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「誰もひとりでは生きられない」崩壊に向かう先進国社会2
前回の続きである。
前回は文明社会の崩壊についての雑談と実現技術の再現可能性について、あとは「ある程度穏便に崩壊した社会」で生き残る方法について軽く触れた。
ここからは直近の食糧や水の確保ではなく、もう少し先へ踏み込みたい思う。
農業は科学である
(前略)
現代の農業は石油を食糧に──太陽光の力を若干取り入れつつ──変えるプロセスなのであり、実際に食べている食糧1カロリーのために、およそ10カロリー〔41.87ジュール〕分の化石燃料エネルギーを消費することになる。
(後略)
※読みづらいため数字の表記をアラビア数字に変更しています。
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
錬金術の話をしているわけではない。
マルサスの人口論をご存知だろうか?
人類が増えすぎた人口を養いきれなくなるという懸念にも拘らず、現在の世界人口は約81億人である。ちなみに100年ほど前までは約16億人。そして人口論の出版は更に100年ほど昔であり、当時の人口は9億人ほど。我々の基準で考えると食糧危機を心配するほどの人口には思えないだろう。ではなぜ食糧危機など心配していたのかと言えば、現在と比べて圧倒的に収穫量が少なかったからだ。
それは農業が下手だったからか?
違う。有機肥料と化学肥料の差である。
まず、農作物は植物だ。そして植物は生育する上で栄養を必要とし、その主要な栄養素は「窒素」「リン酸」「カリウム」なのだが、ここで特筆したいのは窒素だ。
植物の生育に大きな影響力を持つ窒素は同じ土地で作物を育てることによって徐々に失われていく。これを回復させるために休耕により土地を休ませていた。現在の農業では土中から失われていく窒素を肥料によって補っている。いわゆる窒素肥料と呼ばるものだ。
窒素肥料を製造するためには「ハーバー・ボッシュ法」という窒素固定の技術が必要となる。
「窒素なんて空気中にいくらでもあるじゃん!」
と思ったあなた。それはそうなのだが、そのままでは使えないからこそ必要な技術なのだ。
この技術は20世紀初頭に開発され現在でも利用されている。
(前略)
そこから製造される肥料が世界の人口の三分の一を支えている。この化学反応によって腹をすかせたニ三億ほどの口が満たされているのである。
(後略)
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
昔ながらの農業もその時代における科学が用いられている。今はその科学の水準が知識や技術の蓄積でより高度になったというだけであり、昔の人よりも賢くなったわけではない。
本当に誤解にしている人間が多いが、我々は過去の人類のおかげで過去の人類よりも便利な生活をしているのであって過去の人類よりも優秀なわけではない。
むしろ先進国社会の社会としての強度は途上国に比べて脆弱である。
技術が高度になったことでより多くの人口を養うことが可能になった。だが、自転車操業に近いやり方であるので、食糧危機は先延ばしになっているにすぎない。
お金があればスーパーマーケットで食糧が買える、くらいの認識の人間には理解できないかもしれないが、この便利な生活は当然の権利ではない。
先進的な生活をしていると忘れがちになるが、我々人類は神の設計した被造物などではなく、硫化水素等を代謝してエネルギーを得ていたバクテリアに連なる生き物だ。
科学文明によって現在地球を支配するまでの存在になったが、それを除けば猿と大して変わらないということを覚えておくべきである。
さて、農業に話を戻そう。現代の農業は農具の進化や機械化、化学肥料やその他科学技術の応用によって非常に高度化している。それは当然農作物にも言えることであり、農作物には我々の必要に応じて品種改良が施されている。
品種改良というとすぐに遺伝子組み換えがどうの、という話になるがこのnoteで遺伝子組み換えの危険性に対する誤解に言及するつもりはない。
栽培品種化の過程で、小麦やトウモロコシのような品質は栄養価が最大限になるように交配させられてきたので、いまでは人間が手間をかけなければうまく生き延びられないようになっている。
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
蚕と同じように主要な農作物でも、ある種の依存関係にある。人間の存在無しでは生きられない蚕よりはマシであるが、野生の植物との生存競争に勝てるかどうか、疑問の余地がある。
更に困ったことに、
(前略)
現代の農業で栽培されている作物の多くがハイブリッドだということだ。これらは望ましい特徴をもつ二つの近交系を掛け合わせることで生産され、均一できわめて生産性の高い作物が収穫できるようになっている。あいにく、こうしたハイブリッド作物によって生産される種子は、同じ形質を保ちつづけることはない。これらは「純種を生む」ことはないため、毎年、新たなハイブリッドの種を植えなければならない。
(後略)
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
最適化された作業というものは資源が絶えず供給されている分には持続させやすいものである。
現代の産業は高度に整備された空路、海路、陸路という輸送ルートを前提に成立している。
この輸送ルートの整備や航空機、船舶、車両等の生産、使用にも人、モノを含めた多くの資源が必要となる。
現代の産業は農業に限らず個人では完結しない。一見個人の力に見えても、大きな成果には専門化された技術の集約が必要となる。それはトランプタワーのようなものであり、どこかが欠けることで途端に崩れてしまう危険性を孕んでいる。前回書いたスマートフォンの製造が良い例だろう。
品種改良や栽培品種として選択されてきた種子や、改良を重ねてきた農具や農法、これらは高度な知識、技術の結晶であり、もしそれらが失われた場合再度築き上げるには困難が伴う。
よって、もし社会になんらかの破局が訪れた場合には大量の餓死者が出てしまうのが、高度化した農業の弱点でもある。
ちなみに破局に備えて種子など含む物資の備蓄や核シェルター、自家発電用の機器、etc....
を準備している人々も存在するらしい。
これらの人々をPrepperと呼ぶのだが、聞き覚えのある方もいらっしゃるのではないか?
そう、メタルギアソリッドで有名な小島秀夫氏が立ち上げたスタジオ、コジマプロダクションが開発したゲームソフト「DEATH STRANDING」である。
このゲームに登場するプレッパーズやファースト・プレッパーはこの「Prepper」である。
そういえば紹介し忘れていたがこのゲームもポストアポカリプスを描いたものであり、本noteの趣旨とも合致する部分があるので、いつか紹介したい。
さて、先程ハーバー・ボッシュ法に触れた。
窒素は地球の大気中に最も多く含まれる気体である。その状態で植物が栄養として利用できるのなら窒素肥料など必要ない。当たり前の話だがこのままでは使えない。
この窒素をまずはアンモニアにする必要がある。
(前略)
アンモニアを生成したければ、これは高温(四五〇℃前後)かつ猛烈に高圧(二〇〇気圧前後)を保つことを意味する。反応器と配管のこうした極端な状態が、ハーバー・ボッシュ法の実施をじつに厄介なものにしている。やはり溶鉱炉での加熱を必要とするこれまで見てきた重要なプロセス──ガラス製造や金属の溶錬──よりもはるかに、窒素固定の実践は熟練した工学技術のわざなのである。
(後略)
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
これにより生成したアンモニアを酸化させることで硝酸を生成する。その生成方法と肥料への道を見ていこう。
(前略)
アンモニアを高温の変換器で酸化させる。これは単なる炉ではなく、基本的にアンモニア・ガスそのものを燃料として、白金ロジウムを触媒に使う容器である。実際にはこれは、汚染排出ガスを減らすために車の排気管に差し込まれている触媒コンバーターのなかに見つかる合金なので、比較的容易に探しだせるはずだ。生成された二酸化窒素はその後、水のなかに吸収されて硝酸になる。
これらの産物──アンモニアと硝酸──はいずれも農地にじかに散布して、作物の生長を促すことはできない。前者はあまりにもアルカリ性で、後者はあまりにも酸性であるためだ。しかし、両者を単純に混ぜて中和させ硝酸アンモニウムの塩を生成すれば、これには入手可能な窒素が二倍詰まっているわけなので、理想的な肥料になる。
(後略)
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
と、アンモニアさえ安定して生成可能であれば、光明が見えてくるように思える。だがこれはあくまで肥料のみの話だ。現代の農業は化学肥料以外にも農薬や除草剤などが必要である。これらも当然科学文明の産物であり、もしそれに頼ることができないのなら全て人力で対応する必要がある。農業には害虫や害獣、伝染病に気候変動など安定した収穫を得るには様々な障害が存在しているので、科学が利用できなければコストが跳ね上がる。
例えば田起こしだが、通常は鍬や鋤などを使用する。
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前回少し触れたが、木製の道具と鉄製の道具では性能に大きな差がある。鉄を農業に利用するには鉄鉱石を入手するための知識やルート、加工技術、加工に必要な道具、さらにその道具の生産技術、とまだあるが気が遠くなるような、手順を必要とする。十分に発達した道具を使用しても、素人には木を一本切り倒すことでさえ困難だろう。私も無理だ。そして鉄製の農具を使用できても田起こしには非常な労力がかかる。牛馬を利用する方法もあるが、入手や飼育、牛馬用の農器具の用立てが必要だ。
現代ではトラクターを使用して田起こしを行っているのが一般的である。
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くどいようだが、トラクターを製造するにはこのnoteでは書ききれない工程が必要であるし、整備ができなければいずれ使用できなくなる。もちろん燃料の調達も必要であり、ピカピカの新品であろうと燃料無しでは無用の長物だ。他にも田植機やコンバインハーベスターなど、機械化された農具によって現代農業は支えられている。
このnoteを読まれている方の中には実家が兼業農家で自家消費する分の米くらいは生産しているという方もいらっしゃるかもしれない。だが、化学肥料や除草剤、農薬、機械化された農具を使用せず、苗も購入していない、という方はどれほどの割合だろうか?
我々の社会や産業は会ったこともない人間同士が支え合うことで成立しているということを忘れてはいけない。これは薄っぺらいおためごかしの綺麗事ではなく、文字通りの意味である。
終末世界農業
さて、では終末世界において農業を復活させるにはどうすれば良いのか?
人口や持続可能かどうかを一旦無視すれば、食べられる野草図鑑が役に立ちそうなところではあるが、アレグザンダー・スーパートランプのようになりたくなければ、慎重さと周囲の人間の愛情に気付くだけの度量が必要である。個人的な感想を言わせてもらえば、「イントゥ・ザ・ワイルド」の主人公は周囲の人間から何も学ばす、人に歩み寄ることもせず、ぴえんしてただ家族を悲しませただけのアホである。映画自体は面白いのでおすすめだ✨
採取で生きていくことは無理とは言わないが、安定した生活は難しいだろう。現代のような水準は困難にせよ、なるべく効率の良い農業を営む必要がある。
(前略)
乾燥した涼しい環境であれば、穀類、豆類、ジャガイモ、ナス、トマトなど多くの種類の植物で種子は、何十年も発芽可能な状態にある。しかし、こうした種も一定時間が過ぎれば死んでしまうので、引きつづき保存するには、発芽させて作物を育て、新たな種をつくらなければならない。
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
農業を営むには大前提として育てる作物が必要となる。これらを確保することは、幸い育てるよりは難しくはなさそうだ。だが、先程取り上げた窒素肥料などの科学文明由来の化合物は入手が困難となる。よって過去の農法を参考にする必要性がでてくる。
我々が聞いたことのある農法といえば、二毛作、二期作、輪作、などがあるだろう。
この中でも輪作が特に重要であり、ノーフォーク農法と呼ばれる輪作がイギリスの産業革命を支えたことは有名だ。
具体的には小麦→カブなどの根菜→大麦→クローバーなどの豆類、というように同じ土地で休耕をさせずに作物を生育させ続ける。この農法の利点は植物ごとに敵(虫や病気など)が違うので、連作障害が発生しにくかったことと、クローバー等の豆類が土壌改善(窒素の補充)に役立ったことである。
また、
手間のかからない〔大きくて硬い西洋の〕カブのような根菜を飼料に利用したことで、中世の農業に大変革が起きた。これらは夏のあいだ家畜を太らせるために牧草を食べさせるよりはるかに効果的であるだけでなく、冬のあいだずっとカロリーに富んだ餌を安定して供給できるからだ。根菜を導入する以前は、ヨーロッパでは秋の終わりには毎年、家畜を大量に処分しなければならなかった。
(後略)
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
というように、輪作は畜産業にも恩恵を与えた。ちなみに現代の日本では北海道の十勝で行われている。
次に肥料である。化学肥料が利用できなくなった場合に最も利用しやすい肥料とは何か?
予想はついていると思うが、現代では身近ではない。少しキレイな言葉で表現するなら「御不浄」由来の物質である。
それらを肥料として利用するには段階を踏む必要があり、直接農地に撒くわけにはいかない。
農作物に悪影響があるのみでなく、寄生虫等の感染症の危険がある。よって肥料として利用するなら低温殺菌しなければならない。
小規模であれば、糞便におがくず、藁、もしくは葉以外の植物の部分(炭素と窒素の濃度のバランスを取り戻すとともに、水分を吸収するため)を混ぜ込んでから、堆肥の山にして定期的にひっくり返しながら数カ月から一年間、放置することでそうした処理はできる。堆肥のなかの有機物が細菌によって部分的に分解されるなかで、(ちょうど人間の体のメタボリズムがやるように)熱が放出される。そして、この熱が堆肥の山の温度を自然に上げて、厄介な微生物を殺してくれるのだ。尿と便は分離し──単純にトイレの前方にじょうごを取りつけることで──水浸しの泥沼にならないようにすることが望ましい。尿は無菌状態なので、薄めてじかに畑にまくことができる。
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
現代日本では考えられないことだが、昔は肥溜めを利用して肥料を作成していた。
最近だとインディーゲームサークルである「えーでるわいす」が開発したゲームソフト「天穂のサクナヒメ」という稲作に主軸を置いたアクションRPG内で、肥料として作中で利用されていたので、プレイヤーの方はなんとなく思い出したのではないだろうか。
余談だがこのゲームはかなり面白いので未プレイの方や、稲作に興味はあるが本格的に勉強するのは気が進まない、という方は是非遊んでみてほしい。私もトロコンするくらいにはハマってしまった。
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当然であるが肥溜めやトイレは水源や川の近くに設置してはいけない。現代の下水道が完備された状況でさえ川の水は飲んではいけない。理由はお分かりだと思うが、野生の動物などの糞尿や死体、その他人工あるいは自然由来の健康被害を及ぼす物質が溶け込んでいる可能性があるためである。特に危険なのは細菌、寄生虫感染症である。前回も触れたように必ず濾過と煮沸が必要だ。まあ、完全に消毒可能だとしてもトイレを川の近くに設置するのはおすすめできないが。
窒素以外にも植物が必要とする栄養素として、リンとカリウムが挙げられている。これらの供給方法としては、以下の方法がある。
(前略)
歯とともに、骨は無機物のリン酸カルシウムが生物的に堆積したものだ。したがって、骨粉、つまりゆでて粉砕した動物の骨をまくこともまた、痩せてきた土地を元に戻すよい方法なのだ。
(後略)
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
少々残酷な話でもあるが、人骨もリン酸カルシウムで構成させているため、最悪同じ工程で肥料にすることができるだろう。
ちなみに、東京都保健医療局のホームページによれば火葬後の焼骨を撒く行為、つまり散骨は法律上は問題ないが、土地所有者や近隣住民等とトラブルにならないよう配慮する必要があると記載されている。水産物や農産物に風評被害を与える可能性があるので、もしも散骨する場合は慎重にならねばならない。
次にカリウムであるが、これは自然に燃焼させた木や草から得られる灰に含まれ、そのままでも肥料として利用できる。
なお現代では野焼きは基本的に禁止されているので行ってはならない(田舎の道を通るとたまに行っている高齢者の方々がいらっしゃるが実はNGである)。
燃焼によって得た灰を水に溶かしたものを灰汁と呼ぶ。
浮いている木炭の粉はすくいとって捨て、溶けずに残った沈殿物はそのまま残るように注意しながら、水溶液〔灰汁〕を別の器に移す。新しい容器内の水を沸騰させて煮詰めるか、熱い地方であれば浅めの広い器に入れて太陽の熱で乾燥させる。
(中略)
あとに残った白い結晶は実際には多様な化合物の集まりだが、木炭から得られる主要な成分は炭酸カリウムである。
(後略)
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行
おわりに
ひとまず農業に関することはこれで終わりにしようと思う。
人類は何千年にもわたり品質改良や栽培品種の選択を行ってきたので今の農作物があるということを忘れてはならない。そして農法の発展や化合物、農具の進化、機械化の恩恵は多大であり、我々が飢えずに済むのは人権ではなく、科学の功績だということを肝に銘じておく必要がある。
参考文献
この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた
ルイス・ダートネル 東郷えりか 訳
株式会社河出書房新社
2018年9月20日初版発行