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絵本【ココロ】#全話完結・絵×文の絵本づくり
ココロは、まっさおな雪の朝に生まれました。
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ある時、ココロは、お母さんの笑顔を映した赤ちゃんの瞳でした。お母さんが抱きしめると、ココロはきらきらと輝きました。
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ある時、ココロは、子犬を失った母犬を映した泉でした。母犬が悲鳴のように叫ぶと、ココロはふるえて、びりびりとさざなみが立ちました。
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ある時、ぼくは思った。
ぼくはぼく。
ぼくのままで世界を感じたい。
ぼくはどこからきたんだろう?
何かをするために来たけれど、その何かがわからない。
そう思ったら、翼ができた。
春の風を受けてぼくは飛び立った。
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「よう、きょうだい」
熊蜂がブンッと羽音をさせてぼくを追い越した。
「きみのことぼく知らないよ」
「立派な羽じゃないか」
熊蜂はブブブと笑った。
「からかわないでよ。真剣なんだ」
「どこに行くんだい?」
「どこか」
「何をしに?」
「何をしにきたのかを探しに」
ブウンと熊蜂は羽を鳴らした。
「おまえ、おもしろいな」
「おまえじゃないよ。ココロだよ」
熊蜂はぼくのあとをついてきた。
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花畑の上を熊蜂とゆく。
「ココロ、ちょっとよっていこうぜ」
「ぼく急ぐんだよ」
「こういうのが大事なんだよ」
熊蜂があんまり誘うから、ぼくも花畑に下りた。
花たちが、春の陽射しをあびて、揺れている。
つぼみの花、咲いたばかりの花、しぼんだ花。
熊蜂と一緒に花の間を飛び回ると甘い香りがした。
蝶の恋人たちが、くるくるとダンスを踊っている。
熊蜂は、花に顔をつっこんで、蜜を吸ってまわる。
「ほら」
熊蜂は、羽についた花粉をくっつけてきた。
ぼくはくすぐったくて笑った。
今までいろんなものになったけど、笑ったのは初めて。
でも。行かなくちゃ。
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ぼくが高く飛ぶと熊蜂も追いかけて来た。
山も川も越えて飛び続けるけど、どこも違う気がする。
ぼくの望むものはない気がする。
本当にあるんだろうか。
「ココロ、元気出せよ」
熊蜂はぼくにとまって言った。
「そろそろ花畑に戻ろうぜ」
熊蜂の黄色い毛がぼくに触れる。
「君ひとりで帰れば。ぼくはまだ探したいんだ」
それからずいぶん遠くまで来て、大きな町についた。
町には、たくさんの人がいた。みんな熊蜂はよけるけど、ぼくのことは見えないみたい。ぼくは空気なのかな。
誰もぼくの特別じゃないし、誰の特別でもない。やっぱり、ここも違うのかもかもしれない。
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ぼくと熊蜂が飛んでいると、灰色の建物の小さな窓があいていた。ぼくはそばを飛んでなかをのぞいた。
「小鳥かしら。羽ばたく音がしたわ」
窓辺にはベッドがあって、女の子が寝ていた。なんだかぼくはいつか会ったことがある気がした。
「あの」
「だれ?」
女の子は窓辺まで来てぼくを見たけれど、灰色の瞳には何も映っていなかった。肩までのやわらかそうな黒髪が風にさらりと揺れた。
「ぼく、ココロっていいます。ぼくのこと知りませんか」
「ごめんね。目が悪いの」
「わたしはミチル。はいって」
ミチルが差し伸ばした小さな手にぼくはとまった。
「ふふ。あったかい」
ミチルは、細くて冷たい指でぼくをそっとなでた。
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ぼくは毎日ミチルに会いに行った。
ミチルはいつも窓を開けてくれていた。
「わたしのかわいい小鳥が来た!」
笑うミチルを見るのが好きだ。
「ココロ、外はどんな感じ?」
「ツバメと飛んできたんだ。雲から落ちている光の柱を、くるっくるってまわってきたよ」
「わあ!いいなあ」
曇りの日は、「しずかで落ち着く」
雨の日は、「音がすてき」
どんな天気も、ミチルとならいい気分になれた。
熊蜂は一度も一緒に来なかった。
「だって、あそこは病院じゃないか。薬くさいんだ」
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今日もミチルの所へ飛ぼうとすると熊蜂が言った。
「ココロ、もう行かない方がいいよ」
「なんで?」
熊蜂はだまっていた。
いつものように窓からミチルに挨拶しようとすると、女の人がミチルの顔に布をかぶせたところだった。
「ミチルは死んだんだよ」と熊蜂が言った。
「なんで…」
顔を上げた女の人を見て、ぼくはあっと声をあげた。ミチルによく似た黒い髪の女の人が泣いている。この人だ。ぼくが見ていたのは。
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そうだったんだね。
ある時、ぼくはミチルで、ミチルはぼくだった。
ぼくたちは一緒に世界を見つめてた。君の世界はきらきらと輝いていた。
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ミチルはもういない。
いつの間にこんなに風が冷たくなったんだろう。
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熊蜂はそっと、ぼくにとまった。
「なあ、花畑に…」
「どっかにいけよ」
熊蜂はだまって消えた。
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ぼくはめちゃくちゃに飛んだ。木にぶつかっても、藪で傷ついても、かまわなかった。痛みが、もっと辛いことを忘れさせてくれる気がして。
町からずいぶん離れた頃、谷にぶちあたった。底が見えないほど深い谷だ。
ぼくは翼を動かすのをやめて、闇に吸い込まれるように降りて行った。
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谷底には何かがうずくまっていた。
「やあ」それが言った。
「ぼくはココロ。きみは?」
「俺はココロモドキさ。どうしたんだい。元気がないじゃないか」
「ずっと一緒にいられないのが辛いんだ」
「遅かれ早かれ」とココロモドキ。
「ぜんぶ消えてなくなる。無駄さ。ずっとここにいたらいいじゃないか。そうだろ?」
「うん」
「翼をくれよ。どうせ置いて行かれるんだ。翼があっても意味がない。そうだろ?」
「うん」
だんだんねむくなってくる。
ぜんぶ無駄だ。どうせ意味がない。何をしても、どこに行っても…。
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チクっ
熊蜂に刺されて、ぼくはハッと気が付いた。ココロモドキをふりはらうと、夢中で飛んだ。熊蜂の羽の音のする方へ、光の方へ。
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やっと谷から出ると熊蜂は静かにぼくにとまった。
「熊蜂、ありがとう」
ぼくがお礼を言っても熊蜂はなにも答えなかった。
「怒っているのかい?」
コロン、と熊蜂は、土の上に落ちて、それきりだった。
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ああ あ
ぼくは、熊蜂にひどかった。
ほんとうに、ひどかった。
ぼく、わかったよ。どこに行けばいいか、何をしたいのか。
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かえろう。花畑に。
君を草の下に埋めたいんだ。
熊蜂をそっと包み込むと、ぼくのからだがぽうっと灯った。
熊蜂と一緒にぼくは飛び立った。
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飛び続けると吹雪になった。雪つぶてがばらばらとふりかかって、翼が冷たい風を切ってブーンと鳴った。
さむかったろうなあ、熊蜂。
つらかったろうなあ、ミチル。
ぼくも本当につらかったよ。
でも、あえてよかった。
ねえ、花畑はほんと愉快だったね。
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吹雪が止んで、ココロの翼に雪が静かに積もっていきます。でも、ちっともさむくないのです。
もうすぐ春が来る雪の朝のことでした。
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あとがき
絵・鳳リカ
はじめまして。鳳(おおとり)リカと申します。
武蔵野美術大学通信教育課程で絵を学んでおります。
この度は私の絵を見て下さりありがとうございます。
初めて絵本を作るにあたり緊張していましたが、
今となればあっという間でとても描いていて楽しい時間でした。
この作品を描く事はココロに魂を吹き込む事だと思い、
心血を注ぎ良い絵が描けたと思います。
この絵本で一旦皆様とお別れですが、
またいつかお会いできる日を楽しみにしております。
鳳 リカ
文・大谷八千代
ココロの物語を書き終えました。
雪野原のココロ、そして、青い瞳のココロ。
この2枚の絵を見た瞬間、物語が生まれました。
ひとりひとりが心を抱えて生きています。
心という臓器はありません。
心臓も脳もしっくりしません。
でも、わたしたちの中心にあるもの。
柔らかな心で世界を感じた時がありました。
心を絞るように生きたことも。
自分の心にたずねたらどんなお話を聞かせてくれるでしょうか。
楽しい話?悲しい話?面白い話?
ココロの物語を聞いていただき、ありがとうございました。
昨年の11月の文学フリマ出品を目指してはじまった画家さんとの絵本共作。
あらかじめストーリーをつくらず、
絵をみて文を、文を見て絵を、お互いが紡ぎだして編んだ絵本です。
楽しんでいただけましたか。
かきおえてから、画家さんと絵本のタイトルを決めました。
「ココロ」
制作中は、皆さんのスキが拍手のように感じて、嬉しかったです。
最後に、もし何か感じたことがございましたら、コメントをいただけたら嬉しいです。
拍手の代わりに……
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今後、絵本【ココロ】の製本や文学フリマ出品情報は、「文学フリマの道マガジン」にてお知らせしていきます。