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鳴かない鈴虫と飛ばない蝶

鳴かない鈴虫は、飛ばない蝶に、出会った。
うろこ雲が広がる空の下だった。

「なんで鳴けないの?」蝶が聞いた。
「鳴けないんじゃなくて、鳴かないんだ」

「なんで飛べないの?」鈴虫が聞いた。
「飛べないんじゃなくて、飛ばないのよ」

「必要ないからね」とふたりは、声を揃えた。

鳴かない鈴虫は、飛ばない蝶と、友達になった。

空が高くなって、風が吹く日、飛ばない蝶は、鳴かない鈴虫を訪ねた。

天鵞絨 びろうどのようだった蝶の黒い羽は、色褪せていた。

「飛ばない蝶、ぼくはもう鳴けない。はやく逃げな」

痩せ細った鈴虫に、蟻がたかっていた。

飛ばない蝶は、鈴虫を抱えて羽ばたき、風にもみくちゃになりながら、飛んだ。

野ばらに引き裂かれても、柳の枝に叩きつけられても。

思い切り飛んで飛んで、鈴虫を草むらにそっと落とすと静かになった。

「あなたも鳴けるわ」と言い残して。

細かい雨の降る冷たい晩、虫も人間も寝静まったあと、鈴虫は、鳴いた。

思い切り鳴いて鳴いて、リーンと最後に鳴いて、静かになった。

朝になったら霜がふる。静かな静かな夜だった。


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