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「裁判員」体験記
一部の仕事関係者にはお話ししていたのだが、裁判員に選出されてしまい、先月無事にその役目を終えた。裁判員に選ばれて経験したことは、人に話したり、こういった場でブログに書いたりしてはいけないのだと思っていたのだが、守秘義務に抵触しない内容であればむしろ積極的に発信してもらいたいということだったので、せっかくの貴重な体験なので、記憶が新しいうちにここに記しておこうと思う。
ネットで調べたところによると、裁判員の当選確率は16,600人分の1ということらしいので、滅多に当たるものではないかもしれないが、それだけに経験談も少ないので、もし当選してしまった人がいたら参考にしてもらいたい。ちなみにこれは、2025年2月時点の話である。
裁判員に選ばれるまで
まず、裁判員候補者としての通知が最初に届いたのは一昨年の11月頃だった。「名簿に載りました」というお知らせだけだったので、「へー、本当に来るんだ」という感じだったのだが、この当時は「当たったらいいなぁ」と無邪気に考えていた。なぜなら、日頃から報道などで見る裁判の判決が軽すぎると憤ることが多かったからだ。自分なら極悪人にはもっと重い判決を出すのに、と思っていた。
それから月日が流れ、ほぼ丸一年経った11月、一通の書留(不在通知)が届いた。本人しか受け取れない書留で、差出人は「宇都宮地方裁判所」だった。その頃は裁判員のことなどすっかり記憶の彼方に葬り去られていたので、「え、私なにか悪いことしました?!」と思って不安になった。というのもネットで調べてみると、裁判所から届く書留の大半は「訴状」か「支払督促」だからだ。身に覚えはないが、それでも警戒してしまった。
結論、この書留は「裁判員候補に選ばれました」というお知らせだった。緑色の用紙に「この日時にこの紙と認印を持って裁判所に来てください」という案内が記載されていた。
また、この裁判において裁判所に行かなければならない日程も同時に記載されており、この日に来られない人はアンケート用紙が同封されているので、そこに辞退の理由を記載して送るようにと書かれていた。
私はやる気満々で自分のスケジュールを確認したところ、残念ながら社外取締役をやっている会社の株主総会の日とかぶってしまっていた。さすがに株主総会は欠席できないので、泣く泣く辞退の申し出をした。
2週間ほど経って裁判所から「今回の辞退は認められました」という手紙が送られてきた。残念なような、ほっとしたような気持ちだったが、なんと翌日また裁判所から書留が送られてきた。「なんだろう?」と思って受け取ると、またあの緑色の紙が入っていた。送り状にはこんな文言が書かれていた。
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え、そんなことある??と思ったが、どうやら連続して当選してしまったらしい。しかも、辞退した回の裁判は5回行けばよかったのに、9回に増えてしまっている。あんなにやる気満々だったのに、だんだん現実の生活との折り合いを考えてテンションが下がってきた。
「9回かぁ、仕事あるし厳しいなぁ…」と思っていたら、その1週間後にまた書留が送られてきた。なんと、また当選してしまったのである。そして、その裁判は12回出席しなければならなかった。この時はもう「絶対に当たりたくない」と思っていた。
とりあえず、呼び出された日にも抽選があるということだったので、どのくらいの確率で当選するのかを調べてみた。すると「1回の裁判で70人ほどの方が招集されます」と書いてあった。辞退率が50%として、35人。そのうちの8人(裁判員6名+補充裁判員2名)なので1/4〜1/5くらいの確率である。そのくらいなら当たらない可能性のほうが高いなと踏んで、呼び出しに応じてみることにした。
そうして迎えた1月のある日、朝から宇都宮地方裁判所に出向いた。時間の少し前に行くと席に番号が振られており、私は12番だった。席を見ると17番までしかなかった。「え、35人もいないじゃん!」と思った。
そして係の方や裁判官の方による説明が始まり、抽選の前に気になることがある人や伝えたいことがある人はアンケートに記載してくださいという声かけがあり、アンケートに記載した人は別室に呼び出しを受けた。あとからその際に呼ばれた人に話を聞いたところ、やはり「山のほうに住んでいるから雪が心配で」とか「仕事があって休めるかどうか」といった相談をしたようなのだが、普通に当選してしまっていたので考慮はされなかったらしい。
ちなみに、何の事件の裁判なのかはこの段階でおよそわかる。人の名前がずらっと記載された用紙を見せられて「この中に知り合いがいないか」という確認を取られるのだ。
私が見せられたリストには8〜10名ほどの人名が記載されていたように記憶しているが、1人を除いて全員が「グェン・チャン・ニャット」みたいなカタカナの長い名前だった。当然のように知人は誰もいなかった。あとでわかったが、ここに記載されていたのは、加害者と被害者の名前であった。
今回の裁判の訴状にある罪名は下記であった。
身の代金拐取
拐取者身の代金取得
監禁致傷
出入国管理及び難民認定法違反
窃盗
ざっと5つの犯罪を犯している。しかも身代金拐取ということは、つまりは「誘拐犯」である。重罪は重罪だが、殺人や猟奇的な事件でなくて少しホッとした。
裁判員の面々(どんな人が選ばれていたか)
裁判員裁判では、裁判員6名と補充裁判員2名が選ばれる。補充裁判員というのは、なんらかの事情で裁判員が裁判に参加できなくなってしまった場合のバックアップメンバーである。
バックアップとはいっても、最後の投票に参加できないだけで、ずっと裁判には参加するし、評議にも参加する。基本的には裁判員とまったく同じ動きをしなければならない。
ちなみに今回はどんな人たちが選ばれていたかというと、男性3名、女性5名と女性が多かった。年齢は20代から60代まで様々で、偶然なのかもしれないがバラついていた。居住地も職業も、これまた偶然かもしれないが、かなりバラバラだった。本当に完全なる抽選なのかな?と疑ってしまうくらい、年齢・性別のバランスがよく、多様性が確保されていた。
最初の顔合わせの際に簡単に自己紹介をしたが、名前を名乗る人も名乗らない人もいた。しかし、それでも問題はなかった。なぜなら、基本的に評議の場では、お互いのことを番号で呼び合うからだ。ちなみに私は「5番さん」だった。
初日は宣誓に署名捺印をして、事件の概要を聞いて「次回は◯日の〇時に来てください」と言われて、お昼ごろに解散した。
冒頭陳述から証拠調べ
今回は7回の呼び出し(当初は9回だったが被告人が1人減ったため7回になった)があったが、実際に裁判の法廷に出るのは判決言い渡しを入れて5回だった。流れはこんな感じで進んでいった。
1回目:冒頭陳述、起訴状読み上げ、弁護人意見陳述
2回目:証拠調べ
3回目:証拠調べ
4回目:被告人質問
印象的だったのは、証拠調べである。
その前に今回の事件の概要をざっくり説明すると、一番大きな犯罪はベトナム人成人男性の誘拐である。ちなみに今回の被告人は首謀者ではない。首謀者はベトナムにいて、彼らはFacebook Messengerで集められた、いわゆる「闇バイト」の実行犯である。
実行犯にも序列があり、今回の被告人のPさんは3人の実行犯のうち、序列でいえば2番目ないしは3番目だった。日本人の闇バイトの例と同様に、根っからの極悪人というよりは、お金に困って判断力を失って悪いほうに流されてしまったという印象だった。
そんなわけで、本事件は証拠が豊富にあった。ほとんどのやりとりはMessengerに残されていて、実行犯が被害者を暴行・脅迫している場面はすべて動画に残されていた。
当然ながら、私たちはその証拠を全部閲覧した。なかなか人がボコボコに殴られているような場面を見ることはない。暴力シーンが苦手な人は、精神的にダメージを受けるかもしれない。
ちょうどその頃、すすきの頭部切断事件の裁判員裁判が始まったのだが、ニュースでは「被害者の首を2秒間に9回刺した」という報道があり、「うわー、裁判員の人たちこれ見たんだろうなぁ。トラウマになるよなぁ」と同情を禁じえなかった。
ちなみに今回、証拠調べがやたら長かったのだが、これには2つ理由があった。1つは外国人が被告人のため、逐次通訳が入るためである。もう1つの理由は、犯行グループが監禁場所を転々と5箇所も移動していたからだった。その都度家の間取りとともにどこで何が行われたかが説明され、それだけでめちゃくちゃ時間がかかった。「頼むから1箇所か2箇所にしてくれよ」と、あの場にいた全員が思っていただろう。
証拠調べは、万が一にも冤罪が生まれないように、とにかく丁寧に丁寧に進められているという印象を受けた。
求刑と審議
被告人質問が終わると、最後に検察官が求刑を言い渡す。求刑は懲役11年だった。ちなみに、共犯者でほぼ同じような役割を果たした別のベトナム人は、懲役7年で結審していた。それより期間が長いのは、自動車窃盗が加わっているからである。
4日目の求刑が終わると、以後は次のように進行する。
5日目 審議、中間投票
6日目 審議、最終投票
7日目 判決言い渡し
5日目の審議の前に、まず刑期をどのように決めるのか説明を受ける。今回の場合だと、複数の犯罪の併合罪になるので、その場合は最も重い犯罪の1.5倍が最長の刑期になる。
今回の場合、どの犯罪が一番重かったのか忘れてしまったのだが、被害者を途中で解放しているということで解放減軽が適用され、最長が懲役22.5年という計算になった。
刑期の決まり方についてレクチャーを受けた後は、参考までに過去の判例も参照させてもらえた。ちなみに、身の代金拐取による裁判員裁判のケースは件数が少なく、似たような事例があまりなかった。唯一合致したのが今回の事件の共犯者の事例で、これが自動車窃盗抜きで7年という判決だったので、ここが基準になりそうだなと思った。
そうなると、話の焦点は懲役7年の共犯者と被告人では、どちらがより犯罪に多く加担しているか、序列はどっちが上なのかという点に集中した。結論、同程度なのではないかということになった。
5日目の審議が終わる頃、一度「中間投票」を行った。中間投票では、付箋に自分が妥当だと思う刑期を書いて投票する。この時点では、投票した後に1人1人が「なぜその刑期が妥当だと思ったのか」を発表するのだが、この意見を聞いて、本当に世の中にはいろんな考え方、価値観あるものだなと思った。
6日目も引き続き審議を行うが、今回はそれほど意見が割れるような事案でもなかったため、時間はそれほどかからなかった。そして、最終投票で判決が決まった。私たちが下した結論は、懲役8年6ヶ月だった。
この刑期はどうやって決まったのかというと、最終投票で重いほうから数えて5人目の人が投票した刑期になった。裁判官3名、裁判員6名の合計9人の過半数を超えるのがここだからだ。軽いほうからではなく重いほうから数えるのは、重いほうの刑を選んだ人が軽いほうの刑に反対することはないだろうという理由らしいのだが、私はこれは納得がいかなかった。あまりにもひどい犯罪で「こんなやつ絶対死刑しかありえない」と思っている人が、無期懲役に納得するか?というと、しないと思うからだ。
そして、もう1つこの投票にはルールがあって、重いほうの5人の中には裁判官が必ず1人は入っていないといけないというものだ。つまり、裁判員6人全員が死刑に投票しても、裁判官がそこに1人も含まれていなければ、死刑になることはないということである。これは、妥当なルールだと思った。
判決言い渡し
そしていよいよ最終日、判決の言い渡しが行われた。
被告人は終始反省した様子を見せており、裁判が終わった後も、裁判長に対し謝罪の言葉を述べていた。刑期にも納得しており、おそらく控訴はしないだろうとのことだった。
その姿を見て私は「まだ若いのだから、罪を償ったら国に帰って、親孝行しなさいよ」と、被告人の将来が明るいものであることを願った。
今回の裁判を通じて、確かにお金のために安易に犯罪に手を染めるのは悪いことだし、罰を受けるべきだと思う反面、そもそも彼らが日本に来るために利用している外国人技能実習制度にも問題があるのではないかと感じた。
ベトナムでは「日本に行けば稼げる」と言われ、ブローカーに高額の仲介料を払い、その借金があるために国に帰るに帰れなくなってオーバーステイになってしまう人もいるという。今回の犯行グループも、みな技能実習からのオーバーステイでまともな職に就くことができず、犯罪に手を染めていた。コロナ禍や円安といった不運が重なったことも要因としてあっただろう。
そしておそらくこのような外国人が絡む犯罪は、今後急増することが考えられる。日本の労働力不足はすでに深刻化しており、少子化も解消される見込みもないことから、移民を増やすしかこの国のインフラを維持する方法がなくなってきているからだ。
今回の裁判で初めて知ったのだが、日本語がわからない外国人の裁判は通常の2倍の時間がかかるうえ、弁護士費用が払えない人は国選弁護人+通訳がつき、この費用は日本の国が負担する。日本がサインしている国際条約でそう決まっているのだ。もちろんお金の出どころは税金である。今回のように、首謀者はベトナムにいて、実行犯も被害者も全員がベトナム人というケースであっても、日本で行われている以上は日本で裁判を受けさせなければならないのだ。
これにはなんだか釈然としない思いを抱いた。
そして釈然としないといえば、被害者がまったく救済されないという点にも大いに疑問を持った。今回の被害者は何の落ち度もないのに誘拐され、長期間監禁され、暴行を受け、家族は脅迫され、犯行から2年経った現在も犯人の影に怯え、元の生活には戻れていないという。もちろん、お金も戻ってきていない。
一方で被告人たちは、裁判を通じて自分の意見を述べることもできるし、弁護士が弁護をしてくれる。「基本的人権」が彼らをガッチリガードしてくれるのだ。全体として、法治国家というのは犯罪者にめちゃくちゃ優しいなと思ってしまった。
はたして「裁判員制度」は必要か
制度の導入時は物議を醸した裁判員制度も、もう導入から15年になるそうだ。個人的には、2つの相反する感想を持った。
1つは、自分自身はこの経験をして良かったということだ。この件があってから裁判の記事をよく読むようになり、メディアを通じて見る事件と、実際の法廷で見る事件には大きな違いがあるということを理解した。
たとえば世間を騒がせた「紀州のドンファン事件」も、裁判員裁判で無罪判決が出て話題になったが、私があの事件の裁判員でも有罪にはできなかっただろうと思った。おそらく、メディアを見ているだけなら「極めて怪しい」という一点で「無罪はおかしいのでは」と思ってしまっただろう。
もう1点は、裁判員裁判はものすごいコストがかかる制度であり、今後日本の財政が厳しくなる中で、本当に絶対必要なのかという疑問である。
今回、1つの事件に対し、少なくとも100人以上の人が対象者となり、抽選会を経て8人が選ばれたのだが、その間に送付される書類の作成、郵便物の配送代、事務経費を考えると莫大なお金がかかっていると推察される。
お金だけではない。裁判官は私たち法律の素人に毎回法律の考え方や刑期の決まり方をレクチャーしなければならない。そして一般人である私たちも、仕事を休むなどして時間を捻出している。
これほどまでに経済的、時間的コストをかけているにもかかわらず、結果論かもしれないが、裁判官3人で下す結論と裁判員を交えた結論には大差はなかった。かかるコストとのバランスは、どうしても気になってしまった。
おまけ:報酬のはなし
よく「裁判員ってお金もらえるんですか?」と聞かれたので記載しておくが、日当と規定の交通費は支払われる。ちなみに私がもらったのは、82,020円だった。結審してから約1週間ほどで振り込まれた。
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抽選を入れて8回、那須塩原から宇都宮まで片道45kmほどの道のりを高速道路を使って通ったため、1回4,000円ほどの交通費がかかっており、32,000円を引くと約50,000円である。抽選を除外して、日当約7,000円。経験としては良いけれども、家が遠方だったりすると、報酬的には見合わないという人のほうが多そうではある。
以上が、私が経験した裁判員の経験談である。どなたかの参考になれば嬉しい。
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