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【読書】 雇用拡大と格差社会是正への提言
誰もがご存じノーベル経済学者のジョゼフ・スティグリッツ。加速する経済格差が日常のあらゆる場面にまで影響を及ぼしつつあることに警鐘ならし、政府の積極的な介入による雇用創出と格差是正を主張。その全てが詰まった一冊。
要約
世界中で加速化する経済格差。富裕層は加速度的に富を蓄積し、貧困層は貧しくなる。中間所得層も足元が崩れてきている。
その原因は、市場原理に加え、政府の失敗(富裕層のツール化という意味)。政府規制はゲームのルールのようなもの。政府ががんばる必要がある。
当然だが、フリードマンとは逆に発想。どっちが正しいのか。
1.本の紹介
誰もが知ってるジョゼフ・スティグリッツ。情報の非対称性の研究で知られるノーベル経済学者でコロンビア大学教授だが、その活躍は学会にとどまらず、アメリカ政権や世銀等で要職を勤める。
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本のタイトルは「The Price of Inequality: How today's divided society endangers our future」(2013年刊行)、邦訳はたぶんあるはず。
色々な場所で講演や討論をしており、動画も数多くネットに上がっている。が、中でも私のおすすめは、ジョゼフ・スティグリッツがgoogle社員向けに行った講演。
2.本の概要
①加速する格差社会
戦後数十年間、貧富の格差はあれども、経済成長にともない、富裕層が収入を増やす以上の速度で、貧困層の収入は増加していき、中間所得層が形成されていった。
しかしここ数十年に渡り、富裕層は加速度的に超富裕層になる一方、貧困層はさらに貧しくなり続け、中間所得層の収入や生活水準も下がりつつある(収入は数十年増えていない)。この格差/不平等は収入や富だけでなく、医療アクセスや教育格差等、日常生活のあらゆる側面にまで及び、硬直的である。
②市場原理×政府の失敗=格差社会
アメリカ社会は、市場経済を採用する他のどの先進国よりも格差が大きくなっているが、その理由は政府が原因である。
戦中の雰囲気が色濃く残る戦後数十年は、社会的団結という精神がアメリカ人の間にも残されており、政府による積極的な市場介入&各種施策(例: GI bill)が支持された。結果、高等教育へのアクセス改善や累進課税制度による富の再分配が実施された。
しかし、ここ数十年の政府行動は、一部の人間のために政治が行われている。その国の経済的成功を測る物差しは、生活水準だが、大多数の人々の生活水準が悪化しているのである。
経済学の世界では’Marginal Productivity Theory’という理論がある。レアなスキルを有する等のため、他の人よりも生産性の高い人間は、それだけ社会に貢献するのだからその分高い収入を獲得するというもの。その逆もしかり。需要と供給の原則で動くこの経済的原則が、今日の不平等に寄与しているのはたしか。
しかし、それ以上に大きな要因は、政治/政府である。
市場原理/market powerと政治原理/political process、双方ともに富裕層に都合のよいように作用している。本来政府の役割は、例えば教職や病院設備・スタッフの拡充のような、長期的経済パフォーマンス/富の再分配/格差是正につながる規制や施策を実施することだが、それが出来ていない。
…marketing forces are real, but that they are shaped by political processes. Markets are shaped by laws, regulations, and institutions. Every law, every regulations, every institutional arrangement has distributive consequences - and the way we have been shaping America's market economy works to the advantage of those at the top and to the disadvantage of the rest.
そもそも政府による規制の本質は、ゲームのルールのようなもの。しっかり作りこむことで、公正な競争、不正撲滅、弱者保護を担保することが可能。下記の著者の言葉が秀逸。
…America has a government of the 1 percent, by the 1 percent, and for the 1 percent… p. 99… dominated by lawyers
③見落とされたsocial capitalの役割
経済学者は自己利益/self interestの重要性を誇張しすぎ。実際、人は自己のためでなく他人のために頑張れる生き物。trust, cooperationなどsocial capital が経済社会の大事な基盤。ソビエト崩壊後、市場原理を導入した際、経済がうまく機能しなかった大きな理由は共産主義によってこういったsocial capitalが破壊されたため。
3.感想
市場原理主義の巨頭であるミルトン・フリードマンの本を読んでから、スティグリッツを読むと、同じ経済学の世界で活躍しノーベル経済学賞まで取った二人の主張が全く正反対であることに驚きを隠せない。
市場原理に対する根本的な認識が異なり、そこから派生して、政府への期待値や経済的指標ではかれない社会的側面に関しても、まさに水と油と言わんばかりに正反対で相容れない主張。
※ミルトン・フリードマンの市場原理主義は以下
ここまで来ると、もう経済学上のテクニカル議論の相違ではなく、人間や市場に関する根本的で根元的な見解の違い(まさに性善説か性悪説かレベル)。
唯一、市場原理主義者フリードマンと進歩主義者スティグリッツの間に共通するのは、政府への不満。双方とも、今の政府の各種施策や方針には批判的である。役割には満足していない。つまり、前者は、政府の役割が大きすぎる、後者は政府の役割が小さすぎるという。
ここまでpolarizeするともう、対話は難しい気がしてくるし、経済学ってなんなんだろうと思ってしまう。
スティグリッツが主張するfull employmentが実現すれば言うことないが、実際問題選挙毎に右左に揺れ動く大国民主主義国家では難しいような気もする。
なお、欧州経済の経済・財政フレームワークの批判的分析は以下。
最後に一言
経済学者の本は、違った立場・主張を展開する本を数冊読んで、比較検討するのがベスト。
本記事は、あくまで私がポイントだなと思った部分のみ書き出しまとめているだけです。この概要記事がきっかけとなり、この本に興味を持っていただけたら幸いに思います。
併せて、他の記事もご覧いただけたら幸いに思います。