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前向きな特牛をつくる、うみまちスタイル田中さんご家族の挑戦(前編)

変わりゆく下関市特牛(こっとい)の町。
Eukaryaはこの町の変化を、WebGISプラットフォーム『Re:Earth』を通じてサポートしています。

今回お話を伺ったのは、空き家管理やコンビニエンスストアの誘致など、特牛の地域活性に取り組む「うみまちスタイル」(Instagramはこちら)を立ち上げた、田中さんご家族です。

本記事では、みなさんがなぜ家族で「うみまちスタイル」を立ち上げ・活動するに至ったのか、そしてコンビニ誘致に象徴される「活動の裏側にある思い」を中心にご紹介します。

聞き手:Eukarya 岡田


「うみまちスタイル」とは? その始まりときっかけ

岡田:
本日はよろしくお願いします。まずは「うみまちスタイル」について教えてください。

利明さん:
はい。「うみまちスタイル」は、空き家の調査管理・改修、人と住まい・仕事などのマッチングを中心に、地域活性や移住促進活動などを実施している法人です。
EukaryaさんのWebGISプラットフォーム『Re:Earth』は、空き家の調査管理に活用しています。

岡田:
「うみまちスタイル」はご家族で運営されていると伺いましたが、どのようなきっかけだったのでしょうか?

利明さん:
もともとは、私が前職を早期退職して実家に戻ったときに、周りの空き家が倒壊寸前でとにかく危険な状態だったので、ボランティアとして管理を始めたんです。
ただ、そのときは「情報を集めるだけ」という形で、それを効果的に活かす方法までは考えられていませんでした。
そんな中、下関市さんのテレワーク体験プログラムで『Re:Earth』に出会い、「これは(空き家のプロジェクトに)使えるのでは?」と思ったことが大きな転機になりました。
また、地域活性等の活動を本格化させるにあたっては、これまで私たちが代々営んできた海産物の卸し業者「田中商店」だけでは難しいと判断しました。
そこで2024年4月に新たに法人として「うみまちスタイル」を立ち上げたんです。

圭子さん:
私はずっと父母と3人で、この特牛(こっとい)で商売をしてきました。なので、この辺りの過疎化が進んでいくのを間近で見ていたんです。
ちょうど隣家が空き家になって処分するのを手伝った経験もあって、「同じように困っている方は多いんじゃないか」と以前から思っていました。
だから夫が「うみまちスタイル」の発足を提案したときは「すごくいいことだ」と感じました。
そんな流れで、私たち家族3人で一緒に「うみまちスタイル」をやっていくことにしました。

彩季さん:
私は以前、下関駅周辺で働いていたのですが、数年前に特牛へ戻ってきました。
戻ってからは田中商店の仕事を手伝っていたんですが、本格的に空き家問題に関わり始めたきっかけは、父と同じテレワーク体験プログラムに参加したことでした。
学生のころから空き家問題は知っていましたし、地元に戻ったらより切実に感じるようになって……。
それで、いざ法人化するというタイミングで「じゃあみんなでやろう」ということになったんです。

岡田:
こうした取り組みにおいて、ご家族で活動されているのは珍しい印象です。……こんなことを伺うのも失礼かもしれないのですが、意見の相違やケンカなどは起きないのでしょうか?

圭子さん:
それは、もちろんあります。(笑)
家族といえど考え方はいろいろですから。
でも、地域の方や応援してくれる方のおかげで、いい意味でプレッシャーがかかっているんですよね。
特牛の未来を考えると、私たちがケンカして「もうやめた!」で終わるわけにはいかない。
田中商店を通じて長く地域の方とやり取りをしてきた強みもあるし、「自分たちがやらなきゃ誰がやるの?」という使命感があるんです。


以前の特牛:閉鎖的な雰囲気と進む過疎化

岡田:
みなさんが本格的に活動に取り組みはじめる前の特牛は、どんな状況だったのでしょうか?

彩季さん:
私が戻ってきた当初は、とにかく「ものすごく閉鎖的な町だな」という印象でした。
物理的な不便さだけじゃなく、住民の方々がみずから「どうせ無理」「誰も来ない」と口にするような、ネガティブな雰囲気が強かったんです。
内と外の壁が厚いというか、若者が入ってくる可能性など全然考えていない感じというか……私自身も、最初は気が滅入ることが多かったです。

利明さん:
町そのものは、私が10年ほど前に戻ってきたときと物理的にはあまり変わっていません。ただ、空き家は増え、人は減るばかりで悪化の一途でしたね。
そのころ、空き家をどうにかしようと思う人はほとんどいなかったと思います。
最初の頃、自治会の総会で「こういう活動を始めますから情報提供をお願いします」と言ったときは、重たい雰囲気が漂っていました。
「今さら何やる気?」「どうせやってもダメだろう」みたいなね。完全に諦めムードだったんですよ。

圭子さん:
そうですね。私たちの空き家に関する活動も、信用してもらうまで本当に大変でした。
「怪しい」「どうせお金目当てでしょう」なんて言われて……。
でも、今はいろんなメディアやこうしたインタビューなどで話題にしていただく機会が増えて、地域の内外から相談してもらえるようになりました。
空き家の相続問題が解決したり、使える家を紹介して住んでもらったり、少しずつではありますが変化は出てきたと思います。


『Re:Earth』との出会い——空き家情報の可視化へ

岡田:
みなさんが『Re:Earth』と関わるようになったきっかけと、空き家プロジェクトでの活用方法について詳しくお聞かせください。

利明さん:
一番最初のきっかけは、パソナの瀬川さんが下関市の豊北総合支所に配属になったという新聞記事を見たことです。
それを見て、「空き家のことで相談したい」と思い、私が直接会いに行きました。

そこで、これまでの私たちの活動を紹介したところ「まちづくりでいろいろやっていきたいので情報共有しましょう」と言ってもらえて。
そこから1~2ヶ月後に今度は瀬川さんの方から「テレワークの体験プログラムをやるから来ませんか?」と誘われたんです。

そのプログラムでは『Re:Earth』が使われていて、講師の田村さん(EukaryaCEO)ともそこで初めてお会いしました。
当時私は「テレワークって何だろう?」というレベルで、『Re:Earth』についても全然知らなかったんです(笑)。

でもテレワークの業務体験として「3ヶ月で1つ、どんなテーマでもいいので『Re:Earth』を活用したマップを作ってください」と言われて、「じゃあ今まで集めてきた空き家の情報を可視化してみようかな」と思ったんですね。

そのとき、娘(彩季)は同じプログラムで観光地の情報をまとめたマップを作っていて、お互い別々のテーマで進めていました。

私は空き家情報を公開する前提でマップ作りをしていたのですが、個人情報など、公開できない情報もわりとあり、どうしようか悩んでいました。

でも中間発表の場で、田村さんから「空き家などセンシティブな情報を含む非公開版と、観光・公共施設などと一緒に空き家情報が見られる一般公開版を分けて、それぞれのプロジェクトにするといいのでは?」というアドバイスがあって。
確かにそうしたら、移住を検討する人や空き家をもらいたい人のイメージが湧きやすいと思ったんです。

娘のプロジェクトに、公開可能な範囲の空き家情報を載せてもらえば、移住の検討に必要な学校や病院、それに求人情報なんかまで、一度に見せて説明できるようになりますから。

岡田:
その節は田村が突然無茶を申しまして、失礼いたしました……(笑)。

利明さん:
いえいえ、「その手があったか!」と目からうろこでしたね。

岡田:
テレワーク体験プログラムの話題が出たので、関連して、その際の『Re:Earth』の使い勝手や印象についても伺えますか?
私たちも直感的なUIを目指してはいるのですが、最初は難しいと感じられる方も多いかと思ったのですが……。

彩季さん:
そうですね、私はPC操作がすごく得意というわけではありませんが、マップ作成や基本的な操作はそこまで難しく感じませんでした。
プログラム中は周りにサポートしてくださる方もいましたし。

ただ、その後の運用がちょっと大変ですね。
たとえば空き家は修繕や経年変化で状態が変わるので、データ更新をこまめにしたいんです。
でも現状の『Re:Earth』には、UIから一括エクスポートしてバックアップを取るような機能がないので、結局ExcelなどでCSVを作成し、そちらを更新しながらインポートする運用にしています。

岡田:
そうですよね。そこは私たちも課題視していまして、『Re:Earth CMS(コンテンツマネジメントシステム)』を鋭意開発中です。
大変恐れ入りますが、もう少しお待ちください……!

彩季さん:
それは楽しみです。
大変なところの話からしてしまいましたが、基本的に『Re:Earth』はノーコードで取り組みやすいですし、直感的に作れるのでとても助かっています。
空き家情報って、文字や図面だけだと伝わりづらい部分が多いんですが、『Re:Earth』だと地図とそれらのデータを複合的に扱えますし、誰でも形にしやすくて。

不足している機能や使い勝手の部分がどんどん改善されていくのも、『Re:Earth』と一緒に成長しているみたいで、嬉しいです。(笑)


「過疎の町にコンビニを」——実現の裏にあった熱意

岡田:
特牛へのコンビニ誘致にも成功したと伺ったのですが、そちらの経緯も詳しく伺えますか?

利明さん:
はい。そもそも一番最初の直接的なきっかけは、ご近所のご年配の方だったんです。

その方はすごく真面目で「もう年だから」と運転免許を返納されたんですが、その途端にこの辺りでの買い物がとても不便になってしまった。
うち(田中商店)で扱っているものは品目が限られますから、扱っていないものを代理で買ってきてあげたりもしていたんです。

でも半年ほどしたら、その方が「遠方の息子のところに引っ越そうかな」と言われはじめて……。
そのときに、「せっかく地域から空き家を減らそうとしているのに、ここも空き家になったら元も子もないじゃないか!」と思ったんです。

それで「買い物に困る人を助けたい」「空き家も増やしたくない」という2つの理由から、コンビニ誘致を思い立ちました。

ただ、田中商店として商品ラインナップを大幅に増やすのはコスト的に難しいので、フランチャイズなりチェーンなりの形態を検討しようと。
結果的に、今お付き合いしている会社さんが一番融通が利いたんです。24時間営業じゃなくてもよかったりですとか……やはり、家族だけで空き家のプロジェクトもやって、24時間のコンビニもやって、というのは厳しい部分がありますからね。

もちろんビジネスですから、こんな田舎への出店を本部の方に判断してもらうのはかなり茨の道だと覚悟していました。

それでも、担当者さんに何度も「買い物に苦しむ人を減らしたい」「地域を明るくしたい」という思いを伝え続けたら、ある日突然「すみませんが明日、本部から偉い方が来るので(田中商店の)お店にいてください」と連絡があったんです。
それで私が「なんだろう?」と思いながら、定休日の誰もいない店先で待っていたら、本部の偉い方が直接来て「熱意に感動しました、ぜひよろしくお願いします。」と言ってくれました。

あとで聞いたらどうやら担当者さんから話は聞いていたようで、「社長さん(私)の覚悟を見せてもらおうと思った」ということだったみたいです(笑)。

岡田:
まさに「情熱」が伝わったんですね。

利明さん:
そうですね。
それが口約束で終わらず、コンビニはちゃんとオープンしましたし、その後福岡で開催された、全社での展示会にも夫婦で呼んでもらいました。
そしてそこで本部の方と、うみまちスタイルの空き家の取り組みについても話したりできました。

岡田:
ここまでお話を伺っていると、田中さんご家族の情熱・熱量がまちの変化を引き寄せているように感じます。
実際、デジタルツールの活用の手前に、まずは「人の思い」が重要ということでしょうか?

利明さん:
はい、そう思います。
ツールはあくまで手段であって、どんなに便利で高度なシステムでも、使う人のやる気が続かなければ宝の持ち腐れになるんですよね。
さらに重要なのが、その「熱量」をどうアウトプットしていくかという「出口」だと私は考えています。

例えば、空き家問題について考えると、まず「この町を何とかしたい」という熱い気持ちがあって、そこから情報を集めるなどの具体的な行動が始まります。
その行動の先に、「この空き家をリフォームして、『Re:Earth』を使って情報をわかりやすく可視化すれば、ピッタリ合う人に届いて、貸し出せるかもしれない」という出口が見えてくると、行動と情報がさらに価値を持つようになります。

つまり、「人の熱意」と「出口」がセットになって初めて物事が動き出すんです。
『Re:Earth』のようなデジタルツールを使うことで、その出口がはっきりするからこそ、活動にいい具体性が生まれてきていると感じています。


メディアの反響と町の変化

岡田:
コンビニができて、町の雰囲気にも変化はありましたか?

彩季さん:
地域を歩いていると「あのプロジェクト、どう?」って声をかけてくれる人が増えました。

コンビニに来るお客さん同士で「久しぶり!」と会話が弾んでいたり、前はネガティブな言葉ばかりだったのが「せっかくだからやってみようよ」みたいに少しずつポジティブな空気に変わっています。

私自身もその雰囲気に救われているところがありますね。

圭子さん:
家からほとんど出なかった方が、コンビニに行くために杖をつきながら歩いてきてくれるようになったり、前は挨拶しても反応が薄かった方が「おはよう」って声をかけてくれたり。

そういう日常の小さな変化が、町全体を少しずつ明るくしていくんだなと感じています。

利明さん:
新聞やテレビで取り上げてもらうたびに「見ましたよ」と連絡をいただいたり、空き家の相談が増えたりして。
取材記事では必ず空き家活動について触れてもらっているので、市役所(豊北総合支所)なんかでも、関連した困りごとを抱えている方へ「困ったらうみまちスタイルに行ってみては?」と紹介してくれるようになりました。

ほかの自治体の方からも「うちの地域にもコンビニを出してほしい」なんて声がかかるようになって、日本全国同じ悩みを抱えているところは多いんだなと実感しています。


【前編まとめ】

田中さんご家族が「うみまちスタイル」を立ち上げ、特牛の過疎化や空き家問題に立ち向かうまでの経緯や、コンビニ誘致をめぐる奮闘などを中心にご紹介しました。
地域を明るくしたいというご家族の熱量が、周囲を巻き込んで少しずつ町を変え始めています。

後編では、『Re:Earth』をはじめとするデジタルツールの具体的な活用法や、空き家管理プロジェクトの現在、そして「うみまちスタイル」が見据える今後のビジョンを深掘りしていきます。

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