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一歩
この作品は、ならざきむつろさん企画リレー小説『片想い~l'amour non partagé~』の追加要素『片想い~Deus ex machina~』
第3話『待ち人』の主人公、田島敦樹の【ちょっとハッピー編】となります。
企画詳細『片想い~l'amour non partagé~』:https://note.mu/muturonarasaki/n/nb994a7209d23
企画詳細『片想い~Deus ex machina~』: https://note.mu/muturonarasaki/n/n86faad184839
【羽島観由】(はねしまかゆ)21歳・・・・・
専門卒後、洋服店の店員になって一年。
身長165cm、血液型はO。笑えないギャグを放つ。
きつい言葉も放つが、爽やかでちょっと男っぽい性格。
顔はまあまあキレイ。髪は肩までのパーマで茶色。一房だけかすかにピンク色。
おしゃれ好き。ペットのミニチュアダックス(アル)を飼っている。
【新庄道隆】(しんじょうみちたか)21歳・・・・・
大学三年生。身長195cm、血液型はA。
口下手で恋愛下手で自分に自信がない。成績は普通。顔も普通。メガネ男子。
ケーキ屋アルトでバイト。
【田島敦樹】(たじまあつき)34歳・・・・・
インディーズのバンドマン。クールなベーシスト。親の持っているアパートなどの不動産管理業務をしつつ、週末は都内各所のライブハウスに出演。見た目は怖そうだが心優しいジェントルマン。捨て犬だった片目の見えない老犬ダックス(ステラ)を飼っている。
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最寄り駅はJR高円寺
丸ノ内線の新高円寺は少し離れてる
2月のある金曜の夕方、かゆは親に頼まれて、少し離れた新高円寺駅へむかうことになった。
JRの高円寺までだと徒歩10分だが、地下鉄の新高円寺駅はほぼ20分。
「アルの散歩に丁度いいでしょ。この書類を駅前の信用金庫に持っていってほしいのよ」
かゆは洋服の販売員をしているので、土日はほぼ仕事だが、こうやって平日に休みをもらえる。女友達と遊びに行く日もあるが、今日は一日まったりと過ごしていた。録画しておいたドラマを見たり、お気に入りの音楽を聴きながら自分の部屋でネットを眺めたり。そんなときに頼まれたのだ。
「オッケー!んじゃ、アルお散歩行くよ~~♪」
こんな真冬は5時を過ぎると暗くなるので、4時前に自宅を出発した。
いつも行く公園とは反対方向に向かって歩き出した。
「あ~~こっちに来ると、みんなに会えなくて寂しいね~」
しばらく行くと駅前に向かう大きな交差点があり、歩行者信号が点滅を始めた。
「間に合いそうもないから、アル!ストップだよ!」
しかし、アルは尻尾をぶんぶん振って渡ろうとする。リードをしっかりと引き寄せて、横断歩道の向こう側を見ると、渡り終わった一人の男の後姿が目に入った。
「あれ?もしかしたら・・・ステラパパ?・・・」
アルは、かゆのほうを見上げてじっと見つめると、また前を向いて尻尾を振りながら先に進もうとする。
背の高いその男性は、帽子をかぶり、背中にはかなり大きな黒い楽器ケースを背負っている。
いつも行く公園でたまに会う、片目の見えない老犬ステラちゃんの飼い主に似ているような気もする。
「ん~~~~そんな気もするけど、ここで大声出すのもねぇ~~まいっか」
かゆは、のんびりと信号待ちをしていると、ポケットでLINEの音が鳴った。
ハルカだ。
「明後日の土曜日、ビートルズのコピバン見に行こうと思うんだけど、一緒に行かない?新宿で19時から~♪」
明後日か。。。たぶん18時までの仕事だからいけるかな。女子大に進んだこのハルカは軽音部に入って、OGのお姉さま方のやってるコピバンでビートルズ系のときに声をかけてくれる。
いまどきビートルズ?って笑う子もいるけど、母親の影響でかゆは小さなころからその音の中で育ったのだ。
初めて女性コピバンを見に行ったときに、そのクオリティの高さにびっくりした。
CDを散々聞いてきたかゆには、ここで笑い声が入るとか、ここでギターがソロで美しい旋律を奏でるとか、この瞬間にドラムが「ドン!」ってなるとか、ここにジェット機の音が入るとか、ここのベースラインはぞくぞくするとか。そういうものがかなり忠実に再現されているのだ。
「行くーーー!東口で待ち合わせて、軽くご飯食べてから行こう♪18:40にはつくよん!」
かわいいOKというスタンプがすぐに返ってきた。
なんだかウキウキした気分でお使いという名の散歩も終えて、スケジュール帳にさっきの予定を書き込んだ。
来週って。。。。バレンタインイブじゃん。
まあ、チョコレートあげる人もいないし、関係ないけどね。
去年まで、ケーキ屋でバイトしている同級生の新庄に思いを寄せていたけど、クリスマス前に偶然かわいい女性と歩いてるとこ見ちゃったし。くっそーーーこの浮気男めーーーーーって、その日はブルーベリーチーズケーキのやけ食いをしたけど、よく考えたら、こっちの思いを伝えてたわけでもないし。
初詣でのお願い事は「今年は素敵な出会いがありますように!!」の一本だった。
「まあね、女子友と、女子バンのライブに行ってるようじゃ~当分出会いなんかないよね」と、自嘲しながらも、何を着て行こうかな~と、また気分はウキウキ上がるかゆだった。
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「アツキ!悪いけど、【トラ】たのめねえ?」
田島敦樹は『MELT AWAY』のベーシスト。今日は四谷のスタジオでライブのリハだ。同じバンドのメンバーから、会うなり言われたのだ。
その安定したテクニックを買われて、たまにほかのバンドでベースがどうしても出れないときに代わりにやってもらえないか?と頼まれることがある。代打のことを【トラ】という。
「いつ?」
「あさって2月13日土曜日、新宿のグラムシュタインでビートルズのコピバンなんだけどさ、そこのベースの子がインフルになっちゃって。ヴォーカルの子からさっき泣きのメールが入ったんだよ。誰か紹介してもらえませんか~~って」
「ん?って、その日は俺たちもそこでやる日ジャン!・・・しかも、ビートルズのベースってポールの曲を歌わなきゃジャン、俺、歌は歌わないよ。」
「いや、急なことだし、ヴォーカルはほかの子ががんばるから、ベースだけ何とかしてほしいんだとさ」
「ん。。。じゃあ、まあいいか。曲目リスト早めに送ってよ、なるべく仕上げていくから」
「さーーーすが、アツキ!!頼りになるね~王道の曲ばかりだから、お前ならすぐ弾けるとは思うけど、後でリスト送るわ!」
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バレンタインイブの土曜日。
クラブ・グラムシュタインは、オープンから大入り満員。
ビートルズの女子バンド「Apple Girls」と、人気インディーズロックバンド「MELT AWAY」のめったに見れない競演ということで、どちらのファンもステージ前を埋め尽くし、スタートからちょっと過ぎにはいった、かゆたちは一番後ろのほうでの立ち見だった。
チャージとワンドリンクのお金を払って、聞こえてきた曲はビートルズの「Paperback Writer」
かゆの大好きな曲だ。
「あれ?あのベースの人って男性じゃない??」
大音響なので、かゆは、ハルカの耳元で大きな声をだした。
ほかの3人が黒いミニスカートに白シャツに細い赤いチェックのネクタイをゆるく締めているのに、ベースだけやけに背が高くて黒い皮パンツをはいて、サングラスをかけている。
シャツはおそろいっぽく白だけど、胸がはだけていて、どう見ても男性。
「うん。おっかしいな~ベース今夜だけ違う人なのかな~」
そして、かゆは耳を疑った。
違う。
ポールのベースと違う。
この人、所々崩して遊びを入れてる。
決め所はしっかり決めてるけど、でしゃばり過ぎない部分で、下腹にずんって来る音を響かせる。
スゴイ!
遠くて、顔ははっきり見えないけど、身のこなしがめちゃくちゃセクシー!!
結局、そのポール役の男性はベースを弾いているだけで、最後まで一曲も声を出すことはなかったけど、目も耳も釘付けになってしまった。
2ステージ目の始まるまでの間に、あちこちから声が聞こえる
「今の、アツキだよね?」
「今日ってなんだかメッチャお得じゃね??アツキのビートルズなんて絶対聴けないし」
「次はどうなるの?次が「MELT AWAY」だよね?タジマアツキ、でずっぱりってこと?」
「やばい!写真撮りまくっちゃった~~~ツィートしちゃう!!」
かゆとハルカは切れ切れに聞こえてきた会話で、どうやら、今のベーシストは、次のバンド「MELT AWAY」の「アツキ」という人で、結構有名らしいということが分かった。
少しすると、次のバンドの人たちが、コードをつないだり、アンプのボリュームチェックをしたりでステージに上がってきた。ベースの人は?着替えてるのかな~?と、きょろきょろしていたら、後ろから声をかけられた。
「もしかして、アルちゃんの?」
そこには、ステラパパがサングラスをはずしながら微笑みかけている。
「え?え?えーーーーーーーーー?????」
シャツを着替えてはいたが、さっきのベースの人だ!
ハルカのほうにも軽く挨拶をして、「ちょっと待ってて、席確保してくるから」と、お店の人に交渉に行ってくれた。
「ちょっと、横からになっちゃうけど、テーブル席つめてもらったから、こっちで座ってゆっくりしていって」
ステラパパがさりげなくエスコートしてくれて、かゆとハルカはぽかーんとなりながらも席に座った。
次のステージはとにかく圧巻だった。
会場中が一体となったような盛り上がりの中で、ステラパパ=田島敦樹のベースはすばらしかった。
すばらしい?
そんな簡単な言葉では伝わらない。
子宮を鷲掴みにされたような気持ちだった。長いベースのネックを上から下にバサ!っとたたき斬るようなしぐさをしたときは、両耳のしたがぞくぞくっとしてかゆは体が震えた。
ステージが終わった後、演奏していた人たちが飲み物を持って、知り合いのお客さんたちと、軽い乾杯をしている。ステラパパもしばらくするとかゆたちのテーブルに来た。
「お疲れ様」グラスをカチリと合わせて、軽く乾杯した。
かゆはなんと声をかけていいのか分からなかったが、ハルカは興奮して、ほめまくっている。
「すごかったですーーーーかっこよかったですーーーーチョーさいこーでしたぁーーーー」
照れてるのか、クールな表情で、「あ、どうも」とだけ言うと
優しい声でアツキが言った。
「アルちゃんのママ。。。っていうのもへんか、おふたりさん名前聞いてもいい?」
「あ、かゆ。彼女はかゆ。私はハルカです!!!」
「かゆちゃんと、ハルカちゃんね。タジマアツキです。今日は来てくれて。。。聞いてくれて、ありがとう」
それだけ言うと、アツキはグラスをちょっと持ち上げるとそっと席を立ち、ほかの人に挨拶に行った。
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犬の散歩で会う彼女の成長をなにげなく見ながら5年。
すっかりきれいになった彼女に片想いして1年。
やっと名前を聞けた。
かゆちゃんか。
今度バンド仲間だしに使って、BBQでも誘ってみるかな。
ハルカちゃんやアルちゃんも一緒に、っていえば来てくれるかな。
そして、今までどおり、おかしなギャグを連発してくれるかな。
敦樹は今夜、、心の中の片想いの駒を一歩進めた。
了