【モータル・アンド・イモータル】プラス・ヴィジョン#2
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「あーあ……やっちゃった」エーリアスは割れた貯金箱を見下ろしながら、やや引きつった顔になる。「カラテさっぱりなのにな……何やってんだ俺」「イヤーッ!」そこにマルチプルが先制! ナムアミダブツ! だがエーリアスは咄嗟にドバシが残したフートンを掴むとマルチプルに投擲!
薄汚いフートンがマルチプルに絡みつく! 汗と長年の使用が祟ってフートンは既に粘性の塊だ!「チィーッ!」マルチプルがフートンを剥ぎ取るまでの一秒弱、エーリアスはマルチプルに突撃! ナムサン! 彼女は自殺する気なのか!?
そうではない! マルチプルの首の一つをエーリアスがグラップし、カラテ集中! 眼を閉じて相手のニューロンに突入するユメミル・ジツだ! ゴウランガ!「グワーッ!」理解不能の激痛に悶えるマルチプル! 他の首が次々嘔吐!
「グ、グワーッ!」マルチプルはニューロンに対する防御姿勢が未だ発達していない。エーリアスにとってはベイビー・サブミッションだ! 彼女は頭の一つに侵入するが……「グワーッ!」彼女もまた悶絶! 路上で転げまわる二人! エーリアスが鼻血を出す!
なんというケオス空間! マルチプルのニューロンは首々の密接交流によって常に流動しその蠕動ぶりはピーノキーオを飲み込んだホエール!「くそ……!」痛む自身のニューロンをマルチプルから引き剥がしたエーリアスは小型UNIXを通じて緊急連絡!
「ザッケンナコラーッ!」マルチプルの威嚇! 怒の頭部を風船さながらに膨らませたマルチプルは、しかし既にブリッジからのリカバリーだ!「イヤーッ!」哀のマルチプルがシャウトするとその全身が加速度的に膨張! これがマルチプルによる、ジコカイゾウ・ジツ!「イヤーッ!」
咄嗟に巨大な拳攻撃を避けるエーリアス! だがその拳がムチめいてしなった!「グワーッ!」アナヤ! マルチプルの左腕が大蛇めいて伸び、代わりに右腕が物理法則を無視して縮んでいる! イクサの刺激に身を焦がす喜のマルチプルは筋肉を蠕動させ、邪悪生物の本性を顕にする!
「GRRRRR……!」ニンジャの左手が割れる! そして中からスリケン上部が突き出すと、球形のフレイルめいて変化が完結! もしそれが激突すれば、エーリアスの体は粉砕確定! ナムアミダブツ!「イヤーッ!」マルチプルが振るう!「イヤーッ!」エーリアスが転がって回避! 高架線下の壁がショージ戸めいて破壊!
だが腕の振りの戻しが早い! フレイルの長さすら変化する様態では、肉体武器の速度も変化はまた必定! 絶妙な速度でエーリアスに迫り来る凶器!「殺った!」喜のマルチプルが叫ぶ!「イヤーッ!」腕が振り下ろされた!
「イヤーッ!」連続するカラテシャウト! だがこれは他者によるものだ……! 赤黒の影がニンジャとニンジャの間にトビゲリの姿勢で突入し、インターラプト成功!「何者!」マルチプルの問いかけに第三のニンジャは飛び退って距離を取る。「ブッダ、間に合ったか……!?」へたりこんで息をつくエーリアス。
「ドーモ、マルチプルです」マルチプルは発達しつつあるニンジャ第六感を用いて先制挨拶! 腕を元に戻し、オーソドックスな戦闘態勢へ。怒の首が主導権を握ると憤怒の瞳で闖入者を睨みつける。「許さんぞ邪魔者めが。貴様も粉々にしてすり潰す」
「ドーモ、マルチプル=サン。ニンジャスレイヤーです」その赤黒装束に身を包んだニンジャは、素早くオジギするとジゴクめいた構えを取る。カラテ!「通知は受け取った。退がっていろ」退避行動を取るエーリアス。赤黒のアトモスフィアがマルチプルの追撃を留まらせる!
「ところでニンジャスレイヤー=サン、なぜニンジャの邪魔をする?」問うたのは怒でなく楽のマルチプルである。他の首三つがニンジャスレイヤーを見据える。「なぜモータルに与するのかわからん」「イモータル同士で仲間割れする必要はないではないか」「モータルは苦しむべきだ」「議論はジゴクでやれ」断じたニンジャスレイヤーのメンポから蒸気が立ち上る!
「理非など無用。ニンジャ……殺すべし!」決断的な発言と共にニンジャスレイヤーは、蛇めいて腕をしならせるとスリケン投擲!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
まだ人の行き交いが多い表通りまでたどり着き、ドバシはようやく腰を下ろした。久しぶりに走ったせいで足に力が入らず、胃腸と心臓が飛び出しそうだ。通行人たちはドバシを踏まれた害虫を見る目で眺めているが、いつものことだ。あのニンジャに比べれば遥かに良い。
深呼吸をして落ち着いたドバシは、不自然さを隠すためにゆっくりと歩く。ウシミツ・アワーも良いところだが、無軌道大学生からサラリマンまで多様な人間たちが蠢いていた。車のクラクションがドバシの耳を慰めてくれるが、しかしニンジャを目にしたショックがたやすく消えるものではない。
ニンジャ……ニンジャ。あの半神的存在がドバシの目の前に現れた。そして躊躇なく殺そうとした。きっと連続殺人事件も、あのニンジャの仕業に違いない。あいつの前では自分などクズだ。奴は気に入らないものをグシャグシャにするハリケーンだ……!
思い出すと吐きそうになった。痛烈にサケが欲しかったが、ポケットに残っていた小銭程度のトークンでは売ってくれない……ちょっと待て。ドバシは根本的な疑問に気づいて、目眩を覚え始めた自分にも気づいた。
これから俺は、どうすればいいんだ。ニンポ以外でどう生きれば良いんだ。何もない。少し考えてみたが本当に何もなかった。通行人たちの声が痛くなり、視界の隅でマッポが遠くに走って行くのが見える。トークン。これが全財産。彼の全て。他は全て無し。あのマルチプルが壊したから。
そもそも寄る辺なく最後の手段としてニンポにすがりついたドバシを、ニンジャが殺しに来たのだ。一度目があるなら二度目もあるだろう。またあの《暴力》にドバシは晒される。あのニンジャだけではないだろう、きっと他のニンジャも……「オボボッ」彼は考えを打ち切った。
このネオサイタマにどれほどのニンジャが潜んでいるのか。オバケの群れに遭遇した気分になったドバシは、通行人の影に紛れながら、その者たちについて考えずにはいられない。首が四つあるニンジャ、女ニンジャ……彼のつたない人生を超えた何かがネオサイタマを包んでいる。考えずにはいられない。
だから彼がヤクザの肩にぶつかった時も、ドバシは未だニンジャについて考えていた。「アッコラー?」まだ若いオールバックがドバシを睨むと、脇にいたもう二人のヤクザが彼を囲んだ。「挨拶も無しかオラー!」「スッゾオラー!」周りの通行人が離れてゆく。チャメシ・インシデント。
「ゴメンナサイ」ドバシは習慣になったドゲザを行い、ポケット内のトークンを差し出した。若いヤクザがそれを奪い取ると、改めてドバシの腹にサイドキック! 非道!「グワーッ!」吹き飛ぶドバシ! 転がる彼を見て笑うヤクザ! PVCコートに身を包む通行人は平然顔で去っていく。
「ちょっとトークン足りないんじゃねえの?」ヤクザが転がるドバシを強化革靴で蹴り飛ばす!「囲んで棒で叩け!」繰り広げられる一方的な暴力行為! ナムアミダブツ! だがドバシの頭はどこか冷めていた。さっきのニンジャに比べたら、随分とこいつらのサイドキックは痛くない。
この暴力は先ほどとは違う。あのニンジャのサイドキックは痛かった。風圧で吹き飛ばされるものだ。体が崩折れて、抵抗する力すら消え失せてしまうものだ。あれと比べればヤクザのそれなどアカチャンのそれだ。モータルの蹴りだからだ。
ドバシの体は衰えていたが、冷静に見てみると案外ヤクザの動きは鈍い。だから革靴を鷲掴みにできたし、「ナ、ナンオラー?」と狼狽したヤクザの足をひっくり返すことも簡単だった。「エッ」状況を図りかねた他のヤクザに向かってドバシがサイドキック! ブルズアイ!
「グワーッ!」吹き飛ぶヤクザ!「ザッケンナコラグワーッ!」もう一人にもサイドキック! 吹っ飛んだ! 勢いに乗ったドバシは転がっていた鉄パイプを掴むと、転んで起き上がれない若いヤクザを殴る! 殴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「ダッテメッコラグワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」やがて殴り続けた一人の頭が砕ける! 血と脳が流れ落ちた! 死! ナムアミダブツ!
「オイ貴様何をしている! 御用!」遠くからやってくるのはマッポだ! だが遅すぎる! 怯えたヤクザをもう一発鉄パイプで殴ると、ドバシは叫んだ!「ザッケンナコラーッ!」清々しい! 人を殺すことがこんなに爽快とは! 自分で振るう暴力がこんなに気持ち良いとは!
「こちらトコシマ区、殺人事件です。応援を……待てーッ!」「フハハハハハ!」ドバシは走る! 鉄パイプを抱えながら走る! 人の群れをかき分けやがて路地へ! 怖くない! ニンジャに比べたら非ニンジャなどまさしくクズ!「アハハハハ! ハハ! ホハハハハハハハ!」
ドバシは笑い声に包まれて走った。やがてマッポを撒いてもなお、彼の笑い声はいつまでも止まなかった。
【続く】
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