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ニート生活9

僕はドラムを叩くのが好きだ。
(この「ドラム」はドラム式洗濯機でもなく、ましてやドラム缶でもない。)

楽器の「drums」だ。
一番後ろで身動きがとれないくせに、バンドの中で一番運動量が多く疲れるで有名なあのドラムだ。


僕が初めてドラムに触れたのは中学3年生の夏だ。

小学校1年生からの幼馴染が「ギターを買ったから文化祭に出よう」と急に持ちかけてきたのだ。
そして「お前太鼓の達人うまいからドラムな」と、あっけらかんとした顔で彼は言った。
相変わらず強引だなあ。と思ったけれど、それまでピアノをやっていた僕は打楽器に強い憧れがあった(音階の無い楽器に興味があった)ので、二つ返事で「いいよ」と、少し伸びた坊主頭を縦に振った。

この一見本当に実現するかも怪しい口約束が、野球部を引退したあとの僕の中学校生活を、そしてその後の人生を彩っていくことになる。(ゆーてまだ21だけど)


僕はその日の夜、軽い気持ちで「ドラムやりたいんだよね〜」と母親に相談してみた。
すると、僕の母は「家にドラム置く気?」とすごく嫌そうな顔をして言った。どうやらドラムの騒音が心配だったらしいのだが、僕は諦めなかった。
「電子ドラムってのがあってさ、それならあんまりうるさく無いらしいよ」僕はできるだけ冷静を装って言ってみた。
前にも書いたが、あまり物をねだらない僕が少しでもごねている様子を見せると、母はすぐに揺らぐ。今思うと甘い親だ。
「じゃあ今度見に行ってみる?」と母は言ってくれた。


週末、僕は街の楽器屋に来ていた。その楽器屋にはよく足を運んでいたから、それほど新鮮味はなかった。
でも一つだけ違っていたのが、店員さんがめちゃくちゃ声をかけてくる所。
少しでも「買い」の雰囲気を出していると、まるで海の中で血の匂いを嗅ぎつけたサメのようにこちらにグングン寄ってくるのだ。

僕はそんな店員さんに少し怯みながらも、母と一緒に要望を伝えた。
1、家で叩いてもうるさくないこと
2、本物のドラムにできるだけ感覚が近いこと
3、操作が簡単なこと
この3つを最低条件として提示した。
すると、その店員さんは38万円の電子ドラムを提案して来た。

は?という感じだ。そんなにお金持ちに見えたのだろうか。
僕と母は、中古車が買えるほどの値がする商品を提示してくるその店員を、苦笑いでかわすしかなかった。

「自分で探すかあ」といくつか試奏してみることにした。
そして最終的に選んだのが、当時13万円のヤマハの電子ドラムだった。
これでも十分高価なのだが、クリスマスプレゼントを4年連続「いらない」と言い続けて来た僕に対して、母はやはり甘かった。「これがいいなあ」と僕が言うと、何も言わずにクレジットカードを出してレジに向かっていった。

各パーツに分解された状態で電子ドラムが家に届くと、僕はすぐに組み立て作業を始めた。
汗だくになりながら3時間もかけてやっとこさ組み立てた電子ドラムから音が出た時、僕の口角はバグったように上がっていた気がする。

それからは受験勉強なんてせずにドラムを叩き続けた。もちろん難しかったが、YouTubeでドラムの叩き方を見ながら一心不乱に練習した。楽しかった。
そしてその年の10月、僕は文化祭でドラムパートとして幼馴染3人とステージに上がった。


それから6年。僕はまだドラムを続けている。
僕にドラムを勧めた彼もギターを続けている。なんならユーチューバーとして。登録者1000人以上(ほとんど外国人)のメタルチャンネルを運営している。
そして僕らはまだ幼馴染で仲良しだ。

恥ずかしいから多分一生言わないだろうけど、ドラムを勧めてくれた彼には本当に感謝している。
なんたって、高校の友達も大学の友達も、音楽で仲良くなった人ばかりだ。(もちろんそれだけでは無いけれど)


そして、本当に空っぽな僕だけれど、音楽という趣味はこれからの人生の中で大きな意味を持ってくるのではないかという気がしている。
少し大げさかな。

この間、僕も彼のように、ドラムを叩いている動画をYouTubeに投稿した。これから少しずつ活動していこうと思っている。
そして、大学の友人がバンドに誘ってくれた。就職後も彼らと一緒にやっていくだろう。


なんだか、「始まる」って感じがして、今とてもワクワクしている。
中3の夏、汗だくになりながら電子ドラムを組み立て終わったあの時みたいに。


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