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夏の終わりの一日

夏の終わりの一日


『俺は夢破れた者を、負け犬だと思ったことはない。だけど引きずり続ける夢を言い訳にして他を蔑ろにするやつは人生の敗残者やと思うけん』

麻耶がダンスのコーチに言われた言葉だった。

山本麻耶は高校卒業する3月にどうしても出たいチアの大会があった。


本来3年生は夏の大会に全力を出し切って、引退すると受験勉強に専念する。

麻耶は2年の時にF実業高校チアリーダー部の部長だった。伝統ある部活で全国大会常連校だった。
中学時代は陸上部だったので体力には自信があったがとにかく毎日がハードだった。
朝練して早弁して放課後も暗くなるまで毎日ダンス。恋もバイトも禁止。
夏休みだって海もプールも遊園地へ行く休日もない。制服も今時っぽくオシャレに着こなすことは厳禁。決められたスカート丈と地味な白ソックスでないところを見つかると鬼コーチや顧問に退部させられてしまう。
麻耶は意志の強い瞳を持った今時の女子高生だが、この部活にいる限り外見的な今時風味は一切出せなかった。
ツケマもカラコンもジェルネイルも全てNGだ。
でもだからこそ、内面からにじみ出る「溌剌とした若さ」は帰宅部のクラスメイトの誰よりもあったかもしれない。

麻耶が部長になったのは、ダンスが他の同期の子よりも上手いからじゃない。練習に対する熱意と共に、鬼コーチとの調整や上級生下級生への心配りが認められての顧問からの抜擢だった。
「なんだか、私って部長っていう名前の雑用係っぽいよね」と自虐的に言いながらも、グループがまとまるように全力を尽くした。

3年になった時に、後輩に部長の座を譲ったあと、同期は早々に受験勉強に専念すると言い出した。

というより、引退してやっと今時女子高生を謳歌するのだ。スカート丈を変えたり、メイクをしたり「可愛い!!!」ってことをやっとできる。

しかし麻耶は夏の大会までは是非とも続けたかった。同期は違う考え方だったが、今までの先輩たちのように夏を自分の区切りにしたかった。ダンスが好きで好きでたまらないけど、流石にこれを将来の夢にはできないからこそ、夏の大会を最後に引退するつもりでいた。

5月から、麻耶は下級生に混じってたった1人の3年生部員として練習に参加した。

来る日も来る日も全力で練習した。全ては夏の大会にかけた。

でも、その最後のダンスのオープニングで2年生の部長がミスをした。
スタートの合図が5秒遅れてしまったのだ。
ステージに上がって、スタートの合図を部長が音響スタッフに送り、音楽が始まり演技をする。
たった5分間のダンスパフォーマンスの為に気の遠くなるような練習を重ねてきたのに、5秒のオーバーで減点されてしまった。

結果は銀賞。

あの減点さえなければ自分は高校生活最後の大会で優勝できたはずだったのに。。。

悔しくて悔しくて悔しくて。

この4ヶ月はなんだったのか。

そもそも同期のみんなと同じ様に夏の大会になんて参加しなきゃよかったのか?

オシャレして学校帰りにかき氷食べたり、勉強会って言いながら友達の家で夜通しおしゃべりしたり、そういう青春した方が良かったんじゃないか?

麻耶は難関大学を受験するわけでもなく、自分の夢の為に行きたい専門学校の入試はそれほど厳しくないからこそ、「ダンスが好き」って理由だけで3年生たった1人でも続けてきたのにこんな結果。

でも一番やっちゃいけないことは分かってる。ミスした2年生部長を責めることだ。
だって、彼女が一番辛いってわかるから。
頭が真っ白になるくらい、緊張していたんだろう。たった1人の上級生として、もっと自分にできることはなかったか?
始まる前に円陣を組んで声を掛け合った時に、もっと気遣ってあげれなかったか?

今彼女にかけてあげる言葉はなんだろう。ただの慰めなんて自分だったらどう受け止めるだろうと考えると言葉が出ない。

終わった後ずっと泣いてる部長をぎゅっと抱きしめて麻耶は彼女の髪を撫でた。そして無言で1人体育館を後にした。

山本麻耶はどうしてももう一度全力で挑みたいと思った。
次の3月の大会に自分も出る。今から1年生2年生に混じって初心に戻ってまた練習しまくってやる。
誰がなんと言おうとこれは自分で決めた自分の夢に対するケジメだ。

コーチの言葉が蘇る。

人生の敗残者になんてなってたまるか!


 もうすぐ九月がはじまる。
 夏のにおいのしない夜風が、私を通り過ぎて、消えていく――。

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