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新日本海フェリー旅行記

新日本海フェリー、日本海沿岸各地を結ぶフェリーを夜行中心で運航するいわば日本海のオーシャン・ライナーである。世はお盆休み真っ只中、翌日からの北海道遠征を前に、期待を膨らませながら過ごすこの素晴らしい船旅を、私は書き綴らずには居られない。

旅立ち

私の両親は新潟と札幌の出身で、もちろん学生の分際の私は親に連れて行かれて帰省をするわけだが、札幌への帰省は最近何故か私が一人で行く風潮にある。ならば、今年は東京に帰らず、新潟から札幌に行ってやろうと思い付き、ついでに北海道で遊ぶことにした。そんな経緯で新潟の祖父母宅を訪問し、3日の滞在の後、新潟港から新日本海フェリー「らべんだぁ」に乗り込んだ。小樽からの便が台風により遅延していたため1時間遅れでの出発となったが、台風が掠めただけの新潟は沖まで快晴で、日本海側の景色とはいささか不釣合な夏らしい天気の中、14000トンの「らべんだぁ」は力強く岸壁を後にした。

新潟のランドマークは北越製紙の煙突である

モノクロームでいこう

晴れなんだからカラーで撮ろうじゃねぇか、そんな気持ちは何故かどこかへ消えていた。肩に提げたバッグからX-A3とTTArtisan25mm f/2を取り出して、JPEGモノクロモードに設定した。後で後悔するかもしれないが、そんなこと知ったこっちゃない。その程度の後悔はいづれ忘れる。しかしこの船旅のいいところを忘れるのは難しいかもしれない。

実際、日本海の景色はモノクロームに近かった

船内探検へ

自身のベッドで昼食を食べながら少し勉強をしてから、船内へ繰り出す。おやつ時も過ぎて、一息ついた船内にはゆったりとした時間が流れていた。外はまだ快晴で、遅れ回復のためか全速力の25ノットで進む力強さが伝わる強風が吹き付けてくる。まさに日本海のオーシャン・ライナー、字のごとく風を切っている。

このなんともゆったりした空気が船旅の醍醐味だろうか

男鹿半島を過ぎ、日本海らしく少し曇ってきた。甲板はモノクロームな雰囲気に包まれている。視界の果てまで続く日本海には、何をしたって「海の藻屑」と化してしまうだろう。陸からは見えない本当の日本海の雄大さに、日本語の語彙の持つ美しさまでも見ることが出来そうだ。

少し虚無を感じるのも一興

日が沈み、長い夜が始まる。とは言っても人間には夜に寝る習慣が備わっているので別に長い訳でもない。少し勉強をしてから夕食にカレーを頬張り、一息つく頃には消灯1時間前だった。カフェエリアでチュロスを買って、あてもなくフラフラし、体力確認と眠気づけがてらトレーニングルームでバイクを漕いでみたりしたが、直ぐに飽きてしまった。外に出てみると、夜闇の中に煙突から煙が猛スピードで流れていくのが見える。誰もいない甲板で、私の身だけが風を受けている。

ふと外界を見渡せば、海の視界は1mもないのではないかと言うほど闇に包まれていた。ここで私は、この開放感に孤独の側面を感じることになる。この船に乗ってから柄にも言われぬ開放感を感じていたが、実際のところこの船の上にしか、開放感などというものは広がっていないのだった。大海の上に浮いているのに「井の中の蛙」であったことに少し寂しさが漂う。

そして朝

眠りについたのがいつなのかはよく分からない。船の揺れは重厚なもので、ゆりかごのようで全く違う。そもそもいい歳した16歳児がゆりかごで寝れるわけが無い。とはいえ夜行バスで慣れているので普通に寝れたと思う。通常は3:30だが、1時間遅れているため4:30の放送で目を覚ました。

まだ空は曇っていた

受付とレストランで出来たてのパンとココアを調達し、日の出の時間なので甲板に出てみる。目の前に飛び込んでくる風景はまさに北海道の風景らしい少し平べったい山肌と侵食の激しい岩肌だった。しかし何か既視感がある。ここに来たのが初めてなのは間違いないが、これはデジャブというレベルの既視感ではなさそうである。

そして、地図を見て全てを理解した。ここは「オタモイ」であった。オタモイは小樽の南に聳え立つ崖に築かれたリゾート地で、断崖絶壁を抜けた先には1952年頃まで「オタモイ遊園」なる遊園地(休暇地のようなものだが)があり、海に迫り出した「龍宮閣」という建物が有名だが、龍宮閣は現物合わせで増築したためどのような設計なのかは不明で、そのリゾート地の全容も未だ解明されていない不思議な場所である。ニトリホールディングスが2021年から開発事業を提案していることで最近再び注目が集まっているそうで、私もその前後から北海道の古き栄光のひとつとして情報集めをしたことのある場所だ。既視感があってもおかしくない。日の出はろくに見れそうになかったのでオタモイの崖を眺めていると、船はいつの間にか小樽港内に向けて回頭していた。

北海道遠征は序章を終える

1時間遅れのため今日の予定をこなせるか自信のない私を、小樽港は迎え入れた。これから5日間、この大地は私をどのように弄ぶのだろうか。
期待と不安のどちらが杞憂に終わるのか、この時の私には知る由もない。

(外論04)

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