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0619

「あっ、これ羽田に向かってるけど俺、成田だわ…」

国内線は昔から羽田に決まってる。ところが東京から沖縄間を結ぶジェットスターは成田から出るらしい。今朝家を出るまで、何度もメールを確認した。それでも東京のあとにカッコで閉じられた(成田)は先の先入観から私には羽田に見えていたのだった。

浜松町から羽田に向かうモノレールの中で気がついた。快速急行だからもう降りることもできない。羽田から成田への移動経路を調べたけれど、13:40分成田発の飛行機に間に合う手段は見つからない。「楽しい旅のプレリュードだわ」そう思って眺めていた車窓の景色が一瞬にして色を失った。

ただただ間違った行き先へと埋立地と海の上を進んでいくモノレール。流通センターを過ぎて次は大井競馬場、次々、駅を飛ばしていくたびに心がミシミシと潰れて行く思いで息が苦しくなった。

整備場駅を通過し次は天空橋。掌一杯に汗をかいて来た。取り敢えずは空港の受付までは行こう。そこで事情を説明してみようと思った。一旦、目を瞑り溢れてくる焦りや後悔をそのまま受け流し呼吸に集中した。日頃の(アルファベット3文字)での経験が役に立ってるな!そう思ったが別に嬉しくはない。車窓から溢れてくる陽の光が瞼越しに感じられて切ない。車内があわただしくなって羽田についたからスマホを見た。どう考えても、もう成田には間に合わない時間になってる。そうだろうとは思っていたけれど、数字で見ると改めて心が抉られたのだった。

改札を出て受付に向かう数100mは死ぬほど長かった。指先がなんとなく冷たくて感覚がない。身体がぎこちなく感じる。人からどう見られるだろうと急に気になってマスクを直した。空港のインフォーメションにはなんとなく美人な感じのする女が立っている。はじめから分かり切っていて、しかも言いづらいであろうことを、わざわざその女性に言わせるのは気がひけたけど、殆ど奇跡を祈る気持ちに近い一縷の望みを託して聞いた。

「間違えて羽田に来ちゃいました。間に合いますか?」
「あー、ご予約の便に搭乗することは出来かねると思います。」

そうだろうとは思っていたけれど、ハッキリ宣言された衝撃はデカくて言葉が出てこない。自分が今、どんな顔をしているであろう、ということが他人事のように気になった。変な間が流れて申し訳なさそうに女が目を伏せる。そういう気づかいをさせてしまったことが申し訳なくて逃げるようにカウンターを離れて柱の影に立っていると女が追って来てジェットスターに電話をかけるようにだけ言って素早く受付に戻っていった。

ジェットスターの電話窓口は込み合っている。もう一本先の柱に移動して柱と観葉植物の影に隠れながら自動音声を聞いた。目の前を家族連れが通るときは柱の方を向いた。チープなオルゴールみたいなのを何遍も聞かされた後で変更も出来ず払い戻しもできないという趣旨の電話を受けて、もと来たモノレールの改札を出たが、後ろからさっきの女が見ているような気がして振り返ることも出来ない。モノホンの惨めだった。

帰りのモノレールでは沖縄仕様で朝から被っていた麦わら帽子が恥ずかしくてたまらない。こんなもの被りやがってと自分に自分で腹を立てた。しかし、脱いで手に持つと惨めさが余計にハッキリするからと自分に対する嫌がらせも兼ねて、意地でも家まで被ることにした。

植え込みに突っ込まれた空き缶ばかりを見ながら家に着くと空は雲一つない快晴で、ちょうど乗るはずだった飛行機の経つ時刻だった。無意識に窓の外に飛行機の影を探したけど見えるわけもなく空はどこまでも青い。

「気候どう?」


LINEが一件。沖縄の天気を聞かれた。家にいるから分かるはずもない。新大久保の空を添付することしか私にはできなかった。

すがしがしいほどSにたい。

結局、翌日にチケットを取り直した。
夕方まで飯が食えなかった。


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