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【読書】ギリシャと債務危機

10年以上も前、債務危機に見舞われたギリシャ。政府支出カットで年金や医療サービスなどが破綻、急激な経済縮小、自殺者が激増。当時既に欧州にいたが、だらしないギリシャ人をEU市民が救ってやる、という論調だった。でも真実はもっと恐ろしく残酷。ギリシャ財務大臣として債務危機の渦中にいた経済学者ヤニス・バルファキスの一冊。

要約

  • トロイカと戦った元ギリシャ財務大臣による、事の一部始終が描かれた力作。

  • トロイカによる緊縮財政という条件付き緊急援助/bailoutの背景には、ドイツの銀行らを救うという狙いがあった。bailoutを拒否し、債務減免を求めた著者。

  • 結局交渉はトロイカに軍配が上がり、著者は財務大臣を辞任。そのうらには、当時ギリシャ政府与党だったシリザの幹部連中とのやり取りがあった。




1.本の紹介

本のタイトルは「Adults in the Room - my battle with Europe's establishment」(2017年刊行)、邦訳はなさげ。(こういう本こそ邦訳してほしい)

著者はギリシャの経済学者で政治家でもあるヤニス・バルファキス(1961-)。

ヤニス・バルファキス
ヤニス・バルファキス

2009年に端を発したギリシャ債務危機の全容を、ギリシャ人である著者の体験を元に、その一部始終を、物語風に書き下ろした書籍で、500頁越えの力作。

TED Talkにも登壇、ユーロゾーンの在り方を民主主義という観点から批判。ギリシャ訛りの英語が心地良い。

2.本の概要

自身の体験を物語風に書き上げた本書。著者がギリシャ政府の財務大臣の職についていた2015年4月、ワシントンで米国経済学者Larry Summersとの会話からはじまる。

当時ギリシャ政府は、トロイカ/Troikaと呼ばれる欧州委員会(EC)、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)の 3 つの組織によって設立された意思決定グループとガチの交渉を行っていた。Larryとの会話はそのIMFでの会議の帰り際だ。

2015年1月のギリシャ総選挙で勝利し与党となった極左ポピュリスト政党シリザの幹部の求めに応じ財務大臣となった著者は、ギリシャ政府代表として交渉を一手に引き受けていた。しかし両者立場には大きな隔たりがあり、交渉は難航していた。

そもそもの事の発端はギリシャ経済にあった。ユーロを導入し、ユーロ建て債権を発行し主に北ヨーロッパの銀行から継続的に資金調達、それをもってgenerousかつ積極的なな政府支出(例: 年金、公務員等)を実施、慎ましい経済成長率に比べて、その支払能力以上の債務がどんどん積み上がっていく。それでもうまく行っていたのは、潤沢な資金が北ヨーロッパから流れてきていたから。

状況が一変し始めたのは2008年に発生したアメリカのリーマンショック。大量の資金をアメリカ市場に投入していたヨーロッパ/ドイツの銀行はたちまち経営難に。銀行からの資金が止まり、累積した債務の返還が難しくなりギリシャ政府はたちまち破綻の危機に。

対応策として、トロイカは緊縮政策/austerityを条件に欧州諸国がギリシャ政府にたいしbailout/緊急援助をするとの提案。当時ギリシャ政権を握っていた中道政党はそれを受け入れ緊縮財政を導入、結果ギリシャ経済は歴史上類を見ないほど後退することに。年金や給料カット、リストラの嵐で自殺者も大幅に増えてしまう。

ギリシャ vs トロイカ
ギリシャ vs トロイカ

債務危機当時、著者はアテネ大学の経済学教授職に就いており、一貫してトロイカの紐付きbailout案を拒否すべきと主張していた。なぜなら、

  1. 緊縮財政はギリシャ経済にとって逆効果

  2. bailoutでもらった資金は結局、ドイツを中心とした債権者/銀行への支払に使用せざるを得ない

  3. ドイツ銀行を救うというが、ギリシャ政府投資のリスクを見抜けなかった銀行側/貸し手側の責任もあるはず

  4. そもそもbailoutの金は、欧州各国の市民の税金、それを使って一部の銀行を救うというのはナンセンス。

著者に言わせれば、これは完全に、ギリシャの救済ではなく、欧州市民の金を使ったギリシャの債権者であるドイツの銀行の救済であると主張。Bailoutより債務減免&払い戻しの見送り、まずはギリシャ経済の成長ありき的な主張していた。

※なお、ギリシャ債務危機を巡るオーソドックスな解釈はこちらから

ギリシャの債務超過
ギリシャの債務超過(出典: the plain bagel)

アテネ大学からサバティカルを取得し、アメリカ・テキサス州のAustinで教職に就いた著者だったが、次回選挙で政権の座に就く可能性大だったシリザ政党幹部から接触があり、色々とアドバイスを与えているうちに、シリザが政権に就いた暁には著者が財務大臣としてトロイカとの交渉に当たることに。

いざ交渉に当たったものの、トロイカからのプレッシャーすさまじく、シリザ幹部らが緊縮財政の受け入れに傾き始める。著者は強硬に反対したが、幹部らの意思強く、最終的には国民投票を実施することに。

ギリシャにおける2015年国民投票
ギリシャにおける2015年国民投票(出典: Autonomies

結局、国民はトロイカの緊縮財政付き緊急援助/bailoutを拒否する投票結果となったが、それでも緊縮財政を受け入れる態度を見せたシリザに失望し、著者は大臣職を辞任。在任期間は結局半年程度となった。ということがこと細やかに語られているが、これ以上の詳細は割愛。

ちなみに、著者がTed Talkでも言っていたが、彼がトロイカに債務減免の話を切り出したときにトロイカ/ドイツのショイブレにいわれたのが選挙結果を持ってしても経済政策を変更する事は許されないという下記の言葉。(民主主義は何処へ?)

Elections cannot be allowed to change economic policy

本文, p. 237

最後に、心に響いた一文を引用。彼が財務大臣のポストのオファーを受け、迷っていたとき、以下のように考え決断したという。

Socrates' definition of a good life is one that you do not regret on your deathbed. How would I feel when, in my old age, I recounted the moment I turned my back on that opportunity?

Pp. 103-104

3.感想

すごい説得力。いや、ギリシャ債務危機の渦中にいた人なんで、ちゃんと一応一歩引いて中立な目線で彼の言うこと聞かないとだが、聞けば聞くほど彼の説明・分析には納得してしまう。

bailoutより債務減免を求める著者には同意するが、ギリシャ経済成長ありきの債務返還はすごく綺麗事に聞こえてしまうのは事実。そんな簡単に成長できないでしょ、と思ってしまった。積極財政支出による雇用創出とかなのだろうが、これは大きな政府vs小さな政府という経済学上の永遠の課題でもあるが、著者の考えは同じ進歩主義的経済学者としてスティグリッツの主張と共通するものはある。

そして、知り合いのギリシャ人にギリシャ国民は彼をどう思っているかを聞いたら、ヤツは狂ってるとギリシャ人はみんな思ってる、といっていた。どっちが正しいか私にはジャッジ不可。

最後に一言

あまり期待せずに買った本だけど、とても読ませる文章だし、スリリングですらあった。ホントにエコノミストかと思うほど。一読の価値あり。ただ彼の評価はかなり別れる。

ただ500ページは長過ぎるよバルファキス先生。まあ色んな批判があったみたいだから、自分はベストを尽くしたことを書き下ろしておこうとも思ったんだろう。

本記事は、あくまで私がポイントだなと思った部分のみ書き出しまとめているだけです。この概要記事がきっかけとなり、この本に興味を持っていただけたら幸いに思います。


併せて、他の記事もご覧いただけたら幸いに思います。


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