マレーシア英語の正体
マレーシアでは英語が準公用語として扱われています。都市部やボルネオ島(東マレーシア)では英語はよく使われていますが、ただ、欧米の英語を身に着けているとマレーシアの英語にはとても苦労します。別の言葉と見たほうが良いかもしれません。
■なぜマレーシアでは英語が通じるのか
これはイギリスが19世紀から一部日本軍の占領期間を除き第二次世界大戦後の1957年まで植民地だったからです。その名残で今でも使われていると言っていいでしょう。
植民地時代になると、学校が導入され、スルタンの子たちや貴族たちはそういった学校に通い、英語を習う機会が出てきました。ペラ州にあるマレーカレッジに通ったり、ペナン州にあるペナン・フリースクールといった学校でも英語が教えられていました。今でこそほとんどのスルタンや王族らは英語を話すことができますが、19世紀あまりは、特にマレー半島東海岸のスルタンや王族らはあまり話せなかったようです。
植民地時代には英国官吏らはマレー語を話しました。現在はマレー語はローマ字を採用していますが、当時はジャウィ(アラビア文字表記)。あの有名なラッフルズもマレー語を話し、ジャウィで手紙を書くなどしており、さすが植民地官吏といったところです。19世紀以降は官吏らはマレー半島のスルタンや王族、貴族らとマレー語や英語で意思疎通を図っていきました。
しかし、庶民はまったくそこまでではありませんでした。マレー人はマレー語を話し、華人は中国系の言語、インド人はヒンドゥー語を中心に使い、あまり互いに交流をもつということはほとんどありませんでした。つまり、庶民の間に繋がりがなかったため、自ずと共通語がなかったのです。
庶民たちが繋がりを持ち始めたのは20世紀以降でしょう。植民地経営が拡大していき、街を作り上げ、そこにさまざまな民族が住み始めました。それでも同じ民族どうしで固まって生活していることが多かったため、現在ほどのつながりはなかったようですが、徐々にそこに英語が浸透していった。マレー語はその昔、東南アジア島しょ部全体の共通語でしたが、東南アジア地域出身者ではなかった中国人やインド人はそもそもこの共通語を知るよしもありませんでした。
英語が庶民の間で使われ始めたのは、おそらく1940年代以降で、1950年代からは英語での教育も始まったことからこのときぐらいから異なる民族との会話で英語が使われ始めたとみられます。独立後も英語教育が70年代初めぐらいまで主流であったため、マレーシアの年配の人たちが英語をよくしゃべるのはこのためです。
また、ボルネオ島側もなかば英国の植民地となっていたので、庶民の間でも徐々に英語が浸透していったといいでしょう。実際、今でも英語はマレー半島よりもはるかに通じます。
■ところがどっこいほいさっさ
さて、その「英語」自体のお話なのですが、これまで上記で「英語」と書いてきました。マレーシアはイギリスの植民地だったため、イギリス英語が現在でも主流となっています。ただ、やはりときとともにその英語が変形していくのは世の常。特にマレーシアはいろんな民族が異なる言語を話すため、時間の経過とともにそういった言葉もコミュニケーションの土台の英語に混ざっていきました。鍋の中にいろんなものを入れていく感じでしょうか。
マレーシアで使われる英語は確かに英語ではあるのですが、ときとともにかなり様相が変わってしまったため、現在では「マレーシア英語」(Manglish)とも呼ばれます。
実際、イギリス人やアメリカ人がマレーシア人と話すと「理解ができない」ということが発生します。以前、日本から英語ができない人がアメリカで教育を受けたプロの通訳者を同行させてマレーシアでの会議に参加させていましたが、この通訳の方が「言っていることが全然わからない」といってエージェントを通して僕のところに依頼してきたことがあります。欧米で話されている英語の土台は残っているものの、発音から文法、単語までだいぶ変わって話されてしまっているので、通訳者がわからないという事態になるのです。
それもそのはず。マレーシア英語は主にマレー語の単語が投入され、そこに北京語、広東語、福建語の単語も混ざります。文法、特に時制はマレー語化してほとんどなくなり、名詞が形容詞化したり、単に英語の単語を並べただけでも通じたりする。日本では冠詞についてはうるさく言われますが、マレーシア英語になると冠詞自体の跡形もどこかに行ってしまいます。
マレーシア英語の特徴を少しここでランダムに例を挙げます。
一番有名なのは、Canではないでしょうか。
Canは「できる」の意味ですが、マレーシアに来ると「Yes」の意味に変わります。
例:両替はできますか? Can! って感じでしょうか。
outstation 出張
chop 押印(欧米の英語だとStampです)
blur 困惑
Action 偉そうな(態度)(形容詞で使われる)
例:very action とても偉そうだ
ngaam ngaam 広東語からで英語でJustの意味
agak agak マレー語からで「だいたい」の意味
Boleh tahan マレー語から「耐えられない」
Open 「開ける」や「開く」での意味も使われますが、
スイッチを入れるときも使う。
例えばエアコンをオンにするとき
open airconditionという。
これは北京語から来ているとみられる。
Is it? 「そうなの?」
Lah 文末に付けてその文を強調するために使われる。
このほかにもいろいろとあるのですが、キリがありません。
また、発音についてですが、これまたマレーシア英語では独特です。特にインド人が使う英語はなかなか聞き取りづらい。マレー人が使う英語も聞きにくいというのも聞いたことがあります。受け止め方は人それぞれなのでしょうが、たしかにアクセントがかなり欧米の英語とは異なるので最初はなかなか聞き取れないと思います。
そして、メールで受け取った場合でも十分注意が必要です。なにせ英語本来の文法がほとんどすっ飛ばされ、下手すると名詞だけが並ぶ文章にもなります。三単現のSという概念はなくなり、先ほども言ったように冠詞は絶滅。あったとしても付け方はめちゃくちゃで、飾り程度にしかみていないようです。時制は過去の場合はAlreadyをつければ一切が過去になります。未来形はあるのかないのか。助動詞を付けたりするのではなく、in futureをつけるか「何日後」「何時間後」という副詞をつけておけば、まあ分かるだろうといった具合。動詞の活用形はほとんど使いません。品詞という概念もどうもなくなってしまう傾向もあります。
例:
Yesterday teacher give homework, too much lah.
(昨日、先生は宿題を出したが、あまりに多かった)
Discussed finish already.
(打ち合わせはもう終わった)
Why don't want come?
(なんで来たくないの)
まあ、こんな感じで会話が進むのです。これだと自動翻訳は不可能です。
僕がこれまでずっとマレーシア英語を聞いてきて、おぼろげながらわかってきたのは、マレーシア社会で少しずつ公用語のマレー語が浸透し始め、いつの間にか土台の英語がマレー語になってしまってその上に英語の単語をただ置いているのではということ。マレー語というのは、動詞の活用も冠詞もありません。時制は過去や未来の単語を置くだけで、語順さえも結構適当でも通じます。動詞には接頭語や接尾辞があるのですが、それは会話ではほとんど出てきません。要は動詞は語幹を使えばこと足りるのです。
中国語もマレーシア英語に入ってきたりしていますが、ほとんどが単語のみ。中国語は語順には厳しいですが、その厳密な語順はマレーシア英語には活かされていません。ただ、「主語の後に動詞は置く」という暗黙の了解はどうもある。これは英語もマレー語も中国語も基本的な文章構造がそうなっているので、そこはある程度は守るということなのでしょうか。
少し長くなってしまいましたが、いずれにしてもマレーシア英語は相当慣れないと理解するのは難しい。欧米だけの英語を習った程度では到底理解ができないと思います。「英語」という名称はついているけれども、別物と思ったほうがいいかもしれません。シンガポールのSinglishというのも有名ですが、これもManglishとたいして変わりません。Manglishが使えればシンガポールの人もわかります。
最後に。マレーシア英語は基本的に庶民の言葉。留学したり、インターン校でずっと勉強してちゃんとした英語を使う人も結構います。会社ではマネージャークラスはほとんど英語を介しますが、きれいな英語を使う人も多いのです。一概に全員がマレーシア英語を使ってはいません。そこは誤解なきよう。
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