッチボールは楽しい。まだ十も生きてないのに何十年もやってなかった気がする。
ヨシトがボールを投げ返すので少年は空に投げてみる。真上一メートルでトンボがぴとりと取り付くと、手元に落ちてきた。すげー、とヨシトがいう。
「オニヤンマかな。五十六年前に絶滅したハチキリトンボの一種で、秋になると朝鮮半島から飛来するんだよ」
アキが携帯ゲームから目を離した空きに大男がそれをひったくって奪い去る。だがトンボのほうが大事だ。
トンボは一匹だったのがやがて三匹になり多数になって少年たちを包み込む。うわあと三人とも叫んで走り出た。
いつのまにかデカい坂の前にいる。道があるので当然のように三人とも歩き出す。
「これからどうする?」
顔をゴシゴシとこすりながらヨシトが聞いた。そういえば彼は顔が剥がれていたことを思い出した。アキの顔は普通だ。自分は首がなかった気がする。
「アキの家行く? 屋根裏部屋でさあ、エロ本見たいんだよ」
ヨシトがませたことをいい、アキが眼がない目でにっこり笑う。彼はしゃべれないが意思疎通はいつでもできる。なにせ子どもだから。友達だから。これからもずっと友達だ。少年がアキの脇を小突くとくすぐったそうに笑う。
そのまま三人で歩いていると昔の車や未来の車がたくさん走っていて面白い。とっくに撤去された公衆電話から電柱まで見える。宿題やりたくねえなぁ、夏休み終わって欲しくねえなあ、とヨシトがいった。同感だ。このままずっと三人で遊んでいたい。
少年たちで肩を並べながら、落ちない日差しを浴びながらアキの家に向かう。アキの家にはなんでもある。ないものはない。先生もお母さんもカレンダーもカブトムシでもなんでもあるだろう。ないものといえばあの大男や白衣ぐらいだ。あの乗り物もおそらくないだろう。
ここは楽しい場所だからいつまでも住んでいたい。しかしあの大男がいるので、いずれは別な場所に引っ越さないといけないだろう。ま、それは未来の話だ。それまではここで遊ぼう。
《終わり》