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働くことに生きがいを求めて〜新h君物語、その10。大学編その2。h君に春がきた🌸

時は今から40数年前、森田公一とトップギャランの『青春時代』が大ヒットしていた時代の話です。
まだ、世の中に「サザンオールスターズ」の『勝手にシンドバッド』が出る前の話です。
中学3年までは野球一筋だった少年。
高校時代に文学に目覚めた青年。
大学の入学式で応援団の勧誘に捕まり、登校拒否し、市の図書館に1ヶ月引きこもった青年。
そんな青年にも春がきました。

では、ここから、スタートです。

ゴールデンウィーク明け、h君は大学に戻った。
入学式直後から追いかけ回された応援団は、傷害事件を起こして廃部になっていた。
見知っている人は、高校時代からの仲間だけだった。
その仲間の中に3人の知らない女性が混ざっていた。

h君の胸にざわめきが起こる。
本能的無意識で、
下心を持って彼らの輪の中に入り込んだ。
女の子3人とも自然に仲良くなった。
h君としては自然だったが、女の子にモテない男どもからは、「お前はズルい、後から入ってきて、3人とも独り占めしている」と言われた。
(ばかやろう、俺は高校時代モテなかったから、モテたくて3年間受験勉強もせずに、恋愛道を磨いてきたんじゃ!
努力の賜物なんじゃ)
と、心の中で叫んでいた。
でも、彼らには、「たまたまだよ、たまたま」と、半泣きのような力ない笑顔をつくり、誤魔化しておいた。

h君は、3人のうちのひとり「U子」から恋愛お悩み相談を受けた。
彼女はとても性格が良く、魅力的な子だった。
明るくて愛嬌があって、非常にやさしい。小柄で、ロン毛で、小さい鼻が少しだけ上を向いてる、若い頃の榊原郁恵みたいな溌剌とした印象の女の子だった。
性格のイメージはNHKの朝ドラのヒロインのような純粋で真っ直ぐな感じ。
そんな彼女は、ものすごく男にモテる。
彼女に声を掛ける男は多かった。
彼女は明るい笑顔でニコニコしながら上手に断っていたようだ。
だから、デートに誘ってくるだいたいの男が一度で諦める。

ところが、崎山という何度断ってもしつこく誘ってくる男がいた。
同じ人文学部心理学科だった。
毎日どこかの授業で顔を合わせる。
だからあまり強く言えない。
「崎山君にどう対処したらいいか?」
という悩みだった。
h君は、「そういう男はハッキリ言わないと諦めない。だから、迷惑であることをキッパリと言った方がいいよ」とアドバイスした。
それに対してU子は「それがなかなか言えないのよー」と珍しく暗い顔して俯いた。
そんな話を、大学近くの喫茶店でU子から聞いたその2日後、
突然h君は、崎山から呼び出された。
話があるという。  
マヨネーズのキューピー人形を彷彿させる顔、クルクルパーマの柔らかそうな 髪、金縁の丸メガネ、痩せ型で、身長160センチ弱。
これらが崎山の外観的ディティールだ。
そして、彼にはなぜかゴツイ図体の護衛が一人いた。

大学の空き教室に3人で入って、テーブルなしで向かい合った。その距離3メートルほど。
崎山の2メートル後方に、護衛役のアメフト部に入ったという岩田が座った。
まるで、不機嫌なゴリラに見守られているような威圧感があった。
崎山は、金縁メガネの片端をクイっと人差し指で上げながら、さして長くもない足を組み、冒頭から滔々と喋りまくった。
途中から、ショーペンハウアーの哲学を熱のこもった声と動作で延々と語りだした。
h君は哲学が苦手だ。
だから「ちょっと何言ってるのかわからない」状態だった。
要は、「U子」から手をひかせたいらしい。だから、崎山は「オレはお前より上等な男なんだ、わかったか!」とマウントを取りたいのだろう、そう感じた。
何か言い返すと、10倍になって返ってきた。超めんどくせぇー男だった。
h君は、ハイハイハイという感じで、無抵抗になった。すると、まるで言葉のサンドバック状態となり、崎山の言いたい放題となった。
h君は、しだいにぐったりしてきた。
h君のその白旗をあげたような姿を見て,崎山は満足気に帰って行った。
h君は、その話の内容を誇張も偏見もなしに、U子に伝えた。
彼女がブチ切れた。
翌日、崎山に会いに行き、
「何も関係のないh君に、なんであんなことをいうのよ。アンタってサイテー。二度とあたしに話かけないで!」
ときっぱり言い渡してきたらしい。
h君は予想外の展開に笑った。
(ザマーミロ!)

そのことがあってから、U子とh君の距離が急速に縮まった。
二人の様子を見ていたU子の友だち二人から「アンタたちなんで付き合わないのよー。周りから見てると、お互いに好きだって、見え見えだよー」と言われた。

実はh君は、U子と初めてあったときから恋心は目覚めていた。
でも、相談を受けているうちに、自分の気持ちを言い出せなくなっていた。
と同時にもし告ってフラれたら、今のこの「相談者」のポジションを失うような気がした。それが怖かった。
おそらく、学年でトップスリーに入ると思われるほどモテモテのU子が、まさか自分を好きになるなんて、つゆほど思っていなかった。
しかし、周りからのプッシュで力を得たh君はついに告ってしまう。
奇跡が起きた。
「わたしも」と言われた。
心臓が爆発しそうだった。
h君の人生史上、最高に幸せな瞬間だった。

しかし、ここから、h君の立場が微妙になった。
相談者=大人のh君。
彼氏になったh君=嫉妬しまくるめんどくさい男。
この日を境に、h君の毎日は、天国と地獄を行ったり来たりする日々となった。
昼間学校で会っても会わなくても、毎晩電話をした。
長電話である。
今のように携帯電話などない時代だ。
家電同士で最低1時間、長い時は3、4時間も話していた。
深夜ラジオから流れる『ジェットストリーム』の音楽がBGMになることもたびたびだった。これが天国状態の時。

U子はとても良い子だった。
彼女とh君ともう一人彼女のことを好きな男と3人で喫茶店に入ったとする。
彼女は必ず4人掛けのテーブルで、その男側の長椅子に座る。
彼女の言い分は「彼に悪いから」。
「だって、h君とは、二人で会った時に、すぐそばに座れるじゃない。でも、3人で会っている時に、私がh君のそばに座るのを見たときの彼の心中を想像すると、切なくなってしまうの」と言う。
相談者としてのh君なら「やさしい性格だなぁ。思いやりのある人だ」と思えただろう。
ところが、彼氏の立場になったh君は、
「なんで俺があとまわしなんだよ!ふざけんなよ!」だった。
揉めた。
何度も揉めた。
嫉妬の炎がメラメラの、地獄タイムとなった。

U子はとにかくモテた。
大学構内で、いったい1日に何人の男から声をかけられるだろ?
以前より彼女といっしょにいる時間が増えたことで、その声かけの多さに驚いた。
そんな男たちに、彼女は笑顔をつくり、愛想よく応えていた。
これもh君は気に食わなかった。
加えて彼女はとても厳粛な家に育てられていた。特におばあちゃんの影響が大きかった。
その家訓らしきものの一つに、
「キスをしたら結婚しなければならない」と言うものがあった。
耳を疑った。
今は戦前なのか?と思った。
さらに驚いたことに、その家訓の影響があったのか、U子は大学一年になるまで、人を好きになったことがないと言う。異性に恋心を抱いたことがないと言う。だから、いろんな男から告られても、その気持ちがまるで理解できなかったと言う。
19歳で男を好きになったことがない?
信じられなかった。

h君は焦っていた。
彼女と自分の間に横たわる深い谷のようなものを,感じてしまった。
なんとかして、彼女の気持ちが自分に向いている確証を得たかった。
他の男とは違う特別な存在である確かな証が欲しかった。
しかし、彼女の、これまでの家庭環境や恋愛経験を知ったことで、その谷間を埋める行動が取れなかった。

そこでh君は、いった
「U子とキスがしたい」と。
その理由を論理的に説明した。
「君が好きだ、だから、キスがしたい」と、単純に言えば良いものを、なぜかちゃんとわかってもらいたくて説明してしまった。
彼女は悩んだと思う。
でも、翌日大学で会うと、少し憂いを含んだ笑顔で「いいよ」と言った。
マジか! h君の胸がドキンと言った。

これで、万事がうまくいくはずだった。
どんなに彼女がモテテでも、彼女が他の男に気を遣って自分を後回しにしても、余裕でいられると思った。
ところがである。
18歳の健康的な男子が彼女とキスをしたら次にどうなってしまうのか、本人も予想できなかった。
今ならわかるけど(笑)
「もっと」が湧いてきてしまった。
キスのその先を欲してしまった。
嫉妬心は少し治まったが、その代わり、18歳男子の健康的で不健全な欲望が猛烈な勢いで膨らんでしまったのだ(笑)
もう止まらない。

会うたびに「もっと」と言ってしまう。
ところが、相手は「戦前教育」の人である。

却下!
である。

会うたびにこれの繰り返しとなった。

二人は最悪のコースをたどっていく。

付き合うことになった一ヶ月前、U子は言った。
「h君て、たくさん本を読んでるじゃない。だから他の男子に比べて精神的にすごく大人だと思う」
彼氏彼女として付き合い始めて三ヶ月後、
別れ際のU子の口から出た言葉は
「アンタの顔なんて、二度と見たくない! この変態男!」だった。 

こうして、h君の人生史上最高の恋物語は、バブルの泡のように消え去ったのでありました。

「青春時代がぁ〜夢なんて〜
後からほのぼのぉ思うもの〜
青春時代の〜真ん中はぁ〜
道に迷っているば〜かりぃ〜♪」
(以上、森田公一トップギャランの「青春時代」から引用しました)


つづく。

過去の『小説「働くことに生きがいを求めて」』はこちらから↓↓↓

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