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【読書】民主主義の崩壊: 戦前ドイツからの教訓
戦前ドイツ、ヒトラーのナチス政党による政権掌握を、既存民主的政治システムの崩壊の結果として掘り下げる研究輪文。ナチス台頭を可能とした経済社会政治環境とヒトラー&ナチス党自身の特徴にフォーカスして分析したドイツ人社会学者ライナー・レプシウスの分析。
要約
ファシスト政党やナチス党の政権掌握を、民主主義の崩壊という観点から描き出した論文の一つ。
ワイマール下のドイツの場合、民主主義が、共産主義や権威/軍国主義としのぎを削っていた時、未曾有の危機により、もとより機能不全に陥っていた民主的な議会制度は諦めて、大統領の強権による統治体制へと移行して行ってしまう。
民主主義とは脆弱なシステムで、その恩恵を享受する人が意識的に守ってあげないといけないということがわかった。
1.論文の紹介
論文のタイトルは「From fragmented party democracy to government by emergency decree and national socialist takeover: Germany」で、著者はドイツ人社会学者ライナー・レプシウス/M. Rainer Lepsius(1928-2014)。同論文では主に、ファシスト政党台頭を可能とした民主主義の崩壊に焦点を当てて分析。
なお同論文はドイツ生まれのスペイン政治研究者Juan J. Linz(1926 - 2013)とアメリカ人政治学者Alfred Stepan(1936 - 2017)編集による「the breakdown of Democratic regimes」(1978年刊行)に掲載。
2.ドイツ・ナチス政党台頭分析
各国の政治システムには、民主主義度合い/democratic potentialというものがある。これは下記の要素から判断されうる:
国民が、民主主義的な政党をどれだけ支持/投票するか
政治制度がいかに民主的に整備されているか
民主主義と競争関係にあるイデオロギー(例: 権威主義、共産主義)を掲げる政党が議会システム内に共存しているか
ナチスの台頭を許した戦前ドイツ/ワイマール体制の政治システムでは、民主主義や権威主義/軍国主義/愛国主義、共産主義が支配的なイデオロギー&与党の座を競いあっていた。民主主義を掲げたのは、"ワイマール同盟/Weimar Coalition"と呼ばれた、社会民主主義者とキリスト教系保守派グループ、左派リベラルだった。
当時に第一次世界大戦のダメージや戦後賠償、過度なインフレを乗り越え、経済が復興しつつあったドイツ。その源泉は潤沢な海外/米国短期資金の流入で、産業の近代化に投資された。しかし1929年のアメリカ大恐慌を発端に資金流入がストップ、ドイツの銀行は窮地に追い込まれる(短期資金を長期プロジェクトに投資していた&インフレで支払能力なし)。
一方、戦後賠償のため通貨を刷り続け、中産階級らの貯蓄は急激に目減りしていた。そもそもドイツ国民は、戦後賠償額が損害額よりも不当に大きいと感じており、1930年に将来の年間支払額を決定づけたYoung Planに対しても不満を抱えていた。
こうして戦後復興したドイツ産業は急速に悪化、1932年には空前の失業率(43.8%)となり、職に就けない人や生活に不安を抱える人々が群衆/mobと化し、特に過激な若者らはナチス党の民兵組織として吸収されていく。
そんな危機にあっても戦前ドイツの政治は効果的な対策を打てなかった。というのも、戦前ワイマール・ドイツは比例代表制、異なる宗教、地域、階級、イデオロギーを代表する小さな政党が乱立し、議会システム自体が機能不全を起こしていた。
そこで民主主義的な政党らも含め、議会内政党らは民主的な意志決定プロセスに見切りをつけ、ワイマール以前のドイツ帝国以来のレガシーでもあった大統領の強権発動を受け入れ始める(詳細は割愛するが、大統領の独断で色々と判断できる)。一回そうなると、民主的な議会システムそのものに対する信頼が瓦解、強いリーダー&大衆をベースとした権威主義的政治システムへと徐々に移行、その権限がヒンデンブルクからヒトラーへと繋がっていく。
(他、ヒトラー&ナチス政党の特徴等も含め、更なる詳細は割愛)
なお、ドイツナチ党の興亡全般はこちらでも説明。
3.感想
非常に明快で興味深い分析。超民主的といわれた憲法を保有していたワイマール・ドイツにも非民主的な政治手続き(大統領の強権ルール)があり、空前の経済難にあって、民主的政党らも民主的な意志決定を諦めてしまった、結局それがヒトラー台頭を許してしまう土壌/環境を作り出してしまったということ。
一旦権威主義的体制にはいると、著者も言うとおり、その権威主義的リーダーとその取り巻きで物事が決まってしまう。リーダーが健全ならいいが、ヒンデンブルクのように年老いてしまうと、健全な判断ができなくなる。これはまさに「経営の神」に出てくるゼウス的経営文化というやつだろう。
いずれにせよ、権威主義的なポピュリストらが世界各地で台頭する昨今、これ程参考になる分析はない気がする。民主主義とは脆弱なシステムで、その恩恵を享受する人が意識的に守ってあげないといけないということ。
最後に一言
万人におすすめとは言いがたい専門書。政治学や民主主義に興味ある人にとっては、手に取ったら面白いはず。
本記事は、あくまで私がポイントだなと思った部分のみ書き出しまとめているだけです。この概要記事がきっかけとなり、この本に興味を持っていただけたら幸いに思います。
併せて、他の記事もご覧いただけたら幸いに思います。