研の會
尾上右近さん、愛称けんけんの自主公演は今回で5回目。そして初めての関西公演だった。8月28日1回、29日は2回と3回の舞台。けんけんの御贔屓のお誘いではじめての見物だ。
会場は猿之助さん所縁の春秋座。猿翁さんが設計し歌舞伎を演じるにはぴったりの劇場。客席は千鳥になっていて前のお客と被らない、とても観やすい劇場。まず、簡単なストーリーのナレーションが聞こえてくる。そして幕が開くと『弁天娘女男白波』呉服屋浜松屋だ。お店の番頭は本公演でもおなじみの市村橘太郎さん。日本駄衛門は市川團藏さん、白波五人男は他に市川九團次さん、中村梅丸の名前で出演するのが最後になるまるる、そしてコンビを組む南郷力丸は坂東彦三郎さんと勉強会とは思えない豪華な顔ぶれ。菊五郎さんの指導を受けたと言う弁天小僧は音羽屋そのもの。しおらしいお嬢様の化けの皮がはがれたとたん、やんちゃさと威勢のよさが顔を出す。初日に観たのでわずかに力みが見えたが、チケット争奪戦と言われる人気の東京公演ではもっと進化している事だろう。3月に歌舞伎座で観たおもだか型の弁天ちゃんとは全く違う正統派。けんけんは音羽屋なんだと改めて感じる弁天小僧菊之助。いつか本公演でも演じるんだろうと勝手に想像する。
そしてもう一つ披露した舞踊が『酔奴』猿翁十種の一つだ。
猿翁十種とは初代市川猿翁(二代目猿之助)が創作あるいは復活した舞踊と舞踊劇を、一周忌にあたる昭和39年(1964)に孫の三代目猿之助(現・二代目猿翁)が家の芸として制定したものだそうだ。『悪太郎』『黒塚』『高野物狂(こうやものぐるい)』『小鍛冶(こかじ)』『独楽(こま)』『二人三番叟(ににんさんばそう)』『蚤取男(のみとりおとこ)』『花見奴』『酔奴(よいやっこ)』『吉野山』。現猿之助さんが踊ったのを観たのは『悪太郎』『黒塚』『独楽』の3つ。パンフを読むと初代猿翁さん以外に『酔奴』は今まで誰も踊ったことがないと言う貴重な舞踊をでけんけんが再演してくれたのだ。パンフには詳しい説明があるがこの『酔奴』を作曲したのは当時二代目猿之助(初代猿翁)と親しかった初代鶴澤道八、作者は作者は木村富子。木村富子は二代目猿之助のいとこで歌舞伎戯曲や二代目猿之助の為に『黒塚』や『独楽』など様々な舞踊劇を書いているそうだ。義太夫浄瑠璃だけで見せる舞踊劇とは珍しい。人形浄瑠璃の様にけんけんは一言の台詞もなく踊る。
さて仙台藩の奴可内(やっこべくない)がほろ酔い気分で花道から登場し仙台浄瑠璃に乗せて相撲谷風の出世物語、後半は三人上戸を演じ分けると言うもの、舞踊の中に竹馬も出てくると言う奇抜さには度肝を抜かれる。浄瑠璃の語りに合わせて踊り分けるけんけんの見事な事。初代猿翁の舞踊だと感じさせる難しい踊りだ。しかもコミカルに楽しく軽やかに人物やストーリーを演じ分け踊り分けるけんけんの見事な事。私が猿之助さんのファンだからか、いつか猿之助で観たいと言ってくれるけんけんご贔屓が何人も声をかけてくれて嬉しかったが、『酔奴』を踊る猿之助さんは脳内再生できてしまう。もちろんほれぼれとするに違いないが、『酔奴』と言えばけんけんと言われるくらいに踊り込んで欲しいと言うのが今の私の願い。それほどに楽しい時間を過ごさせてもらった。弁天小僧も可内もけんけんはもう手の内に入れている。春秋座に来てくれたご縁で初めて観られた「研の會」。来年はオリンピックに出場するのでお休み。ウソですとパンフレットの最後のページにかかれていた。
再来年も来てくれるだろうか。もっと成長したけんけんに会えることを楽しみにしよう