
働くことに生きがいを求めて〜新h君物語。その7。
ここで、前回までのまとめを記しておくことにします。
そもそもこの物語は、若松英輔氏の【「生きがい」と出会うために】という本を読み、自分にとっての「生きがい」とはいったいなんだったのだろうか?
と思い始めたことがきっかけでした。
それを探るには、自分の過去を振り返ってみるのが一番だろう、と書き始めたのが、いつのまにか、物語形式に変わってしまいました。という感じです。
ここから、ここまでのあらすじのようなもの。
中学まで野球少年だった。
しかし、高校入学してすぐ挫折。
暇を持て余し、読書に目覚める。
夏の読書感想文を褒められ、さらに夢中になる。
しかし、高校生活は面白くない。
授業中も休み時間も全て読書。
高二の時中学時代の仲間とバイクで集まる。
この中にいた女子にフラれた後に、30枚の熱い手紙を書く。
高校一年秋から他校の女子校生と文通を1年間続けた。
高一の冬、小学校の親友と入院がきっかけで、彼とも文通を半年続けた。
今回はその続編。
私が彼を病院に見舞うところからです。
(時は今から40数年前)
よしのりからの手紙。その2。
病室は四人部屋だった。
他の3人はみな成人した大人だった。
病人だから、そう見えるのかもしれないが、
3人とも暗い顔をしていた。
親友のよしのりは、意外にも明るい顔をしていた。
あっけらかん、という感じで、
「暇で暇で仕方がない」とぼやいた。
なぜ腎臓病になったか、その経緯を聞いて呆れた。
よしのりはトマトジュースが大好きだった。
それを普通にそのまま飲んでいる時はよかった。
しかし、2年ほど前、トマトジュースの飲み口部分に塩を擦り付けて飲んでみたら、ものすごく美味しくなったらしい。
それに味をしめて、毎回塩を擦り付けて飲む癖がついた。
聞いているだけで、寒気がしてきた。
塩をとり過ぎたら体に悪いに決まってる。
そんなことも知らないのか?
問い返した「塩の取り過ぎは体に良くないの知ってるよね?」
うん、とよしのりは頷いた。
それでも、その美味しさに勝てなかったらしい。
結局、それがどんどんエスカレートして、かなりの塩と共に飲み続けたらしい。
その結果が,急性腎臓病。
しかし、本人はいたって明るかった。
その理由がすぐにわかった。
彼はいま、この病院の看護師にときめいているらしい。
彼女がいかにかわいいかを、滔々と語りだした。
恋する男子は,こうもかわいいものか?
本人は満面の笑みを浮かべながら話す。
しかし、聞かされているこっちはたまらない。
と、そこへはその本人が現れた。
途端に彼は物静かな男になった。
「よしのりさん、お熱、計る時間ですよー」
彼は、この指示に嬉々として従った。
まるで、飼い主からお手を言われて素直に手を出す犬のように愛らしい仕草を見て、オレは噴き出しそうになった。
オレは、彼の顔色や話すそぶりを見て、安堵した。
それほど、心配しなくても良さそうだと思って帰路に着いた。
その2日後、彼から分厚い手紙が届いた。
便箋に10枚。
そこには、自分の腎臓病がいかに深刻な状態にあるか書かれていた。最悪の場合は死に至る、とまで書かれていた。
それに対する恐れや苦悩が延々と書かれていた。
自分はもうながく生きられないのだ、と。
諦めと絶望とヤケクソがない混ぜになった、
とても混乱した文章になっていた。
オレは焦った。
彼の本当の気持ちに全く気づかなかった。
あいつはいつも自分のことより、相手のことを考えるやつだった。
それをまた忘れていた自分を恥じた。
小学校の時、オレが野球チームを移りたいと言ったとき、何も言わずに、心よく送り出してくれた。でも、ほんとうは心の中で泣いていたのだ。
今回も、病院に来いと手紙を出して、オレを呼びつけておきながら、いざ顔を合わせたら心配させたくないと思ったのだろう。2日前、だからあんなに元気に振る舞っていたのだ。
しかし、その夜、あの病室で相部屋の一人が亡くなった。
よしのりと同じ病気だった。その現実を目の当たりにして、彼の中の深いところにあった「恐怖心」に火がついてしまった。
よほど耐えがたかったのだろう。
だから、彼はその思いを言葉にして外に出した。
それがこの手紙だった。
オレは何としても彼を救いたいと思った。
だから、必死に手紙を書いた。
自分が持っているボキャブラリーの全てを出し尽くして、彼を励ました。
すると、一週間もしないうちに彼から返信が来た。
「お前にオレの気持ちがわかるか!
元気で学校に行けているお前に,オレのこの辛い痛みがわかるか!」
檄文が届いた。
痛い、痛すぎる。
しかし、ここで折れたら、あいつはダメになる。
あいつを救えるのはオレしかいない。
オレは言葉を探した。
彼を救える言葉を探しまくった。
あった!
加藤諦三の本が。
オレが一番夢中になって読んだ本があった。
その中の言葉を手紙に差し込んで、熱烈な返事を送った。
また、一週間もしないうちに分厚い手紙が届いた。
「何だあれは!
借り物の言葉なんていらない!
本なんかで救われるわけがない。
現実はもっと厳しく辛いものなんだ。
やっぱり、オレの気持ちなんてお前にはわからんのだ」
コテンパンにやられた。
しかし、また、書いた。
今度は、借り物ではない、理屈ではない、
自分の中から湧き出てきた言葉を絞り出すようにして書いた。
こんな手紙の応酬が半年ほど続いた。
ところが、
彼からの手紙がひと月ほど途絶えた。
・・・・なんだこの間は?
嫌な時間が過ぎていった。
やがてまた彼から手紙が来た。
「近々、見舞いに来い。お前に見せたいものがある」
とあった。
手紙が届いた翌日、病院に行った。
オレが、病室に入るなり彼は、
「ちょっとついてきて」と言った。
顔色も具合も良さそうだった。
彼はパジャマ姿のスリッパといういでたちで、
オレを屋上階まで誘導した。
屋上は春の日差しで、ポカポカに溢れていた。
「おい、よしのり、そんな姿でこんなところにきて、体に良くないだろ」
オレはやや怒気を含んだ声で言った。
するとよしのりは
「大丈夫だよ、あったかいから」とまるで頓着しない。
そのまま屋上の奥にある小さな建物の裏に誘導する。
オレは、されるがままについていった。
「これ、やっとできたんだ。」と彼が指し示す先にあったものは、
手作り感たっぷりの「ピッチングマシーン」だった。
野球のピッチャー役の機械で、アームが回転してボールが飛び出す、電池で動く実に簡易なものだった。
?
オレの頭にはてなマークが立った。
「なんだこりぁ」と、そのまんま言葉が出た。
よしのりは、ニコニコと笑顔を浮かべ、
「みりぁーわかんだろ、ピッチングマシーンだよ」
「そうじゃなくて、なんでこんのものがここにあるんだよ」
「オレが作った」とドヤ顔のよしのり。
?
またオレの頭にはてなマークが立った。
「なぜ?」
よしのりはオレの不思議そうな顔を笑いながら見つつ、
ピッチングマシーンのスイッチを入れた。
なんとバットも用意されていた。
ピッチングマシーンと5メートルほど離れてよしのりが構えて、「h、ボール乗せてくれ」と言った。(hは私のこと)
オレは慌ててマシーンにかけより、傍らにあったボールをマシーンのボール受け用ネットに乗せた。
アームがボールのところまで回ってきて、
シュンッ!
と音を発しボールが飛び出した。
パコーンッ、とよしのりが打ち返した。
ボールはオレの頭上を掠めて屋上に張り巡らされたネットに当たり跳ね返った。
「ナイスバッティング!」
よしのりは自画自賛してニコニコしている。
全く意味がわからない。
すると、よしのりは言った。
「h、ありがとな。
もう、オレは大丈夫だ。
実は、1ヶ月前の検査で、数値が下がったんだ。
担当の先生が言うには、まだ治ったわけじゃない。
でも、もう安心していいところまで状態が回復している。
よくがんばったね,よりのり君。
って言われたんだ。
それで、すぐにお前に手紙書こうとしたんだけど、なんか照れ臭くなってさ。あんだけ死ぬ死ぬって泣き言を書いていたから、急に生きられるって言われて戸惑った。
凄く嬉しかったのは間違いないんだけど、でも、なんかわかんないけど、素直に伝えられなくて。
その代わりに、病気が治ったらまた、お前と野球やりてぇなって思ったんだ。
だったら、バッティング練習しとかなくっちゃて思ったわけよ。で、これを作った。これで密かに練習して、お前をびっくりさせてやろうって思った。そしたら、その作業が意外と面白くてさぁ。時間が許す限りこれ作ってた。だから、手紙を書く暇なかった、というわけさ」
「お、、、お前ってやつは・・・」
オレはそのまま声が詰まって何も言えなくなった。
しばらく泣き笑い顔のまま、よしのりを見つめていた。
芸は身を助けるとはよく言ったものだ、
よしのりは、実は、平賀源内的要素があった。
それは、
「思いついた自分のアイデアをもとに、なんでも自分で作ってみる」という体質だった。
今回、もしかしたら、一番最悪期は、オレとの手紙のやりとりが、彼を絶望の淵で支えたのかもしれない。
しかし、彼に生きる力を与えたものは、彼が本来持っていた「モノづくり」体質だったような気がした。
よしのりは、それから3ヶ月後、無事に退院した。
一年留年して、高校に復帰した。
よしのりからの手紙がまた来た。
「色々あって、高校は変わった。
そしたら、今度の学校で、すげえかわいい子を見つけた。
いよいよ、オレにも春がきたようだ。
とにかく、オレは元気だ。」とあった。
ったくもう、、、
なヤツだ。(笑)