【小説】[4]"コイツ"昔の僕(『僕のファーストテイク』)

"フツーの人"なら、ただ体調悪くて休んだだけかもしれない。でも、"今"の僕は違う。明日以降に光を感じられなかった。以前のように働いている自分が想像できなかった。

(『落ち込んだところで何も解決しないよね。"体調悪い"のは"気のせい"。
"体調悪くない"って思ってみな?元気になるから』)

"コイツ"は昔の自分だ。僕はツラい時、そうやって"感情"を消して生きてきた。自分はロボットだと言い聞かせてきた。


アントニオ猪木氏(プロレスラー、政治家(国会議員))の決まり文句でもあった「元気があれば何でもできる」というフレーズ。
猪木氏は、その言葉と一緒に、気合いを入れるように「1・2・3!ダーッ!」と叫んでいた。

古代戦争などにおいて、今から戦が始まるという時、敵への威嚇や自身を鼓舞する意味も込め、一致団結して雄叫びをあげるシーンがある。僕からすればとても怖い光景だ。

優しかった"あの人"も、"人"ではなくなる。
命をかけた…生死を別ける戦い。自分を守るか、大事な人を守るか、そして、そのために目の前の敵を殺め、仲間を見殺しにすることもある。
今から起こりうることに、覚悟を決め、前に進むことしか許されない。もし立ち止まれば"裏切り者"、"不要な"モノ""として仲間から殺されるだろう。

僕からすれば、猪木氏のように皆と一緒に鼓舞し合う行為は、"恐怖心"を生むものとなりえた。
だから僕は、静かに"スイッチ"を操作し、感情を消す方法を覚えた。

"昔の僕"は、"今の僕"にもそれができると思ったのだろう。だけど、僕のその機能はすでに失われていた。故障なのか、そもそもその機能が故障によるものだったのか……。


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